宇宙と五感の華
ステラを軽々と抱えたルラージュは相変わらず砂嵐を上げながら優雅に舞っていた。
そんなルラージュの行動を何とか阻止したいミアハではあったが、その適切な対処方法が見当たらないでいた。
――この距離なら電撃弾が届くんだけど~。でも~、ルラージュさんに当たると同時にステラちゃんまで電撃を喰らっちゃうんだよね~。流石にそれは不味いよね~。どうしようかな~?
そんな状況下で不幸中の幸いと呼べるのは、ルラージュの砂嵐で移動している速度がミアハの光速移動で充分に追えるという点くらいだった。
――それにしても~、そっちはセントラルと逆方向なんだよね~。ブルーコスモス軍の用心棒って言っていたから~、てっきりブルーコスモス軍の本拠地があるセントラルに向かうとばかり思っていたんだけど~。こっちに何があるのかな~?
そんな疑問を抱きつつも、今はルラージュを見失わない様に後を追うしか無かった。
―ピーン! ピーン! ―
不意にミアハの仮面から大きなアラーム音が鳴り響く。
先ほどの誰かが接近してきた事を知らせるアラーム音と異なり、危険を感知した甲高い音だ。
――この音って!?
仮面の所有者であるミアハでさえも初めて聴く音に思わず耳を疑う。
しかし、そのアラーム音の意味をすぐに理解したミアハは口元を緩めた。
――やっと聴けたよ~。でも~…
感動に浸れると思っていたミアハだったが、実際は疑わしい感情が勝っていた。
――何の前触れも無く~、このアラーム音が鳴るものなのかな~?
ミアハは半信半疑になりなりつつ、仮面の淵の操作スイッチを押して画面を切り替える。
――これって!?
切り替わった画面の隅に表示されたある数値を確認したミアハは自分の目を疑った。
――本当に~、ゴッド・ポイントが発生しているね~。しかも~、今までの反応の中でも~、あり得ない数値だ~。
未だに信じられない様子のミアハはルラージュを追っていた足を止めて辺りを見渡すが、人らしき影は見当たらない。
「こんな数値は有り得ないよね~。壊れちゃったのかな~?」
ミアハはもう一度、仮面の操作スイッチを押して再度ゴッド・ポイントを確かめる。
すると、先ほどのまで出ていたゴッド・ポイントは全く反応を示さず、アラーム音もピタリと治まる。
――やっぱり~、故障かな~?
首を傾げながらミアハは遠ざかるルラージュに目をやる。
――あれ~、ステラちゃんが居ない~?
今までルラージュの腕に抱きかかえられていたはずのステラの姿が無かった。
またしても首を傾げたミアハではあったが、冷静に考えると今が絶好のチャンスである事を察する。
――ステラちゃんの安否が気になるけど~、今は彼女を止める事が先決かな~!
⇔
「お前は何者なんだ!? 私を何処に連れて行くつもりだ!?」
雲を切り裂き、風を切り裂き、腕に抱えているステラの喚くように質問している声も切り裂きながら、ルラージュは自分の本拠地として使用しているフェルター・アグスタに戻っている最中だった。
――後ろから追って来る金仮面女をそのままにしておけば本拠地がバレてしまうな。それは何としても避けねばならんが… どうしたものか?
本来であれば、風圧を増してスピードを出せば後ろの金仮面女など軽く突き離せるのだが、今は腕で暴れている幼女が居る。恐らく、これ以上の風圧には耐え切れずに身体がバラバラになってしまう可能性が高い。
ルラージュはミアハとの距離感を何とか拡げたいと思いつつも、良い案が出せないまま移動している状況だった。
「私の話しを聞け! お前は一体、何者なんだ?」
未だに叫び続けているステラを無視しつつ、ミアハを突き離す方法を探している時だった。
「この娘は返してもらうぞ」
「……誰だ!?」
背後から不意に聞こえて来た随分と落ち着いた男の声にルラージュは慌てて振り返るが、そこには誰も居なかった。
――空耳か?
首を傾げつつ、ルラージュは気を取り直して前を向く。
――んっ?
ルラージュは妙な違和感を生じていた。それは今までずっと抱えていたステラの重さを全く感じなくなっていた違和感だった。
自分の腕を確認するが、やはりステラの姿は消えていた。
――暴れた拍子に落としたか!?
冷や汗を滲ませるルラージュは慌てて地上を見下ろすが、それらしき物体は特に見当たらない。辺り一面は赤い砂漠が広がっているだけだ。
――瞬間移動でもしたというのか?
そうやって気を取られていたせいで完全に油断していた。
「何!?」
唐突にして、ルラージュの背後から全身にかけて激しい電流が流れる。
――ヤバ……
意識を失う直前に、ルラージュは黒いヘルメットを被った者がステラを抱きかかえている場面を目撃する。
そして意識を完全に失ったルラージュは力尽きると、そのまま赤い砂漠に目掛けて真っ逆さまに墜落していった。
⇔
電撃弾をルラージュに命中させた事を確認したミアハではあったが、何が起こったのか全く理解できない事態に陥っていた。
ひとつだけ確実に分かっているのは、ルラージュの腕から何の前触れも無くステラの姿が消えていた事だけだ。
――ステラちゃんの失踪と~、ゴッド・ポイント~。何か~、関連性があるのかな~?
そんな仮説を立てたミアハは警戒しながら落下したルラージュの元へと向かう。
「やっぱり~、ステラちゃんの姿が見当たらないな~」
ルラージュが墜落した現場に到着したミアハは砂漠を見渡す。
しかし、赤い砂以外は何も見当たらない。
――それにしても~…
ステラの居場所も気になる所ではあったが、それ以上にミアハが気になったのは倒れているルラージュの全身から不自然な程に白い煙が立ち上っている点だった。
「電圧は~、あまり大きくなかったはずなんだけどな~?」
白い煙に違和感を抱きつつもミアハは未だに起き上がらないルラージュを指先で突いてみるが、何の反応も返って来ない。
⇔
『終わったぞ』
そんなアンジュの声と共に月下は意識を取り戻す。
――流石はアンジュさんだ、プロの犯行だぜ!
月下の腕には可愛らしい幼女が眠っていた。
しかしステラの寝顔は無垢で可愛らしいと言うよりは、悪夢に魘される苦悶の表情を浮べているように映る。
そんな魘されているステラを見て月下が心配すると同時にアンジュを疑う。
――どんな荒々しい方法で取り戻したのか?
『誤解じゃ! ちょっと速度を上げただけで意識を失っただけで、この娘は無傷じゃ。それよりも、お主の身体に変化は無いのか?』
――う~ん… 今のところ、特に変わった所は無いかな。
『そうか。それは何よりじゃ。それよりも月下よ。ステラ様を奪還した際に少し気になる事があったのじゃが』
――気になる事?
『そうじゃ。ステラを抱えていたあの者から、生命というものを感じ取れなかったのじゃ』
――あの者?
アンジュの言っている意味が上手く理解できない月下は遠く離れた位置にミアハの前で未だに倒れている“あの者”を確認する。
――あの人から生命を感じない。それはつまり?
『よくは分からんが、どうも人間では無さそうじゃ』
⇔
未だに起きる気配を見せないルラージュを詳しく観察しようとミアハは屈んでいた。
――未だに~、白い煙が収まらないね~。しかも~、手や足の~、関節部分から濃い白い煙が立ち込めているのか~。風の特殊能力を宿した者の特性なのかな~?
そんな事を思いながら、しばらく観察していると、
――ウヮーン、ワンワンワーーーン――
先ほどのアラーム音とはまた異なる音が辺りに鳴り響く。
――んっ?
ミアハには心当たりの無い音だ。ミアハは一応、仮面の操作ボタンを押して確認してみるが、仮面から発せられている訳では無かった。
――それじゃあ、どこからこの警告音が鳴っているのかな~?
ミアハは周囲を見渡すが、特に変わった様子は窺えなかった。
⇔
――人間じゃないとしたら、何者なんだよ?
遥か遠くの方に見える未だに起き上がらない何者かを観察しているミアハを見るでもなく眺める。
すると、突然ミアハが慌てた様子で何かを探すように辺りを見渡す。
――何か探しているのか? そう言えば、あっちからサイレンらしき異音が聞こえるな。
そう思ってから数秒も経たない頃だった。
――ボンッ――
ミアハの目の前で大きな火柱が上がると同時に爆発音が響き渡ると、遠く離れていた月下の元まで僅かな時間差を経て生温かい爆風が届く。
辺りは一瞬にして黒い煙が立ち込めて、ミアハの姿が全く見えなくなっていた。
「あの人、絶対ヤバい事になっているぜ!」
未だに意識を取り戻さないステラをそっと地面に降ろした月下は、急いでミアハの元へと向かった。
◆
鮮やかな水色と汚れ無き純白に染まった六角形のタイルが無数に敷き詰められた床面。
それに習うように壁も天井も白と青に統一され清楚な雰囲気を演出していた。
元は病院として使われていたこの施設は現在、ブルーコスモス軍に属する軍用武器開発施設として使用されている。
その名は通称シェルター・アグスタ。
手術台が3台並んでいる元手術室は現在研究室へと変貌を遂げ、複数のモニターと様々な機材が所狭しに占拠していた。
更に床面には様々な種類の配線が支配している為、足の踏み場がどこにも見当たらない状態になっていた。
そんな研究室には大人びた女性と幼い女の子が仲良く並び、手術台を椅子代わりに座り、1番大きなモニターに映し出されている映像を残念そうな表情で観ていた。
「どうやら、五感の華・略奪作戦は失敗だな」
モニターには今まさにルラージュが自爆した瞬間に映像が途絶える場面が流れている。
大人びた女性は自爆したルラージュと全く同じ衣類を纏い、全く同じ白いヘルメットを被っていた。
「でも、あの変な仮面を被った特殊能力者も消せたデース!」
幼い女の子が嬉しそうに手を叩く。
「いや、あれ程の特殊能力者だ。恐らく、死んではいないだろう」
「そうなのですか。それは残念デース!」
冷静な判断を下す大人びた女性の言葉を聞いた幼い女の子は疑う事も無く、純粋に悔しがりながら肩まで伸びた絹のような銀髪を左右に揺らす。
「まぁ、良いさ。あのミアハとかいう仮面の女も恐らく、我々と同じ目的だろう。利用価値があるかもしれん。それよりも何故、五感の華は消えたのか、解析は出来るか?」
「ブラックボックスの回収が無事に済めば可能デース」
「どれくらい掛かりそうだ?」
「う~ん……回収場所には半日くらい掛かると思うので、それから解析作業になると2日は欲しいデース」
「そうか。まぁ、そちらはお前に任せるとしよう」
そう言いながら白いヘルメットの女は幼女の絹の様な髪を軽く撫でる。すると、幼女は気持ち良さそうな笑顔を浮かべながら女に尋ねる。
「それではルラージュ様、次の作戦はどうするデースか?」
幼女が自然と白いヘルメットの女の事をルラージュと呼ぶと、白いヘルメットの女も何の抵抗も無くその名前を受け入れる。
即ち、彼女は先ほどモニターの中で自爆したルラージュ本人だった。
そんなルラージュは顎先に人差し指を添えながら少し考える。
「そうだな、恐らくステラたちはセントラルに向かうはずだ。そうなれば、ブルーコスモス軍の雑魚幹部と接触するだろう。それまでは泳がせておいても大丈夫だろう。クラーラよ、兎に角お前はブラックボックスの回収と解析を優先的に進めるのだ。そこで何か分かれば作戦を練り直すとしよう」
「了解デース!」
ルラージュの指示にクラーラは可愛らしく敬礼する。そんな可愛らしい仕草にルラージュは耐え切れず思わずクラーラを強く抱き寄せる。
「お前は本当に可愛いなー」
「ルラージュ様、苦しいデース」
ルラージュの抱擁から逃れようともがくクラーラだったが、ルラージュの腕力から逃れる事は出来ない。
そんなクラーラだったが苦しくも嬉しそうに戯れているようにも映る。
しばらくクラーラはぬいぐるみの如くあしらわれ――一頻り構うとルラージュは満足気にクラーラを解放し、この研究室の隣にある自室へと移動する。
先ほどの清潔感溢れる研究室から一気に生活感溢れるルラージュの自室は机とベッドと1つのクローゼットが備え付けられているだけの実にシンプルな部屋だった。
机の上には第7宇宙の資料用に集めた文庫本が山のように積まれていて、既に机としての機能を果たしていなかった。
「それでルラージュ様はこれからどうするのデースか?」
「そろそろ時間だ」
小首を傾げながら尋ねるクラーラに対し、ルラージュは時間を確かめるように、部屋の壁に掛かっている時計を見上げると、徐に今まで被っていた白いヘルメットを脱ぐ。
白いヘルメットから晒された素顔は多田羅紗代そのものだった。
「第2宇宙を統括されている王女であるルラージュ様が、何も直々に学校などと言う遊技場に通わなくても…必要であれば部下に任せれば良いのでは?」
そう言いながらクラーラは不満そうな表情を浮かべる。
そんなクラーラを尻目にルラージュは着ていた服を全て脱ぎ捨てるとベッドの上に置いてあった制服に着替える。
「いや、ゴッド・ポイントが観測された以上は私が直接出向かわなければならないだろう」
――それに……
ルラージュは自然と笑みを溢す。
「第7宇宙… 中々に興味深い文明を築いている」
クラーラは長い事ルラージュに仕えているが、こんなにも楽しそうに微笑むルアージュを見たのは初めてだった。
ルラージュの笑みに魅せられたクラーラはそれ以上の反論をやめた。それよりもクラーラには根本的な疑問があった。
「しかし、この第5宇宙もそうですが、未だに自分たちの住む宇宙圏内で戦争を行うような愚かな人種が居るとは驚きデース」
「その通りだ。だが、その分、まだ可能性に溢れているとも言える。既に完成されてしまった我々第2宇宙には無い未熟という名の希望…全く羨ましい限りだ」
皮肉では無くルラージュは純粋に羨ましそうな表情を浮かべた。その意見に対して、自ら疑問を抱いていたクラーラの中でも納得できる部分があり一応に頷いた。
そんな会話を交わしているうちに制服へと着替え終えたルラージュはクローゼットの前に向かい、不敵な笑みを浮かべる。
「何かあれば、緊急信号で知らせろ」
「了解デース、行ってなさいませ~」
再びクラーラの可愛らしい敬礼を見せる中、ルラージュは徐にクローゼットを開ける。
すると、中から銀色のアンティーク調のデザインをした扉が姿を現す。
「それでは、行って来る」
そう言い残すとルラージュは長い黒髪を靡かせながら扉を潜り、颯爽と向こう側の世界へと旅立った。
◆
爆発現場に到着した月下は未だに黒煙が立ち込めている中ミアハの探索を始める。
――どこに消えた?
『もしかすると爆風で遠くまで吹き飛ばされたのかもしれんのう?』
グロテスクなオブジェらしき内臓が見当たらない点から考えるに、アンジュの言った可能性も充分にあり得る。
――だとすれば何処まで飛ばされた?
月下は念の為に空を見上げるが、やはり相変わらずの白い天井が月下を見下しているだけだ。
立ち込めていた黒煙が徐々に薄れてきた。
辛うじて周囲を見渡せるまでになったが、それでもミアハの姿は何処にも見当たらない。
――アンジュの言う通り、遠くに飛ばされたとすれば、もっと広範囲を探そうか?
そう思いつつ、月下が移動しようとした時だった。
「いや~、危なかったね~」
――んっ?
不意に聞き覚えのある独特な声が聞こえて来た。
しかし、その独特な声に更なる違和感がプラスされていた。
どうも、密室から声を出している様な籠った声質だ。
――どこから聞こえてきた?
月下は改めて周囲を見渡すが、やはり人影は見当たらない。
すると月下の足元から“ズボッ!”と勢い良く1本の腕が生えてきた!
「えっ!? 何、このホラー、超怖いんですけど!」
月下は驚きながらその場で飛び跳ねると、もう1本の腕も生えてきた。
『もしかして…月下よ、その腕を引っこ抜くのじゃ!』
――なんで!? こんなホラー勘弁だぜ?
『ホラーじゃないわ。良いから早く抜いてやれ』
――もう…分かったよ。
躊躇いながらも月下は赤い砂漠から生えた2本の腕を恐る恐る握ると勢い良く引っこ抜く。
すると、アンジュが想像していた通り地面から人間が抜けた。
「いや~、油断しちゃったな~」
呑気に笑いながら地面から現れたミアハは身体に付いた赤い土を払い落す。
「無事だったんだ」
「あれ~、君はあの時の黒ヘル君だよね~! また現れたんだ~。もしかして、君がステラ様を救出してくれたのかな~? それともヘルメット繋がりで、君も先ほどのお友達さんだったりするのかな~?」
ミアハは月下の存在を疑っている様な口振りで尋ねる。
『心配するな。敵ならば、お前を地面から引っこ抜かないと言ってやれ』
――分かりました。
「心配するな。敵ならば、お前を地面から引っこ抜かないと言ってやれ」
『バカ者!“言ってやれ”の部分は余計じゃ!』
――あぁ、そうか。うっかりうっかり。
「なるほどね~、それもそうか~」
どうやら、月下の説明にミアハは素直に納得した様子で全身に纏わり付いていた赤い土を払い終えた事を確認する。
「それでステラちゃんは?」
「あぁ、それなら」
月下がステラを置き去りにしている場所を指そうとした時だった。
――ギュッ ドサッ!?――
何の前触れも無く何者かが、飛び付くように月下の背後から抱き付いてきた。その反動で月下はそのままうつ伏せに倒れる。
――あれ!? 何が起きた。
一瞬、自分の身に何が起こったのか? 月下は何も理解できないまま倒れた状態で背後に乗っかっている物体の正体を確認する。
「やはり来てくれたのだな!」
目に涙を溜め込みながら安堵の表情を浮べるステラだった。
どうやら意識を取り戻したらしく、随分と離れた場所から急いでここまで来たらしい。
それにしてもステラの台詞、表情から察するに月下の再登場を切実に願っていた様な歓迎ムードだ。
――何故に俺を歓迎しているのか?
月下には皆目の見当も付かなかったが、これも自分の夢、つまりはご都合設定だと思えば、全ては納得できる所ではある。
未だに月下の身体に跨っている事に気付いたステラは慌てて立ち上がる。
「済まなかった。つい嬉しくなってしまって」
少し照れくさそうに微笑むステラを見るのはこれが初めてだ。
――ヤバい、ステラ様って、実はちょっと可愛い。いや、可愛い。寧ろ、超可愛い!
『やめておけ、幼女で妄想するのは犯罪だ』
――アンジュの言う通りだ。ここは警察に免じて妄想するのは止めておいてやろう。
「大丈夫だった~?」
心配するミアハにステラは軽く頷く。
「あぁ、問題ない。それよりも先ほどの者は?」
ステラは辺りを見渡し、自分を浚った者を探すがどこにも居ない事に疑問を抱く。
「自爆しちゃったよ~」
「自爆!? 一体、何者だったのだ?」
驚きの表情を隠さないステラにミアハは肩を竦める。
「本人はブルーコスモス軍の用心棒だって言っていたよ~。名前はルラージュ・グランデさんだってさ~」
「ブルーコスモス軍の!?」
――確か、ブルーコスモス軍って事は…
『先ほど、刹那が話しておっただろうが! セラミス総本部と対立している組織じゃ』
「そうなると、ステラ様を拉致して、何かしらの交渉でもするつもりだったのかな?」
月下が呟くように憶測を述べると、ミアハも賛同するように頷く。
「ブルーコスモス軍はそういう計画だったみたいなんだけどね~。どうも、ルラージュさんは個人的にステラちゃんを浚おうとしたみたいなんだよね~」
「個人的に?」
ステラはもちろんルラージュと何の面識も接点も無い。今回が初対面だった。だから自分が狙われる理由にステラは全くの心当たりが見出せない様子で眉間に皺を寄せる。
「五感の華を知っていたからね~。多分だけど~、ルラージュさんも違う宇宙から来たのかもね~」
――はい、また出た異宇宙人!
『これでお主とミアハに次ぐ3人目じゃのう』
――残念ながら3人目は死んじゃったけどね。でも所詮は俺の夢だから。偶然にしても、必然にしても、驚くほどのレベルじゃないぜ。
『お主の夢である事は疑いようの無い事実じゃが… どうも、それ以外にも何かカラクリが隠されている気がしてきたのう』
――なんだよ、カラクリって?
『今の時点では分からんが…それよりも五感の華とは何じゃ?』
――そうね、また新たな単語が現れたね…
「んっ?」
月下が早速、五感の華について尋ねようとした時だった。
「ステラ様―――!!」
遠くの方から刹那の声が聞こえた同時に1台のジョブが月下たちの元に到着する。
慌ててジョブから降りた刹那は駆け足でこちらに向かってくる。
――俺の嫁が心配して来たよ。
月下が両手を広げて刹那を待っているが…刹那は月下をスルーして、隣に居たステラに勢い良く抱き付いた。
「ご無事で何よりです」
「あぁ、心配を掛けたな」
久々の再開に抱き合いながら喜び合うステラと刹那。
――俺の嫁が他の女に奪われた。広げた両手をどうして誤魔化そうか?
『誰がお主の嫁じゃ!! それよりもセントラルに向かう件はどうなったのじゃ?』
――そうだった。
アンジュが心配しなくても、ステラはちゃんと覚えていた。
「とりあえず、今はセントラルに急いで向かう。そこの…」
ステラが月下を指差して名前を呼ぼうとするが………しばらくの沈黙の後で、まだ月下の名前を知らなかった事に気付く。
そんなステラを見兼ねた刹那が慌てて、「あっ! この人はシュガット・アインシュフォード様です」と紹介する。
「アインシュフォードだと!?」
偶然なのかもしれないが、ステラは自分と同じ名字を名乗る月下に対し、疑いの眼差しを向ける。
――これは不味い!
「ぐ、偶然です!」
月下は語尾を強めて謎の主張をする。ここは強引に偶然でゴリ押しをするしかない。
「そうか… とりあえずジョブに乗ってくれ。セントラルに向かいながら話をしよう」
意外にもステラはあっさりと偶然を受け入れた。
――刹那の時と言い、今回と言い、やはり“アインシュフォード”という名前はこの世界では結構メジャーな名前で、被る事がざらにあるのか? それとも単純に今は疑う時間が惜しいくらいにセントラルに急いでいるのか?
どちらにしても月下としては助かった。
ステラに急かされるように4人は刹那が乗って来たジョブに速やかに乗り込むと、4人を乗せたジョブは再びセントラルに向かい転がり始める。
ジョブ内部では4人が向き合う様に座っていた。
「うむ…大体は合っているな」
先ほどジョブの中で聞いた刹那の話が大筋合っている事を認めたステラは、「それで他に聞きたい事は?」と月下の質問を受け付ける。
――何を尋ねるんだっけ?
『先ほど聞きそびれた“五感の華”辺りから尋ねてみたらどうじゃ?』
「まずは五感の華について知りたい」
アンジュの言われた通りに月下は素直に従う。
すると、ステラは月下がこの世界の事を何も知らない事を刹那から説明された上で慎重に切り出す。
「私は“久羅式の華”と呼ばれる宇宙の姿が見える者なのだ」
「クラシキのハナ?」
またしても現れた新たな単語に月下は疑問符を浮べる。
――宇宙の姿が見える? 何だろう… “宇宙”の部分は擬人法を使っているのか?
『もっと詳しく聞かねば分からんな』
間抜けな表情を浮かべている月下を見兼ねたのか、ミアハが会話に加わる。
「そうそう~、五感の華と呼ばれる選ばれし5人の特殊能力者の事を指すんだよ~」
――選ばれし5人? 特殊能力者?
「それじゃあ、俺たちと同じ様に凄い技が使えるのか?」
「いや、お前たちとはまた異なる種類の特殊能力のようだ。先ほど話した通り“宇宙の姿が見える”という能力のみ使える」
――特殊能力に種類があるとか… 駄目だ。俺の脳がショート寸前だ!
『新たな設定じゃのう。それもお主のご都合設定とは異なる設定じゃ!』
――これ以上の設定が必要か? 必要なのは萌え要素だけで十分だぜ!
『萌え要素は要らん! 設定が存在する以上は把握するしかない。ルールを知らずに試合には臨めない』
――分かったよ。根気強く理解しよう。
「それで具体的に宇宙って何の事?」
「それは私にも分からん」
ステラは至って真剣な表情だった。
――そのリアクションは間違っていないか!? そんな得体の知れない宇宙の姿が見えるって言い切るかね?
「ちなみに~、私の住む第1宇宙では“死期の華”と呼ばれるユーナ様が五感の華に選ばれているんだけど~、ユーナ様は宇宙の声が聞こえる方なんだ~」
緩い口調で割り込んで補足説明をしたミアハだったが、月下は更なる困惑に陥った。
――新たな登場人物ユーナ様。今度は宇宙の声が聞こえるとか…
戸惑う月下を余所にアンジュは独自に推理を巡らせる。
『どうも、五感と言うのは視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、の人間の持つ感覚を指している様じゃのう』
――アンジュが相変わらず鋭くて助かるぜ。でも宇宙の感覚って何だよ?
『恐らく、それはここに居る皆も理解していないようじゃ。或いはメタファーか?』
アンジュの言う通り、ここに居る誰もが宇宙について積極的に説明すっる者が現れない。
どうやら、この場で宇宙について具体的な説明が出来る者は居ないようだ。
――分かった。とりあえず、ここは宇宙・Xさんとコンタクトが取れる人の事を五感の華と呼ばれる。しかし、それ以外は普通の人と何ら変わらない……って、何か怪しい宗教っぽくないか? このまま俺も変な宗教に勧誘されないよね? 変な壺とか勧められないよね?
『じゃが、刹那から勧誘されたらお主はどうするのじゃ?』
――う~ん… 女の子にモテる様になる数珠くらいなら…
『バカ言っておらんで、真面目に話を聞け!』
――えーー。今のはアンジュから振ったパターンのヤツじゃん!
アンジュの理不尽なツッコミが入った所でステラが話しを進める。
「私が中立軍・ワコーを創設したのは、宇宙の意向に従っての事なのだ。と言っても実際にはっきりと見えた訳ではないのだが…」
ステラはここで口を止め、適切な言葉を探そうと目を閉じてしばらく考え込むが、結局のところ適切な言葉は見つからず諦めたように首を振る。
「兎に角、宇宙の姿に従い、今に至っている」
改めて同じ事を言った。
――曖昧だな~。
『うむ、矛盾しておる』
――何が?
『刹那から聞いた説明だと、ステラは執事のマイヤとか言う女に助言されてセラミスから亡命したと言っておったじゃろ?』
――えっ、そうだっけ?
惚けた表情を浮かべる月下に対し、アンジュはそれ以上の言葉を発さなかった。
「それで~、私はユーナ様の言葉に従って、ステラ様の味方に付いているって訳なんだ~」
「それじゃあ、そのユーナ様って人は宇宙の声とやらを聞いたの?」
「う~ん、そうみたいね~」
――また曖昧な。だが、宇宙・Xさんの正体以外は何となく理解出来た。あと、聞かないといけない事は?
『そうじゃな。少し気になっておったのじゃが、ステラの姉についてじゃ。確か、ヒルハとか言ったか?』
――あぁ、炎の特殊能力者ね。でも、その辺の話しってナイーブじゃない? 家庭の問題に他人があまり口を挟まない方が良くない?
『ここはお主の夢じゃろうが。何を世間体など気にしておる!』
――まぁ…聞くけど。
「それで…ステラ様のお姉さんについて何だけど…」
月下は少し申し訳なさそうな雰囲気で尋ねる。
「そうだったな。ヒルハ姉様の事も刹那から聞いていたのだな」
意外にもステラの顔色は変わらなかった。
――意外と平気そうだぞ。何だ、気を使って損したぜ。
「刹那から聞いた通り、ヒルハ姉様は自らの能力である完全灼熱の炎により、恐らく今も身体を蝕まれ続けている」
淡々と話しているステラの表情をよく観察すると、ただ表情を崩さない様に気勢を張っているだけだった。
その証拠に口元が小刻みに震え、目元には僅かながらの涙が溜まりつつあった。
ただの強がりを振りかざし、誰にも心配や迷惑を掛けまいとする性格の持ち主なのだろう。
――実の姉さんが命の危険に晒されているんだ。それは当然だろう。でも、何でそんなに凄まじい炎に包まれながら今も尚、死なないのだろう?
『恐らく“自らの能力”というのがポイントなのじゃろう』
――どういう事?
『これはワシの憶測じゃが、先ほどお主の絶対氷域を使用した際、背中に氷の羽根みたいなのが生えたのじゃが、全く冷たくなかったのじゃ。どうやら、自らで生成した物質に対しては何かしらの耐性が働くのじゃろう』
――背中に羽根だと!? 俺の知らない間にそんな中二カッコ良い事していたのかよ!
『羨ましがる事でも無いじゃろ! じゃが、考えてもみろ。自分が使う魔法で死んだ魔法使いを知っておるか?』
――まぁ、実際に魔法使いを知らないから何とも言えないけど、漫画やゲームに登場する魔法使いは少なくともそんな致命的なミスはしないか……でも、ヒルハ姉様は死ぬかもしれないんだろ?
『恐らく能力の暴走じゃ。制御し切れずに精神的な何かが崩壊するではないのか?』
――そっち系の危険かよ!
「だが、希望が見えた!」
そう言ったステラは月下に熱烈な視線を注ぐ。とても希望に満ちた眩しい眼差しだ。
――何でしょうか!?
「シュガット・アインシュフォードよ。お前が宿した絶対氷域の能力ならば、或いはヒルハ姉様の身体に纏う炎を消し去る事が可能かもしれぬ」
「あっ! そうです! きっとそうですよ!」
ステラの言葉を聞いた刹那はその発想があったかと驚きつつも嬉しそうに同意する。
『特殊能力の炎に対抗できるのは、特殊能力の氷という訳か』
――なるほど。それであんなに喜んで抱き付いて来た訳ね。
ステラの感情と思惑が何となく浮き彫りになり、何となく一連の行動を納得した。
「ヒルハ姉様には何としても生き延びて、いずれこの世界を治めて貰わなければならない」
「そうです! ヒルハ様は第1皇女殿下なのです。あの崇高なお方でなければ、この世界を治める事はできません」
――豪く信頼されているんだな。そんなに凄い人なのか… んっ?
―ピピピピ… ピピピピ… ピピピピ… ピピピピ…
目覚まし時計のアラーム音が聞こえて来た。
――もう朝か。
ジョブの中ではステラと刹那がヒルハの偉大さについて熱弁している途中なのだが、「すみません。そろそろ消えます」月下は申し訳なさそうに頭を抱えて一応の断りを入れる。
「何、また唐突に消えるのか?」
「聞こうと思っていたんだけど~、それも特殊能力の一種なのかな~?」
驚くステラと質問してくるミアハ。色々と答えたいのはやまやまなのだが時間が無い。
――この独特な気だるい感覚はすぐにでも目覚めてしまう感覚だ!
「多分、またこの場所に現れると思うので。その時に………」
またしても、月下が最後に見た光景は驚いている3人の表情だった――――




