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ホラー関係(短編)

吾輩は猫である。長靴に救われた只の猫である。

作者: ジルコ

 吾輩は猫である。飼い主であるご主人にはバロンと呼ばれている。


 一昔前まではこの辺りの野良猫のボスをしていたのだが、引っ越してきたご主人と意気投合しご主人の家に厄介になるようになった。


 ご主人は都会の喧騒が嫌になったとかで、この何もない、隣家とは道を歩けば3キロ近く離れているようなこのど田舎へとやってきたらしい。確かに出会った頃は虚ろで青白かった顔も最近では農作業をするようになったおかげか日に焼け活力に溢れているように見える。まあ、ひょろっとした体とまだ若いのにファッションのファの字も縁遠いその姿では嫁が来るのか多少心配ではあるのだが。


 ご主人の家は山の中腹にあるのでかろうじて電気は通っているが、水道やガスなどはない。水は井戸からポンプでくみ上げ、火は昔ながらのかまどを使用している。

 不便な暮らしであるとは思うのだが、ご主人はとくには気にしていないようだ。晴耕雨読を地で行っている今時珍しい人である。


 野良から飼い猫へとチェンジした吾輩であるが、1週間に1度必ず開催される夜の集会には未だに参加していた。まぁ、野良しか参加できないわけではないので問題はない。問題としては少し距離があるということだが、ご主人の家は車が通る道を通れば隣の家まで3キロほどあるが、森を突っ切れば600メートルほどでふもとの町まで着くことが出来る。森を抜けるなど猫の吾輩にとっては造作もないことだ。


 今日もいつもの集会ではあるのだが、参加している数はやはり少ない。そして話題もその原因についてが主となっていた。


「やはり治療法はわからぬか?」

「はい、バロン様が仰ったとおりに対策を進めているのですが、どうしても襲われるときは相手が集団であることが多く。現状で約半数はもう駄目でしょう。人間に病院に連れていかれた者の観察も続けていますが結果は・・・」

「そうか。引き続き警戒と調査を続けてくれ」

「はい」


 こののどかな田舎町でその事件は密かに根を深くしていっていた。事の始まりは20日ほど前、吾輩が集会に参加するために町をぶらついていた時に発する。


 1週間ぶりの町の様子を観察しながら悠々と吾輩はその歩を進めていた。飼い猫になり野良猫のボスは他の仲間に譲り渡したものの、吾輩の実力は普通の奴ではかなうほどなく強く、テリトリーに入ったからと言ってむやみに攻撃してくるような者はいなかった。むろん吾輩もそのあたりのことはよくわかっているので無駄にほかの仲間のテリトリーに入らないようには注意していたが。


 そしてもう1ブロックも進めばいつもの集会場といったところで吾輩は1匹の大きなネズミを見つけた。ネズミはごみ集積所のごみ袋を食い破り、中身を散乱させていた。

 狩猟本能を刺激された吾輩は態勢を低くし、しっぽを振ってタイミングを計る。油断しきったネズミなど吾輩にとってはおもちゃでしかない。吾輩自身そう思っていた。それは吾輩が油断している証左に他ならなかった。


 吾輩がとびかかろうとしたその時、左後ろ足へ違和感を覚えそちらを見ると、そこには今まさにとびかかろうとしたネズミと同じ種類の大きなネズミが吾輩の足へとかじりついていたのだ。

 とっさに宙返りをし、そのネズミを半ば強引に引き離す。20センチほどあろうとも吾輩とは体格が違う。吾輩によって打ち上げられたネズミはしばらく宙を散歩し、そして大した音もたてずに地上へと落下した。


「こいつ、逃げられると思うなよ!」


 そう言うと元からごみをあさっていたネズミのところへと素早く駆け寄り、その首筋に噛みついて息の根を止める。そして再び襲い掛かってきたもう一匹のネズミもほどなくして吾輩を前に命を失ったのだった。

 勝利を収めた吾輩だったが喜びはなく、むしろ戸惑いの方が大きかった。今までもぼんやりと思考することはあったが、それがいきなりクリアになったのだ。それがなぜかはわからなかったが、おそらく先ほどのネズミが関係しているだろうことは予想がついた。


 吾輩に怪我はなかった。ネズミがかじりついたのはご主人が吾輩にくれたお休み用の長靴デザインのソックスの上からだったからだ。そのソックスがネズミによって汚れてしまったことが少し残念だった。


 集会所に着くと、吾輩以外にもネズミに襲われた仲間がいることがわかった。首尾よく仕留めた者たちは吾輩と同じように思考がクリアになっており、意思疎通がはっきりと出来るようになっていた。しかしネズミによって怪我を負った仲間も多く、彼らとの意思の疎通は今まで通り何となくでしか出来なかった。

 その日の集会はひとまずネズミに注意することで終わった。


 そして翌週の集会に来ていたのはいつもの7割ほどの者しかいなかった。不思議に思ってメンツを確認してみると先週ネズミに襲われて怪我をした者たちがいないことに気付いた。吾輩と同様のことに気付く者もおり、その日の集会ではネズミに気を付けることとネズミに怪我をさせられた者の調査を行うということを決め解散した。


 そして先週の集会で、吾輩は驚くべき報告を受けた。ネズミに怪我をさせられた者たちが狂暴化し、病院へと運ばれたり、運の悪いものは保健所へと連れていかれたそうなのだ。

 彼らの変貌は突然だったらしい。実際にその様子を見ていた者の話では、直前まで普通にしていたようなのだが、突然狂ったように暴れ始め、危うくその者も攻撃を受けるところだったらしい。同様の報告は数件あり、これは偶然ではなくネズミによる何らかの病気が広がっているのではないかという結論になった。


 しかし疑問は尽きなかった。我々のように思考がクリアになった者の中でも、後日にネズミに襲われ彼らと同様に怪我を負ったものもいた。しかしその者にそういった類の変化はなかった。観察は続けているが、本人も思考が鈍くなったような感じはしないと言っていたのでおそらくその病気にはかかっていない。

 とりあえずネズミを無傷で噛み殺せば病気にかかる可能性を減らせるかもしれないのでそれを推奨することと、独自に治療法がないのかを探すということでその日は解散になった。


 そして今日、耳に入ってくるのは悪いことばかりだった。ネズミは順調に数を増やしているようで、怪我をする仲間も増えている。一度噛み殺した後であれば怪我をしても大丈夫のようではあるが、このままでは普通に物量で負ける可能性さえあった。吾輩は決断を迫られていた。

 その時あることの監視を頼んでいた仲間が全力でこちらへと駆けてきた。そして言った。


「まずい、人間にもうつったみたいだ!」


 その仲間に監視を頼んでいたのは、突然暴れだした仲間によって怪我を負った人間の様子だった。少し調子が悪そうにしていると先週の時点で聞いており嫌な予感はしていたのだがそれが当たってしまったようだ。

 そして吾輩は決断を下した。


「吾輩はこの町を捨てる。とはいってもご主人の家に籠るだけだが。この集会に来ることは2度とないだろう。みなも身の振り方を考えておけ。ご主人の家に来るのであればできうる限り歓迎しよう。まあネズミ退治には付き合ってもらうがな」

「バロン!」


 吾輩を咎めるような声が上がったが、それこそその者は状況を把握できていないのだ。これはもう我々の手に負える問題ではない。ご主人の家とて安全とは言えないだろうがここで希望にすがって死ぬよりはよほどましな生き方が出来るだろう。それがいつまで続くかは知らないが。

 彼らに背を向け歩き出す。2匹は吾輩に着いてくるようだ。戦力は多い方が良い。森には食べられる物も生えているからこの程度なら問題はないだろう。

 そうして吾輩は町を見捨て、ご主人とともに過ごすことを選択した。


 それから1か月が経過した。ご主人の生活は相変わらずだ。吾輩が仲間を連れてきたことに驚いてはいたが、今では来た仲間にナトリとナトルと名付けて可愛がっている。

 我々がしているのは周囲の警戒だ。幸いなことにこの家までやってくるネズミはいなかったが森を徘徊する者は最近増えてきている。

 このままではご主人が危ないかもしれない。どうしたらよいかナトリとナトルに相談したところ名案が浮かんだ。それは・・・


*****


「ぐおー、ぐおー・・んんんん、げほっげほっ!」


 寝ていたところ妙な息苦しさに目を覚ました。気分は最悪だ。呼吸すると生臭く、さびを舐めてしまったかのような味わいが口に残っていた。何かが自分の口の中に入っていたのは確実で、それを認めたくないながらも目の前にポトリと落ちているもののリアリティが夢ではなく現実で起きたことだと示していた。


「バローン!!」


 犯人であるだろう名前を呼ぶと「ニャー。」と一鳴きした後、くだんのネズミの死骸を口にくわえて何事もなかったかのように去って行ってしまった。何がしたかったんだ?

 とりあえず口を思いっきりゆすぎ歯磨きをして何とか落ち着いた。しかし今まで獲ってきた小鳥なんかを枕元に置くことはあっても口の中に入れるなんてことはなかったのだが。猫の習性か何かだろうか。

 とはいえこんなことが毎日あってはたまらない。仕方がない、あまり使いたくなかったが久しぶりに使ってみるか。

 スマートフォンを取り出し、ペット関連の掲示板を検索する。検索サイトのトップのニュースに日本で奇病が発生し死んだ後もゾンビのように動くという馬鹿馬鹿しいものが載っていた。そろそろハロウィンだからな。こういうふざけた記事をかけるのもネットニュースの強みだよな。そんなことを考えながら猫の行動について相談する掲示板を開いた。

 掲示板に書き込むなんて久しぶりだ。さあこんな深夜だが誰かいるだろうか?


(家の飼い猫が私の口に獲って来たネズミの死骸を突っ込んできたのですがどうしたら良いでしょうか?今までにこういったことはなく、先ほど初めてされました。気持ち悪い感触が今でも残っています。今後もされたらと思うと怖いのですがなにか対策はありませんか?)


 書き込んだ内容が掲示板へとアップされる。しかしその書き込みに対して返事が来ることは永遠になかった。

猫を飼っている人あるあるホラーを拡大してみました。


読んで下さりありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは、何処かの森林に潜伏していて気付かれていなかったダンマスが感染型のネズミモンスターを大量に外に放ってバイオハザードを起こしたのかな?レベルが上がると無効化できるレベルの感染なら最下位ラ…
[気になる点] >返事をする人か来ることは〜 返事をする人“が”では? [一言] こう言うの良いよね。
[良い点] 面白かったです。毒にも薬にもなるというひとひねりが効いていました。 [気になる点] 主人について、性別と年齢だけでも描写があったらなお良かったです。読み始めに事務員風のお姉さんを思い浮かべ…
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