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三枝綾香にとって世界とは『全てが他人によって決められるもの。』であった。
彼女の生活には常に他人が入っていた。勉強を教えてくれと頼む人、愚痴をこぼして相談してくる人、世間話をして笑う人、彼女は生活において自分一人の空間を得ることは出来なかった。家族もまた彼女にとっては他人であった。
しかし、本人の心境を周りが知るよしもなく、人が周りにいることは素晴らしいことだと言ってくる。『社交性があり、面倒見も良く、利他的である。』と。しかし彼女にとってその状況はただの苦痛でしかなかった。
他人が彼女の存在を高く見れば見るほど彼女はそうしなければいけないという意味の分からない責任感に追い詰められていた。目には見えないソレは彼女の心臓を握り、まるでみんなの理想通りに動かなければ殺すと言わんばかりに彼女の鼓動を早くした。形容するなら『恐怖』という言葉が近いだろう。矛盾するようだが、いつも周りに人がいた彼女には、彼女は理想の存在ではないと知り、失望しみんなが離れていくのが怖かったのかもしれない。
たかがその程度のことに彼女は振り回された。一種の『その場の空気』と酷似しているかもしれない。彼女はソレから逃げられなかった。他人の理想通りの振る舞いをして、役を演じ続けた。
しかし、彼女も人間である。怒りもするし、悲しくもなる。疲れることもある。それを偽り続けるのはとても辛いものだった。みんなを騙しているという罪悪感ではない。それは間違いなくストレスによるものだった。日が立ち、年を越すにつれ彼女は『彼女』であることが苦痛になっていた。そして、それは起こった。いや、むしろ今までそれが起こらなかったことの方が奇跡かもしれない。運が良かったと言わざるをえない。しかし、既に運は尽きていた。
彼女のことを目障りだと言うグループが現れた。しかし、今更彼女にはどうすることも出来ない。むしろ彼女自身の方が彼女達よりも『彼女』のことを嫌っている。
彼女は彼女の嫌いな『彼女』を演じ、『彼女』が嫌いな彼女達は彼女に攻撃を加えた。
引きこもるのに時間はかからなかった。
参考書にまみれる部屋で彼女がやっていたことは
ゲームだった。
自分の好きな自分を作り出し、どんな世界でも縛られることなく自由に振舞うその姿は彼女にとっては理想であったが、それを見せられる度に今までのそして今の自分を見て苦しんだ。だからこそ、のめり込んでしまったのかもしれない。望めばなりたい自分になれる世界は麻薬の様に彼女の感覚を麻痺させテレビに永遠と噛り付いていた。
しかし、その姿は彼女が恐れていた失望される自分の姿に他ならなかった。外に出ない彼女にとってクラスメイトの声はもう恐怖ではなかったが、彼女を追い詰めていったのは彼女の両親の存在だった。
慰め、失望、怒号、その全ては彼女を一瞬で夢の世界から引き離し今の自分の姿を自分に嫌というほどに認識させた。そこから逃げるために彼女は行動した。
運命の日の朝はすがすがしいモノだった。差し込まれる日差しも、小鳥たちの鳴き声も、まるで天井に吊るされている彼女を祝福するかのようだった。
そして彼女もそこに立つ。
唯一彼女が、ここに来た人々と違っていたのは、アンケートに返答し始めた時、彼女は後悔し涙したことだろう。
最後の問に対し、彼女は生き返ることの出来る力を想像したが、あのまま生きたところでまたここに戻って来るような気がして彼女は自分の欲望をそのまま書いた。
『画面の向こう側の世界に入る力が欲しい。』