05
教師達に取り押さえられるまでの間ひたすらクラスの連中を痛めつけた。
何故こんなことをするのか分からないという奴らの表情に更に血は上り振り下ろす速度はあがった。父親に憧れて始めた剣道の技術がこんなところで発揮されてしまったのは残念でならないが、後悔することはなかった。
取り押さえられた後に抵抗することはなかったが、警察を呼ぶ流れになった時に校長が必死に止めていたのは正直笑えるものだった。ここまできて学校のイメージを守ろうとするその世間に縛られた姿は一周回って哀れにも思えた。しかし、流血している生徒がいる以上学校としては何もしない訳にいくはずもなく間も無く救急車の手配が行なわれた。救急車だけならと校長は安堵していたが、暴行による怪我であるのは明白で生徒たちも救急隊員にそう説明するだろう。そうなれば警察が動かない訳がない。
そうなるとは知らずに教師達は校長室にて今回暴れた理由を問いただした後に然るべき処分を与えられることに決め、校長と見張り役の生徒指導と体育教師に拘束される形で俺は移動することになった。
そんな時に俺の頭は両親にどう謝罪するかで一杯になりつつあった。
校長室に入ると椅子に座らされ何か他ならない理由があるのではないかと問われた。俺は化学準備室で先生に聞いた話と自分が実際に体験して来た嫌がらせの犯人について説明した。
校長のとんでもないことが起こってしまったという表情と事情を何も知らなかった二人の先生の驚きと怒りを混ぜたような表情はとても対照的で味方となり得る人がこの学校にはいたのだと初めて救われた気持ちになった。
咄嗟に校長は席を立ち、机に置かれている事務用の電話を手に取ると一人の教師を校長室に呼び出した。その聞き慣れた名前に俺はその人物がどういう表情でこの部屋に入って来るのかただそれだけを見たくて入り口を凝視する。
数分して弱いノックが部屋に響き扉が開かれる。今にも吐くのではないかという真っ青な表情で俺の担任は入ってきた。どうやら状況を全て察しているらしい。尋常ではない汗と挙動不審な動作は見る者全員に自白しているようなものだった。
「・・・君、全て説明したまえ。」
校長は落ち着きを保とうとゆっくりと声を掛けた。まだ最後の希望を抱いているのだろう。俺が嘘をついていると信じたいのだろう。だが、その一生の願いを込めている相手はこの挙動不審の一人の男なのだ。何とも頼りなく、吹けば消えそうな希望なのだろう。
担任は終始「え、あの・・え」と代弁策を考えている様だったが、俺の横に立っている二人の先生の目に耐えられなくなったのか、一言叫んだ。
「すみませんでした!」
その声が聞えた直後だった。俺が飛び出そうとする前に既に生徒指導が胸倉を掴み激しく揺さぶる。体育教師は我慢の限界だったのだのだろう。強く握りしめた右拳を担任の顔にぶつけた。地面に崩れ落ちた担任はひたすらに謝罪の言葉を繰り返し、泣きながら俺の方に近づいて来る。
振り上げられた松葉杖を止める人間はもう学校にはいなかった。
結局俺は暴行の被疑者として警察署に連れていかれた。学校に最初に到着していたパトカーに乗っていたのは被疑者が誰なのか全く知らない父だった。事件関係者に親族がいた場合その警察官は対応してはならない。父は至急の応援を要請し何事かと十数人の警察官が校内に臨場した。
刑事さんの事情聴取を受けた後、俺は警察署の刑事課取調室に身柄を移された。そこで今回の暴行に至った経緯を説明したところ、諦めかけていた事態は急変した。
学校にて聞き込みを行っている地域警察官に無線で防犯カメラ映像を回収、俺に行われていた嫌がらせの証拠を集めることに成功し、暴行の被害者は器物損壊、窃盗、暴行、の被疑者であるとして取り扱うこととなったのだ。校長室で話を聞いていた生徒指導と体育教師も事実であると証言したらしく俺だけが裁かれる状況から奴らを道連れに出来る形となった。
警察署中が慌ただしくなる中この件に関わってはいけない一人の警察官が私服に着替え取調室に入ってきた。
「・・・すまん。」
父親に頭を下げられたのは始めてだった。
その姿は印象的で多分忘れることはない。
そこにもう一人警察官が入ってきた。病院に運ばれた生徒とその両親から事情聴取を行ったらしく、最初完全に否定していたが防犯カメラの映像の話をすると全員が自白し、こちらは被害届を出さないのでそちらも被害届は出さないで欲しいと申し立ててきたとのことだった。
未成年の俺には権利はなく両親がその決定権を有する。その説明を刑事さんからされた後、その場にいる全員が父に視線を向けた。
「・・・・・。」
父は沈黙し、俯いている。
しかし、俺に権利がなかろうと俺の意志は既に決まっている。
「父さん。一人の女の子が死んでるんだ。罰は全員受けないといけない。」
ハッと俺を見る父の視線はとても弱弱しいものだった。自分の息子が犯罪者となる決断をするのだ。ためらって当たり前である。
だが、やはりうちの父親はどこまでも尊敬できる人だった。
「・・・全員に対し被害届を出します。」