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8.

「そうだ、モリア。朝食の時間だよ」

「あ、はい。お知らせいただきありがとうございます」

 わざわざ伝えに来てくれたのかと嬉しく思っていると、なぜかラウス様は私に向かって手を差し出した。

「行こうか」

「あ、はい」

 何だろう、この手は?

 とりあえず近所の子どもがおやつ欲しさに伸ばしてくる手とは違うものだということだけはわかる。だが肝心のこの手が表す意味がわからない。じいっと見つめて答えを探していると、私の手をラウス様は掴んだ。

 手袋をしていたとはいえ、今の今まで土いじりをしていた手はわずかに汚れている。

「ラウス様の手が汚れてしまいます!」

「汚れたら洗えばいいだろ」

「ですが……」

「君がそう教えてくれたんじゃないか。……ほら、行こう。みんな待ってる」

『汚れたら手を洗えばいい』――それは私が先ほど庭師の男たちにいった言葉と同じだった。きっとラウス様は聞いていたのだろう。だがよく考えればそれは私が庭師から仕事をもらおうとした時にかけた言葉だ。

 ではラウス様は一体いつからあの場にいたのだろう?

 初めから? だとしたらずっと終わるまで待たせていたことになる。

 私のためなんかに待つ?

 ありえないと頭に浮かんだ考えをすぐさま打ち消す。

 ではなぜ?

 疑問は深まるばかりだ。考えているうちに手洗い場に着き、ラウス様と並んで手を洗った。手を洗うラウス様はどこか楽しそうに石鹸を泡立てる。

 そんなに手を洗うのが楽しいのだろうか?

 本当に不思議な人だ。

「モリア」

 泥のついた手を洗ったはいいものの手を拭くものを持ち合わせておらず、手を振って水気を切る。するとラウス様の後ろにいつのまにか控えていた使用人からタオルを差し出された。行儀の悪いことをするなといったところだろうか。ありがたくそのタオルを受け取ることにする。

 土をいじれば手が汚れるなんて当たり前のことなのに、部屋を飛び出した時にはそこまで考えていなかった……。これからはちゃんと後先を考えて行動しなければ……と胸に刻み付ける。

「行こうか」

 ラウス様は私の手の中のタオルを、自分の持っていたタオルと合わせて使用人に渡すと再び手を引いた。

 そして連れてこられたのはダイニングルーム。昨晩と同じように二つの空席を残して全て埋められている。

「…………」

 言葉に詰まった。ラウス様は明らかにあの空席に私を座らせようとしていると今更ながらに察知したからだ。

「どうかしたか?」

「えっと……その……私はラウス様たちが召し上がった後で食事を摂らせていただきますので……」

 今更、本当に今更だが今言わなければなし崩しにカリバーン一家と再び食卓を囲むことになる。

 借金を抱えてやって来たばかりの私が……だ。それはマズイ。非常にマズイ。

「え……」

 すると私以外のこの場にいる全員の声が同時に放たれた。そして席に着いていた四人が私めがけてズンズンと距離を詰めてくる。

「私が何か気に触ることしましたか?」

「なんでもいってちょうだい。すぐに治すから!」

「それともご飯が口に合わなかったのか? なんなら今からでもシェフに作り直させる」

 見当違いなことを挙げてはなぜか私の機嫌を取ろうと必死になる彼らは使用人思いなのだろう。

「いや……あの、そうではなくて……ですね。立場が違いますから」

 だがやはり立場は大事だ。いい思いばかりさせてもらっていてはいつまで経っても借金の返済に終わりはやってこない。むしろ追加料金を取られそうな気さえする。

「……!? やっぱり嫌よね……。そうよね、毎回義理の母と一緒に食卓を囲むなんて……」

「義姉さんと食事が出来て楽しかったから、また一緒に食べれたらって……」

「私たちは一旦席を外すことにしよう」

「両親も弟たちも悪気はなかったんだ。だから許してやってはくれないか?」

 義理の母?

 義姉さん?

 まるで私が嫁に来たかのような言葉だ。

 おそらく私の聞き間違いだろう。だからといってなぜか気落ちしている彼らに聞き返す勇気はない。

「許すも何も席を外すべきなのは私の方です。申し訳ありません、ご無礼をお許しください」

 連れて来たのはラウス様ではあるが……。

 素早く頭を下げてからその場を後にすると早足で廊下を歩いていく。スタスタスタと歩いても歩いてもさきほどからずっと視界に入っている階段との距離を一向に詰められない。すると背後から私の後を付けてくるような足音が聞こえてくる。

「モリア!待ってくれ、モリア」

 ラウス様の叫ぶような呼び声が聞こえ、ピタリと足を止め振り返った。


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