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2.

 ひどい扱いを受けることなんて覚悟していた。正直、馬車に乗っている時は生肉にされるために出荷されていく牡牛のような気分だった。それでも家族や領地の住民が苦しまなくて済むのであれば、私にとっては苦にはならない――そう、覚悟していたはずなのに。

 なのに、なぜ私は今こんなところにいるのだろうか?

 私の頭上では絵の中の天使様が微笑みを浮かべていて、壁には宝石のようなものが埋め込まれている。それらは様々な角度から照らされる光に反射して輝きを増していた。

 私が王都に来たのはたったの二回だけ。

 近所のおじさんに頼み込んで、大きな競りに連れてもらった時が一回。

 そしてもう一回はお父様すら行くのを嫌がった、半ば強制参加の社交界である。

 二度目の王都訪問となった社交場に足を運んだのは私が16になったばかりの頃で、初めて一家揃って夜会に出席した日でもあった。図らずとも私のデビュタントは王都で行われた上級貴族の主催する夜会となったのであった。

 けれど私はもちろん、一家全員が上級貴族に囲まれた夜会などにそう何度も出席しているわけもなく、皆一様に表情筋が凝り固まっていた。そして帰宅後は疲労で全員が一日中机に突っ伏していた。そんなだったせいでその夜会の詳細な記憶はない。ただ無礼を働かないようにとだけ頭に強く残っていた。ただそれだけだ。

 おそらくは一家のほぼ全員が壁側に寄って過ごしていたことだろう。

 あまりの緊張のせいで着ていたドレスってこんなだったっけ?と数日後に自室にかけてあったドレスを見て首をかしげるほどだった。

 いくら下級貴族とはいえ二十年近く生きていればその後も数回ほど王都への招集もとい王都での社交界にお呼ばれすることもあったが、それを何かにつけて断り続けた。

 やれ体調が優れないだの、飼っていたネコが死んでしまっただの……。

 よくそんなチャチな言い訳が毎度通るなと感心してしまうほどだが意外とどうにでもなるものだ。

 例外があるとすればたった一度だけ。それは愛猫グスタフが寿命を全うしこの世を去った時のことだ。それを言い訳に夜会を欠席させてもらった、猫公爵と名高い公爵家のご婦人からからわざわざお悔やみの花束が送られてきたくらいなものだった。

 グスタスは私が生まれるよりもずっと前からサンドリア家におり、彼が突然屋敷にやってきてからゆうに25年以上の年月が経っているらしい。つまり最低でも25歳まで生きたご長寿な猫さんである。だから彼の死でサンドリア家の誰もが悲しみにくれるなんてことはなかった。

 そんなグスタフが死に場所に選んだのは住み慣れたサンドリア屋敷ではなく、彼の好きだった川魚の捕れる川の近くだった。

 私が産まれるよりも先にこの屋敷にやってきたグスタフは初めからそれはそれは丸々と肥えていたらしい。そんな彼の身体は最期にふさわしいほどにパンパンに膨れ上がっていた。グスタフの目の前には食べきれなかった魚がぐったりと横たわっていたが、グスタフの顔はとても満足そうだった。

 大方死を悟ったグスタフが死ぬならいっそ満腹になって死にたいと願い、実行に移した結果だろう

 そんな一生をここぞとばかりに楽しんだグスタフに弔いなんて野暮なことはしない。むしろ家族総出で長寿の祝いをした。そして庭先に猫にしては立派にしたお墓を作って、グスタフの好きだった川魚をお供えしておいたくらいだった。どこか猫離れしていた猫だったから空の上で喜んでいるだろうな……と思いつつ送られて来た弔いの花は魚と並べて供えておいた。


 ――とそんな一例はともかく、王都の近くに家を持つ貴族の地位は高く、そんな社交界に頻繁に呼ばれるわけでもないので、一部例外があれどそのほとんどが嘘丸出しな理由でも断ることは出来た。

 仲のいい友人にはこんな嘘、バレていただろうけど、彼女たちは何も言わないでそっとして置いてくれた。

 これで他のお茶会や夜会にも断りを入れていれば怪しまれることはあるが、王都以外、下級貴族同士の社交界などは一度も欠席することはなかった。

 むしろ積極的に参加した。

 集まるのは皆、顔見知りばかりで友人も多い。なかには私のように農作業を手伝っている子もいて、頻繁に手紙でやり取りをすることもあったほどだ。

 そんな、王都をここぞとばかりに避けていた私は今、王都にいる。

 人生で三度目となる王都訪問は大規模な競りでもなく、ましてや野獣のような視線飛び交う夜会でもなく、王都で有数の服飾店として知られる、王家御用達の店だった。

 そんな明らかに私とは不釣り合いの店に手をひかれた私は無意識に店とは反対側に引っ張ったほどだった。

 私は断じてこんなキラキラとした店に来るような人間じゃない。

 同じキラキラなら出来のいい作物を太陽に照らした時もしくは川でキンキンに冷やした時に見られる、雫が滴り落ちてくるキラキラがいい。

 あの食欲をそそるような、今にもかぶりつきたくなるようなキラキラ――それが私に似合うもので、こんな光だとか宝石だとかそんなもので作られたキラキラは私じゃなくて、もっと社交界にいるような、飢えた野獣さながらの目つきをしたご令嬢のほうが似合う。

 指にはめては光にかざして眺めてみたり、首元に飾ってみたり、はたまた頭に乗せてみたり――と彼女たちならこれらを上手く生かす方法を知っているのだろう。

 目の前の女性が持つレースなんかはつけられるよりも作り手のほうが向いていると、女性の手元をじいっと見つめてしまう。

 きっと編めないことはない。

 難しそうではあるけれど、手先は不器用な方ではないので練習次第でなんとでもなるだろう。

「モリア様、もう少しで終わりますので」

「はあ……」

 レースを眺めることによって意識を逸らしているうちにドレスを作るための採寸は仕上げ段階へと入っていく。


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