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夢と日常の狭間にある生活

4月9日 木曜日。


目覚めたばかりだというのに、意識は既にはっきりとしていた。

故に、先ほどまで起こっていた夢の中の出来事も十二分に覚えている。

「はぁ~~~。またか」

深い溜息と共に月下は憂鬱になっていた。

カーテンの隙間から太陽の日差しが覗き込んでいた。晴れの国と言われるだけあって、岡山は今日も心地の良い小春日和を予感させている。

この前に雨が降ったのがいつだったのか、忘れてしまう程に晴天が続いていた。

――今夜もさっき見ていた夢の続きを見るんだろうな。

『そうじゃのう』

同意したアンジュの返事に月下は再び溜息を洩らす。

月下が憂鬱になる原因は必要以上に疲れてしまう毎回とんでも無い展開にハマるパターンもあるのだが、もっと質の悪い事に、夢を一度見始めると中途半端に終わらないという点がある。

ゲームならば、電源を切ればいい。

授業ならば、早退すればいい。

夢ならば、寝なければいい。

………無理だ! 生きている限り、どんな超人であろうと眠気は必ず訪れる。個人差はあれ、少なからず人間は睡眠を取る生き物だ。

だから今回も(寝てみないと分からないが)睡眠に入ると同時に先ほど最後に見たステラが驚いていた場所からリスタートするだろう。

オートセーブ機能みたいなものだ。

――もう嫌だ、寝ている時くらい休ませてくれよ!

『まぁ、落ち着け。どうせ、いつも通りのご都合設定だ。何とでもなるじゃろう』

ご都合設定――確かにそうだ。今までの夢において、月下の立場は最強の英雄や伝説の救世主や王道勇者。どれでも傍から見れば卑怯なまでに無敵な主人公をやらせて貰っていた。だから、かなり危険な冒険や展開だったとしても、最後は余裕で問題を解決してきた。

――今回もそうなら、良いのだけれど。

月下には前回と今回の夢とでは明らかに異なる違和感を抱いていた。

それは初日の夢にして既に一度死にかけた点だ。

今までの夢では命の危険に晒されるシーンは何度かあったにせよ、本当に殺されるようなシーンは出て来なかった。

おまけに絶対氷結とか言う能力が思いのほか弱過ぎた点だ。

前回までの必殺技ならば、どんなに強力な敵でも百発百中で倒せていた。それが今回は倒すどころか、ミアハとかいう謎の仮面女に助けられる始末。

――そんなんじゃあ、この先が思いやられるぜ!

『それよりも早く下に降りなくて良いのか?』

――何で?

『忘れておるのか? 昨日、お主の父親が連れて来た娘じゃ』

――娘? ……………しばらく思考を巡らせると、ようやくアンジュが言っていたの女性の顔を思い浮かべた。

「あっ! 忘れてた!」

月下は慌ててベッドから起き上がると、寝巻のまま急いで1階へと駆け降りた。


今まで見ていた夢のせいで完全に忘れていた。

いや、夢のせいでなくても忘れていたのかもしれないが、昨日から月下の家に居候が住みついていたのだった。

思い切り跳ね上がった寝癖はそのままに、急いで1階の台所までダッシュで向かう。

背中まで伸びた黒髪が朝日に反射して輝く。

白いシャツの上に紺色のジャケット、黒と赤のチェック柄のスカート、胸元には赤いリボン……そこには制服に着替え終えた“三谷咲”がテーブルの椅子に座っていた。

『完全に忘れとったのう』

――まぁ、昨日の今日だからな。

三谷咲は昨日から、何の前触れも無く一緒に暮らす事になったクラスメイト。

スタイルは平均的、まだ幼さが残る童顔に吸い込まれそうな大きな瞳が兼ね備えられれば、健全な男子ならば誰もが好みそうな端整な顔立ちをしていた。

もちろん、月下も漏れなく惚れている。

そんな彼女とひとつ屋根の下で新生活を送る事になった月下は心の中で“青春って最高だぜ!”と叫んだのは、つい昨日の出来事。

――夢よりも現実の方がラノベっぽい! どんだけ勝ち組になっちゃまったんだ!? 逆にこっちの方が夢なんじゃないか?

すっかりと忘れていた三谷咲の存在を思い出した途端に、つい先ほどまで魘されていた悪夢など何処かに吹き飛ばされ、今は心の中で阿波踊りをしながらガッツポーズをしている。

しかし、表では平然を装う。どうでも良い所で器用な男だった。

「おはよう、昨日はよく眠れた?」

「問題ない。それよりも…」

お腹が空いた。と実際に言うよりも先にキュルルルルッと三谷咲のお腹が派手に空腹を訴えた。

本来ならば恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしたり、何かで誤魔化したりするのだろうが、三谷咲の反応は逆だ。

寧ろ、カッコいい台詞を言い放った後のような決め顔を作り、その揺るぎない大きな瞳を月下に向けていた。

――早く朝食を作れという事ですか。

そんな三谷咲が月下の家に居候する事になった経緯は、薬品会社に務める月下の父・竜宮総一郎が3週間ぶりに帰宅した昨日の朝まで話しを遡らなければならない。



いつものように草臥れた白衣と疲労感を漂わせた顔で玄関のドアを開けた父の隣に、既に制服姿で無表情の三谷咲が立っていた。

父親いわく、自分の同僚がこの春の人事で海外への転勤が決まったのだが、その転勤先の海外というのが随分と治安が悪いらしく、一人娘である三谷咲を日本に残す事に決めたという。

しかし今まで世間知らずに育ててしまった娘を、いきなり一人暮らしさせるのは不安だったらしく、同じ歳の子供を持つ父親に相談して来たのだそうだ。

「そういう訳で3ヶ月程、咲さんをうちで預かる事になったから」

そんな大雑把な説明をし終えた父は実に3週間ぶりの帰宅にも関わらず、すぐに新しい白衣に着替え直すと再び出勤してしまった。時間にして約5分の滞在。

まるで台風のように慌ただしく去った後、玄関に取り残された“初対面の美人女子高生と俺物語”は台風一過の晴天という爽快感に浸りたかった。

しかし実際は、大量に打ち上げられた浮遊物や流木に囲まれた砂浜に置き去りにされた、なんとも不安で遣る瀬無い感情に陥っていた。

そんな新生活の始まりだったのは、つい昨日の話し。



「ちょっと待って。これから準備するから」

月下は慌ててキッチンに向かうと、昨夜のうちに準備していた牛乳とヨーグルトを冷蔵庫から取り出す。

更に棚から食パンを2枚、取ると専用のトースターに入れる。

「あと、5分ほど待って」

月下の言葉の後に、食パンが焼ける香ばしい匂いが台所に広がる。

そんな匂いを嗅いだ三谷咲のお腹が“キュル”と返事した。自在に鳴らしているのだとしたらかなり器用な芸当だ。

食パンが焼ける間に、月下は冷蔵庫から卵を2つ取り出し、強火で炙ったフライパンの上で割ると“ジュー”と心地の良い焼き上がる音が聞こえる。

「何の音だ?」

三谷咲は素早く立ち上がると調理している月下の元に向かう。

『朝っぱら料理とは…これがリア充の生体か?』

――そりゃあ、美人がお腹を鳴らして待っているんだぜ? まゆ毛クルクルのコックじゃなくたても、喜んで腕を振るうに決まっているだろ?

手慣れた様子で目玉焼きの上に軽く塩コショウを降る。

「なんだ、この白と黄色の円い物体は?」

――あれ!? まさか目玉焼きを知らないだと?

『その様じゃな』

―チーンッ

トースターが渇いた音を鳴らし、食パンを焼き終えた事を知らせる。

そのタイミングで目玉焼きも完成。我ながら絶妙なタイミングだ、と月下は自画自賛しながら、棚から白い皿を2枚並べるとその上に出来立ての食パンと目玉焼きを添えると準備は完成。

テーブルに食事の乗ったお皿を並べると、完成した事に気が付いた咲が慌てて元の席に戻る。

――それにしても、どれだけ世間知らずなんだろう……

『そうじゃのう、決して演じている訳では無さそうじゃが』

アンジュが疑うのも分かる。ここはひとつ試してみようと月下は“コホンッ”と咳払いする。

「この国では食べる前に、服を全て脱いでお互いに全てを曝け出す習慣があるんだ。お互いの全てを知り尽くし信頼関係を築いた上で食事をしなければならない」

『全く。相変わらずお前の頭の中の半分はゲスで出来ておるのう』

――何とでも言え。こんなあからさまな嘘に引っ掛かるような世間知らずなんて居る訳…

「そうか…」

居る訳が無い。と月下が言おうとするよりも先に、三谷咲は何の疑いも無くその場で立ち上がると、そのまま着ている制服を脱ごうとスカートの腰に手をやる。

「ちょっと待った! すみません、嘘です。どうぞ、そのまま食事して下さい」

月下は瞬時に土下座をする

――焦ったー、完全に想定外だ!

『この娘、本当に世間知らずじゃのう』

――いやいや、世間知らずの度が過ぎているだろ! どこの国に住んでいたんだよ?

「…そうか」

制服を脱ぐ事を止めた無表情の三谷咲は再び座ると、不思議そうに食パンを眺める。

――そんなに世間知らずって事は……

「もしかして、食パンも知らないのかな?」

「ああ、初めて見る」

その無表情に偽りは無さそうだ。三谷咲は昨日から今までの間、ずっと無表情を貫く。

――嘘を言っていない分、逆にこの先が思いやられるが、相手は偽り無い美人だ。俺がちゃんとしないと!

月下は三谷咲の無知を受け入れた。ここは腹を決めてこの先の全ての物事について説明する事を心に誓う。

「百聞は一見にしかず」

「何だ、それは?」

「言葉で説明するよりも食ってみろ。って事」

月下の説明に納得し兼ねる様に眉を顰める三谷咲だったが、先ほどから芳ばしい香りが自分の嗅覚に“これは美味いものだ”と執拗に誘惑し続けている。

そんな誘惑に身を委ねるようにそっと食パンを手に持った三谷咲は、恐る恐る口に運ぶ。

サクッ!?

「なんだ、この触感は!?」

意を決して口にした三谷咲は瞳を輝かせ、小刻みに口を頬張りながら真剣に味わう。

「それに……この香ばしさ……これは良い物だ!」

食パンを高らかに掲げて称賛する。

『どうやら、悪い子では無さそうじゃ。本当に純粋な心の持ち主じゃ』

――ヒロインというよりも妹みたいなポジションだな…


そんなこんなで、朝食を終えた二人は揃って登校する。



「おっ、おはよ」

「うん、おはよう」

ほぼ初対面という状況から期待と緊張の混じった初々しくもぎこちない挨拶。

昨日は入学式が終った後に自己紹介を行っただけで学校行事は終わった。

故に、実質的な通常の授業は今日から始まる訳だが、中学も違えば、相手の趣味も思考も分からない状況の中で、教室ではクラスメイトと自分との距離感を測るような控えめな会話が所々で飛び交っていた。

新入生の新学期を迎えた直後の有り触れた光景が広がっていた。

隣の席では話題作りの為か、ファッション雑誌を机の上に広げて前の席の生徒と強引に会話を弾ませようとしていた。

――それにしても、落ち着かない誘惑の香りが堪えるぜ!

そんな初々しい周囲に比べて、月下だけは異なる部分で緊張感を味わいながら、肩身の狭い思いをしていた。

『見事にお主だけ仲間ハズレじゃな』

アンジュが何の躊躇も無く月下の現状で最も痛い所を突く。

別に知り合いが居ない訳では無い……しかし、その唯一の知り合いは昨日知り合ったばかりの居候である三谷咲オンリーだ。

運良く同じクラスにはなったのだが、三谷咲に対して知らない部分の方が多い。割合で言えば9割弱か?

しかも月下の席は窓際の一番後ろ、三谷咲の席は廊下側の一番前と最も遠い席になってしまっていた。

しかしアンジュが突いたのは何も席だけの話しでは無く、もっと根本的な部分だった。

『見事に女子ばかりのクラスに入ったのう!』

半ば感心するように言ったアンジュの言葉通りだ。

月下がこれから3年間通うであろう高校は昨年度まで女子高だった。

しかし少子化問題に揺れる昨今の生徒減少に伴い今年度からこの高校も共学となり、その記念すべき1期生が月下の代となる。

そうなると2、3年生の先輩方は漏れなく女子生徒なのは承知の事実だが、同級生である新入生も女子生徒の割合が大半を占めていた。

高校のPR不足なのか、男子生徒が敬遠したのか、原因は未だに分析されていないのだが、実際に今年度入学した男子生徒は22名だった。(ちなみに今年度の女子生徒は358名だ)

1年生は全部で9クラスあるのだが、何故か、月下のクラスのみ男子生徒は月下の1人のみだった。

言い換えれば、月下以外のクラスメイトはみんな女子。

――ヤバいな。今はまだ顔見知り的な雰囲気でカモフラージュ出来ているから良いが、月日が経つにつれ女子の結束力が高まり、そのうち“あの男子キモくな~い?”とは陰口を叩くクラスのボス的な女子が俺を標的にして、次第にこの席が孤島状態になっていくだろう。言わば、潮が満ちるのを待っている厳島神社状態だ。

『では何故、この高校を選んだのじゃ?』

――簡単な理由だ、家から一番近かったからだよ。

『嘘じゃな!』

――ギクッ! コイツ、速効で俺の巧妙な嘘を見透かしやがった!

『お前のような単細胞は、あわよくばハーレム状態になれるとでも思ったんじゃろう』

――バ、バカだな~アンジュさんは。俺がそんな邪な人間に見えるかい?

『見える!』

アンジュは然も当然かのように即答しやがった。

――だが、考えてもみろよ。クラス対抗・抱かれたい男子生徒ランキングだったら断トツで俺が1位だぜ!

『じゃが、考えてみい。クラス対抗・生理的に無理、キモいからもう死ねばいいのに男子生徒ランキングでも圧倒的1位じゃ!』

――グハッ! このパターンにハマれば、もはや勝ち目は無さそうだ。俺のハートが壊され続けるだけで、何の勝算も見出せない………降参だ。はっきり言おう俺の夢はラノベに出て来る王道ハーレム男子なんだよ!

『やっと観念しおったか。じゃが、女を見くびるな。可愛く見えても裏では常にお前の想像を遥かに超える程のエグイ事を考えておるぞ』

――エグイ事だって?

『お前にはまだ早い話じゃ、この童貞ゲス野郎』

――まあ、良いさ。こうなったら、童貞ゲス野郎にも意地がある。俺は俺で開き直るさ!

『ほう、何をするつもりだ?』

――見て驚け! この状況で俺は机の上にコレを出す!

月下が満を持してカバンから取り出したのは…

『…アニメの雑誌?』

ドヤ顔をする月下に呆れているのはアンジュだけでは無かった――先ほどまで余所余所しく会話をしていた女子生徒たちが一致団結したように一斉に冷たい視線を月下に向ける。

――おいおい、さっきまで初々しく緊張しながら話していたのに、いきなり共闘かよ……恐るべき、女の連帯感。しかし、それも想定内だ。俺は何も気にしないフリをして、今期の深夜アニメをチェックするぜ!

月下は今にも打ち砕かれそうな心を隠そうと平然を装いながら雑誌のページを開く。

「ワハハ」

何処からともなく笑い袋にしては些か控えめでいて、何とも言えない独特な笑い声が聞こえてきた。

「んっ?」

――何か変なボタンでも押したか?

月下は笑い袋を探すように床面に目をやるが、笑い袋は愚か消しゴムの1つも落ちていなかった。

「こっちだよ~」

――笑い袋が喋っただと!?

月下は目を丸くして、声が聞こえた自分の正面を見え上げる。

すると、そこには笑い袋では無く、ひとりの女子生徒が立っていた。

『随分と細い目をしておるのう。キツネか?』

――確かに。

アンジュが抱いた彼女に対する第一印象に月下も素直に同意した。

恐らく、彼女を初めて見た人ならば誰もが同じ第一印象を抱くほどに、もはや目が細いのでは無く、常に目を閉じているのではないか? と思えるほどに細い目が彼女のトレードマークだった。

逆に彼女が目を開いた時に、新たな冒険が始まる予感をしてしまいそうだ。

その次に抱く印象は長身でスレンダーな体型を際立たせる健康的な褐色肌だ。

しかし、まだ日焼けするには時季が早い。そうなると地黒と考えるのが妥当か。

その他にも彼女の特徴は多く、明るい色をしたショートヘアは活発そうな印象を与え、如何にもスポーツ万能そうだ。

そんな身体だからか、既に今朝早くから上級生らしき生徒から声を掛けられていた。その上級生の背格好から察してバレー部か、バスケットボール部辺りか…恐らく、部活の勧誘だろう。

そんな彼女は何の警戒感も持たず、ごく自然に月下の前に顔を接近させて開いている雑誌を覗き込む。

ドキッとした、その衝動はただ不意を突かれたからなのか、或いは。

――とても爽やかな柑橘系の良い匂いがする! これが女の匂いか! 危ない、俺を惚れさせるつもりだ!

『お主の自惚れは底知れずじゃのう』

そんな月下の妄想を余所に彼女は細い目を更に細めて月下に問い掛ける。

「君もアニメ好きなのかな~?」

その一度聞けば忘れる事が出来ない程に独特で、寝起きのような緩い話し方。

しかし決して嫌いにはなれず、寧ろ癖になる。何度も聞きたくなる不思議な魅力を持つ声質だ。

――恐らく、昨日の自己紹介で聞いてからずっと耳の片隅に残って離れなった、その独特な声の主は『八雲結衣』で間違いないはずだ。

「確か、八雲さん?」

そう言いながら、月下は昨夜の夢で出会った金仮面を思い出していた。

――そうか、この人が俺の潜在意識の中で脳内変換され、あの金仮面のモデルになって出て来たのか? まぁ、どうでも良いけど。

「おや~、もう私の名前を覚えてくれたのか~。感動だな~」

――もちろん、覚えているさ。俺の妄想スカウターでは、この八雲結衣はクラスでTOP3に入るキャラが濃い逸材だ! 故に彼女の3サイズも(妄想で)把握済みだZE☆

『流石は童貞ゲス野郎じゃな。恐らく、その3サイズは正確では無いのじゃろうが』

――ふっ、褒めるなよ。

『褒めとらんわ! それよりもこの八雲結衣はお前に何用じゃ?』

――そうだった。こんなスポーツ万能女子(月下の推定)が俺に何の用だ?

「そうそう、君もアニメ好きなのかな~と思ってね~」

相変わらず寝むそうに話す八雲結衣の声は、月下の耳に心地良さと安らぎを与え、長いこと聞いていると眠気に襲われそうだ。

「あぁ… これ?」

月下は意味も無く前髪を掻き上げながら、アニメ雑誌を八雲結衣に見せる。

『何を格好付けておるんじゃ? 本当にキモい奴じゃ!』

――本気でドン引きするアンジュはこの際、無視だ。良いか、これは絶好チャンスなんだ。いきなり彼女をゲットなんて都市伝説は俺も信じていないさ。だが、この孤島症候群から抜け出す助け舟が漂流して来たんだぜ。もしも成功すれば、厳島神社と本土が頑丈な橋で繋がれるチャンスに繋がる第一歩なんだよ!

コホンッと一度咳払いをして声を整える。

「まぁ、好きだね」

いつもより渋い口調で答える月下。

――アンジュは何も言わないが恐らく更なるドン引きをしている事だろう。だが、それで良い。何故ならば、八雲結衣は笑顔を浮かべているからだ! 残念だったなアンジュよ、今回は俺の勝ちだ。選挙速報よりも先に当確を宣言するぜ!

心の中で高笑いが止まらない月下だったが……なんだろう、教室から妙な視線を感じるよ?

何か雰囲気の変わった教室を察した月下はそれとなく周囲を見るでもなく確認すると、女子生徒からの冷たい視線を浴びている事に気付く。

完全に月下に敵意を向ける視線だった。

――何故だ? 意味が分からない。原因不明だ。Why? Girls people!?

アニメ雑誌を開いた瞬間に浴びた視線とは明らかに質が違う殺意を滲ませるその視線の意味……月下はこの数分間に起きた出来事を思い返す。

出来事らしい出来事なんて1つしかない。まさか……八雲結衣に話を掛けられた事による嫉妬か!?

その憶測が正解なのか、間違いなのか、現時点では判断し兼ねるが、仮に正解だとすれば…八雲結衣という助け舟は、もしかして泥舟だったのかもしれない。

しかし月下は既に乗り込んでしまった。その証拠がクラスメイトの冷たい視線だ。今更、降りた所で既に海上。人食いザメならぬ月下いびり女子達がそこら中にウヨウヨ泳いでいる。

――いや、全然うまい事を言っていないけど。これはもう沈んでもしがみ付かなければ、この3年間は完全な暗黒時代の襲来だ。ペリーよりも太刀の悪い外交が始まりそうだ!

八雲結衣の女子人気を図り間違えた月下は迂闊だったと後悔しつつも、既に退路も断たれた事を理解した。

その上で、慎重に八雲結衣のご機嫌を損なわないように接しなければならないミッションが始めっている事を理解した。

そんな月下の不安と恐怖を湧き立たせる視線を知ってか知らずか、八雲結衣の表情に変化は無く今も笑顔を崩さない。或いは、この笑顔が八雲結衣本来の表情なのかもしれない。

「それじゃあ、決まりだね~」

「はっ!?」

月下が脳内論争を行っている間に、何の主語も動詞も無いままに八雲結衣は唐突に結論だけを述べた。

一方的に何かを決定されたっぽいが、何を決定されたのか、月下には皆目の検討も付かない。

『この八雲結衣という女…表情が常に笑顔なだけに心が読めんな』

――いや、本当に何を企んでいるんだ?

警戒するつもりは無いが、月下の生まれ持った才能である臆病が隠し切れない警戒心を溢れ出していた。

周りの視線は感じないくせに月下の警戒心にはちゃんと察した八雲結衣は“ワハハ”と再び独特な笑い声を上げる。

「そんなに警戒しなくてもいいよ~。実はね~、アニメ関係の部活に入ろうと思っていたんだけど~、どうもこの学校にアニメに関する部活動が無いみたいなんだよね~。やっぱり~昨年まで女子高だったせいか~、そういったサブカルチャーな方面は積極的に活動していなかったみたいなんだよね~」

「ほぉ…」

八雲結衣の説明に、月下を制圧していた警戒心は完全に解除された。同時に、次の瞬間には既に八雲結衣の話しに随分と興味をそそられていた。

「そこで昨日~、先生に問い合わせてみたんだけど~、5人集まれば部活として認められるらしいんだよね~」

そう言いながら、八雲結衣は月下の目の前で手の平を大きく広げて見せた。恐らく、5人の5を表現しているのだろう事は容易に理解した。

そこまで言えば、幾ら鈍感な月下でも八雲結衣が自分に声を掛けて来た目的は把握できる。

「つまり、その5人の中に俺を勧誘しようと?」

「まあ~、早い話がそう言う事だね~」

笑顔を絶やさない八雲結衣の細い目が月下を誘惑する。そんな八雲結衣に見つめられながら月下は考える。

――現時点で入りたい部活は無い。それどころか部活に入るという選択肢が始めから無かった。仮にスポーツ系の部活に入ろうにも、そもそも昨年まで女子高だった時点で、先輩は女子生徒しか居ないはずだ。それに今年度に入った男子生徒は50名程度。団体競技の部活に入部した所で人数が足りなくて大会等には出場できない可能性が大いにあり得る。

ならば、必然的に文系の部活に選択肢が絞られる訳だ……まあ、何か部活に入るのであれば、サブカルチャー系の部活も悪くはないのだろうが………

『そこまで分析できているのであれが、良いではないか。そもそも、お主はこの泥舟から降りられんのじゃろ。何を躊躇する事がある?』

――もちろん、断る理由など無い。寧ろ、有難い提案だ。だが、1つだけ、単純な懸念材料があるんだ。

「仮に俺が入部したとして、俺と八雲さんの2人だけだ。残りの3人に宛てはあるの?」

そんな月下の懸念材料を述べた時だった。

「その話し、ちょっと待ったーー!」

「んっ!?」

八雲結衣とはまた異なる威勢の良い声が聞こえて来た。その声は女性でありながら低音で、宝塚歌劇団の男役並みに芯の通った凛々しい声だった。

――それにしても、また独特な声の主だな。

八雲結衣と同様に、昨日の自己紹介の際に覚えてしまっているその声の主。

「え~と、確か……多田羅紗代さん?」

そう言って月下が名前を言い当てたのは、やはり同じクラスの多田羅紗代だった。

『お前はもう学校中の女子生徒の名前を覚えたのか?』

――皆じゃないけど……彼女は特別だ。

『特別……何がじゃ?』

――分からないかね、アンジュ君?

『……さっぱり分からん』

――これだから君はまだまだなんだよ、アンジュ君。

良いか? あの絹のような細い髪質に、キリッとした目元。その整った顔は声の印象通り可愛いというよりも、美しい。いや、美しいというよりもカッコいい。しかも女子なのにイケメンと言っても差し支えの無いクオリティだ。もはや白馬に乗っていないのが不思議なくらいのレベルだぜ。どう見積もっても男子よりも女子からモテるタイプの女性だ。しかし、それが彼女のコンプレックスになり、実は可愛いぬいぐるみが好きなのに、周りの目を気にするばかりに、ついつい男子が好みそうなデザインのキーホルダーを選んでしまいがちな、実は隠れ乙女キャラなんだよ!

『後半からは完全にお主の妄想じゃろ!』

――まぁ、最後まで聞けよ。普通ならば、そんなイケメン女子は顔に比例して身体もスレンダーと相場が決まっているんだ。それが今回はどうだ? 俺の目を魅了する素晴らしき胸元……ワイシャツの下から黒いブラジャーが薄らと見えているじゃないか! こんな大人びた女子高生が存在するとは…けしからん! もっとやれ!

『お主がけしからんわ!』

――恐らく、この子は良い感じにクラスを掻き回すぜ! まさに台風の目になるとアニメ・ファン歴=年齢の俺の勘がそう告げている!

『分かった…真面目に聞いたワシが愚かじゃったわ。それにしても、この多田羅紗代は何の用で来たんじゃ?』

――あぁ、そうだった。

「何の用かな?」

月下の問いに紗代はコホンと咳払いをする。

「その部活に関する提案は昨日のうちに私が既に決めていた事だ。故に八雲結衣よ、あなたの意見は却下だ!」

そう言い切ると不敵な笑みを浮かべた多田羅紗代は自慢の胸を更に強調するよう前屈みになりなり、月下の顔まで近づける。

その瞬間、高級そうな甘い香りが月下の嗅覚を刺激する。惚れ薬という物が存在するのであれば、恐らくこんな匂いだろう。

そんな目の前に魅惑的な大きな2つの膨らみを供えられた月下は、

――なんの御褒美!? 頂いてもO、Kですよね?

まるで目の前にニンジンをぶら下げられた馬の如く前のめりになり、今にも走り出しそうになる足をジタバタと床面で足踏みする。

『ダメに決まっておるじゃろう! それよりもどういう事じゃ? 話しが見えて来んぞ?』

――確かに…彼女は一体、何を言っているんだ?

月下やアンジュと同様に、その言葉を突き付けられた当事者である八雲結衣も理解できていない様子で首を傾げている。

「え~と、もうちょっと詳しい説明を…」

目の前で零れそうな魅惑の果実と多田羅紗代の顔を交互に見合せながら月下は詳しい説明を求める。すると、多田羅紗代は暑くも無いのにワイシャツのボタンをひとつ開ける。

――いや、これは“頂きます”しないと逆に失礼でしょ? 手を合わせましょうよ!

『ダメじゃと言っておろうが! ていうか、鬱陶しいわ!』

そんな我慢の限界を向かえている月下を余所に多田羅紗代は再び姿勢を変えると、お預けとばかりに月下から遠ざかり、八雲結衣の前まで向かうと仁王立ちをして威圧する。

――俺のご褒美が!

残念がる月下の感情はもはや崩壊していた。優先順位を見失い、会話の内容も見失った月下は、もはや、事の顛末を見守る他に選択肢が無かった。

まず、仁王立ちのまま多田羅紗代が主張する。

「こういうものは早い者勝ちだ。俗に言う弱肉強食という事だ。だから八雲結衣さんには悪いが、その部活は私が貰う」

――なんで俗に言う? いや、それよりも話しが全然見えてこない…寧ろ、説明されて余計に分からなくなった……

「ワハハッ なるほどね~」

困惑する月下と違い、八雲結衣は独特な笑い声を上げながら何度か軽く頷いた。

どうやら、先ほどの多田羅紗代の言葉だけで何が言いたいのか理解したようだ。

「心配しなくても~、こういうものは早い者勝ちじゃないんだよ~。だから~私と多田羅さんは~、これから一緒に仲良く同じ活動をするんだよ~」

「何っ! そうなのか?」

『そういう事か!』

結衣に続いてアンジュも理解したようだ。

――どういう事だ? この状況が把握出来ていないのって俺だけ?

『つまり…多田羅紗代は部活というものを誤解しておったのじゃ。強ち、何かの競技と勘違いでもしておったのじゃろう』

――ああ、そういう事。

月下が理解している間に、八雲結衣と多田羅紗代は固く握手を交わしていた。

それはまるで歴史的な会合が成立した各国の代表者同士が握手を交わすニュースの1シーンみたいに立派な握手で、もはやカメラのフラッシュが無い事の方が不自然なくらいだった。

――誤解が解けたようで何よりだ。


―キーンコーンカーンコーン……

始業を告げるチャイムが鳴り、ここでタイムアップとなる。

「話しが中途半端になっちゃったね~」

八雲結衣は残念そうに肩を竦める。

「では、続きは昼休みにゆっくりと話す事にしよう」

話しをへし折った張本人である多田羅紗代が何故か偉そうに提案してきやがった。どうも多田羅紗代とはそういう性格らしい。

「はい、そうしましょう」

月下は受け入れる以外に何の代替案も見出せなかった。

これが政治だったら国民から弱腰外交だと揶揄されるのだろう。

――幾らでも、批判してくれ。泥舟は太平洋のど真ん中で沈みかけているんだ。今更、慌てふためいた所で助かりはしない。ならば、いっその事、大きな波に身を任せてみようじゃないか。運が良ければ、豪華客船に発見されるかもしれないぜ?



昼休みの食堂は席の取り合いでちょっとした戦争となっていた。

こんなにも混み合うのなら、席を増設すれば良いのに。と不満と疑問を抱きつつも、当の月下たちはちゃっかりと人数分の席を確保していた。

それは八雲結衣が昼休みのチャイムが鳴ると同時に教室を飛び出して、誰よりも先に食堂に到着し、予め4人分の席を取ってくれていたからだ。

そのお礼代わりなのか、月下が八雲結衣の昼食を奢る羽目になり、月下と三谷咲、そして多田羅紗代の3人で券売機の列に並んでいる状態だ。

――まぁ、それは良いさ。それよりも面倒な事を思い出した。

『面倒な事じゃと?』

――そうだよ、忘れたか? 三谷さんの世間知らずレベルを。

『あぁ…そうじゃったな』

今朝の一連の出来事で思い知らされた通り、三谷咲の世間知らずは月下の父親である総一郎が去り際に軽く知らせる程度では無い程に深刻なレベルな事は食パンを知らない時点で承知の事実だ。

だとすれば、食券を買う前に先手を打つ必要があったのだが。

「三谷君は何にするのだ?」

「何…とは?」

月下よりも先に声を掛けたのは多田羅紗代だった。恐らく、多田羅紗代は何気ない質問をしたつもりだったのだろうが、三谷咲からは想定外の質問が返って来た。

「んっ? 昼食の話しだぞ?」

主語が抜けていたとはいえ、この展開、この状況から把握すれば昼食以外に選択肢は無いだろうと思いつつも多田羅紗代は改めて質問した。

「食事…食パンの事か!」

突如、目を輝かせる三谷咲に対し、多田羅紗代は困惑の表情を浮かべながら、何かしらの説明を求めるように月下に視線を向けた。

――まぁ、そうなりますよねー。そろそろ頃合いですよねー。

溜め息をひとつ付いた所で、月下は三谷咲の世間知らずレベルを今朝の出来事を交えながら多田羅紗代に説明した。

信じて貰える保障は無いが、事実を事実として述べたまでだ。

月下の安っぽいジャーナリズム精神はこんなどうでもいい所で挫けたりしなかった。

「カーカッカッ… それは面白い。それじゃあ、そこに書かれているメニューはどれも知らない食べ物ばかりではないのか?」

独特な笑い声を上げながら冗談交じりに券売機を指差す多田羅紗代の様子を見る限り、どうやら月下の話しは信じて貰えなかったらしい。

心の中でお手上げ状態になった月下はそれ以上の言葉を添える事も無く三谷咲の様子を見守る事にした。

「う~む…何も分からない」

券売機を睨みつけて呟いた三谷咲の言葉を聞き、今まで浮かべていた笑顔が一瞬で消滅した多田羅紗代はようやく月下の言葉を受け入れなければならなかった。

「マジなのか?」

「マジだ」

三谷咲の返事から、しばらくの沈黙が流れる。

その間も月下は特に何を言うでもなく2人の様子を見守り続ける。

しかし、多田羅紗代は何と言えばいいのか、言葉を探すように宙を眺めるが、適当な言葉が見つからない。

そんな多田羅紗代の視線の片隅に遠くの方で席取りをしている八雲結衣が大きく手を振っている姿が映った。

「と、兎に角、今は早くメニューを選んで八雲結衣の元に急ごう!」

――コイツ、逃げやがった!

そんな無駄なやり取りの後で適当にメニューを選び八雲結衣の待つ席に着いたのが今までの話しだ。

「ワハハ、そうだったのか~。それで結局、選んだメニューが~」

目の前に置かれた天ぷらうどんを不思議そうに眺める三谷咲を興味深そうに眺める八雲結衣は、

「なんで~、天ぷらうどんになったのかな~?」

「響きが良かった」

八雲結衣の素朴な疑問を三谷咲は迷う事無く即答した。

純粋な三谷咲の理由に八雲結衣は何度か頷く。何に対して頷いているのか、月下にはさっぱり理解できない。いや、もう考えない事にしていた。

そんな月下の前には三谷咲と同じように天ぷらうどんが置かれていた。

本当は食堂に入った瞬間から漂うカレーのスパイシーな香りに誘われていたのだが。

――そりゃあ、未知の食べ物に遭遇した三谷さんに食べ方を教えないとダメだろ?

もはや三谷咲のエスコートは自分の義務だと言い聞かせた月下は徐に箸を手に取る。

ちなみに月下が食べようとしていたカレーライスは八雲結衣のリクエストでもあった。

「良いかい、三谷さん。箸はこうやって持つんだ」

月下は箸の正しい持ち方を見せるように三谷咲の前に自分の手を出す。

それをぎこちない手の動かし方をしながら見様見真似で三谷咲も箸を持つ。

そんな様子を微笑ましく見守る八雲結衣と多田羅紗代……

何とか三谷咲がうどんの麺を箸でしっかりと掴めるようになった所で、話題は4人目の部員候補を誰にするかという本題に入る。

「そういえば~、三谷さんはアニメに興味無いのかな~?」

八雲結衣が尋ねるが、やはりと言うべきか、三谷咲はうどんを頬張りながら首を傾げる。

「あ~、やっぱり。その様子だと~、アニメ自体を知らないよね~」

八雲結衣も三谷咲の無知レベルを徐々に把握し始める。

――まぁ、そうなるよな…しかしアニメという存在をどう説明すれば、完全無知の三谷さんに伝わるのだろうか…

「言葉で説明するより実際に観た方が早いのだが…」

日替わりA定食の生姜焼きを食べながらボソリと呟いた多田羅紗代の意見は尤も意見だ。

――確かに、その通りなんだけどな。録画して観ている深夜アニメは観終わったら消去するタイプの俺の家に、DVDみたいな映像グッズもないんだよな。

そんな事を思いながら、うどんを啜っている時だった。

「そうだね~、それじゃあ、早速だけど帰りに竜宮君の自宅に寄らせてもらっても良いかな?」

カレーライスをペロリと完食した八雲結衣は、テーブルに置かれていたナプキンを1枚取ると丁寧に口を拭いながら突然のお家訪問を提案してきた。

「なんで?」

色んな疑問を思い浮かべた月下は考えるよりも先に尋ねた。

「三谷さんに~、アニメを見せる為だよ~」

まぁ、話の流れから察するにそうだろうが。

「でも、何でうち?」

そんな月下から投げ掛けられた当然の質問を八雲結衣は予め把握していたようにナプキンで拭き終えた口角を上げる。

「知っているよ~。竜宮君家は~、学校から近いんだよね~?」

「…何故に、それを?」

確かに月下の家からこの学校まで徒歩で15分程の距離感だ。

しかし、そんな情報は昔からの知り合いでも居ない限り、入学して2日目にしてバレる情報でも無いはずだ。

――何処からうちの情報がバレたんだ?。まぁ、得に隠すような事でも無いけど。

何となく不信感を抱いた月下が八雲結衣に疑惑の視線を投げ掛ける。

「まぁ~まぁ~、そんな顔で見ないでよ~。そんな事よりも良いかな~?」

「まぁ、それは良いけど。俺、DVDとか持ってないぜ?」

「大丈夫さ~。こんな事態に備えて、常にののかちゃんDVDは常備しているからね~」

そう言いながら八雲結衣は何処からともなくDVDをテーブルの上に置く。

――どこから出した?!

出されたDVDを確認すると“マジカル・ガ~リ~ ののかちゃん”のDVDだった。

――確か、魔法少女モノのラノベ原作で昨年の冬にアニメ化された。それが好評だった事から今夏には2期も放送される予定の注目作品だ。

そんなDVDのパッケージを見て目を輝かせていたのは、うどんを食べ終えたばかりの三谷咲だった。

どうやら、速効でアニメに興味を示してくれたらしい。八雲結衣も多田羅紗代も良い笑顔を浮かべている。



「はぁ~…食った、食った」

昼食を終えた後、女子たち3名は揃ってトイレへ向かった。

従って、取り残された月下は1人で一足先に教室に戻ってきた。

自分の席に着き、窓から見える景色を眺めていると満腹感から心地の良い眠気に誘われる。

――このまま、寝たら気持ち良いんだろうな~………んっ?

月下は机の中にピンク色の便せんが入っている事に気付く。身に覚えの無い便せん。しかも可愛らしいデザインをしている。

――おいおい、……これは……まさか……都市伝説の……ラブレターってヤツじゃないですか!?

『バカな! こんな童貞ゲス野郎に現を抜かすような愚か者がこの世に居る訳が無い!』

――アンジュよ、認めろ。これが現実だ……ウッヒョヒョーーイ!

ウキウキ気分で月下は誰にもバレないように周囲を見渡す。

三谷咲たちはまだ教室に戻って来ていない。

幸いなのか、今この教室で自分に注目をしている女子は誰も居ない。

今がチャンスとばかりに、月下はそっと机に頭を乗せるとそのまま両手で伏せるように寝たフリをする。

そして誰にも見られない様にそっと便せんを開いた。

すると、可愛らしい女の子が書いたであろう文字で書かれた手紙が入っていた。

こんな内容だ。


―― 拝啓、竜宮月下様

こんにちは。

いきなりのお手紙ごめんなさい。

私は1年D組の桜田沙里菜と言います。

突然だけど、あなたを入学式で初めて見た時から、ずっと気になっていました。

もしよかったら、お友達からでも良いので私と付き合ってくれませんか?

今日の放課後、旧校舎の入口で待っています。

その気が無ければ無視してくれて構わないからね。

でも、来てくれたら、うれしいな…


――アンジュさん、頼みがある。

『何じゃ、改まって?』

――この手紙を可愛らしい声で朗読してくれないか?

『死ね。童貞ゲス野郎!』

――まぁ、良いさ。行くさ! 行きますとも!

『いや、待て。学校帰りにお前の家でアニメ観賞会をするのじゃろ?』

――先に帰って貰うさ。しかし…桜田沙里菜…どんな子なんだろうな…もうね、名前だけで可愛い子だと伝わって来るよな~。

『なんか、嫌な予感しかせんのう』

――待て、待て! それ以上は言うなよ! 変なフラグが立つだろうが!

『はいはい、精々放課後まで良い夢でも見ておれ』

――こんなに待ち遠しい放課後は初めてだぜ!



本日の授業が全て終えた事を知らせるチャイムが鳴り止むと、教室では一斉に帰宅の準備やら部活の準備を始める生徒たちで慌ただしくなっていた。

そんな中でこの教室唯一の男子生徒である月下は、だらしない笑顔を浮べながら三谷咲の席に向かう。

「ちょっと用事があるから、先に帰っていてくれないかな。あっ、帰り方は分かるよね?」

「………分かる」

月下から鍵を託された三谷咲は無表情で鍵を受け取る。

そんな二人のやり取りを隣で見ていた八雲結衣と多田羅紗代は何か言いたげな表情をしていたが、特に詮索は行わず三谷咲と共に下校する。

「それじゃあ~、先に帰っているね~」

「なるべく、早く帰って来るのだぞ」

二人の何か言いたげな雰囲気を察した月下は何とか誤魔化す為、無駄にアニメの知識を披露する。

そして下駄箱まで見送った所で不自然な笑顔を浮かべながら手を振った。

――何とか誤魔化せたぜ。

『全く誤魔化せておらん気がするがのう』

――アンジュの減らず口は無視だ。さて、これでアニメ観賞会の件はクリアした訳だが…

月下にはひとつ不可解な点があった。

それは待ち合わせ場所として指定された旧校舎だ。

この学校のすぐ近くに裏山と皆が呼ぶ、標高300mほどの山がある。

その裏山の麓に木造建物の旧校舎がある訳なのだが、その間の辿り着くまでの道のりがちょっとした登山になっている。

本来ならば、明確な目的でも無い限り旧校舎に出向く者など居ない。

それくらいに、利便性の悪い場所をわざわざ待ち合わせ場所に指定する辺り……冷静に考えれば怪しいと思うはずなのだが。

――しかし、愛しの恋人が待っているんだ! 険しい獣道だろうが、どれだけ激しい勾配だろうが、スキップしながら登山し切りますとも!

『もう恋人気分になっておる』



校門を出て徒歩5分程の距離に裏山の麓まで続く登山道の標識が立てられている。

――想像はしていたけどさ。

『想像以上に獣道になっておるのう』

アンジュの言う通り、登山道と呼ぶには余りにも不憫で頼りの無い奥の細道が途中まで延びていた。

その途中から更に奥に進もうとすれば、今まで自由奔放に育てられた青々とした雑草たちが我が物顔で細い道の存在を完全に隠し切り、獣道と呼べる道は存在しない状態だった。

――もう道すら無いぜ。もはや、ただの獣だ。

『その物言いじゃと、意味合いが随分と変わって来るのう』

心が折れそうになる月下は懐に忍ばせていたラブレターを取り出し、再び手紙の内容を噛みしめるように読み返す。

――ヨシ、行こうか!

心を奮い立たせた月下は生い茂る雑草を掻き分けながら、道なき道を突き進む。

方角は分からないが、山なのだから兎に角ちょっとでも上を目指せばいつか頂上まで到着するだろう。そんな安易な考えで登り続ける。

多くの蜘蛛の巣をぶち破り、ようやくの思いで山を登り切ると、噂通りの木造2階建ての旧校舎がちゃんと所在していた。

実際に来るのは今回が初めてだが、想像していたよりも随分と脆く、もはや旧校舎という名の廃墟と化していた。

辺りは高い木々に囲まれ、そのせいか、小春日和のポカポカ陽気なはずなのに日当たりは最悪で、旧校舎の入口に到着してから急激に気温が低下した気がする。

――待ち合わせはここで良いんだよな? 随分と肌寒いんだけど。

不安になりながら、肩を震わせて待っていると…

「お待たせ」

イメージ通りの可愛らしい女の子の声が月下の背後から聞こえて来た。

―キタコレーーー!!

ときめきを隠し切れない月下が勢い良く振り返る。

――アレッ?

そこには1人の女子生徒……だけでなく、何故は複数の女子生徒が月下を取り囲むように歩み寄って来ていた。

だから誰が肝心の桜田沙里菜なのか、月下には予想も付かなかった。

『或いは、誰も桜田沙里菜では無いかもしれんな』

――おいおい、そんな怖い冗談はよし子ちゃんだぜ。

少なくとも4人以上の女子生徒が月下の周りを完全に包囲した。

お友達と一緒、という様な初々しくも楽しげな雰囲気ではなく、完全に敵意をむき出しにした鋭い視線を月下に向けている。

そんな視線に月下は覚えがあった。

教室で八雲結衣と話していた時に感じた冷たい視線だ。

――これ、完全にヤバいパターン!

『やったのう月下。噂の死亡フラグじゃ!』

――ちょっと待て、話せば分かる。目的から聞こうか。

「ごめんなさいね。その手紙は嘘なの」

「でしょうね。それで呼び出した本当の理由は?」

「率直に言うわ。今後、八雲さんとは一切関わらないでほしいの」

そう言った女子生徒の胸元には緑色のリボンをしていた。

――緑のリボンは2年生だ ……背も高い。肩幅も広い。肉付きも良さそうだ。

「八雲さんは我が水泳部に入るべきなの!」

そう言い切った後、横で話を聞いていた女子生徒が不満そうな表情を浮かべた。

「いいえ、八雲さんは陸上部に入って貰うわ」

「話しが違うわ。バレー部でしょ!」

何故か、内輪揉めが始まった。どうやら、その後の事はまだ決めていないようだ。

『どうやら、運動部の連中が八雲結衣の取り合いをしているらしいのう。じゃが、当の本人はそもそも運動部に入る気が無いと来たもんじゃ。だから、まずは共闘して八雲結衣を運動部に勧誘する。あながち、そんな流れじゃろう』

アンジュの予想で間違いなさそうだ。

「そう言う事だから、悪いけど妙な部活動を始めようとしているみたいだけど、八雲さんは抜きで話しを進めて頂戴」

それだけを告げるとこの場から去ろうとする先輩方。しかし、それは無理な相談だった。

「ちょっと待ってくれよ。その妙な部活動を始めようと提案したのが、そもそも八雲さん自身なんだぜ? そんな状況で俺が八雲さんから手を引くって事自体が矛盾しているぜ?」

もっともな正論を述べたつもりだったが、月下の正論は彼女たちからすれば正論として受け入れてくれなかった。

「言い訳は聞かないわ。どうしても手を引かないと言うのであれば…少し手荒な真似をします!」

そう言うと旧校舎の影から如何にも運動部らしい図体をした女子生徒たちが更に15名ほど現れる。

――急にシリアス展開! 何だ、このヤンキー漫画的な…

「ちょっと待ってください!」

月下がたじろんでいると、また異なる女子生徒の声が聞こえて来た。

――今度は誰だ? やっと俺の味方が登場か?

そんな都合の良い可能性に縋りながら振り返る。

「我々は多田羅紗代様ファンクラブですわ!」

そう言って五人の女子生徒が規則正しく横に並び、熟練された軍隊みたいに腕を後ろで組む。胸のリボンはみんな赤色……今度は同級生だ。

『綺麗に統率が取れているようじゃが、何か意味があるのか?』

――俺が知るか! それよりも多田羅紗代ファンクラブって事は八雲結衣を運動部に勧誘する部隊と同じパターンか?

「君たちも多田羅さんを妙な部活から切り離そうと?」

「いいえ、多田羅様がどのような活動をしようと我々は多田羅様のお考えを指示し、全力で応援します。しかし、あの神聖な多田羅様の近くをあなたの様な汚らわしい輩がハエの様に集るさまを見る事は耐えられません!」

――えっ、俺の存在を完全批判!?

『彼女たちの言っておる事は正解じゃ。のう、童貞クズ野郎?』

――待て、待て。目の前に出されたおかずを紳士的にお断りした俺様を汚らわしいだと?

『違うわい! もう少しでお触り即警察行き経由じゃったろうが! 何が紳士じゃ』

アンジュの指摘に反論は無かった。

「そう言う事なので今後、多田羅様から半径30000km以内に侵入しないでください」

「物理的に無理だ!」

「どうしても了承されないというのであれば…我々も強制的な手段を取らなければなりません」

そう言い終えると再び旧校舎の影から多くの女子生徒が現れ、月下の周りを取り囲む。

『前後左右女子だらけじゃ…おめでとう。まさにお主が望んだハーレム状態じゃ!』

――いや、こんなハーレム状態を希望して、この高校に入った訳じゃないんだけどな!

『しかし完全に囲まれたのう。夢の中よりもピンチかも知れんぞ』

――夢の中か…あの絶対氷域の能力が使えれば…いや、使えたとしても、流石に女子高生を傷付けるのは不味いな…さて、この状況、どう切り抜けるべきか。

まさに一触即発の状態で、女子生徒たちは月下がどう動くのか様子を窺っている。

また月下も女子生徒たちがどう動くのか様子を窺っている。

――先に動いた方が負けだ。

そんな時だった。

「オホホ…」

沈黙を破るように、乾いた女性の独特な笑い声が旧校舎の2階から響き渡る。

『今度は誰じゃ?』

――まさか八雲さん関係者、多田羅さん関係者に続いて……今度は三谷さん関係の新手か? 勘弁してくれよ。これ以上の女の子の面倒は見切れないぜ……んっ?

月下を取り囲んでいる女子生徒たちも驚いている様子で旧校舎の2階を見上げる。どうやら、女子生徒たちもオホホ声の主が誰なのか分かっていないようだ。

「失礼ながら話しは全て聞かせて貰いましたわ」

そう言いながら2階の窓から黒い人影が月下たちに向かい落下してきた。

――危ない! …えっ!?

「今回の件、客観的な思考から申し上げまして、あなたたちの逆恨みと判断しますわ」

気が付くと月下の前に1人の女子生徒が立っていた。

――いつの間に!?

『素早いとか…そういうレベルでは無かったのう』

――目の錯覚で無いとすれば、もはや瞬間移動のそれだ。…んっ? 瞬間移動?

何か思い出しかけた月下だったが、今はそれどころじゃない。

素早過ぎて女子生徒の顔も姿も未だにはっきりと確認できず、検討も付かない声の主に月下を取り囲んでいた女子生徒たちから少なからずの動揺が走る。

「誰ですか?」

「オホホ。これは失礼、申し遅れました。私は黒羽アリスと申します」

そう言いながら、黒羽アリスは皆の前に姿を現すなり、スカートの裾を少し持ち上げ気品溢れる挨拶をする。

上品な挨拶はまるで一輪の華が咲いた様な錯覚に陥る程に優雅でいて、周囲に居た女子高生たちは思わず息を呑んだ。

その挨拶を見ただけで彼女の育ちの良さが伝わって来る。

いや、実際に育ちが良いのかは分からないだが、しかし、その丁寧な口調、その気品溢れる名前、その優雅な立ち振る舞い。

仕草のどれを取っても完璧と言わざる得ない彼女は、どこかの社長令嬢か、或いは異国のお姫様なのか、等と勝手に連想していた。

それはもう金髪縦ロールの帰国子女で、高飛車キャラでほぼ確定しているようなイメージだ。

しかし、実際に月下の目に映った黒羽アリスは、度の強そうな分厚いレンズを施した黒縁メガネに黒髪おさげをした不自然なくらい地味な容姿だった。

今時コント番組でも見られない程に昭和な田舎の地味子さんだった。

――なんだろう、この何とも言えない残念な感情は…

がっかりする月下を背に黒羽アリスは不敵な笑みを浮かべる。

「このまま引き下がれば見逃して差し上げますわ…しかし、抵抗するようですと…」

「構いません! 二人まとめてやってしまいなさい!」

黒羽アリスの警告をハッタリだと判断した女子生徒たちは躊躇いつつも一斉に襲い掛かる。

「オホホ。なんとも悪人な台詞を…」

そう言い終える頃には、既に女子生徒たちの中に立っている者は存在しなかった。

『何が起こったのじゃ? 全く見えなんだ』

こんな動揺しているアンジュは初めてだった。

しかしアンジュの言う通り、黒羽アリスが何をしたのか、月下にも全く分からなかった。

只者じゃない事だけは分かった。

警戒する月下を余所に黒羽アリスは二コリと微笑みながら振り返ると、

「災難でしたわね」

地味子さんの笑みというも悪くない、と月下は黒羽アリスの純粋な笑みを心に刻み込んだ。

そんな黒羽アリスの胸のリボンは赤色だった。

――この子も同級生か。

「い、いやー助かったよ。何かお礼でもしたいのだけれど?」

月下なりの社交辞令を入れてみせるが、

「礼には及びませんわ。それよりも“妙な部活”とか言っておりませんでしたか?」

どうも黒羽アリスは旧校舎の上から終始会話をを聞いていたようだ。

それよりもラブレターの件が嘘だと分かってから、月下の関心は三谷咲たちの方に向いていた。

――そう言えば、鍵の使い方が分からない。とかいうオチは無いよな? 流石に八雲さんと多田羅さんが居るから大丈夫だとは思うけど。何にしろ、早く帰ろう。

「これからアニメ関係の部活を創立させようって事で、皆で忙しく部員を集めているんだ。そういう訳で急いでいるから」

周囲に倒れている女子生徒たちをどうしようかと一瞬だけ迷った月下だったが、まぁ、自業自得だ。このまま放置しておいても、周囲に人気は無いから問題は無いだろう。

月下が足早にこの場を去ろうとした時だった。

「ちょっとお待ちくださいませ」

黒羽アリスの乾いた声が月下の足を止めた。

――なんだ、この殺気は?

黒羽アリスのただならぬ気配に月下の背筋に悪寒が走った。

「…何でしょうか?」

「その部活、面白そうですね。私も参加させて貰えないでしょうか?」

不敵な笑みを浮かべた黒羽アリスは背景の旧校舎と相まってか、少しホラーチックに映った。

「えっ、マジで?」

予想外の黒羽アリスの発言に月下は拍子抜けする。

「こう見えても私、アニメは少々詳しいですわよ」

――まぁ、どちらかと言えば詳しそうな外見をしているが……まぁ、断る理由も無いか。

「それじゃあ、今オレの家でアニメ観賞会を開くところなんだけど、一緒に来る?」

「それは是非、参加させてくださいな」



自宅に到着すると、月下の不安を他所に3人の姿は確認できなかった。

「ただいま~」

玄関を開けると鍵は開いている。どうやら、無事に鍵は開けられたらしい。

――あれっ? 誰からも応答が無い。

不審に思う月下は玄関にはちゃんと3人分の靴が並んでいる事を確認する。家の中に居る事は間違い無いようだ。

『もしや、DVDプレイヤーが何処にあるのか分からんとか、そういうオチか?』

――あぁ…有り得る。

「黒羽さんも遠慮なく上がって」

「お邪魔しますわ」

――う~ん…それにしても1階に人の気配を感じない…まさか、2階か?

「黒羽さんはこっちの部屋で座っててよ」

そう言って黒羽アリスを居間に通すが、やはり誰も居なかった。

――嫌な予感がする。

「他の部員さんたちも竜宮さんの家に来ているのですよね?」

黒羽アリスも月下と同じ疑問を述べた。

「うん、ちょっと探して来る」

嫌な予感が月下の足を自然と焦らせ、2階にある自室に向かわせた。

階段を登り切り、勢い良く自室のドアを開ける。

――やっぱり…何やってんの?

「あ~月下君だ~」

――はい、月下です。

「随分と遅かったね~、何かあったの~?」

そう言いながらも、全く心配した様子を見せず、月下のベッドに寝そべりながら漫画を読んでいる八雲結衣……完全に寛いでいる。

「おい、月下よ!」

――うん、月下だよ。

「エロ本が何処にも無いぞ!」

何故か、血眼になりクローゼットの中やタンスの奥、机の引き出し…如何にもエロ本が隠せそうな場所を捜す多田羅紗代……どこが神聖な多田羅様だよ。ていうか、何を探しているって?

「エロ本だ! もしくは大人向け同人誌でも可! 何処にある? 健全な男子高校生なら誰もが数冊は所持しているのだろう?」

――なんだよ、その決め付け……まぁ、完全に否定できんが。

「月下よ」

――おう、月下だぜ。

「この袋に入った丸い食べ物は何だ!? 絶妙に塩辛くて上手いぞ!」

――うん。ポテチだね。なんで勝手に食べているのかな? しかも足元には既に空になった袋が3つ……うん、三谷さんは躊躇なく豪快に食べたのね……しかも3人共、いつの間にか俺の事を下の名前で呼んでいる。

『しかし、この情景はアレじゃな―…お前の望んでいたハーレム状態の完成じゃな』

――ベッドで寝転がる女子高生、エロ本を探しまわる女子高生、無心でポテチを食べ続ける女子高生……ハーレム? 何それ、美味しいの?

『それよりも下で黒羽アリスを待たせているのはどうするんじゃ?』

――あぁ、そうだった。

「4人目の部員が見つかったんだ」

「本当か~い? 随分と順調だね~」

「それよりもエロ本は?」

「もうこの袋の食べ物は無いのか?」

――何、この協調性の無い子たち。もう嫌だ、このポジション!



DVDプレイヤーがある居間には3人掛けのソファーと2人用の腰掛けがある。

そこに4人を座らせ、放課後の出来事から今に至るまでの経緯を簡単に説明し、改めて黒羽アリスを紹介する。

「そこに黒羽さんが登場して助けてくれた訳だ」

「どうぞ、よろしくお願いしますわ」

黒羽アリスは深々と頭を下げスカートの裾を少し持ち上げて華麗に挨拶をする。

そんな黒羽アリスの挨拶を見て、興味を示した三谷咲も見様見真似で同じようにポーズを取って魅せたが、何箇所か間違っていて黒羽アリスに修正されていた。

そんな微笑ましい光景を見ながら月下は飲み物を取りに隣の台所へと向かう。

「なるほどね~。それは災難だったね~」

――誰のせいで…

「それよりも月下よ、アニメとは何だ?」

黒羽アリスからポーズを会得した三谷咲はポーズを決めたまま尋ねる。

「それじゃあ早速、観ようか?」

台所から持ってきたオレンジジュースと人数分のコップをテーブルに置いた月下は八雲結衣からDVDを借りる。

余程珍しかったのか、三谷咲はDVDディスクがプレイヤーに飲み込まれる様子をじっと見つめていた。

「そこは良いから、テレビを観て!」


しばらくすると、真っ暗だった画面にアニメ制作会社のロゴ、おことわり画面が流れる……


~~マジかよ、マジだよ、ガーがリーンリーン♪


本編に入るなり、いきなり可愛らしい女の子の声でオープニング曲が流れ出す。

「おぉ! コレは!!」

曲を聞いた瞬間に、三谷咲は瞳を輝かせながらテレビ画面に飛び付く。

――いや、リアクション良過ぎるだろ! 3歳女児かよ!

本編が始まる頃には、テレビの真ん前を独占してテレビ画面にかじり付いている状態になっていた。特にののかちゃんが変身するシーンがお気に入りらしく、

「これは良い物だ!」と三谷咲は興奮を抑えきれず、その場でピョンピョンと飛び跳ねる。

後ろから見ていた月下たち4人は殆どテレビ画面が見えない状態。

「…ののかちゃんが全く見えんが」

「オホホ、そうですわね」

「ワハハ。まぁ~、でも~」

「このまま三谷さんを見ている方が…」

4人の見解は皆一致していて、もはや、ののかちゃんを観るよりも、ののかちゃんを観ている三谷咲のリアクションを見ている方が楽しかった。

無邪気に楽しむ子供を優しく見守る親のような気持ちだ………

1巻に収録されている『マジカルガ~リ~・ののかちゃん』の1話から3話までが終わると、テレビはメニュー画面に切り替わる。

それをしばらく眺める三谷咲はしばらく言葉を失っていた。

――放心状態なのか?

月下たちが心配していると三谷咲は思い出したように我に返る。

「結衣よ、この続きは無いのか?」

急にテンションを上げた三谷咲はソファーに座っている八雲結衣の元まで詰め寄る。

「いや~、残念ながら今日は1枚しか持っていないんだ~」

それを聞いてシュンと落ち込む三谷咲。

――情緒不安定なのか?

「ワハハ、こんな展開になるんだったら、全巻持って来れば良かったね~。それじゃあ、あす続きを持って来るよ~」

そう言いながら八雲結衣は壁に掛かった時計を見上げる。

――18時35分……そろそろ良い時間かな~……

八雲紗代は何も言わずに立ち上がると、それが本日の終了を知らせる合図となり、多田羅紗代、黒羽アリスもすっと立ち上がり帰宅の準備を始める。


外に出ると陽が沈みかけていて、夜の帳が空一面を紫色に染め上げていた。

「絶対に、絶対だぞ!」

八雲結衣の腕をグイグイと引っ張りながら、熱心にDVDの続きを忘れないように念を押す三谷咲。

――本当に子供みたいだ。

「ワハハ、忘れないよ~。ちゃんと持って来るからね~」

相変わらずの緩い口調で返す八雲結衣は優しく子供を諭す母親のように映った。



竜宮家から歩き始めて15分程、八雲結衣は多田羅紗代、黒羽アリスと他愛も無い話をしながら帰宅した。

「私の家はこちらの方面だ」

そう言いながら多田羅紗代は軽く手を振り2人と別の道を歩き始める。

「それじゃあ~、また明日ね~」

「ごきげんよう」

多田羅紗代を別れ、八雲結衣と黒羽アリスは再び他愛も無い話しをしながら、更に同じ方角に向け歩き始める。

――そろそろ~、家に着いちゃんだけど~

「そう言えば~、黒羽さんはどの辺に住んでいるのかな~?」

少し疑問を抱いた八雲結衣が溜まらず尋ねると、黒羽アリスは満面の笑みを浮かべる。

「オホホ、あの建物ですわ。少し古いですが、良い狭さが気に入っていますの」

そう言って、黒羽アリスが指差した方角には昭和の時代から時間が停止した様に草臥れた2階建・木造アパートが申し訳なさそうに建っていた。

そんな古いアパートを見て、八雲結衣は思わず笑みを漏らしてしまう。

「ワハハ、奇遇だね~。私もあの建物に住んでいるんだ~」

「オホホ、それは本当に奇遇ですわね」

お互いに笑い合いながらアパートの各部屋に到着すると、更なる偶然に遭遇する。

「ワハハ、部屋も~お隣同士さんだったんだね~」

「オホホ、全く気付きませんでしたわ」

笑い合ってはいるものの、二人の間には偶然の感動よりも若干の気不味さが上回っていた。――なんで~、気付かなかったかな~?

「ワハハ、それじゃあまた明日~」

「オホホ、ご機嫌あそばせ」

二人は何故か急いで玄関のドアを同時に閉めた。


家に入るなり八雲結衣のスマホに着信が入る。

「あ~、ゴメンゴメン。今、帰ったから~。うん、すぐに向かうね~」

そう言い終え電話を切ると照明から垂れ下がる紐を引っ張る。すると、小さな電球が6畳一間の狭い部屋を薄く照らす。

部屋の中には誰も居ない。それどころか、部屋にはタンスやテーブル等の生活感を漂わす家具が一切置かれていなかった。

その代わりというべきなのか、部屋の中央には不自然なまでに無機質なデザインをした鉄製の扉がそびえ立っていた。部屋に馴染もうとしないわがままな扉は余計に異彩を放っている。

「それじゃあ、行きますか~」

誰に言った訳でも無いが思わず言葉が漏らした八雲結衣は何の躊躇いも無く、銀色の扉を開く。

開かれた扉の向こうには白い光に満ち溢れていて、具体的なものは何も見えなかった。しかし、八雲結衣は何も驚かない。寧ろ、その白い光を見て随分と安堵している。

――やっと帰って来られた~。

着ている制服はそのままに、持っているカバンもそのままで、八雲結衣は扉の中へと入って行った。

薄暗い部屋から八雲結衣の身体が完全に消え去る。まるで始めから八雲結衣という存在がこの世界に存在しなかったかの様に………ただ小さな電球は今も尚、頼りなく6畳一間を薄暗く照らし続けていた。



6畳一間の古いアパートから一変。研究施設のような白い壁に、ステンレス製の銀色をした柱や専用機器が並ぶ清潔な雰囲気を醸し出す部屋に移動していた。

ここはトバーゴ・シェルター。八雲結衣がこちら側の世界で活動する拠点として使用している基地。

白い棚には透明や茶色の小瓶に入れられた様々な薬品が並べられていて、アンモニア水やホルマリンを薄めたような独特な臭いが入り混じる中を八雲結衣は制服姿のまま歩き始め、部屋の更に奥へと進む。


―この世は、儚い夢~ 流れ星より早く朽ちる魂~♪

 過去と未来が交差する~ その運命が~示される時~

本当の宇宙に出会える~ その瞬間を待ちわびている~♪


美しくも儚い、幼くも頼もしい、透き通るような女の子の歌声が部屋中に響いていた。

その歌は古の時代より伝わる特殊な聖歌とされ、そんな聖歌を歌う事を許されたのは“五感の華”と呼ばれる、選ばれし巫女のみ。その一人である“死期の華・ユーナ”の歌声に八雲結衣の長細い眼が更に細くなる。

「ただいま戻りましたよ~」

八雲結衣は透明のテーブルに座り歌い続けるユーナの元まで歩み寄る。

「あっ! ミアハだ、おかえりー」

八雲結衣の声でようやく八雲結衣の存在に気が付いた女の子は振り返るなり完全無欠の純粋な笑みで八雲結衣を迎えた。

まだ少女にも成り切れていない幼女ユーナは八雲結衣と同じく褐色肌で、腰まで伸びた純白の長髪を涼しく靡かせていた。そんなユーナの濁りの無い蒼い瞳は、長い時間この部屋で八雲結衣の帰りを待ちわびていた様子で、テーブルからピョンと飛び降りるなり、駆け足で近づくと勢い良く八雲結衣の腰部分にギュッと抱き付いた。

しかし何故か、手には可愛らしいイラストが描かれた文庫本を持っている。

「ワハハ、この服の時はまだ八雲結衣ですよ~。ユーナ様~」

八雲結衣は腰に纏わり付く幼女ことユーナの両手を解くとそのまま高く抱え上げる。

「えへへ、そうだった」

悪戯っぽく微笑み舌をペロッと出したユーナは、

「ガッコウはどうだった?」

「う~ん…どうですかね~?」

「ちゃんと炎使いのお姫様は居た? 過剰にお兄ちゃん好きな妹は居た? 騒々しい双子姉妹は居た? そんな女子たちに囲まれたヘタレ男子は居た?」

手に持った文庫本を振り回しながら、ユーナは目を輝かせながら連発で質問する。恐らく、その文庫本に出て来る登場人物の特性を全て並べたのだろう。

「ワハハ… そうですね~、そんな特殊な女の子は居そうにありませんね~」

そう言いながら、八雲結衣はそっとユーナを地面に降ろす。

「ふ~ん… なるほどね」

先ほどの笑顔とは対照的に何か考え込むような渋い表情を浮かべるユーナは、

「その子が例の男の子かな? やっぱり何処かの国の王子様で、成績は悪い癖にやたらと強かったりした? 幼馴染の女の子や実の妹や異国のお姫様に言い寄られていた?」

再び笑顔を取り戻すなり興味津々に尋ねてくる。とても好奇心旺盛な年頃を迎えていた。

「成績はまだ分かりませんけど~。少なくとも、その書物に出て来るような主人公ではありませんかね~。普通の男子生徒でしたよ~。でも、女の子が集まり易い環境には置かれているので、ハーレム状態になる可能性は充分にありそうですよ~。現に異世界人と既に接していますからね~」

そう言いながら、ニヤリと微笑んだ八雲結衣は再び歩き始め更に奥の部屋へと向かう。

「あー… ミアハが悪い顔で笑ったー」

ユーナがはしゃぐ中、更に奥の部屋へと続く扉がそっと開く。

「お疲れ様です。コーリン・ミアハ嬢」

扉の向こう側から大人びた渋い男性の声が聞こえて来た。それから一拍して部屋に入って来たのは、スキンヘッドの厳つい顔に、黒い肌をした筋肉質の大男だった。

八雲結衣も決して背の低い方では無いのだが、そんな彼女ですら顔を見上げなければ大男の顔を窺う事は出来ない程の高身長だ。そんな風貌にも関わらず、大男は黒いスーツの上に白衣を着ていた。

「バロッサさん、ちょっと遅くなっちゃったかな~?」

「いえ、いつも通りの時間です」

「そうか~。それでこっちの様子は~?」

「特に変化はありません。ステラ様の団体も予定通りにセントラルに向かわれている、と報告が入りました」

「了解~。それじゃあ私も着替えたら~、ステラちゃんに合流するから~。そっちも神様の検索ヨロシクね~」

八雲結衣の命令に大男のバロッサは黙って頷くと再び扉の向こう側へと姿を消した。

「ミアハ、もう行っちゃうの?」

ユーナが寂しそうに八雲結衣の顔を見上げる。

「そうですね~。早くしないとステラちゃんが待っていますからね~」

「いやいや、ユーナはもっとミアハとお喋りしたいのー」

駄々をこねながら八雲結衣の腰に再び纏わり付くユーナは蒼い瞳に涙を溜めて、口を膨らませて完全にスネる。

「でも~、私が頑張らないと~、みんなの世界が無くなっちゃうかもしれませんからね~」

「うん」

残念そうに小さく頷いたユーナの頭を優しく撫でる八雲結衣。そんなユーナの仕草を見て八雲結衣は微笑みながらも、こんなまだ幼い子供に自分たちの未来を委ねなければならない残酷な運命を呪う様に溜め息を付いた。

「それじゃあ~、着替えますかね~」

八雲結衣はユーナの手を握ると一緒に部屋の隅にある白いカーテンで仕切る事の出来る簡易の更衣スペースに移動する。

「それよりもユーナ様~、あれから新たな声は聞こえましたか~?」

「聞こえなーい」

優しい口調で尋ねる八雲結衣に対し、ユーナは首を大きく左右に振り仏頂面で答える。しかし、すぐに純粋無垢な笑みを浮かべる。

「でも大丈夫、ステラちゃんは“久羅式の華”だから、あの子の想う通りにすれば、きっと上手く行くから」

ユーナの言葉には何の根拠も確証も無いはずなのに、その迷いの無い笑顔を見た瞬間、八雲結衣は自信を持って行動できる。ユーナという人物はそれだけ心の支えになっているのだ。それは八雲結衣だけでは無く、この世界に住む全ての民が同じ考えを持っている。

更衣スペースには小さな机があり、その上には綺麗に畳まれた独特なデザインをした衣装と金色の仮面が置かれていた。

――もう随分と慣れたものだね~。

制服を脱ぎ、更に白い下着も全て脱ぎ捨てると八雲結衣は生まれたままの全裸をユーナの前に晒す。生まれた時から変わらぬ褐色肌は艶やかさを纏いながら独特でタイトなデザインをした衣装を受け入れるように身を隠していく。

最後に、金色の仮面で素顔を覆えば準備は完了だ。

ここから先は八雲結衣ではなく、コーリン・ミアハとして行動しなければならない。

「さっきの制服も良いけど、やっぱりミアハはその格好が一番似合うね」

ユーナの太鼓判を貰うと一度だけ軽く頷いた。

「バロッサさん、準備いいよ~」

ミアハの言葉を聞いたバロッサは再び部屋に入って来た。

「スカウティングの具合は如何ですか?」

「う~ん…」

バロッサに尋ねられたミアハは何かを確かめるように身に付けたばかりの仮面の淵に設置されている小さなボタンを押しながら操作を始める。

それに合わせてバロッサも厳つい表情のまま、手に持っていたタブレット型の端末機で何かの操作を始める。

電源を入れた仮面越しから見える視線の隅には様々な情報が数値化されて表示されている。

そのままバロッサに視線を向けると数値は0.00%と何の反応も示さなかった。

「うん、大丈夫だよ~。それよりも昨日の戦闘中の神反応の数値はどんな感じだった~?」

ボタンを操作しながら尋ねるミアハに対し、バロッサの厳つい表情が更に険しくなる。

「実はこれなんですが…」

バロッサは持っていた端末機を手慣れた様子で操作する。

「う~ん」

ミアハの視界に端末機から送られたデータを受信すると、何やら特殊な数値が表示される。

「これは微妙に上がったのかな~?」

「恐らく、ステラ様が近くに居た事が要因かとは思うのですが…」

バロッサも明確な理由が分からない様子で言葉が濁る。

「そんなステラちゃんたちの現在地は~?」

「そちらにデータを転送します」

バロッサが再び端末機を操作すると、数秒も経たないうちにミアハの視界に、この地域一帯の地図とステラの位置情報が表示された。

「セントラルまでは、まだ到着しそうにないね~。まぁ、行って来るよ~」

そう告げたミアハは先ほどバロッサが入って来た扉に向かう。

「気を付けてねー」

ユーナが大きく手を振りながらミアハを見送る。そんなユーナに応えるようにミアハも軽く手を振ると研究室を後にする。


部屋を出ると壁も天井も床面も無地で白い廊下が出迎える。高いヒールを履いたミアハの足音が一歩一歩カツ、カツ、という小気味良い足音が鳴り響く。

「相変わらず~、こっちの世界は~、殺風景だね~」

廊下の端に到着すると、周囲を一望できる場所に突き当たる。

この建物は山の一部をくり抜いた簡易的に造られたプレハブで、岩肌の具合や色合いが山と上手いこと馴染んでいる為に、遠目から見ても気付かれ難い造りとなっていた。

そんな建物から見下ろした景色は、ミアハの言った通りの殺風景な、辺り一面が赤い砂に覆われた砂漠の世界だった。

非常口として造られた扉から外に出ると心地の良い風と共に若干の黄砂がミアハの髪を優しく撫でた。そんな風を感じるように深呼吸をしながら両手を伸ばす。

「さて」

一息付いた所で、次は入念に屈伸を始める。

「第7宇宙の方が~、私は好きだけどね~」

屈伸が終わると両手をプラプラと左右に振ると同時に首を左右に倒す。

「まぁ~、この第5宇宙にも~、神様の反応が出たから~、しょうがないね~」

ボヤくように呟いたミアハのストレッチが一通り終えると休む事なく、天に向かい両手を広げそっと目を閉じる。

しばらく目を閉じた状態で精神を統一するように意識を1点に集中すると、糸みたいに細いミアハの目が完全に開くと琥珀色に輝く瞳が露わになり、

「円洸雷鳴!」

高らかに唱えると、ミアハの言葉に応えるように、ミアハの背中と足元から僅かな青白い無数の光が発生する。そんな発光体は次第に輝きを増し、ある地点からパチパチと乾いた音を鳴らし始める。

「それじゃあ…」

ミアハは徐に両手を地面に付けて、短距離走の選手がスタート時に構えるクラウチング・スタートの姿勢を取る。

「行って来るかな~」

力強く地面を蹴り上げスタートを切ったと思えば、次の瞬間にはミアハの姿は何処にも見当たらなかった。

ただ、ミアハが通ったと思われる後に大量の砂煙が撒き上がり、壮大な砂漠に一本の軌跡だけが確認できた。


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