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雷と風の交差

――確認だ、アンジュよ。俺は確かに寝たよな?

『間違いない。お主は確かに寝た!』

アンジュは自信を持って言い切った。

月下は確認の意味で空を見上げるが、やはり白い屋根に覆われていた。

「やっぱりかー」

『やっぱりじゃ!』

アンジュはスポーツの審判みたいに中立で公正な立場で冷静に判断を下す。

月下の記憶では、つい先ほど自分のベッドにインしてそのまま布団に潜り込んだ。その後の記憶は今に至る…

つまり、この記憶が正しければここは昨日の夢の続きという事になる。

しかも、目覚める前に見た光景がそのまま月下の視界に広がっている状況だ。

どうやら今回の夢も、前回までに見た特殊な夢と同様にオートセーブ機能が搭載されているらしい。

――それにしても、布団に潜った直後に爆睡か… 今日は色々と散々だったからな… 相当に疲れてたんだろうな… 俺… やれやれだぜ。

おまけに装備していた黒いヘルメットも被ったままだ。

『落ち着いている暇は無さそうじゃぞ。周りを見てみい』

アンジュの言われた通りに辺りを見渡すと、ケルベロスによって破壊された街は痛々しく被災していた。

その光景は被災にあった故郷を思い出させて、全く無関係の土地なはずなのに、月下の心に暗い影を落とした。

――酷いな。

被災した街では、何とか生き残った住民たちが倒壊した家から荷物を取り出したり、怪我を負った者の治療をしたり、炊き出しの準備をしていたりと、懸命に生活を維持している慎ましい姿があった。

――夢の中とはいえ、こんな風景は見たくないな。

「やはり、ステラ様の言った通りでしたね」

感傷深げになった月下の背後から不意に聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。

――んっ?

振り返ると昨日の夢でバイクに乗せてもらった女性が待ちわびたような表情を浮かべて立っていた。

「申し遅れました。私はステラ様の助手をしている刹那・リーズンと申します。どうぞ、刹那とお呼びください」

バイクの女性こと刹那が丁寧に深く頭を下げた。

――そう言えば、今の今まで彼女の名前を知らなかったな。

『ほれ、女性が自己紹介したのじゃ。次はお主の番じゃろうが』

アンジュに至極常識な指摘をされた月下は「あー」と頭を掻こうとしたが黒いヘルメットが邪魔をする。

被っている事を忘れてしまう程に、黒いヘルメットが妙に馴染んでいた。

「俺の名前は…」

ここで月下の脳裏から勝手に選択肢が現れる――


1.ここは素直に、本名である“竜宮月下です”と名乗る

2.いつも通り、夢の中で使用している偽名“シュガット・アインシュフォード”と名乗る。

3.通りすがりの“変態紳士”です!


――どれも魅力的な選択肢だが、今回も無難に2を選ぶぜ。

「俺の名前はシュガット・アインシュフォード」

『またその偽名を使用するのか?』

アンジュが呆れた口調で呟く。

何故に、シュガット・アインシュフォードなのかを説明すれば長くなるが、極々に説明すれば“一番初めに見た夢の世界で付けられた英雄の名前”という事だ。

「皆は親しみを込めて“アイン”と呼ぶぜ!」

「………ヘルメット取らないんですね」

親指を立てて八重歯を輝かせる月下に対し、一瞬だけ躊躇いの表情を浮かべる刹那だったが月下の偽名には触れず、すぐに話題を変えクスリと笑みを溢した。

そんな刹那の笑顔を見てアンジュはすぐにある事に気付いた。

『お主好みの顔をしておるのう~』

鋭い所を突いたアンジュに月下は素直に怯むが、そんな事は既に慣れっ子だ。

――それは認めよう。俺の好み、ど真ん中、どストライクだ。だがアンジュくん、勘違いするな。俺は熟女だろうが、幼女だろうが、年齢など問題にしない。一番大事なのは設定だ! 萌える要素と妄想出来るシュチュエーションを用意しろ! 話しはそれからだ!

『何を偉そうに言うかと思えば。お前の変態ぶりは底無しじゃな』

――褒めるなよ。何も出ないぜ。

『褒めとらんわ! バカ言ってないで話しを進めい。あの女が見当たらんぞ?』

――そうだった。肝心の重要人物が見当たらない。え~と、確か名前は…

「それで…ステラ様は?」

様を付けて呼ぶべきなのか迷う所ではあったが、月下なりに無難な方を選び昨夜まで居たはずの刹那の右隣を指差す。

「ステラ様は一足先にセントラルに向かわれています。私もこれからステラ様を追い、セントラルに向かいますが、アイン様もご同行して頂いても宜しいでしょうか?」

刹那の真剣な眼差しに月下は思わずグッと来る。

『何グッと来ておるのじゃ! 宜しいも何も、この場面でお主に拒否権は無いじゃろ』

――何だろう… この刹那ちゃんの真剣な眼差し… 守ってあげたい衝動に駆られた! まさか、これが萌えなのか? リアル萌えなのか! 男心を擽る魔性の女…恐るべし、刹那!

『ボケは1日3回までにしてくれぬか?』

――3回じゃ足りん! 我慢し過ぎて禁断症状になるわ!

『はい、今日のボケはもう終了じゃ! それよりも早く返事をせんか』

――あぁ、そうだった。

月下は我に返り、刹那の存在を思い出す。

「分かった。動向します。させて貰いますとも!」

「良かった」

不安で押し潰されそうな表情を浮べていた刹那に再び笑顔が蘇る。

そんな刹那の笑顔に月下は再びグッと来て、ハッとなりそうになった。

『ハッて何じゃ?』

――ふふふ。アンジュもまだまだ若いな…

そんなどうでもいいやり取りをしている間に刹那が徐に歩き始める。

「それでは、あのジョブにお乗りください」

――ジョブ?

刹那が指差した先には直径3メートル程の真っ白で真ん丸な球体が、被災した街の中で異彩を放っていた。

『この世界の乗り物かのう?』

――でも、昨日は普通にバイクがあったけど……

刹那には尋ねたい事が山ほどあったが、周囲は多くの人がジョブを起動させる準備で忙しく動いていた。

まずはジョブに乗り込む事が先決らしい。

そう判断した月下は刹那の後を追うようにジョブの前まで向かった。

「で、入口はどこ?」

月下は入口を探すように白い球体をぺたぺたと触りじっくりと観察する。

触り心地はシリコン製に似ていて見た目よりも柔らかい印象だった。

全体的に赤い砂が掛かっていて球体全体が転がるのだろうと容易に想像できる。

しかし、窓は愚か溝すら入っていない球体。故に肝心の入口が全く見当たらなかった。

「もしかしてアイン様、ジョブに乗るのは初めですか? 入口はこちらです」

戸惑う月下に気付いた刹那がジョブに近づきある部分に軽く手を添える。

そして刹那が一歩後退すると同時に球体の中心から円型の扉が現れ、前に倒れる様にゆっくりと開いた。

ジョブの中は4人が向い合うように座れる席が設置されていた。

――電車みたいだな。しかも窓がちゃんとあるし!

外観では窓らしき物など確認できなかっただけに、どんな構造なのか全く検討も付かない。

――古代人が自動車と出会うと、こんな不思議な感覚なのかね~?

『知らんがな』

月下は少し驚きつつ、興味深げに外が眺められる窓際の席に座った。

『それよりも、セントラルとやらに向かうと言っておったが…名前から察するに中心街の事かのう?』

――まぁ、そうでないの?

月下の対面に刹那が乗り込むとジョブは扉をゆっくりと閉じ、何も音も立てずゆっくりと転がり始めた。



延々と広がる赤い砂漠を真っ白な球体が転がりながら進んでいる。

本来ならば、最大時速70キロほどで走れるジョブだったが、今は時速30キロほどでゆっくりと走行していた。

それは後方から来るであろう、刹那たちを乗せたジョブとの合流を果たす為だった。

そんなステラのジョブにミアハも同乗していた。

「そうなんだ~。結局、あれから例の黒ヘルさんは現れなかったのか~」

車窓の角で頬杖をついたミアハは広大な砂漠を眺めながら相変わらずの緩い口調で残念がる。

「念の為、刹那を置いて来たのだが、再び黒ヘルが現れる保証は無い。唐突に消えるとは… 一体、何処に消えたんだ?」

全くの見当も付かないステラは諦める様に首を振った。

「もしかすると~、それも込みで絶対氷結の能力なのかもね~」

「マジでか!?」

ミアハは自分なりの妄想に近い仮説を軽い気持ちで述べたつもりだったが、思いのほかステラは目を丸くして驚いた。

「あくまで仮定さ~。実際の所は黒ヘルさんにしか分からない事だからね~」

言った張本人も半信半疑な様子で首を何度か横に振って見せた。

―ピピッピピッピピッピ…

「おや~?」

ミアハの素顔を覆う金色の仮面から何の前触れも無くアラーム音が鳴った。

ミアハは徐に仮面の淵にある操作スイッチを何度か押してレンズに映っている画面を切り替える。

「これって~?」

視線の端にミアハたちが居る周辺の地図が表示され、その上側から赤く点滅する赤い△印が徐々に中央(つまり現在地)に近づいて来ている事を知らせる。

「何か~、こっちに~、近づいて来ているみたいだね~」

「刹那たちか?」

ジョブに比べて随分と高速で近づいて来ている。

それに赤い△印の位置は刹那が居る方角とは真逆にある。

「いや~、どうも刹那ちゃんじゃなさそうでだね~」

そう言いながらミアハは足元に置いてあった双眼鏡を取り出し、ジョブの窓を全開にした。

窓から吹く風がステラとミアハの髪を優しく揺らす。

「何か見えたか?」

不安そうに尋ねるステラに対し、ミアハは身を乗り出してジョブの後方を確認する。

「んっ?」

仮面が表示している通り、遥か遠くの方から赤い砂煙を巻き上げて無数の黒い車両がこちらに向かって来ている光景が見えた。

その車両の群れは大小様々なミサイルを幾つも積んでいて、これから戦闘を始める事を周囲に知らせながら走っているようだった。

「あんなに武装しちゃって~、戦う気満々だね~」

特に憶する様子を見せないミアハは持っていた双眼鏡をステラに渡す。

「あの車両は… セラミス総本部の!」

黒い車両を確認したステラはあからさまに嫌な顔を浮かべた。

その時だった。

「ステラ様! セラミス総本部・保安局・局長のバロン・ヴァンキッシュが救出に馳せ参じましたぞーーー!」

拡声器を通した粗い声質で、実に豪快で威勢の良い男の声が響いた。

「あのバカ!」

そんな男の声に聞き覚えのあるステラは思わず頭を抱えた。

「お知り合いさんかな~?」

「認めたくないが……知り合いだ」

実に無念そうに悲壮感を漂わせるステラの様子を見たミアハは困惑を浮べる。

「戦闘開始だ! 全車両、ミサイル発射――― !!」

そんな2人を余所に、バロンは拡声器越しの命令を出すと、各戦闘車両は命令に従いミサイルをステラたちの乗るジョブに向けて発射する。

「ステラちゃんを助けに来たのに~、そのステラちゃんを攻撃しちゃっているね~」

ミアハは困惑しつつも、ステラが“あのバカ”と称した理由を理解する。

同時に急いでステラの華奢な身体を抱きかかえ、爽快に走る続けるジョブから飛び降りる。

その直後、黒い車両の群れから放たれた大きなミサイルがジョブに直撃すると、ジョブは派手に大破した。

「いや~、大破し過ぎちゃってジョブの原形が完全に無くなっているんだけど~」

「だから、あれはバカなのだ!」

間一髪で避難したミアハの胸の中でステラは再び頭を抱える。

「あれは~、相当な問題児さんだね~」

ミアハの特殊能力だからこそ、ジョブが大破した場所から一瞬にして遠く離れた場所まで避難する事が出来たものの。

――普通だったら即死レベルだったね~。

そんな事を思いつつ、ステラを降ろしたミアハは頭に過った一抹の不安を尋ねる。

「もしかして~、あの問題児さんも特殊能力者なのかな~?」

「いや、あれは一般人の筋肉バカだ」

ステラは強く首を横に振り、きっぱりと否定する。しかし“筋肉バカ”という事は、身体だけは頑丈という事か。

バロンという人物が徐々に分かり始めたミアハは顎先に手を添えて何度か頷く。

「ステラ様ーーー! 何処ですかーーーー?」

跡形も無く大破したジョブの周辺に到着したバロンは多くの部下たちを引き連れて、ステラの捜索を開始する。

その様子を遠くから眺めていたミアハは、先ほどまで分かり掛けていたバロンという人物像を見失う。

「いや~、相当な天然問題児さんだね~。仮にジョブの中にステラちゃんが乗っていたら~、跡形も無く木端微塵になっているとか~、想像出来ないのかな~?」

そんな根本的な疑問を抱きつつ、ミアハは仮面の淵にあるボタンを操作してバロンたちの様子がよく見える様に画面をズームさせる。

すると、白い軍服を来た部下たちと共に必死でステラを探すバロンの様子がはっきりと確認できた。

どうやら、避難したこの場所はまだ気付かれていないようだ。

「ビックリするかもしれないが、あれが普段のアイツ等、本当にバカの集まりなのだ。それ以上の適切な言葉が見つからない」

もはや同じ組織だった事実が恥ずかしい。そう言いたげなステラは堪え切れず赤面する顔を両手で覆う。

「何か~、勘違いしているみたいなんだけど~、やっちゃってもいいの~?」

ミアハはバロンが言い放った“救出に馳せ参じた”という言葉に違和感を抱いていた。

まぁ、相当な天然キャラなのだから、大胆な勘違いをしている事は容易に想像は付く。

「何故だか分からないが、アイツは私が何者かに浚われたと勘違いしている……。

本当は殺してほしい所なのだが、流石に殺すのは政治的に不味い。今の私たちは一応、中立の立場を取っている組織だからな。だから、殺さない程度に殺してくれ!」

複雑な表情を浮かべるステラは、もはや自分が矛盾している事を言っている事にも気付いていない様子だ。

そんなステラの複雑な心中を察したミアハは自分なりに解釈する。

「了解~。それじゃあ~、殺さない程度にやってくるよ~」

そんな言葉を残したミアハは軽く手を振ると、その場から消え去っていた。


次の瞬間、ミアハは既にバロンの背後に立っていた。

「ステラ様――!」

バロンは大破したジョブの残骸を漁りながら必死でステラを探している。

いつまで経っても自分の存在に気付く素振りも見せない様子にミアハは思わず溜め息を漏らす。

「ちょっと~、いいかな~?」

普段から緩い口調で話す事からミアハの性格も話し方と同様に穏やかだと思われがちだが、ミアハは他人が思っている程、穏やかな性格の持ち主では無かった。寧ろ、短気な部類に入ると自覚している。

だから、呼び止めたにも関わらず一度で気付かない人間をミアハは嫌う。

「ステラ様――!」

未だにミアハの存在に気が付かないバロンに対して“これはもうバカとかいうレベルでは無く、愚か者の類に入る存在だ”と判断すると同時にバロンの背後から何の躊躇いも無く、挨拶代わりの軽いパンチをお見舞いした。

見事にバロンの後頭部にミアハの拳が命中した。

しかし、バロンの身体はビクともしなかった。寧ろ、殴ったはずのミアハの右拳がジンジンと痛みを訴えた。

「ガハハ」

乾いた笑いを上げるバロンは顔色ひとつ変えずに振り返る。そして思い出したように後頭部を軽く掻いた。

蚊に刺された程度の痛み。いや、痛みすら与えられていない。もはや痒みだ。確かに、ミアハは力を加減して殴った。それでも一般人ならば気絶するほどの衝撃だったはずだ。

バロンが振り返り、改めて正面から見るとよく分かる。

ステラも認める“筋肉バカ”と言われるだけあって、白い軍服から僅かに垣間見られる、その首、その腕、その足首、随分と筋肉質な巨漢だ。

――もはや筋肉の塊だね~。

「お主がステラ様を誘解した不届き者だな!」

ミアハが間近に居るにも関わらずバロンは相変わらずの威勢の良い大声を上げる。威勢が良過ぎてバロンの息と唾がミアハの顔に飛び散る。

――その筋肉は見せ掛けじゃないって事かな~。それにしても……

流石のミアハもバロンの筋肉には驚く所だが、筋肉よりも愚か者の方が随分と割合を占めていて、驚きよりも苛立ちの方がミアハの感情を支配していた。

どうやら、力の加減は無用の様だ。

そう悟ったミアハに対し、バロンは何の躊躇いも前触れも無く大きな拳を振り降ろしてきた。

顔全体は笑っているようだが、目だけは笑っていない。彫りの深い不気味な笑顔だ。

――怪力なんだろうけど~、速さはイマイチかな~。

ミアハは何事も無かったようにバロンの拳を交わし、その回避運動を利用してバロンの胸に目掛けて飛び蹴りを浴びせる。

「重っ!?」

ミアハの想像では、バロンの身体は軽々と吹き飛ぶはずだった。

「ガハハ、中々にすばしっこい女だー」

しかし、バロンは笑っているにも関わらず、表情は何ひとつ変えないままミアハに蹴られた胸に付いた土を軽く払う。

――本当に能力者じゃないのかな~? 通常の人と思わない方が良いね~。

困惑するミアハに油断が生じ、気が付くとバロンは一気にミアハとの距離を詰めていた。

――いつの間に!? これは~、ヤバいね~!

焦りを滲ませる間もなく、バロンの大きな拳がミアハの顔面に目掛け飛び込んで来る。

この間合い、こんな近距離、流石のミアハでも交わし切れなかった。

ミアハは咄嗟に両腕でバロンの拳をガードする。

――ドガッ!

ミアハの両腕には骨と骨がぶつかり合う鈍い音と共に強く重い衝撃が容赦なく走る。

――耐え切れない!

体格差で劣るミアハの身体が軽々と広大な赤い砂漠に吹き飛ばされた。

――あれ~、想像してたのと真逆の展開になっちゃったね~。

見事に吹っ飛んだミアハを最後まで確認する事無く、バロンは再びステラの捜索を開始するように辺りを見渡し始める。

気が付けばミアハの視界には白で覆われた天井を捉えていた。

幸いな事に赤い砂漠がクッション代わりになり、腕以外は無傷なようだ。右手に続いて両腕もジンジンと痛みを訴える。

「これは手加減しなくても~、死にはしないって事でいいよね~?」

ミアハは独り言のように呟きながら、ゆっくりと立ち上がると衣装に付いた砂埃を掃う。

「はぁ~」と溜息にも似た呼吸で心と体を整えると、その生まれつき細い目をグッと見開く。


「円洸雷鳴!」


高らかに唱えた途端、ミアハの全身に青い発光体が纏わり付く。

あれほど鈍感なバロンだったが、流石に何かしらの変化に気付いた様子でミアハを吹き飛ばした方角を振り返る。

「ガハハ、まだ立てるとは…んっ!?」

バロンが振り返った瞬間、既にミアハの手がバロンの口を塞ぎ、上手く話せない状態になっていた。

ミアハの光速移動はバロンの眼でも追う事が出来ない。

「その笑い方~、ちょっと気に障るかな~」

そのままバロンを大外刈りの要領で地面に投げ付けると、バロンの身体は勢い良く赤い砂漠に埋もれた。

辛うじて足だけが地面から生える様に出ている状態になり、それを目の当たりにしたバロンの部下たちは素早くミアハを取り囲み、一斉に持っていた銃を構える。

「そのまま発砲しちゃったら~、同志討ちになる事くらい考えなよ~」

ミアハは同情する様に忠告するが、そんな忠告などお構いなしに部下の一人が威勢の良い声で「撃てーーーー!」と大きな声で号令を掛ける。

――パンッパンッ……

乾いた銃声が赤い砂漠に響き渡る。

しかし発砲された銃弾は全てミアハの身体を逸れて、撃った味方に見事命中した。

ミアハを取り囲んでいた部下たちは漏れなくその場で崩れ落ちるように倒れた。

そんな光景を目の当たりにした残りの部下たちは、何が起きたのか事態が全く把握できないままだった。

「撤退! 撤退だーー!」

正気を取り戻した一人の部下が叫ぶように指示を出すと残った者で協力し合い急いでバロンと倒れた仲間たちを回収して黒い車両に逃げ込む。

「やれやれだね~」

ミアハが呆れている間に黒い車両は早々に撤退していった。

それを確認したミアハは、全身に纏わり付いていた青い発光体を解除させて、肩を竦めながら首を横に振る。

――とりあえず、ステラちゃんの元に戻るかな~。

―ピピッピピッピピッピ…

ステラの元に戻ろうとしたところでミアハの金仮面から再びアラーム音が鳴り響く。

「おや~? また何か近づいて来ているみたいだね~。今度こそ刹那ちゃんかな~?」

先ほどの要領で仮面の操作スイッチを押し画面を切り替える。

すると、視線の端に地図が表示され、今度は右側から赤く点滅する印が徐々に中央(つまり現在地)に近づいて来ていた。

「また刹那ちゃんと方向が違うな~。て事は~?」

仮面が示す印の方向を眺めると、不自然なまでに大きな砂嵐が発生していた。

――あんな大きな砂嵐… さっきまで無かったよね~!?

しかしもっと根本的な疑問がミアハの頭に生じる。

確認の為にミアハは空を見上げるが、やはり白い天井に覆われている。

つまり、この地域一帯は密閉されていて自然に砂嵐が発生する要因など存在しない。

そうなると――あの砂嵐は~、人工的に発生させた砂嵐ってことかな~?

本来ならば早急に避難を始め、なるべく砂嵐から離れなければならない場面なのだろうが、人工的な砂嵐となれば話は変わってくる。

ミアハはこの場に留まり、巨大な電波塔ほどの高さまで舞い上がった砂嵐がどのような動きをするのか観察する。

砂嵐は勢力をそのまま維持しつつ、ゆっくりとだが確実にこちらへと向かって来ているのが分かった。

砂嵐が近づくにつれてミアハの短髪を激しく揺らす。

そしてミアハの存在を確認したように砂嵐はミアハの手前で止まると、砂嵐の勢力も徐々に治まる。

ミアハは未だに何をするでもなく様子を見守っていると、嵐が完全に消え去った場所から人影らしきものを捉えた。

――嵐の中から人が~?

「お前がステラか?」

戸惑うミアハを余所に凛々しくも大人びた女性の声が聞こえて来た。

その声の主と思われる人影がミアハに向かって歩み寄る。

一歩一歩近づくにつれてその人影の全貌が徐々に明らかになる。

――またヘルメット~!? もしかして~、あの黒ヘル君のお友達かな~?

そんな疑問を抱いたミアハがまず気になったのはフルフェイス型の白いヘルメットだ。

そのせいで素顔は全く窺えないが、ヘルメットの後部から艶やかな長い黒髪が涼しげに漂っていた。

次に目に付くのは、もはや白いスクール水着と言って良い程のかなりタイトな服装だ。

そんなスクール水着から露わになった豊胸に、細いウエスト…理想的なプロポーションから察して女性と考えて間違いないだろう。

「いや~、思い切った格好だね~」

「お前に言われたくない! なんだ、その斬新過ぎる格好は!?」

お互いにお互いの衣装の奇抜さに自覚が無く、しばらくの沈黙が流れる――お互いがお互いの衣装を改めて確認し合うと内心で“自分の方がマシだ”とお互いに勝ち誇った。

「この際、衣装はどうでもいい。それよりもお前がステラなのか?」

――その物言いは~、この白ヘルさんはステラちゃんを探しているのか~。でも~、実物を知らないようだね~。ちょっと~、泳がせて見ようかな~。

そう判断したミアハは笑みを浮かべる。

「そうだよ~。私がステラだよ~」

ミアハの何食わぬ返答に白いヘルメットは小首を傾げる。

「髪の長い幼女と聞いていたのだが、随分と大人びているな?」

白いヘルメットが事前に入手していた情報とは随分と違う事に、かなり怪しまれるミアハは冷や汗を隠すように話しを始める。

「そ、それで白ヘルさんは何者なのかな~?」

「私の名はルラージュ・グランデだ。訳あって我らは現在、ブルーコスモス軍に付いている」

――ブルーコスモス軍……確か、セラミス総本家と敵対している組織の名前だっけ~?

うろ覚えの中でミアハは辛うじてブルーコスモス軍の存在を思い出す。

「そんなブルーコスモス軍の用心棒さんが私に何の用かな~?」

ミアハは未だにステラを装い続ける。

「はっきり言って、今回の戦争において、ブルーコスモス軍の情勢はあまり芳しくない所が本音だ。そこで上層部はセラミス総本部代表・ビリアン女王陛下の娘であるステラ第2后妃を人質に取り、何かしらの取引を企んでいる」

ルラージュは身内であるはずのブルーコスモス軍の内情を包み隠さず暴露した。

そんな行為に走るという事は身内を裏切るつもりなのか、或いは何かしらの罠を張っているのか…

ミアハは怪しみながらもルラージュの話しを最後まで聞く事にした。

「それでだ。ここからが本題なのだが…」

そう前置きすると、ルラージュは徐に両手を広げて見せ無防備である事を表現する。

「ご覧の通り、私は現在単独行動中だ。つまり、今はブルーコスモス軍として行動していない。今回はあくまで個人的に用事があって、ここまで訪れた」

先ほど、ルラージュは“訳あって我らはブルーコスモス軍に付いている”と言っていた。

――“我ら”という事は、ルラージュさんだけでは無く、複数人以上で行動しているという事か~ あと“訳あって”という事は、このルラージュさんはブルーコスモス軍とは異なる目的があるんだろうけど~、利害の一致で今はブルーコスモス軍と共に行動しているという事かな~?

様々な憶測を巡らせるミアハは何度か左右に首を傾げる。

「それは、つまり~?」

ミアハが具体的な用件を尋ねると、ルラージュは白いヘルメットを一度だけコクリに頷く。

「正直、我らはこの世界の情勢自体に興味は無い。現在、ブルーコスモス軍に付いているのは、この世界での活動を行う拠点が必要だったからな。だから、実際はブルーコスモス軍とは全く違う目的を持って動いている。その我らの目的の為にお前が必要なのだ。“五感の華”としてのステラ・アインシュフォードを!」

”五感の華”

その単語を聞いた瞬間にミアハの口元が引き締まる。

何故なら、その知識を持っているのは世界にごく僅かしか存在しない。それも極めて特殊な境遇に立たされた人間に限る。

それにルラージュは“この世界”と言った。

――この人も私と同じ状況で~、違う宇宙の人なのかな~? それに~、先ほどの人工的に造られた砂嵐は~、多分、特殊能力者だよね~。

それだけの要素を集めただけで簡単にひとつの仮説が思い浮かんだ。それも、かなり確信に近い仮説だ。

――つまり、このルラージュさんも私と同じ立場で神様を探しているのかな~? そうなると~、この先、このルラージュさんとは~、どう接触するべきなのかな~?

ミアハは慎重に言葉を悩んでいると。

「何だ? お前は自分が五感の華としての自覚が無いのか?」

全く反応しなかったミアハにルラージュが首を傾ける。

今の時点で言える事は、まだ相手の情報が少な過ぎるという事だ。

まだ敵か味方かを判断するのは時期早々だ。だとすれば、極力戦闘は避けたい。

――何て返せば、この場を無難に回避できるかな~?

ミアハが返答に困っている時だった。

「ミアハ――、無事か――?」

遠くの方からステラの心配そうに自分を呼ぶ声が聞こえて来た。

「ミアハだと?」

ルラージュが声のする方に振り向くとミアハは思わず天を仰いだ。

最悪のタイミングだ。

この展開を予想出来なかった自分の甘さを嘆く。

――あちゃーー!

大きく手を振りながらステラがこちらに向かって来ている姿を見て、ルラージュの中にあった違和感が一気に解消される。

「あの長い髪に… 幼女……まさか!」

事前に手にしていた情報通りの幼女・本物のステラだと理解するまでに時間は掛からなかった。

同時に自分が騙されていた事もすぐに理解した。

「いや~、騙すつもりは無かったんだけどね~」

ミアハが頭を掻きながら釈明するが、既にルラージュの全身は沸き上がる怒りを解放するようにヒクヒクと震えていた。

恐らく、様々な怒りがルラージュのありとあらゆる場所から発生して、全身を包み込んでいる震えだろう事はミアハで無くても容易に想像が付く範囲だ。

不幸中の幸いと呼べるのかは分からないが、白いヘルメットに覆われていて表情までは窺えない。

――でも~、完全に怒っちゃっているよね~。

ミアハの予想は見事に的中。


「清風乱舞!」


怒りに満ちた叫び声に応えるように、ルラージュの全身から強風が吹き始める。

ミアハも応戦しようと構えるが、自ら発生させた強風に身を任せて空高く舞い上がったルラージュは意外にもミアハと戦う選択肢を選ばなかった。

強風に身を任せ鳥よりも速く空を飛ぶルラージュがステラの元まで向かう。

「誰だ!?」

戸惑うステラを軽々と抱きかかえるととそのまま砂嵐が来た方角へと引き返して行った。

「そっちだったか~!?」

ルラージュとの交戦を覚悟していたミアハは完全に判断が遅れてしまう。


「円洸雷鳴!」


ミアハも急いで全身に青い発光体を纏い光速移動でルラージュの後を追う。

しかし、ミアハの特殊能力では空を飛ぶ事は出来なかった。

――光速移動でも~、追いつかないかな~?

ミアハの表情に焦りが生まれる。

空高く飛ぶルラージュとステラは既に豆粒程度にしか見えくなっていた。

それでもミアハはルラージュを追う他に選択肢は無かった。


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