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28.

 それから意識を取り戻したのは遠くから聞こえる怒鳴り声を耳にしたからだった。

「だから……!」

「私だって……のよ!」

「だからって……こと……」

「だって……だってそれは……」

 途切れ途切れに聞こえる男女の声は、どうやらラウス様とお義母様のものらしい。眠りから覚めた頭を髪がボサボサにならない程度に左右に振ってから、声のする方へと向かった。二人の言い合いをどうにかできるとは思ってはいないが身体が勝手に動いてしまったのだった。

「ラウス様、お義母様!」

「モリア!」「モリアちゃん!」

 声を掛けると二人は言い合いをやめ、ほぼ同時に振り返る。

 ラウス様は心配そうに、お義母様は嬉しそうに。

「身体は大丈夫なのか?」

「え? あ、はい」

 足早に距離を詰めて顔を覗き込むラウス様は訳がわからず適当に返事を返した私のおでこに手を当てる。

「とりあえず、熱はないな……」

「ラウス様?」

「疲れているんだろう? ゆっくり今日はゆっくり休んでくれ」

「え、ですが今日はどこかへ出かけるんじゃ……」

「疲れているモリアを連れていくなんてできる訳がないだろう? いいですか、お母様?あまりモリアに無理はさせないでくださいね」

 どうにも私を病弱か何かだと勘違いをしているらしいラウス様は私に語りかけるのと正反対の、突き放すような声でお義母様を威嚇する。

 それはお茶会で仲間はずれにされていたお義母様と似ていて、さほど怖いとは思わなかった。ただ家族なんだと思うのだ。

「私だって、私だってモリアちゃんがここに来るのに一役かったのにそれはあんまりだわ……」

 お義母様はやはり怒られたことなど気にせずに頬をぷくっと膨らまして、いじけたように髪をいじる。

 それにしてもお義母様が一役かったとはなんの話だろう?

 私はただ借金があって、そしてカリバーン家が私を指名したからここにいるだけ。私はその結果は知っていても、過程をよく知らない。だがよくよく考えれば名家として知られるカリバーンが下級貴族を引き取るまでに色々ないざこざがあったとしてもおかしくはない。

 そうなるとただの『人違い』として引き取られた私としては少しだけ肩身がせまい。

 それでもここにいていいと思えるのは単純にこの家の誰もが私を排斥しようとしないからだろう。むしろ歓迎されている。

「それはまぁ……感謝はしていますが……」

「ならいいじゃない! 私もモリアちゃんと仲良くなりたいの!」

 少しばかり歓迎されすぎではないかと思わなくもないが……。

「そういえばお母様。来週のお茶会、モリアを連れて行くと叔母様に約束したそうですね?」

「ええそうよ。お義姉様もモリアちゃんに早く会いたいんですって!」

 それは私も初耳だ。

 どうせ大した予定も入っていないし、構わないのだがラウス様の叔母様か……。どんな方なのだろう?

 カリバーンの名前でさえも噂でしか知らなかった私にとって初対面の人になるのはまず間違いのないことだろう。

 だがなぜそんなにも会いたいと思ってもらえているのだろう?

 もしかしてカリバーンに相応しくないとでも言われるのだろうか?

 そうだとしたらまた振り出しに戻るだけだ。田舎村に帰ってせっせと借金返済に向けて地道に努力する生活に帰るだけ。そのはずなのにほんの少しだけ胸が疼くのはなぜだろう?

 ラウス様の言った通り体調でも悪いんだろうか?

 頑張り屋のお姉様達と違って、私はそうそう風邪なんてひかないのだけど、慣れないことが続いたからな……。いや、でも私の身体はそんなヤワではないはずなのだ。

 私が自分の身体と対話しているうちもやはり二人の形勢はラウス様が優勢のまま続いている。

「叔母様にはすでにお断りの手紙を出しておきましたから」

「なんでそんなことをするのよ!」

「叔母様には結婚式の招待状を出しているのですからそこで会えばいいでしょう!」

「ダメよ! これはもうモーチェス様との話し合いでも決まったことです」

「話し合いって、お父様が叔母様に逆らえる訳ないじゃないですか……」

「そう。だから今モリアちゃんがカリバーン家にお嫁に来れているのよ?」

「それは……まぁそうですが……」

「来週のお茶会は決定事項です。私とお義姉様、モリアちゃん、アンジェリカの四人でするお茶会だからあなたは安心していつも通り仕事でもしていればいいのよ」

「はぁ……。まぁ身内だけですし、叔母様には恩があるからな……。モリア、すまないな……」

 話し合いの結果、私のお茶会参加は決まったようだ。

 3人中2人はお義母様とアンジェリカで緊張することはないと思いたいのだが、どうやらラウス様の叔母様はお義父様よりも力関係が強いらしい。そんな人とお茶会なんて、大丈夫な気がしない……。

「無礼のないように頑張りますね」

 だが私の出来ることはたかが知れていて、その相手の機嫌を損ねないように気をつけるくらいなものだろう。

 胸に手を当ててそう決意したのだが、お義母様はそんな決意をかき消すように呑気な声で「モリアちゃんはそのままでいいのよ」と笑った。


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