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52.

『思い出がないなら作ればいいだけよ』

 お茶会でのお義母様の言葉が胸に突き刺さった私はその夜、意を決してブーケを作りたいのだとラウス様にお願いした。

 一度は諦めたブーケを、ラウス様との結婚式に用意したいと思ったのだ。

 すると意外にもラウスは「いいよ」と快諾してくださった。だがサンドレアの家に材料を取りに戻りたいと告げると表情を曇らせた。

「材料なら揃えさせる。だから……」

 サンドレアの家まで、最低3日。行き帰り、そして作業にかかる時間を合わせたらきっと私は1週間以上はカリバーン屋敷に帰ってくることは出来ないだろう。材料費を気にしなくてもいいらしい今、わざわざサンドレア屋敷まで帰ってブーケを完成させる必要性は薄い。

 ――けれどそれだけが目的ではないのだ。

「帰って、お母様とお父様にこの1ヶ月と少しのことを報告しようと思います」

 きっと心配しているだろうから。

 ラウス様は、カリバーンの人達は私を歓迎してくれているのだと、そしてこの場所で私は生きて行くことを決めたのだと、他でもない大事な家族に伝えたいのだ。

「そうか……。私も一度、サンドレアの家に挨拶に伺いたいのだが、生憎仕事が立て込んでいてな……。モリア、気をつけて行ってきてくれ」

「はい! ありがとうございます」

 その翌日、早速私はグスタフをお供に連れてしばらくぶりのサンドレア家へと向かった。

 道中進んでは休みを繰り返し、4日かけて辿り着いたその場所はあの頃のままのサンドレア領だった。

「ただいま〜」

 グスタフを横に引き連れ、胸の前ではブーケの材料として途中で入手したバラをかかえる。ドアベルを鳴らすことなくそのまま屋敷の中へと突き進むとちょうど畑に出ようとしていたお兄様と目があった。

「モリア……モリアなのか?」

「お兄様、ただいま帰りました」

「モリアが帰ってきたぞー!!」

 お兄様の久しぶりの雄叫びは耳にキーンと余韻を残す。すると奥からはそれを聞きつけたお父様とお母様が使用人を引き連れて駆け下りてくる。

「モリア〜!」

「お帰りなさい、よく帰ってきたわね……」

 涙を浮かべて抱きつく3人には、腕の中のバラの花びらが落ちることを恐れて一旦離れていただいた。

 そして愛する家族にカリバーン家での出来事を話した。


 カリバーンは借金のカタに嫁にとったつもりはないこと。


 カリバーン家の皆さんがとても優しくしてくださっていること。


 ラウス様が愛してくださっていること。


 過去に彼とは一度、出会っていたこと。


 ラウス様との出会いの記憶がないことは伏せた。ないと言えばまた心配性のお父様達の気持ちを荒ぶらせるだけだからだ。ラウス様は私にその日の記憶がないことを納得してくださった。そしてそれでも愛していると言ってくださった。

 すると私の報告を聞いたこの場にいた誰もが頬を緩ませて、そして「お祝いだ」と私の手を引いた。

 グスタフは最後尾でぶにぁと鳴きながら付いてきている。

 私の帰宅を喜んだお母様が作ってくれた木の実をふんだんに使ったケーキを囲みながら、詳しい話を聞かせてちょうだいとせがまれた私はあの家での出来事を語った。

 今日はブーケを作りに帰って来たのだと告げるとお母様は私を強く抱きしめた。

「やっとモリアにも愛する人が出来たのね」

 そう言って自分のことのように喜んでくれた。私はお母様に抱かれながら、そうかこれが恋なのかと今さらながらに自分の気持ちを自覚したのだった。

 お姉様達が残していったリボンなどの小物と、そしてお父様とお母様が私がいつかブーケを作る日のためにと用意してくれた材料をリビングの大きな机の上へと集める。

 そして主体となるのはもちろん私の持参した白薔薇だ。

 それはラウス様がウェディングドレスのモチーフに選んでくれた大事な花だからこそ、永遠に残るこのブーケに相応しい。


 早速バラの茎を数センチ残して切り、脱水液を入れた容器へとつける。そして水分が抜け切るのを待つ間、久しぶりにお母様と共にキッチンに立つ。

「それでモリア、お母さんにもっとお話し聞かせてくれるわよね?」

 話題となるのはもちろんラウス様のこと。

 お父様とお兄様が居た時はどちらかといえばカリバーン家が話の中心だったのに対してお母様はラウス様本人に興味があるようだ。

 いよいよ手を止めた時には一体夕食作りのために立っているのか、それともお父様達の居ない場所で2人きりで話をしたかったのかわからなくなったほどだ。恥ずかしいながらもいくつも浮かぶラウス様の素敵なところをお母様にお話ししていく。初めはポツポツと、けれど次第にお母様にもラウス様のことがもっと知って欲しくて彼への気持ちが溢れ出す。初めての恋に浮かれる私の話をお母様は嬉しそうに聞いてくれたのだった。

 私達が夕食を作っている間にグスタフとの交流を楽しんだお兄様とお父様は、グスタフ用のご飯をせっせと用意していた。グスタフもまた久しぶりに家に帰ってきた、大事な家族なのだ。

 久しぶりにサンドレアで囲む夕食はカリバーン家のご飯のように豪華ではなかったけれど、私の好きなものばかりがテーブルに並ぶ最高の夕食になった。


 夕食を終え、脱水が完了した花を容器から引き上げると素早く着色液へと移し替える。後は再び待つだけだ。

 用意してもらったベッドで長旅の身体を休める。今の時期、サンドレアの夜は冷え込むこともあってグスタフも同じ布団に潜り込んでくる。

「明日が楽しみだね」

 着色液が浸透するのは夜が明けてから。

 私はグスタフと共にその時を眠りながら待つのだった。


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