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7.

 それからそう時間の経たないうちに帰ってきた彼女の手には、煌びやかで装飾の多い服が何着かあった。

「どれになさいましょうか?」

 差し出されたドレスは正直いうとどれも着たくない。決して趣味が悪いわけじゃない。どれも素敵なドレスだ。けれど私には似合わない、それだけだ。

 使用人になったのに今までよりも断然いい素材の服を着て、そしてその服の印象に顔が負けることは確実だ。

 だがそれでも唯一の服を何日も着続けることと、この絶対似合わないドレスのどれかを着ろと言われたことを天秤にかけて考えればこの中のどれかを選ぶ方がマシだ。というよりも服を用意してくださっているだけでもありがたいことなのに、あまつさえそれを拒むことなどできないだろう。

「えっと……じゃあこれを」

 数着のドレスから比較的装飾の少なく動きやすそうな、けれども色合いが原色寄りで、私の地味な顔との対決を圧勝しそうなドレスを選んで使用人から受け取ろうと手を伸ばすとその手はかわされた。彼女は他の選ばれなかったドレスを掛けると、私の選んだドレスを着せようとしたのだ。

「えっと……自分で着られますから……」

 背は小さいがもう子どもではないのだから服くらい自分で着ることはできる。

「ですが……」

 困ったようにドレスを差し出す使用人からそれを受け取る。

「大丈夫ですから!」

 ――とそういってみたものの、ドレスの後ろの紐は私一人では結ぶことはできず、結局手伝ってもらうこととなった。

「ふふふ」

 それでも気分を害した様子はなく、むしろ頼んだ時には喜んで引き受けてもらった。きっと年の離れた妹の世話を焼いているような気分なのだろう。お姉様もお嫁に行く前はよくこんな顔をして世話を焼いてくれたものだった。

 はぁ……私、これからここでやっていけるのかな……。

 一気に疲労感に見舞われ、手近な椅子に座ると使用人は先ほど選ばれなかったドレスを持って、ドアを背にした。

「すぐに食事を用意させますので今しばらくお待ちください」

 去り際にそう残していこうとした使用人を慌てて止める。

「待って、待ってください。食事は皆さんと同じ時間でいいですから」

 わざわざ私なんかのために調理の時間をずらさせるわけにはいかないと主張する。

「ですがそれまでは一刻ほどありますが……」

 一刻、一刻か……。

 朝起きたらまず食事、のサンドリア家では日が山の裾から顔を見せたころにはすでに食事を開始している。もうすでにサンドリア家の食事は終わっている頃合いだろう。まだこれから一刻も待たなければいけないのははっきり言って辛い。だが私は一介の使用人だ。それも昨日来たばかりの右も左もわからないような新参者だ。そんな私が早く起きたからと言って特別早く食事を作ってもらうわけにはいかない。

 それに一刻なんて何か作業をしていればあっという間だ。

「それまでに私にできることは何かないでしょうか? お料理、は昨日頂いたものより上手には出来ないと思うので、お皿洗いとか野菜の皮むきとか、簡単なことしか出来ないのですが……」

 あまり期待されても答えることができないからと控えめに言ったのが悪かったのか「モリア様はそんなことなさらなくてよろしいのですよ」とほほ笑みながらやんわりと拒否され、言い訳する間も無く去っていってしまった。

 確実に使えないヤツだって思われた……。

 ただでさえ一人で着替えもろくにできなかったというのに……。この短時間で評価はだだ下がりだ。

 どうしよう、これでお前いらないから帰れって言われて、その代わりに借金は今すぐに返せって言われたら……。最悪の場合が頭を光の速さで駆け抜ける。

 それでは私が一大決心で、なおかつ嫁に取られるのだと大きな勘違いをしながらもここに来た意味がない。

 お父様たちに「私が行くから」なんて大見得切った手前、初めより状況を悪くして帰るわけにもいかない。

 どうしよう……何か印象回復になりそうなものは……。

 完全に持て余してしまっている大きな部屋で円を描くようにしてグルグルと回っていると窓から庭を手入れする男の姿が目に入った。

 これだ!

 私の出来ること、それは土いじり!

 野菜を育てるのと花を手入れするのは要領が違うだろうが、昨日出された料理と同じかそれ以上のクオリティのものを作ることと比べたら断然失敗する可能性は少ない。

 善は急げと部屋を抜け出して庭へと向かう。とりあえず、一階に行けばいいんだよね。それからドアを探して外に出て庭に向かえばいい。

 たくさんのドアから自室を探すよりも簡単だと思えたそれはやはり私には難しかったらしく、結局は途中で出会った使用人に道を尋ねた。

 昨日のラウス様の言葉通り、先ほどの使用人といい、今の使用人といい、みんな優しく道を教えてくれた。

 それがお前なんぞは戦力外だからあっちいってろという意味ではないことを祈りつつ、少しでも役に立てるようにと早足で庭へと向かった。

 庭には窓から見えた男の他にあと二人いたようで、彼らは新しく植える予定の花を運んでいた。その中でも比較的押しに弱そうな、頭にタオルを巻いた男に声をかけた。

「お花の植え替えのお手伝いをさせていただけませんか?」

「そ、そんな……ダメです。モリア様のお服が汚れてしまいます」

 予想通り、先ほどの使用人と同じようにやんわりと断られたが、ここで引くわけにはいかない。

 これは私がこの屋敷で生き残るためのごくわずかな可能性なのだから。

「汚れたら洗えばいいのです。それでこれはどうすればいいですか?」

 先ほどの使用人には下手に出て逃げられてしまった。だから今度は半ば強引に出ることにした。そのために押しに弱そうなこの男を選んだのだ。

 手元から花を一鉢取って、他の男たちの真似をしながら植えて行く。

「モリア様!」

「えっと……こう? いや、こっちの方がいいかしら? よければ教えていただけませんか?」

「はい……わかりました」

 そしてその上、男たちにとってはいい迷惑だろうが教えを請うことにした。失敗をするよりはいいかなと思ったのだ。

 男たちは乗り気ではなかったものの、教えるとなれば丁寧なもので

「ここにはこれを植えると他の花とのバランスがいいですよ」

「この花はあんまり土を上から抑えないで、優しく土を被せてあげてください」

 と教えてくれた。

 野菜づくりとは少し勝手が違うがやはり土いじりは楽しい。

 野菜は食べられるし、花は見ていて癒される。

 今でも十分綺麗だが、部屋に帰ってから窓から覗けばまたそれはそれで綺麗なんだろうな……。

 土を柔らかく被せながら完成形を頭に浮かべていると頭の上から声が降りてきた。

「おはよう、モリア」

「あ、おはようございます、ラウス様。今日はいい天気ですね」

「ああ。ところで君は何をしているんだ?」

「お花の植え替えです」

 そう言い切るとさわやかな笑みを浮かべていたラウス様も口元がヒクついた。

「……君はそんなことしなくていいんだよ。庭の手入れは庭師がやるんだから」

 どうやら人の仕事を取るなと言いたいようだった。思えば何か役に立たなければと躍起になっていたがこの仕事を与えられていたのは私ではない。手伝うどころか仕事を無理やり奪い取ってあまつさえ邪魔までしてしまっていた。

「実家では野菜は育てていましたので何かお手伝いできると思っていたのですが……その、お花にはあまり詳しくなくて……。お手伝いをするどころか教えてもらうことばかりで、申し訳ありません……」

 男たちに向かって深々と頭を下げると、先ほどまで隣でせっせと植え替えをしていた男たちはいつの間にかタオルと手袋を外し、そして私の言葉を否定するように身体の前で手を振った。

「そんな、とんでもございません。モリア様にお手伝いいただけたおかげでこんなにも庭が美しく変わりました」

 男たちはあんなにも強引やってきた割に大して使えないどころか邪魔をしてくる私のことを陥れるなんてことをしなかった。


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