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霧崎守の幸福論  作者: 影文
2/16

01

 声に出すより先に体が動くことがあるらしい、条件反射的なものだろうか。いや違う、『条件反射の様』という行動は日常的に反復行動を行っているからこそ出来ることであり、もしこれがソレと言うなら、俺は常日頃から彼女を助けようとしていたことになる。だからこの表現は間違いだ。

 咄嗟に駆け出した体は瞬時に彼女に追いつき、伸ばした腕は彼女の手を摑まえることが出来た。彼女が振り返る勢いに合わせて手を思いっきり引っ張り自身の後ろに飛ばした。

 そして、世界は激しく揺れた。

 痛いというよりは、抵抗していない時に体を思いっきり押し飛ばされる感覚に近いだろうか、地面に叩きつけられるまでのたった数秒の間で、驚くことにそんな感想を考えられるくらいにゆっくり動いているように感じた。

 フロントガラスにぶつかる自分の頭も、車と地面にぶつかる時に体に響いた嫌な音も、薄暗く曇った灰色の空も全て見ることが出来た。仰向けで止まった俺の体は身動きをするにも力が既に入らなくない。


 温かい


 灰色の空が赤く色づいていく、顔面に複数刺さったフロントガラスの破片が顔を血だらけにしたらしい。大量に血が出た時というのはこんなにも温かいのだと始めて知った。そしてもう一つ知ったことがある人間とは、どうしようもなく薄情なものだと僕は知った。



 事故後、最初に聞いた音は、悲鳴でも、危険を知らせる叫び声でもない。



 カメラのシャッター音だった。



 思わず怖くなった。そして、何より気持ち悪くなる。『僕はこんな生き物達に囲まれて生活していたのか』と吐き気が込み上げてくる。押し寄せる感情は逃げる場所を知らない。怒りや、悲しみなんてない。嗚咽しそうな程に、この場から逃げ出したい程に、気持ち悪いものだ。


 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。


 発狂するほどに苦しんでいた俺が次に感じたのは。後頭部に触れる僅かながらの柔らかさと、額に押し付けられた布の感覚だった。止血のためだろうか力いっぱい布を押し当てて、押し当てて、泣いていた。止まらない謝罪の中で、頬に涙が落ちてきている。


 寒い


 体がどんどん寒くなる。それほど出血がひどいのだろうか。体に力も入らない。もし本当にこれが最後の時間なら、僕は彼女に伝えたいことがある。精一杯の感謝を、僕を助けようとしてくれて、僕のために泣いてくれて、そしてなにより、『助けてくれて』、ありがとうと。

 しかし、もう声は出ず、視界は暗く何も見えなくなっていた。


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