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50.

「ところで名前は『グスタフ』にするの? そういえば前の子もその名前じゃなかったかしら?」

「そう……ですね。やっぱり同じ名前は嫌ですよね。ねぇ君、違う名前がいい?」

 ついつい感極まってグスタフと呼び続けてしまったものの、いくら似ているからと言っても別ネコである。改めて別の名前を考えた方がいいかと提案すると彼はふんと鼻を鳴らした。

「あらあら、まるで初めからその名前以外受け入れないって言っているみたいね。それじゃあ、グスタフ。あなたもモリアさんと一緒に時々私とこの子たちに顔を見せに来てちょうだい」

「ぶにぁ」

 正式にグスタフという名前に決まった彼はシャロン様とダイナス様に目をやり、そして最後にしばらくの間共に暮らしていただろうネコ達を見下ろした。

「にぁご」

「にゃーにゃー」

 去り際にネコ達と何やら話を交わしたらしいグスタフはさぁ行くぞとばかりに私の腕をポンポンと叩いた。

 馬車に乗り込むと、すっかり私の太ももの上が定位置となったグスタフはその身体を丸めることでさらにボリュームを増していた。そしてそのまん丸いボールのようなグスタフをアンジェリカとお義母様は幸せそうに眺めている。

 さすがグスタフの名を継ぐ者だけあって態度の大きさと癒し効果は抜群である。


 私達の馬車が屋敷に着くと、私の膝から降りて自らの足で歩き出したグスタフではあるが、基本は私の近くから離れる気はないらしい。私が歩くとその短い足でトコトコと付いてくるのだ。

 その姿を愛らしいと眺めている、サキヌを仲間に加えた3人にバレないよう、こっそりとグスタフに「心配しなくてもドジなんてしないから」と耳打ちする。すると彼は呆れたようにふんと鼻を鳴らした。

 …………どうやらグスタフの心配性と私への信頼のなさは正常に受け継がれているようだ。

 猫は9つの魂を持つと言われているし、私が心配でやってきた、なんてこと……グスタフなら実行しそうな気がする。となれば私の幼き日の失敗の数々に関する記憶も受け継がれている可能性も高く、信用されていないのも諦めざるを得ないのだった。


「ただいま……ってその子は?」

 私とグスタフの短い内緒話が終えたところで、帰って来たラウス様は目敏く私の足元にいるグスタフを見つけた。

 その後ろではすでにアンジェリカとお義母様とサキヌの、すっかりグスタフに心を掴まれた3人組に捕まったお義父様が「家族が増えたのか」と幸せそうに笑っていた。

「グスタフと言います。今日シャロン様の屋敷で出会いまして……。その、この子は昔サンドレアの屋敷にいた子にそっくりで、えっと、それで、その……一緒に暮らしてもよろしいでしょうか?」

「君がグスタフか!! そうか、会えて嬉しいよ。今日からよろしく」

 他の4人と同様に、驚くべきほどにアッサリと受け入れてくれたラウス様。だがそんな彼にもやはりグスタフは鼻を鳴らす。


「すん」――と。

「さすがに会ってすぐには仲良くはしてくれないか……」

 その姿にこうべを垂れながら落ち込むラウス様だが、私はグスタフのそれが何を意味するかをよく知っている。

 これは恥ずかしさを紛らわす為のものなのだ。

「いえ、グスタフもよろしくと言っています。ね、グスタフ?」

 抱き上げて顔を覗き込むと恥ずかしそうに顔を逸らしてから「ぶにぁ」と返事をした。


 食事を終え、ラウス様の部屋にお邪魔しようとすると当たり前のようにグスタフもやって来て、そして私の足元で丸まる。

「すみません……」

「いや、グスタフは恩人みたいなものだから」

 ラウス様はそう言って、他の4人と同様に彼に愛おしい視線を落とすと今までと変わらずに会話を楽しんだ。

 基本的には大人しいグスタフではあるが、時たまに私の過去の失敗を思い出して「ふん」と鳴くのはご遠慮願いたかった。


「今日はこれくらいにしよう。モリア、おやすみ」

「おやすみなさい、ラウス様」

 ラウス様と別れ、部屋に帰るとグスタフは身体のお肉を揺らしながらトトトと窓際の花瓶へと距離を詰めた。そして「ぶにぁ」と鳴く。これは何だと聞きたいようだ。

「これね、ラウス様が私をイメージして選んでくださったんだって」

 そう説明すると、そうかと納得したようにおきまりの返事を返す。だがその後もグスタフの視線はしっかりと花瓶に向いている。

「あ、倒しちゃダメだからね!」

「ふん」

 グスタフが心外だとばかりに鳴いて、そして彼は注意をしたはずの私の方を見つめる。

「あ、うん。グスタフより私が気をつけなきゃ、なんだけどね……」

 私の過去のほぼ全て記憶しているのだろうグスタフには本当に敵わない。彼の目の前で割った花瓶や皿の数は計り知れず、そして私の記憶の中の彼がそれらを割ったことは一度もない。身体の周りにたわわとお肉をつけているわりに、ネコらしく機敏な動きをするのだ。

 窓際に登ったグスタフを抱きかかえると、ジッとその花を眺めた。

「これ、ブーケに出来ればいいんだけど……材料、ないもんな〜」

 すでにお花から興味がなくなったらしく、目を閉じかけているグスタフが完全に眠りの世界へと旅立つまで、私はその花を眺め続けていた。

 翌朝、目が覚めるとお腹に何やら重みを感じた。その重みの正体に「おはよう、グスタフ」と声をかけると私よりも早く起きていた彼は「ぶにぁ」と鳴いて床へと軽やかな着地を披露した。

 そしてすっかりと目が覚めた私は昨日、できなかったからちゃんとしなきゃ!と気合を入れてから日課の筋力トレーニングに取り掛かる。すると近くでそれを見ていたグスタフは私を応援するかのように一回一回するごとにその長い尻尾を左右に振っていた。


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