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33.

 部屋でゴロゴロとしたり、筋力トレーニングをしたり。何かと暇を潰しながら過ごしているとアンジェリカの宣言通り、夕刻にドアが叩かれた。

「はい」

「モリア様、お迎えにあがりました」

 もちろん外で待っていたのはシェードだ。どことなく朝よりも肌ツヤがいい。今日のアンジェリカの『反抗』が彼の中で心配事だったのだろう。少しでも役に立ててよかった――そう安心したのもつかの間のこと。

「私も一緒に?」

「はい!」

 アンジェリカが思いつきのように、提案したのはアンジェリカのダンスを見た後だった。実際踊っている最中に思いついたのだろう。名案を思い付いたものだとばかりに顔は輝き満ちている。

 アンジェリカはまだ幼いというのに、もうすでに夜会の中心で踊っても恥ずかしくはないほどの腕前だった。さすが名門貴族の令嬢といったところか、背中はピンと張っていて、足の動かし方も自然で。少なくとも私は今まであんなに軽やかに踊る令嬢を見かけたことはないと断言できる。

 夜会で綺麗なご令嬢を妖精や華に例える男性陣の気持ちがこの一時にして理解できたような気がした。

 端正な顔立ちと人好きな笑顔、そして技量もいいときた。きっとアンジェリカが夜会デビューしたその日、会場内の視線を一気に引き受けることだろう。そして口を揃えてアンジェリカを賛美するに違いない。もしも今隣にお姉様が居たのならアンジェリカについての噂話に花を咲かせたことだろう。

 それを見せてもらった後にこの提案だ。一瞬だけ嫌がらせの線を疑った。が、この可愛らしい妖精のようなアンジェリカがそんなことするわけもなく、キラキラとした目で一緒に踊りましょう?と誘っていたのだ。

 そしてその目に落とされ「わかりました」と言ってしまうまでそう時間はかからなかった。

「私はシェードと踊りますから、お義姉様は先生と踊ってくださいませんか?」

「わかりました」

 ここまで嫌がっておいて今さらかもしれないが、私だって決して踊れないわけではない。何度か夜会でもワルツを踊った経験だってある。

 だがそれはお兄様やお父様のリードあってのことであって、私が上手いかどうかは別問題なのだ。もっと正確にいえば、他のご令嬢たちみたいに婚約者がいるわけでもなければ、他の貴族のご令息から声をかけられることもなく、家族以外と踊った経験はないため、私の実力というものはわからないのだ。全くまさかこんなところでも男性経験のなさが出しゃばってくるとは思わなかった。

 もしも一度や二度、家族以外の方と踊ったことがあったのなら少しは違ったのかもしれない。今更そんなことを悔いたところで過去は取り戻せないのだが、もしもを考えずにはいられないのだ。とはいえもし過去に戻れたとしても女性から男性に声をかけるなんてはしたない真似は出来ないため、どう転んだところでどうせ今に至るだろうが。

「モリア様、どうぞよろしくお願いいたします」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 アンジェリカにダンスを教えているのだという先生は、シェードよりも頭一つ分ほど小さく、身長差をあまり感じさせなかった。

「しっかりリードしますから気負わずに楽しみましょう」

「は、はい……」

 過去に後悔の念を馳せることを止め、返事をしたもののやはり足を踏んでしまったらどうしようかとばかり考えてしまう。

 ダンスの先生なのだからお兄様やお父様より上手なのだろうが、慣れというものもある。

 お兄様やお父様は私の足さばきの癖も把握しているだろうし、何より昔から私に足を踏まれ慣れているのだ。お父様に至っては私だけでなくお姉様の練習にも付き合っていただろうから踏まれた回数は少なくとも倍はある。

「気にしなくていいんだよ。もう踏まれることに慣れているせいか僕自身、あんまり気にならないんだよ」

 お父様は私と踊る時、決まってその言葉を口にした。私が緊張してしまうことを知っていたのだろう。お兄様に至っては上手く踊れるとそれはもうすごい勢いで褒めてくるので少しだけ恥ずかしかった。

 ……よくよく考えると私に婚約者が出来ない理由、そしてそもそもダンスにすら誘われない理由ってお兄様にも非はあるんじゃないかと思ってしまう。

 もちろん大半は私が地味で目立たないのが理由だろうが、わざわざ夜会に行ってお兄様たちと踊り続ける令嬢というのも私の他には聞いたことがない。

 お兄様たちと代わる代わる数曲分踊り終わると私はすぐに仲良くしてくれる令嬢たちの輪に加わり、耳寄り話に花を咲かせていた。その間にご子息たちからダンスに誘われる暇などないのだ。

 それを今になって気づくとは……。遅い、遅過ぎる!

 そんなんだから嫁ぎ遅れたのだ。

「モリア様?」

 先生の声に我にかえると差し出された手に決心して手を重ねる。

 だがまぁ、今さら悩んだところでどうにもならないのだ。先生が相当な腕前か、彼もお父様のように踏まれ慣れているかを祈る他なさそうだ。後は、まぁ……努力をしてみることにしよう。

 私の心中など知らない彼はそっと微笑み、目尻にシワを刻んだ。


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