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霧崎守の幸福論  作者: 影文
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03

 入院中に彼女がお見舞いに来ることはなかった。残念ではあったが、彼女の心境を考えると『来れない』のではなく『来ずらい』のだろう。それは仕方ないことだ。

 入院期間はリハビリに専念していたせいであっという間に感じた。ギプスも想像以上に早く取ることができ、今は松葉杖の生活に慣れつつある。気が付くと一か月半が経過しており、その後の診察で脳やその他の問題が一切確認されなかったこともあって、退院し通院による自宅療養が始まった。

 もう心の中では学校に行くつもりしかないのだが、親からこの期間を使って散歩を行い普通の地面に慣れたら登校を許すとの言いつけが来た。最初は「何を言ってるんだ」と思ったが、病院内の平坦な床と道路とでは確かに雲泥の差があった。歩けない訳ではないが、舗装されておらず凹凸が多少ある道や急な坂道などは確かに慣れなければ歩くだけで息が上がってしまうものだった。しかし、ここまで来てゆっくりとしているつもりはなく親の言いつけを三日でこなし、晴れての約一か月半ぶりの登校日がやって来た。父親に車で送迎してやろうかと言われたが、せっかくなので自分で歩くことにした。

 いつも通りの通学路、前より歩くペースこそ遅くなっていたが、本当にそれはいつも通りの通学路だった。確かに松葉杖を使い登校する俺の姿をまじまじと見る者はいたが、それだけだ。心配して話しかけてくることも、一緒に登校している友達との話題にすることもない。自分と関係ないことには無関心というなんとも人間らしい、いつも通りの日常だった。

 無心で通学路を進んでいると例の交差点が姿を現した。交差点は再び俺の足を赤色で止め、しばらく動くことを許さなかった。

 確か、あの日彼女はこのタイミングで来たんだっけな。

 そう思って振り返るが後ろに彼女の姿はなかった。ただ見知らぬ生徒達がノソノソと学校に向かうだけだ。登校している時間がバラバラなのだろうか、信号が青になるまで待っている間では彼女の姿を見ることが出来なかった。いや、松葉杖により登校に時間が多少かかってしまっているため、もしかしたら先に学校に到着しているという可能性もある。

 俺は信号が青に変わると同時にペースを上げて学校に向かった。

 校門を通り抜け、下駄箱で靴を履き替える。教室に近づくにつれ心音が聞えるのではないかと思うくらいに早くなっていた。多分そのせいだろう。俺が周囲から向けられている視線に気が付かなかったのは。

 教室に入った瞬間、その場にいた全員が俺を見た。しかし、そんなことはどうでもいい。彼女はもう学校に来ているのだろうか。

 久しぶりの教室で、彼女が使っていた席を必死に思い出し、探す。見つからない席を探す。見つかることのない席を探す。見つかるはずのない席を探す。

 僕は直感した。以前から席ごと全部を隠す嫌がらせがあった、僕以外にこの嫌がらせに遭うのは一人しかいない。

 頭に一瞬で血が上り僕は叫んだ。

 「お前ら、いい加減にしろよ!何が楽しいんだよこんなことして!これ以上変なことするならもう許さねえぞ!」

 叫びは空しく乾ききった教室そして廊下に響き渡る。しかし、誰も反応をしない。誰もがただ残念そうな、可哀想な顔をして僕を見ている。

 返答の無い状況に僕の怒りは増す。

 「ふざけるな!何とか言えよ!」

 気が付くと一人の教師が僕の肩に手を置いた。振り返りその姿を確認すると初めて見る人だった。

 先生は「話すことがあるからこちらに来なさい。」とクラスの連中とは全く違う雰囲気で僕に話し掛けてきた。退院後の手続きか何かがあるのかと思い、僕は渋々先生の後を追うことにした。

 向かったのは職員室でも校長室でもなく、旧校舎の一角、生徒達が無断の入室を禁止している場所である化学準備室だった。何をするのか全く理解できなかったが、僕は先生の案内通り、中に入ることになった。中は科学準備室に似つかわしくなく、入り口には無数の本が積み重ねられていて、それは少し神秘的な空間に見えた。

 奥に進むと先生が使っていると思われる事務机に生徒用の机が六つが授業で見かけるグループを作りの時の向かい合った形で置かれていた。

 先生に誘導されるままに席に着き、出されたお茶を一杯飲んだ。変だとは思いながらも人の視線がなくなったからだろうか、僕の心は安定していた。

 先生からの一言があるまでは、

 「彼女は自殺したんだ。」

 その言葉は、しっかり耳から入りはしたが脳に届くと同時に理解する機能が剥奪されたかのように先生が何を言っているか全く分からなくなった。

 「え?」

 「彼女の席は生徒が嫌がらせの為に隠したのではなく、生徒の精神をいち早く回復させるという名目のために移動させたんだ。」

 言葉は聞こえる、しかし意味が分からない。そんな混乱状態にある僕を無視して、先生はとどめを刺しにくる。

 「それが、今君が座っている席になる。」

 その言葉に思考どころか、行動も停止する。一瞬自分の存在が消えたのではないかと思うほどの消失感を覚えた後、俺の視線はゆっくり机に向く。

 理解できない涙が出る。理解したくない涙が出る。声に出ない叫びが僕の中に反響し、涙腺から溢れ出す。

 僕を助けた人はもういない。

 しかし、先生の言葉は止まってはくれなかった。

 「君が事故に遭って数日が経ったある日、君の両親から息子は学校内でイジメを受けていてそのせいで自殺しようとしたのではないかという訴えが来た。」

 聞いた瞬間、涙が止まる。この先生はこれ以上何を語る気なのだと全神経が先生の一言一句に集中される。

 「学校側も『無かった。』と白を切ることは出来なかった。事実、君の所持品の紛失など、君の両親がイジメ事実を証明することの出来るモノがいくらかあったからだ。その気になれば学校の防犯カメラ映像の確認すらしただろう。だから、校長がクラス会を開いた。」

 「『この中に旭川旭君をイジメている生徒がいるのでは。』と。」

 「結果は君が想像し得る最悪のものだ。」

 「クラスの連中が名指ししたのは、いいや。担任の教師までもが名指ししたのは。」

 「一人の女子生徒だった。」

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