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リリィの憂鬱

辺りが辛うじて見えるほどの薄暗い部屋の中、彼女は親指の爪を噛みながら4台のモニターを睨むように見つめながら呟く。

「この金仮面女は何者ですの?」

困惑と怒りが入り混じった何とも不安定な感情で、4台の中でも1番大きなモニターを睨み続けていた。

そんなモニターの中には先日、交戦した謎の金仮面女がケルベロスを破壊する一連のシーンを何度も繰り返し再生していた。

メインモニターの右側には1周り小さなサブモニターがあり、その場面にはメインモニターとは違う角度からの映像が流れ、左側のサブモニターには熱量の変化を表すサーモグラフィーで金仮面の動作を解析していた。

そしてメインモニターの少し前には掌サイズの小さなモニターが設置されていて、何故か、アニメの公式サイトが開いていた。

彼女の名はリリィ・フェアレディ――セラミス総本部の技術開発局の局長にして、先日、月下たちと交戦していたケルベロスを操っていた張本人。

ここはセラミス総本部・衛星操作管理室兼リリィの私室。

管理室にしては随分と小さな6畳一間。

そのため、リリィが作業する机のすぐ背後には布団が敷かれている。

疲れた時にはいつでもゴロンと寝転がれるようなレイアウトになっている。

何とも生活感溢れる仕様の部屋となっていた。

「仮面女も間違いなく特殊能力者ですわね。しかし」

リリィは徐にパソコンを操作し、モニターを再びケルベロスが破壊される直前に戻す。

――しかし、何の能力ですの?

モニターの中に何かしらのヒントが隠れているはずとリリィは目を充血させながら粘り強くモニターを注視する。

「んっ!」

何か違和感を抱いたリリィは素早くモニターを停止させ、金仮面女の足元に微かに光る物体を辛うじて窺えていた。

「これは…」

モニターに顔を近づけ更に注視するが、今のままではよく分からなかった。

リリィは再びパソコンを操作して、金仮面女の足元部分を最大限までズームする。

「これですわ!」

リリィは嬉しさのあまり思わず大きな声を上げてしまった。

その瞬間、我に返ると多少の恥じらいを抱きつつ部屋を見渡す。

誰も居ない事を確認したリリィは気を取り直す。

ヒントはこれだけで十分だ。

――これは静電気を放電している光ですわ! つまり、金仮面女は雷系の石を宿した者と考えて間違い無さそうですわね。

それが分かれば全ての謎が解決されたも同然だ。

金仮面女は特殊能力を使い、電子系統をショートさせてケルベロスを破壊した。ケルベロスからすれば最悪の相性だった。

一通りの謎が解けたところで、また別の問題がリリィの脳裏を過った。

――あの氷の石を宿した黒ヘルさんと金仮面女… 選ばれし者が一か所に集まるなんて……偶然で済ませるには天文学的な確率になりそうですわね。

リリィは親指の爪を噛みながら、暗い天井を見上げながら様々な憶測を巡らせる。

「失礼します!」

不意に扉が開くと同時に大人びた落ち着いた女性の声がリリィの耳に入って来る。

その声を聞いただけでリリィは顔を見なくても声の主が誰なのか理解する。

「失礼するなら、お帰りあそばせ!」

「いえ、失礼しません」

冗談交じりに返事するリリィに対し、女性は迷う事無く真っ先に照明のスイッチを入れた。

「眩しい!」

今まで暗闇に慣れていたリリィの目が何の前触れも無く光りに晒され、視界が真っ白に覆われる。

そんな光に晒されたリリィの容姿は地味な黒髪おさげに黒縁メガネ、そして月下たちが通う高校の制服姿。それは紛れも無く黒羽アリスそのものだった。

「マイヤさん、何の用ですの?」

声の主はビリアン女王陛下の秘書を務めながら、隠密調査も担当しているマイヤだった。

大人びた声質の通り、赤縁の眼鏡にリクルートスーツ姿を見事に着こなす随分と大人びた印象を与える。

しかし、実際に年齢を知る者は居ない。それどころか、彼女の素性を詳しく知る者はビリアン女王陛下を含めて誰も居ない。何とも謎めいた女性だ。

「また暗い部屋でモニターを見ていましたね」

イントネーションを忘れたような棒読みで話すのがマイヤの特徴だ。

初めて聞いた時はまるで音声ガイダンスに従っている様な錯覚に陥ってしまうが、慣れてしまえばそれがマイヤの個性だとリリィは素直に受け入れていた。

「そんな事を言いにわざわざここに来たのでは無いのでしょ? 早く用件をおっしゃってくださいませ」

リリィの機嫌があまり芳しく無い事をすぐに察したが、マイヤは然程の気にも留めず、無表情のままメガネの中央部分を中指で押し上げる。

「ビリアン女王陛下がお呼びです。至急、代表室までお越しください」

相変わらずの棒読み。

感情が窺えない分、どのような用件で呼び出しているのか検討も付かない所なのだが、今回はある程度の見当が付いていた。

ほぼ間違い無く血眼になって捜していたステラの件についてだ。後はケルベロスで交戦した件についてだろう。

しかし、どちらの案件もあまり良い結果とは言えない。この状況下で代表室に向かうには、あまり足が軽く進まない。

リリィは溜め息を付きながら、ゆっくりと立ち上がるとその場で精いっぱいの背伸びをした。

「用件はそれだけです」

用件を済ませたマイヤは軽く会釈をすると早々に部屋を出て行った。

「分かりましたわ~」

空返事で応答したものの、既にマイヤの姿は無かった。

――それにしても、女王陛下に会うだけなのに、セラミスの軍服に着替えるのは面倒ですわね。

面倒臭がりのリリィは私服の上から白衣を羽織ると、部屋の隅に立っていた全身鏡の前に向かい、私服が見えない角度を探る。

――大丈夫、下は見えませんわ。

それだけをチェックし終えると、マイヤの後を追う様に部屋を後にした。


エレベーターに乗り、随分と長いこと上へ上へと登り続ける。

―チーンッ―

乾いた音が最上階である88階に到着した事を知らせる。

エレベーターのドアが開いた瞬間、紅い絨毯と、紅い壁で装った如何にも豪華な雰囲気で訪れる者全てに清く正しい品格を無条件に求める。

そんな崇高なフロアだが、何度も訪れているリリィには何の緊張感も与えなかった。

天井に吊るされた幾つものシャンデリアを通り過ぎ、壁に掛けられた幾つもの肖像画とすれ違い、やっとの思いで一番奥にある代表室まで辿り着くと黄金に輝くドアがリリィを威圧するように構えていた。

リリィは豪華なドアに臆する事は無いのだが、そのドアの奥で待ち構えている者に対し、多少の緊張感を抱いていた。

「リリィです。招集に応じて参りましたわ」

「―――入れ」

少しの間が空いた後に乾いた女性の声が聞こえてきた。

“入れ”たった3文字の言葉の中に随分と険悪な雰囲気が醸し出されている事にリリィの緊張感が更に増した。

――これは少々面倒そうですわね。

リリィは溜め息を溢すと少し憂鬱になるが、部屋に入る以外の選択肢が思い浮かばない自分の非力さを嘆いた。

「失礼しますわ」

中の様子を窺うようにそっとドアを開ける。

すると先ほどの廊下と同様に赤を基調とした豪華な造りをした部屋がリリィを出迎える。

部屋に入り、まず目を引くのが廊下の物とは比べ物にならない程に大きなシャンデリアだ。

金色の装飾と透明な宝石がふんだんに使われたそのシャンデリアは艶やかな幻想の世界へと誘うように輝いていた。

壁には力強く羽ばたく鳳凰の油絵が飾られ、この部屋に訪れる者を睨みつける様な鋭い目つきをしている。

そんな部屋の中央には応接間セットが一式置かれていて、既に赤い軍服を着た一人の女性が白い毛皮のソファーに腰を掛けていた。

険しい表情を浮べている女性ではあったが、そんな険しさの中にも気品と美しさが漂い、大きな瞳の奥はエメラルドのように純粋な緑色が輝き、くっきりとした鼻筋からふっくらとした柔らかな唇は艶やかさに染まり、癖のあるブロンドヘアは見る者全てを誘惑するように肩まで流れていた。

所謂、典型的な美人である事は同性のリリィから見ても議論の余地が無い事実である。

しかし、やはり険しい表情というのは、どんな美貌を持っていたとしても多少なりの恐怖心を与える。

更に赤い軍服という格好も手伝ってか、女性から湧き出る威圧感が必要以上に増している様に映る。

リリィは額に冷や汗を蓄えつつも、あくまで普段通り振る舞う事に徹する。

「オホホ、お待たせ致しましたわ。本日も相変わらずの美しさで」

そう言いながら、リリィはビリアンの許可もなく対面側のソファーに腰を掛けた。

しかし、ビリアンはリリィの振舞いを気に留める素振りも見せずテーブルに並べられている資料に目を通していた。

その資料とは昨日リリィが作成し、マイヤ経由でビリアンに提出した資料だった。

一通り資料に目を通したビリアンから投げ掛けられた質問は一言だった。

「で?」

険しい表情はそのままに、何の主語も述語も付けずに質問する。

――相当、機嫌が悪いですわね。ここは慎重に話しを進まなくてはならなそうですわ。

リリィはセールスマンの如くビリアンの一喜一憂を見逃さないよう常に顔色を窺う覚悟を決めたのだが、ビリアンの目線は相変わらず資料から離れないままだ。

「 “で”と申しますと?」

リリィは確認の為にビリアンの端的過ぎる質問に質問で返す。

「皆まで言わせるな。早く先日の戦闘について報告をしろ」

静かな口調にも関わらず、ビリアンの声は部屋中に響き渡ると同時に冷徹で鋭い視線がリリィに突き刺さる。

背筋が凍り、思わずゾクッと肩を震わせたリリィは言い訳する様に慌てて弁明する。

「お、おかしいですわね。先日中に報告書を各部署に送りましたわよ」

「それは目を通した。そんな表向けの報告は良い。それよりも」

そう言いながらビリアンは目を通した資料をリリィの前に投げ付け、改めて鋭い視線をリリィに向ける。

「怖いですわよ、ビリアン様。そんなに険しい表情をしていたら皺が余計に増えますわ」

思わず口が滑ってしまった。リリィは慌てて冗談っぽく笑って見せたが、ビリアンは全く表情を崩さず、未だにリリィを睨み続けている。

「オホホ、冗談ですわ。”ゴッド・ポイント”の数値は僅かながら反応有り。ビリアン様の睨んでいた通りでしたわ」

「やはり、そうか」

ゴッド・ポイント。その単語を聞いた瞬間、今まで険しかったビリアンの表情が途端に曇り出す。

「ビリアン様には映像も送ったと思いますが?」

「あぁ、確認した…そうなると、あの仮面の女が候補者か?」

「断言はまだ出来ませんわ。あの黒いヘルメットの可能性もまだ捨てきれませんので」

「そうだったな、あの黒いヘルメットも能力者になったか。よもや、選ばれし者がこんなにも多く現れようとは… 今後、この宇宙はどうなるというのか」

嘆くように溜め息を付いたビリアンは何かを考える様に宙を眺める。

「ひとつ聞きたかったのですが、あの氷の石はどちらで手に入れましたの?」

「あぁ、あれは我がアインシュフォード家の古くからある倉の中に眠っていたらしい。召使いが整理している時、偶然に見つかったそうだ」

――そんな都合の良いタイミングで?

そんな疑惑を抱きつつも、リリィはこれ以上の無駄口を叩くのを控える。

「それよりも、金仮面の女との次の接触はいつ頃になりそうだ?」

「そうですわね…予定では明日の午後くらいになりますわね」

ビリアンの質問に指を折りながら計算したリリィが曖昧に答えると、ビリアンはそっと目を閉じて、何か悩むようにこめかみ部分を人差し指でコンコンと軽く叩く。

「まぁ、良いか」

リリィに辛うじて聞こえる程の小さな声で呟いた。

これほど表情を変化させるビリアンを見るのは初めてだ。

リリィは若干の違和感を覚えるが、ビリアンも人間だ。まぁ、そういう事もあるだろうと特に気にする事無く今後の計画について提案する。

「なんでしたら、私が直接出向いて、あの金仮面女と黒ヘルさんを始末しましょうか?」

「駄目だ」

自信に満ちた表情で提案したリリィの計画だったがビリアンは即座に却下する。

「恐らく、その者たちは今後もしばらくはステラと共に行動するだろう。最終的には、ここに戻って来るはずだ。今は泳がせておけ。それにあの氷の能力を宿したのであれば、或いはヒルハを助けられるかもしれない。リリィよ、お前は黒いヘルメットを中心に引き続き監視に当たれ。あくまで監視だけだ。そして最優先事項がゴッド・ポイントである事を忘れるな」

ビリアンはリリィに慎重な行動を促し、不敵な笑みを浮かべた。

――ヒルハ……確か、ビリアン様の長女の名前でしたわね。そういえば、未だにお会い出来ていませんが。まぁ、今の状況下ではお会いする事など不可能ですわね。

ヒルハについて触れようと口を開こうとしたリリィだったが、とてもデリケートな家庭内の問題だ。藪から棒に聞くのは止めよう。

「今日はもう良い。また新たな情報が入り次第、早急に報告書を提出せよ。今更、言うまでも無いだろうが、ゴッド・ポイントに関しては他言無用だ」

会談が終わり、リリィが白いソファーから立ち上がる際に不意にある事を思い出した。

「そう言えば、あの“おバカさん”が先走ってステラ様の元へ向かわれましたわ」

「あのバカ?」

「はい。ビリアン女王陛下がお好きな保安局の単細胞ですわ」

嫌味と冗談を交じらせながら告げるとビリアンはあからさまに不快な表情を浮べる。

「覚えておけよ、リリィ。私は冗談が嫌いだが、面白くない冗談はもっと嫌いだ。保安局・局長のバロン・ヴァンキッシュ、あれは放っておけ。私でも制御出来ない男だ」

余程バロンの事が嫌いなのか、ビリアンは腕を組んでそっぽを向いた。

「と言われましても、私の障害になる様な事になれば…」

そうバロンという男はセラミスの代表の命令も聞かない我が道を猛進する単細胞だ。故にステラの近くに居る黒いヘルメットを監視する仕事の支障を来す可能性が充分にあり得る。

「その時は構わず殺せば良い。まぁ、殺して死ぬ様な男では無いがな」

ビリアンの足が貧乏揺すりを始めた。それは怒りの頂点寸前まで達した証しだ。これ以上の長居は無用だとリリィは瞬時に察した。

「了解しましたわ。それではご機嫌あそばせ」

笑みを浮かべたリリィは逃げる様に代表室を立ち去った。


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