夢から覚めた夢
4月8日 水曜日
……回想
校門前の桜並木が少し散り始めている。
花びらで出来たピンク色の絨毯を真新しい制服で登校する生徒たちは、期待を膨らませながらもどこか緊張しているように映る。
春の匂いと温もりを込めたそよ風が優しく頬を撫でる。
入学式には絶好の小春日和だった。
そんな中、期待や緊張とは全くの無関係を装うのは竜宮月下だ。
宿題が無いのを良い事に、束の間の春休みのほぼ全てをネットゲームに捧げ、更に入学式を1日遅く覚えていた事も相まって何日もまともな睡眠を取らないままこの日を迎えていた。
起きているのか、寝ているのか、夢と現実の狭間を歩いている感覚はネットゲームでレベル上げをしているキャラクターを操っている気分だ。そんな不安定な状態で迎えた入学式は当然の如く睡魔に襲われ大爆睡。初対面同様のクラスメイトと微妙な距離感と沈黙など皆無な月下は間違えて座った他人の机で大爆睡。幸いだった事と言えば、その日は午前中で学校が終わった事くらいだろう。
そんな何とも無惨な高校生デビューを終えて、朧げな記憶の中で無事に帰宅する頃には何とか睡魔が去り、相も変わらずパソコンに向かいネットゲーム。それから既に何時間が過ぎただろうか………
回想終わり。
「明らかに、おかしい」
前方に見える大きなビルからは大勢の人が一斉に溢れ出て来く。
パニック状態に陥っているのか、悲鳴や怒号を上げながら右往左往に逃げ惑っている。
映画の撮影にしても緊迫感の度を越えている。
いや、それ以前にもっと根本的な問題が解決してない。今自分の身に何が起きているかという状況把握だ。そこで先程の回想。
「今日の出来事を思い返しても、目の前の光景との接点がない。何もヒントが見当たらない」
さて、ここで問題です。
そんな現状の困惑状況に陥る可能性とはな~んだ?
ちょっとした記憶喪失……いやいや、それは無いだろう。
ちゃんと今日の出来事は思い出せたし、自分の名前も言える……
あれっ!? ちょっと待てよ。どこかで記憶が途切れたのか?……
今日は高校の入学式があった。特に変わった事は無かった……
そのまま帰宅して、夜を迎えてベッドにインして……眠りに………あっ!
答え:夢の中。 ピンポーーン!
正解のファンファーレが月下の脳内で陽気に鳴り響く。
「そうだ。これは俺の夢だ!」
その証拠に今着ている服が、普段から寝巻代わりに着ているグレイのスウェットである事を確認する。
……という事は……また”例のヤツ”が始まったのか。
月下は今置かれている状況の完全に理解すると同時に思わず天を仰ぐ。
説明しよう!
竜宮月下は変な夢を見る特異体質である。
それも実際にはあり得ないようなファンタジーな世界観やSF小説のような世界観を彩った現実離れした夢だ。
ちなみに今回がそのような類いの夢だとすれば、人生で4回目になる。
更に厄介な事に一旦そんな変な夢を見始めたら、その夢が一区切りしなければ、いつまでも毎晩のように見続けてしまう質の悪い仕様となっている。
文字通りの夢物語だ。
説明を終わる!
――O.K 理解した。
自分の夢だと分かれば怖いものはない。
嘘です。
自分の夢だと分かっていても死ぬ可能性を示唆されるとやはり怖い感情は芽生える。
だから、こういう場合は冷静に肉眼で可能な限りの情報を得る事が先決だ。
天を仰いだついでに空を見上げる。
しかし、想像としていた青い空は何処にも広がっていない。当然、曇に覆われている訳でも無ければ、夕暮れや夜空という訳でもない。
空の代わりに上を覆っているのはプロ野球などで使用されるドーム球場のような構造をした白い天井だった。
――屋内なのか? だとすれば、1フロアがかなり膨大過ぎる敷地面積を誇っている。
仮に月下が立っている現在地がフロアの中心だとしても壁らしきものが見えないし、天井を支える柱のような物も見えない。
白い天井には無数の照明が設置され、地上を余す事無く照らしていた。
自然光で無い分、どこか余所余所しい雰囲気を醸し出している。
続いて周囲を見渡すが全く見覚えの無い街並みが広がっていた。しかし今も絶え間なく多くの人々が逃げ惑っている。
建物自体のデザインも昔のRPGで出て来るような質素な家、或いはシャガールが描きそうな無駄に不安と孤独を煽る紫色の街。
何にしても日本では無い異国である事に間違いだろう。
――まぁ、俺の夢の中なのだから、実際に存在しない街なんだろうけど……なぁ、アンジュはどう思う?
月下は当たり前のように自分の胸に問い掛けるように尋ねる。
『そう言われてものー。もっと情報が欲しい所じゃが… まぁ、この時点で間違いなく言える事は、この世界は間違いなく、お主の夢の中という事位じゃな』
何処からともなく大人びた女性の声が当たり前の様に月下の問いに応えた。
そんな女性の声に対して、月下も驚く事も無く当たり前のように受け入れた。
再び説明しよう!
そんな女性の声もまた月下の特異体質の1つである!
その経緯は月下が初めて特殊な夢を見た小学5年生まで遡る。
深い樹海の中で何をするでもなく、木の陰で座っていた少年・月下に声を掛けたのがアンジュだ。
どんな言葉を掛けられたのかまでは覚えていないが――すぐに意気投合した2人はそれから一緒に行動を共にしている。
しかし月下は今の一度も実際にアンジュの姿を見た事が無い。
アンジュ自身も自分が何者なのか分からない記憶喪失に陥っている状態だ。
だから、この夢物語を見る原因にアンジュが関わっている可能性が大きいというのが、月下個人の見解だ・
しかし小学5年生から今までの5年間、ヒントらしいヒントは得られていない。
更にアンジュ自身も記憶らしい記憶を思い出す事が出来ずに今に至っている。
説明を終わる!
『そうじゃ! 試しに前の夢で会得した”魔法”でも唱えてみるのはどうじゃ? 魔法が発動すれば前回の夢の続き。発動しなければ新しい冒険のはじまりじゃ!』
何処か楽しそうな物言いで提案するアンジュ。
悪い癖だ。
アンジュは冷静に物事を分析する能力に長けているのだが、その反面でどんな困難をも楽しもうと悪乗りする節もある。
そんな悪アンジュに変身して今まで良い事が起きたためしがない。
そんな悪乗りに付き合ってしまう月下も悪いのだが。
アンジュの言う”魔法”とは中二病臭い呪文みたいなものだ。
その呪文を唱えた直後に三種の神器と呼ばれていた伝説の鎧と伝説の剣と伝説の盾が眩い輝きと共に全身に勝手に纏う。
魔法少女の変身シーンみたいな現象が起きる、年頃の高校生男子にはとても恥ずかしい展開になってしまうヤツだ。
――いやいや、こんなたくさんの人が逃げ惑っている中で万が一俺が変身しちゃったら、皆が俺の事を救世主と間違えちゃうぜ?
『まぁ、モノは試しじゃ。やってみぃ!』
――マジかよ。
羞恥心に晒され幾分の迷いを抱きつつもアンジュの言う事にも一理ある。
それに何より、このまま二人で揉めていても先に進まない。
――はぁ~、分かったよ。
渋々ながら了承した月下は溜め息を付き、2年振りにうろ覚えの魔法を唱える事にした。
「え~っと… 確か… 我は汝。汝は我。鋼の海より生れし魂。孤高の山より授かりし屍。矛盾の空より託された臓器。月と太陽を敵に、全ての宇宙と全ての神をこの手に、我の前に現れよーーーー! だっけ?」
天に向かい、高らかに拳を突き上げた月下の元に三種の神器が………現れなかった。
――でしょうね~。
その代わりに応じたのは、周囲を逃げ惑う中に居た見知らぬおじさんだった。
「そこの兄ちゃんも早く避難所に逃げろよい」
先ほどの魔法の言葉に一切触れず、ただただ心配された――超恥ずかしい。
『どうやら、前回の夢とはまた別設定みたいじゃ。めでたいのう、新しい冒険の始まりじゃ!』
恐らく、白々しく何食わぬ表情をしているであろうアンジュに心の底から腹を立てる。
――なんて日だ! いや、なんて夢だ!
『まぁ、そう怒るな。それよりも幸い、この世界の人の言葉が解るんじゃ。現地の人からこの世界に関する情報を聞き込むぞ』
モヤモヤとした何とも言えない感情は消化し切れないままだが、アンジュの言う通りだ。
前回の夢の中では人々が終始何を言っているのか解らなかった。ただ”バブデッパ”が”殺す”という意味だけは鮮明に覚えているくらいだ。
とりあえず、頭を切り替えて逃げ惑う人に話しを聞こう。
しかし現地人と思われる人々は漏れなく必死で逃げ惑っている最中だ。
そんな緊急時にわざわざ“すみません。つかぬ事をお聞きするのですが、ここは何処ですか?”と尋ねた所で裕著に答えてくれる親切な人は居るのだろうか?
――ここは一先ず、皆が避難している場所に向かおう。
始めは右往左往に逃げ惑っていた大衆だったが、いつの間にか皆が同じ方角に逃げていた。
どうやら誘導員が現れたのか、自主的なのか、避難場所に向かっているのだろう。
月下も大衆の大きな流れに従って、避難所に向かおうとした、その時だった。
―ドーーーーーン!!
不意を突かれた大きな衝撃音が月下の鼓膜が激しく震える。
咄嗟に耳を塞ぐが遅かった。鼓膜から脳に掛けて激しい痛みが走った。
――耳が切れた! 完全に取れたって! んっ?
そんな爆発音から数秒後には人工的な熱風が月下の全身を威嚇するように包み込む。
――10km程先か。そんな遠くから熱風が届くって事は相当な威力だ…
随分と遠くの方で黒い煙が立ち込める。
未だに鼓膜が割れそうな位の痛みを訴え、月下の眼にはうっすらと涙が浮かんでいた。
――空爆か? それとも地上からのミサイル?
『或いは、お主もまだ知らぬファンタジーな兵器かも知れんな』
アンジュの助言に月下は肩をビクつかせる。
―そうだった。自分の夢とはいえ、まだこの世界観について何も知らない。自分の常識の範囲で物事を考えるのは危険という事か……
改めて周囲を見渡すと泣きじゃくる子供たちの声や誰かの名前を必死で叫ぶ続ける女性の声など物々しい雰囲気が危機感を掻き立てる。
そんな中、冷静に行動をするように促す誘導員の声を聞いた月下も周囲の人たちの歩調に合わせて避難所に向かう事にした。
――ここが避難所?
到着した避難所は教会のような建物だった。
月下は勝手に体育館のような施設を想像していただけに驚きと不安を同時に抱く。
――どう見ても防御力は皆無に近そうだぜ?
『もしかすると内部にとんでもない強固な物質で造られているのかもしれんぞ?』
アンジュのアドバイスに「そんなものか?」と疑問を抱きつつ月下も周囲の流れに乗って建物の中へと避難する。
――やっぱりヤバくないか?
内部に入るなりまず気になったのが照明が消えている事だった。
――停電しているのか?
照明代わりに無数の蝋燭が辺りを照らしているが、全体を照らすまでには至っていない。
だから建物全体が確認できないが、避難して来た人数に比べてあまりにも狭い事はよく分かった。
東京の通勤ラッシュ時の満員電車レベルで混み合い、身動きが取れない人が続出していた。
当然ながら足元も薄暗く、少し移動するもの他人の足を踏んでしまいそうで躊躇う程だ。
――こっちの方が逆に危なくないか?
どう見積もっても避難してきた全員が建物に入れる事は無理だ。
しかも見た目だけだから断言出来ないが耐震強度もあまり高いとは思えない。木造の中でも随分と年季の入った歴史を感じさせる建物だ。
「子供たちはこっちだ!」
誘導員の指示に素直に従う子供たちは仲良く手を繋ぎ建物の更に奥へと進む。
どの世界でも子供を最優先で守る本能は同じようだ。
そんな光景に安堵しつつも、人混みを避けたい月下も無意識に人の少ない子供たちが避難している建物の奥へと進んだ。
軋む木造の廊下を歩き続けると、白い十字架に張り付けられたキリスト像の前に行き着いた。
そんな像の前には多くの子供たちが集められている。
――何をするんだ?
『まさか、この子供たちを生贄にして、怪物でも召喚するんじゃなかろうのう?』
アンジュの良からぬ妄想に月下の背筋が凍る。
――流石にそれは…
と月下が否定しようとした時だった。
「そこの兄ちゃんも手伝え!」
暇そうに見えたのか、何もしていない月下を見つけた肥満気味の中年男性が声を掛けて来た。
――手伝いか、これはチャンスだな! 手伝うフリをして情報を聞き出すか。
「何をしましょうか?」
ニヤニヤとぎこちない笑みを浮かべて、両手を擦りながら中年男性に近づく月下だったが、
「至急、これをステラ様に届けてくれ!」
予想とは少し違う手伝いを言い渡された。というよりも手渡された。
――何だ、コレ?
中年男性が月下に渡したのは掌サイズの正六角形をした石だった。
――普通の石より随分と軽い気がするが、それ以外は特に変わった所は見当たらない何の変哲もない、ただの石だ。
「良いから、早くステラ様の元まで持っていけ。作戦司令室に居るはずだ!」
「了解でーす」
月下は思わずチャラい返事で軽く引き受けてしまった。
――ちょっと待てよ、ステラ様って誰だよ?
聞き返そうとしたが、中年男性は随分と多忙なのか、既に姿を消していた。
――参ったな。
いつの間にか集められていた子供たちの姿も消えていた。
その代わりに床面の中央に不自然な鉄製の扉が現れていた。避難シェルターらしい。子供たちは地下に避難。それを知り月下は一先ず安堵した。
『まずはステラ様とやらを探さねばならんおう』
アンジュに言われるまでも無い。
そんな事は分かっているが、ステラ様を探す方法が分からない。
――誰かに尋ねれば良いだろうって? あれ?
周りを見渡すが先ほどの人混みが嘘だったように誰一人として姿を消していた。
――ドッキリ?
『お主にドッキリを仕掛けて得する奴など居らんわ!」
――ですよね~。
ここに選択肢は出現しない。
月下は仕方なく来た道を引き返し、再び建物の外に出る。
――あれ!? やっぱりおかしい…
外に出てもやはり人の姿が完全に消えていた。
突如として誰も居なくなり、街全体は先ほどの騒ぎが嘘だったみたいに静寂が支配していた。
消えた皆が無事に避難している事を切に願うばかりだ。
―ドーーーーーン!!
その直後、先ほどの爆発音が再び鼓膜を揺らす。
しかし今回は月下の肉眼で確認出来るほど近い距離に着弾した。しかし、爆発音は先ほどよりも随分と小さかった。
――あれ? 妙だな。違う種類のミサイルか?
月下は初回に聞いた爆発音との違いに妙な違和感を抱いた。
『お主も気付いたか?』
アンジュも月下と同様に違和感を抱いていた。
――こんなに近くで爆発したのに、ミサイル自体の発射音がしなかった。
本来、ミサイルという物は飛んでいる最中に少なからず“ヒュー”だとか“サッ”だとか何かしらの擬音を発している。
しかし今回、その擬音が全く聞こえなかった。そうなると物質的なミサイルで攻撃をしている訳では無さそうだ、と判断するのが妥当だろう。
『どうも、冗談で言ったファンタジー兵器の可能性が高くなってきたのう』
――まぁ、前回みたいな、いきなりドラゴンに喰われそうになった展開に比べれば、ファンタジーでも、まだ兵器なだけ現実味があるぜ!
『全くじゃ!』
二人して高笑いをするが、傍から見れば月下が一人でいきなり笑っている挙動不審な人物に映るだろう。
しかし倒壊した街に人は全く居ない。
だから月下は安心して笑い続ける…
――いやいや、笑っている場合じゃない!
誰か居なければステラ様に関する情報が聞けない。
――参ったな。他にヒントは…
『爆撃を受けた場所じゃ!』
アンジュの助言に月下が頷く。
敵が無差別に街を狙った訳でなければ、爆撃された場所に何かしらのヒントが転がっている。
――そうと分かれば… いやいや。
早速、現場に向かおうとした月下の足がピタリと止まる。
――アンジュさんよ。逆に考えれば、そこには攻撃の標的となる危険な場所だぜ?
『チッ。気付きおったか。月下のくせに生意気な』
――始めから危険だと分かって提案したな!
『じゃが、この誰も居ない街に居続けてもしょうがなかろうに』
アンジュの最もな意見に月下は何も言い返せない。
――分かったよ。でもどっちから聞こえてきた?
『確か、爆発音は2回とも教会正面から見て右側から聞こえた気がするのう。相手が普通に攻撃をしたならば、その対面に陣取っているはずじゃ」
月下は未だに持っていた謎の石をスウェットのポケットに仕舞い込むと、教会の左側に向かい走り出そうとした。
「行きますかって、おい!?」
『ほお、あれが攻撃しているヤツか!』
走り出す足を再び止めた月下は唖然とする。
それに対してアンジュは興奮と感心に浸る。
攻撃していた兵器は戦車でなければ、戦闘機でもなかった。
月下の目の前には3つの頭が生えた大きな犬みたいな物体が軽快な足取りで現れた。
図体はメタリックグレーの塗装が施され、2階建ての家と並んでも頭1個分ほど犬の方が大きい。
『まるで神話に出て来るケルベロスみたいじゃのう』
ケルベロス……確かにその通りだ。
――かなり大きいな。しかも目が赤く光っている。
『あの赤い目から光線が出たりしてな』
――まさか。前々回の夢じゃあるまいし!
お互いに冗談交じりに笑い合っていると、
―ピーン ドーーーーーン!!
月下の目の前でケルベロスの赤い眼から赤い光線が街を照らし、その直後に赤く照らされた街が派手に爆発し砂煙と共に派手に倒壊する。
――マジじゃんか!
『マジじゃったのう』
月下の笑顔が一瞬で焦りを滲ませた表情に変わる。
幸いな事にケルベロスはこちらの存在にまだ気付いていない様だ。
――とりあえず、今はステラ様を探すぞ!
『でも、どうするのじゃ? ヒントは全くないぞ』
――そうだった。どうしよう?
何かしらのヒントを得る為に攻撃をしている正体を掴もうと行動したのに、その正体から出向いてきた。しかもヒントらしいヒントも無い。完全にお手上げだ。
「そこで何をしているのですか?」
途方に暮れる月下の背後から女性の声が聞こえてきた。
――こんなタイミングで! これは戦う美少女ヒロインが俺に恋をしてラブコメに展開するチャンスだ!
『違うじゃろ! ここはステラ様のヒントを得るチャンスじゃろうが!』
月下のボケに空かさずアンジュのツッコミが入った所で、声がした方に振り返る。
すると、大型バイクに跨った女性がフルフェイスの黒いヘルメット姿でこちらに向かって来ていた。
月下の前まで到着した女性はヘルメットを徐に脱ぎ、肩まで伸びた黒髪を掻き上げながら素顔を晒した。
――はい、キタこれー!!
幼さが残るものの、はっきりとした顔立ちは見るからに優しそうな印象を与える女性。
その容姿に月下のテンションは一気に上がる。
しかし、跨っている大型バイクとは随分とアンバランスな印象だ。
「見た事ない人ですね」
女性は少し警戒心を露わに顔を歪め、月下をマジマジと観察する。
――この距離感、髪から甘いいい香りがする… それに一歩でも前に出たらキス出来ちゃうぜ! アンジュさん、良いのかな?
『ダメに決まっておろう! それよりもステラ様の事を聞くのじゃ』
――そうだった。
アンジュのツッコミで月下が我に返る。
「え~と、ステラ様を探しているんだけど…」
「ステラ様ですって!?」
その単語を聞いた瞬間に女性の顔が険しく変わり月下に対して不信感を抱く。
「どうして、ステラ様を探しているのですか?」
先ほどに比べて極端に声のトーンを下げて尋ねてきた。
どうも、ステラ様の事を知っている様だ。しかし、どのような立場なのか。
「それが避難場所の人に、この石をステラ様に届けろと言われまして」
月下は素直にステラ様を探す羽目になった経緯を話し、実際に中年男性から託された石を取り出して女性に見せる。
「これは?」
石を見た女性もその石が何なのか分かっていない様子で首を傾げる。
―ピーン ドーーーーーン!!
ケルベロスの目から再び赤い光線が街を照らす。その直後に3発目の爆発。その爆風が女性の長い黒髪を激しく靡かす。
「乗ってください。とりあえず、ステラ様の元に向かいます!」
女性はバイクの後部に掛けていた黒色をしたフルフェイス型のヘルメットを月下に差し出す。
「ありがとう」
素直にヘルメットを受け取った月下は早速着用するが……女性と全く同じデザインの黒いフルフェイスのヘルメット。それに今着ている服が灰色の上下スウェット。
――顔が完全に隠れた分、かなり怪しい格好になってないか?
『そんな事、どうでも良いじゃろうが! 早く乗ってステラ様の元へ向かうのじゃ』
――アンジュの言う通りだ。
月下は速やかにバイクの座り心地を確認しながら跨る。
「ちゃんと掴まってくださいね」
王道の台詞――しかし、年頃の男子には綺麗な女性の何処に捕まれば良いのか分からず……女性の両肩に手を掛ける事にした。
――本当は間違ったフリをして胸を鷲掴みしたいさ! だけど、倫理上というか、道徳上というか、俺の変なプライドがそれを制御するんだよ!
『ワシに言われても知らんわ!』
月下が後部に乗った事を確認した女性はバイクを急発進させ、ステラの元に急いで向かった。
「着きました」
随分と長いこと運転していた女性がバイクを停める。
その間、ミサイルが発射された音は一度も聞こえなかった事に月下は内心で安堵していた。
「ここですか?」
月下がバイクから降りて周囲を見渡すと先程の倒壊した街の姿はすっかりと消えて、辺りに赤い砂丘になっていた。
そんな月下を余所に女性は突然その場で屈み込んだ。
「何をしているんですか!?」
驚きながら質問する月下に構うことなく女性は地面に向かって「アオイヨル」と小さな声で呟いた。
――何かの暗号か?
しばらくの沈黙の後に月下たちの足元がアリ地獄の要領で沈み込む。
――これって砂に飲み込まれるパターンのやつじゃないか?
慌てる月下とは対照的に女性は誰も居ない事を確認するように辺りを警戒する。
月下の立ち位置を中心に床全体が降り始める……それに伴って月下と女性も徐々に下がる。
周囲全体が下がるのであれば少なくとも生き埋めになる心配なは無さそうだ。その証拠に女性は特に慌てた様子も見せず、砂が治まるのを待っていた。
結局、3メートルほど地面が下がった所で砂の動きが止まった。すると、月下の前には既に地下に繋がる階段が現れていた。
――いつの間に、階段?
「この先です」
女性が階段を降りようとした時だった。
―ピーン ドーーーーーン!!
思い出したようにケルベロスは月下たちの近くを攻撃する。
まるで月下たちに対して威嚇するような距離だ。
―…ザッ…オッホッホ…やっと見つけましたわよ、そこが作戦司令室ですわね。
軽いノイズのような雑音の後に上品な口調で話す女性の声が聞こえてきた、というよりは拡声器のような割れた声がケルベロスから聞こえて来た。
――誰か載っているのか?
―…ザッ…まさか、ここまで作戦が順調に進むとは思いませんでしたわ。
――作戦?
『どうやら、その石を渡した男はコイツの差し金という事じゃろう』
アンジュは瞬時にケルベロスから聞こえて来た女性の言葉が言わんとする意味を汲み取った。月下は懐に仕舞っていた石を取り出す。
「つまり?」
―…ザッ…その石は返してもらいますわよ。その後でステラ様も返して貰いますわ。
『まぁ、そういうベタな展開になるのう』
――ただの石にしか見えないんだけどな~。この中に貴重な原石が埋まっているとか?
『さぁ…しかし、ケルベロスの女は妙な事を言っておる』
――妙な事って?
『この石を取り返した後に“ステラ様も取り返す”と』
―…ザッ…そこの黒いヘルメットさん、何をボケっと突っ立っていますの? 心配しなくても、石を素直に返せばあなたに危害は加えませんわ。
ケルベロスの問いに迷う月下はしばらく考え込むフリをしつつアンジュに意見を求める。
――アンジュはどう思う?
『ふ~む、難しい判断じゃが、今の状況を判断する限りケルベロスの女が悪者に映るのう』
――まあ、そうだな。俺も同感だ。
『じゃが、気掛かりなのはステラ様を取り返すという物言いじゃ。その言い方だと元々ステラ様はケルベロス側に居たと推測できる。そうなるとバイクの女が誘拐したのか、或いは自主的に逃亡でもしたのか?』
――今の時点では判断し兼ねるって訳ね。
―…ザッ…さあ、早く返して頂きますわよ。私もそんなに暇じゃないですの。それとも、まさか拒否しませんわよね?
そう言うとケルベロスの赤い眼が月下に向けられる。
『このまま、あの光線を食らうとやばいのう。試しに前々回の夢で乗っていたお前の相棒を呼んでみるか?』
前々回の夢――端的に言うとロボットモノのSF・ファンタジーだ。
――いやいや、どう考えても“ギルガメッシュ”は来ないでしょ!
選ばれし勇者しか起動する事が出来ないと言われる伝説の機体、それがギルガメッシュだ。
月下は夢の中の世界でギルガメッシュに載り大規模な戦争を終わらせる為に戦った。
『確か6年ほど前じゃったかのう?』
――いや~今更無理でしょ。賞味期限が切れまくっているぜ?
『いや、まだ可能性はゼロでは無いぞ。それどころか、ケルベロスの眼から出る赤い光線はビームライフルとやらに似ているぞ。もしかすると、もしかするぞ』
アンジュは適当な言葉を並べ、月下を丸め込もうとする。
しかし、月下は先ほどの魔法の呪文で失敗した恥ずかしさを忘れていない。それは思春期の月下にはとても大きな問題だった。
何故ならば、ギルガメッシュを呼ぶ際にも先ほどの呪文と同様に「ギ・ル・ガ・メーーーーシュ!!」と恥ずかしくも天高らかに絶叫しなければならないのだ。
仮に成功すれば、遥か上空から雲を切り裂くように、光沢な純白を輝かせながらギルガメッシュが現れる訳だが…
――もう恥ずかしいのはゴメンだ!
『恥ずかしがっておる場合か、命の危機なのじゃぞ!』
駄々をこねる月下を叱るアンジュは本気なのか、冗談なのか、もはや月下でも判断できない。
観念したように月下は溜め息を混じらせる。
「はいはい、ギルガメッシュ… 来ないだろ」
妥協というよりもアンジュに対する反抗に近い感情を持って、誰にも聞こえない程度の小さな声でギルガメッシュを呼んだ。
『声が小さい!』
―…ザッ…何を一人でぶるぶると言っていますの。その石を渡しますの? 渡しませんの?
ケルベロスは前のめりになり、赤い眼を月下の前に近づける。
――自分の夢とは言え、この状況は流石に不味いよな。ここは無難に返そうか?
月下が諦めて石をケルベロスに差し出そうとした時だった。
「私はここだ!」
地面から現れた階段から女性の声が聞こえてきた。先ほどのバイクの女性とはまた異なり、随分と幼い女の子の声だ。
――今度は誰だ?
―…ザッ…これはご無沙汰しておりますわ、ステラ様。
『おう、噂のステラ様がお出ましじゃ』
月下が声が聞こえた階段に視線を向けると、白い肌に絹の様なきめ細やかな髪を優雅に漂わす少女がケルベロスを威嚇するように腕組みをして立っていた。
その洋風で端整な顔立ちは月下の今までの人生において間違いなくトップ3に入る美女だ。間違い無く、この世界のヒロイン。
――いや、待てよ。ヒロインにしては幼すぎる。一緒に歩いていると確実に兄妹と間違えられるレベルだぜ? 下手すれば誘拐犯として通報されちまうレベルだ!
月下の脳内には勝手に大人びた女性或いは年頃の美少女を想像していただけに、少し拍子抜けした部分があるのは否めない。
―…ザッ…リリィが迎えに参りました。早くセラミス総本家に帰りましょう。ビリアン女王陛下も御心配なされておりましたわ。
「母上は関係ない。それよりも、これ以上の戦闘を停止させるのだ!」
ステラの強い物言いに前のめりになっていたケルベロスが姿勢を正すように起き上がった。
―…ザッ…そうですわね。仮にもセラミス帝国・第2后妃のステラ・アインシュフォード様の御前で手荒な事は無礼に当たりますわね。
そう言いながら、ケルベロスは月下から視線を外す。
―…ザッ…でも、その前に。
月下が油断した隙にケルベロスは再び月下に視線を向ける。
「嘘!?」
無情にもケルベロスの目から赤い光線が月下に向けて放たれた。
月下は咄嗟に持っていた石を盾にするようにかざすが、こんな小さな石で全身を防げるわけが無い。恐らく、人間の本能がそうさせたのだろう。
「話が違うぞ。その少年も関係ないはずだ!」
ステラの怒りに満ちた怒号が月下の耳に届く――それが人生で聞いた最後の言葉になった…
―…ザッ…心配しなくても、その石は特別な石ですわ。こんな攻撃で砕け散るような代物ではありませんわ。まあ、黒いヘルメットさんは跡形も無く消え去ってしまいましたけど。
ケルベロスから聞こえる上品なリリィの声は相変わらず優雅で悠長だった。
⇔
突然に、いやマジで突然に、それも一瞬にして、その時は訪れてしまった。
――俺、死んだのか?
『ワシも死んだ事が無いから分からんが、どうも様子がおかしいぞ?』
アンジュと同様に月下自身も実際に死んだ事が無い。
だから死後の世界に何があるのか、明確な正解が分からない。
しかし相変わらずアンジュと交信が取れている辺りを考慮すると、死んだと受け入れるには些かの疑問が残る。
そしてアンジュが言った通り、確かに様子がおかしい。
気が付くと月下の全身が宇宙を漂うように無重力状態で浮いていた。
――死んだら誰もがこんな感じになる、と言われれば、それまでの話しなんだけど…
月下が何気なく周囲を見渡すと暗黒の中に無数の星みたいな輝きが見えた。
無重力と相まって、本当に宇宙を漂っているみたいな錯覚に陥りそうだった。
――死後の世界って宇宙なのか?
『じゃから、ワシも死んだ事が無いから分からん。じゃが夢の中で死んだら、普通は目を覚ますのが定番とばかり思っていたのじゃがな?』
――それもそうだ。漫画だったら、そろそろベッドから転げ落ちて、朝食の準備しないといけない時間だ。
『そうじゃ、漫画!あれは心底面白い書物じゃったのう。まだまだ面白い物がたくさんあったんじゃろうに』
――おいおい、過去形にするなよ。変なフラグが立つだろ! 自分の夢の中で死ぬなんて、死因は何だよ?
いつに無くシミジミと寂しそうな口調で話すアンジュの声に月下は焦りにも似た不安を抱き、必死で死んだ実感を受け入れないように努める。
しかし、いきなり宇宙に放り出されたような孤独が月下の不安に襲い掛かり、徐々に死に対する受け入れを始めようと促す
――まぁ、こればかりは自分ではどうしようも無い。
月下は半ば諦めの心境を迎えるとそのまま目をそっと閉じた――
――汝の名を述べよ
唐突に大人びた女性の声が聞こえた。またしても聞き覚えの無い女性の声だ。今日だけで聞き覚えの無い女性の声を何人聞いただろうか。
――何処から声がしているんだ?
月下は慌てて周囲を見渡すが、声全体がこの宇宙空間を反響して聞こえて来ている為に、どこから声が聞こえてきたのか全く検討が付かなかった。
なんとも不思議な現象に陥っている…まるで宇宙そのものに話し掛けられているみたいだ。
――汝の名を述べよ
再び、女性の問い掛けが聞こえてきた。
このまま無視するのは何だか申し訳ない気がするし、何よりも今は質問に答える以外の選択肢が無い。
「竜宮 月下です」
『アンジュじゃ』
果たして、アンジュの声が相手に聴こえているのかは分からないが、アンジュも好奇心で応えてみた。
それが不味かったのか、女性から何の返答も聞こえず、しばらくの沈黙が流れた。
――汝は1つの肉体に2つ魂持つ者か…
どうやらアンジュの声が聞こえていたらしく、戸惑っていた女性は勝手に納得した様子で呟いた。
――良いだろう。条件照合を開始………竜宮月下そしてアンジュ……認証を完了した。共に条件クリア。直ちに絶対氷結の使用を許可する。
女性の声が、勝手に何かを認証した。
――絶対氷結って何だ?
聞き覚えの無い単語だが、その響きから月下は勝手に氷に関するイメージを膨らませた……氷を自由に生成できて様々な形に造れたら…例えば、剣のような鋭利な形でどんな硬い物質も軽々と切り刻む――そんな魔法のようなイメージだ。
或いは物質自体を限界まで凍らせて粉々に砕く――実験でよく見る、氷点下三十℃で薔薇を凍らせると意図も簡単に粉々になるイメージだ。
しかしながら、声の主から絶対氷結に関する一切の説明はなかった。だから、今までのイメージは、あくまで月下が勝手にしたイメージに過ぎない。
――だが、何故だろう……月下の体内から、確信にも似た謎の力が沸々と沸いてきているのを感じる――それはまるで得体の知れない欲望が目に見えるように…
『どうやら、ワシらはまだ死んだ訳では無いようじゃのう』
「良かったな、アンジュ。まだ面白い漫画がたくさん読めそうだぜ」
⇔
―…ザッ…おかしいですわね。石は確か、その辺に落ちているはずですわ。しっかりと探しなさいな。
辺りはケルベロスの手下と思われる迷彩柄の軍服を来た男たちが必死になり、地面を這いつくばりながら石を探していた。
ステラとバイクの女性は軍服の男たちによって手錠で拘束されていた。
「探し物はコレかい?」
まるで死の淵から復活した気分だ。
月下はケルベロスの光線を浴びた、まさにその場所に立っていた。また丁寧な事に黒いヘルメットもグレイのスエットもそのままの状態だ。
―…ザッ…先ほどの黒いヘルメットさんですって!? どういう事ですの?
ケルベロスの声しか聞こえないが驚愕を隠しきれない様子は充分に伝わる程に焦っている口調だった。
「いいね~、そのベタな驚き方。それはもう死亡フラグ以外の何物でも無いぜ?」
自信に満ちた月下の表情を察したケルベロスが警戒するように一歩後退する。
―…ザッ…まさか、あの石の能力を取り込んだという事ですの!?
『ほぉ、その物言いじゃと、やはりあの石は本当に氷が使えるようじゃのう』
月下の周囲に居た先程まで石を探していた迷彩柄の軍人たちは既に銃を構えて臨戦態勢に入っていた。
そんな周囲の反応を見て月下は確信した。
――確定だな。恐らく念じれば自在に氷が生成される仕組みの今回も御都合設定だ!
月下は目を閉じて精神統一に入る……次に右手を握り締め、徐々に力を込める――すると手の中で何かが生じ蠢いている妙な感触が走る……この感じ、あの石の能力の――違和感は次第に具体的な物質を捉える。
「今だ!」
すると月下の右手には何でも貫くような氷の剣が現れる……イメージだったが。
「アレ!?」
実際に現れたのは手の平に治まる程の小型ナイフの形をした氷だった。
―…ザッ…オッホッホッホ! どうやら、本当にあの石を宿した様ですわね。しかし、あなた自身の器が脆弱なばかりに石の能力を存分に使いこなせていないみたいですわ!
高笑いをしたケルベロスが月下に視線を向ける。
―…ザッ…驚き損でしたわね。今度こそ、さようならですわ。
――これはマジでヤバいやつだ!
月下が再び跡形も無く消え去られそうになった時だった。
「お待たせしちゃったかな~」
またしても聞き覚えの無い…いや、少し聞き覚えのある女性の声が聞こえて来た。随分と特徴のある声質だ。
寝起きのような籠った声量に、かなりゆっくりとした緩い口調だ。
一度聞けば忘れる事が出来ないほど、とても癖の強い独特な声だ。
そんな女性と思われる姿は既に月下の目の前に現れていた。
――いつの間に!?
驚く月下を余所に、月下の周囲を取り囲んでいた軍人たちが一斉に倒れ込む。
――何があった!?
目にも留まらぬ速さとは正にこの事。
実際に女性がどんな攻撃をしたのか、或いは女性ではない誰かがやったのかさえ分からない。
――どうも、今の時点では敵では無いらしいけど……
しかし、それ以上に月下が驚かされたのは颯爽と現れた女性の格好だ。
顔には金色に輝く、ちょっとカッコいいピエロみたいなアンティーク調のデザインをした仮面を掛けていた。だから口元以外の素顔は窺えない。
金髪が肩に掛からない程度のショートヘア。白色を基調とした縦縞の黒いラインが入ったタイトな服が彼女の褐色肌と絶妙なボディーラインを際立たせる。
腕の部分はノースリーブで、脚の部分はホットパンツ程の短さをしたワンピースになっている。故に服というよりもワンピース型の水着に近かった。
――水着に仮面とか…新たなジャンルを生み出す超絶変態エロ・カッコいいぜ! 俺の新たな性癖属性が目覚めそうな予感だ。これって……伸び代ですよねー!
『ほんの数十秒前まで死に掛けていた奴が。その急激に上がるテンションは何とかならんのか!?』
呆れ気味に溜め息を吐くアンジュだったが、それよりも今はそんな下らない月下の性格など、どうでもよかった。
水着に近い服からは、すらりと伸びた長い手足が誰かを連想させる――クラスメイトの、誰かに似ている気がするんだけど。
月下は入学式の後で教室に戻り、自己紹介を行った光景を思い出すが、具体的に誰かまでは思い出せなかった。
――まぁ、身近な人間が具現化して他人のように現れる事は良くある夢だ。
そんな金仮面女はニヤリと笑みを浮かべるなり、月下の前から一瞬にして姿を消し――次の瞬間にはステラたちを捕えていた軍服の男の横まで移動していた。
「何者…グハッ」
あまりの速さに驚く間も無く軍服の男たちは一瞬にして倒れる。
次に金仮面女はステラたちを拘束していた太い鎖を両手で持つと豪快に引き千切った。
――なんて怪力だ!?
「助かった。お前がミアハだな、よく来てくれた」
「何とか間に合ったみたいだね~」
ミアハと呼ばれた金仮面の女は格好とは対照的に相変わらず穏やかな緩い口調だった。どうもキャラを作っている訳では無く、これが本当の地声らしい。
『ステラ様の言葉から察するに二人は知り合いのようじゃ』
――でも、ステラ様の言葉から察して二人は初対面みたいだぜ?
―…ザッ…まさか、あなたも能力者ですの?
「そうだね~そういう君は、セラミス総本部のお偉いさんかな~?」
―…ザッ…申し遅れましたわ。私はセラミス軍・技術開発局・局長のリリィ・フェアレディと申しますわ。出来れば、あなたのお名前もお聞かせ願えませんこと?
「私はミアハだよ。今はステラちゃんの用心棒って所かな~。それよりも戦闘する前にひとつ聞いておきたいんだけど~、その機械の中にリリィさんは居ないみたいだね~?」
―…ザッ…その通りですわ。私は今セラミス総本部から遠隔操作でこのケルベロス型を操縦していますのよ。
『ケルベロスという名前は正解じゃったんじゃのう』
今まで月下とアンジュの間で仮称として呼んでいたケルベロスが正式名称だった事にアンジュは少し驚く。
――それよりもあのミアハって人も能力者って言っていたけど、どういう意味なんだ?
気になる所が多過ぎて会話の内容が耳に入らない月下を置いてミアハとリリィの話しは進む。
「そうか~。だったら、この機械は粉々にしても問題ないね~」
そう言った直後にミアハは再び姿を消した。
――この尋常じゃない高速移動がミアハの能力なのか……いや、だから能力って何よ?
月下の困惑と疑問を余所に、ミアハは既にケルベロスの頭の上に乗っていた。
そしてケルベロスの頭からは既に白い煙が上がっている。
もはや、いつ、何処に、どんな攻撃を加えたのか、目で追うのを諦めてしまった月下は口を半開きにして事の終結を待つ事に専念しようと心に決めた。
――高速移動というよりも瞬間移動だ。マジシャンとしても充分に通用するぞ。
―…ザッ…やれるものなら… やってザッザッザ… ザーーーー
通信が途切れる時の様なノイズ音が響き渡る。
『恐らく遠い場所からモニターでこちらの状況を窺っていた様じゃが、あの台詞からしてミアハの姿を追えなかったのじゃろうな。
当然だろう。肉眼で追えない程の速い物体を生中継のカメラが捉える事など不可能だ。
何が起こったのか確認したければ、超高性能カメラでスロー再生する他ない。
リリィと名乗った女性は今頃、こちら側がどうなっているのかまだ理解出来ていないはずだ。
ミアハがケルベロスの頭から飛び降りると同時に、今までで一番大きな爆発が起こる。
それはケルベロスの真ん中の頭が派手に吹っ飛んだ事を意味する。そしてケルベロスはそのまま足から崩れ、最後には機体全体が爆発し原形が分からないほど粉々に散った。
なんとも呆気ない決着だ。
「いや~、本当はもっと早く着く予定だったんだけどね~」
緩い口調はそのままにミアハは少し汚れた服を軽く払いながら、何事も無かったかのように振る舞う。
――このミアハという女、かなり強い。
そう感じたのは月下だけでなくステラも同様だった。
「いや、本当に助かった。こうやって直接会うのは初めてだな」
「そうだね~、メールのやり取りだけだったから…」
事態が治まり、改めてお互いが軽く挨拶を交わすが、ステラの表情は未だに強張っていて緊張が解けないでいた。
それだけステラが想像していた以上にミアハの持つ能力が強力だったという事なのだろう。
そんな戸惑いにも似た緊張を保ち続けるステラに気付いたのか、ミアハは口元を必要以上に緩めて見せ、
「怖がらなくても大丈夫だよ~。いきなり獲って食おうなんて~、考えてないから~。こう見えても~、君たちと同じ~、人間だよ~」
無防備に両手を広げて見せた。
「いや、そういう訳では無いのだが…」
ステラは言い訳するように適切な言葉を探すが、それと言った良い言葉は見つからない。
そこから気不味い沈黙が訪れる。
―ピピピピ… ピピピピ… ピピピピ… ピピピピ…
沈黙を破るようにアラーム音が周囲に鳴り響く。
『何やら聞き覚えのあるアラーム音じゃのう』
――やっぱり、今回もそういうオチなのね。
耳障りに鳴り響くアラーム音。しかし、ミアハとステラは何のリアクションも見せず、ただ立ち尽くしているだけだった。
どうやら、二人にはこのアラーム音は聞こえていないようだ。
――あぁ…そろそろ時間だ。
月下は激しい目眩と共に徐々に意識をここでは無い何処かへと引き連れられる独特な感覚に陥る。
「どうした、少年!?」
始めに月下の異変に気が付いたのはステラだった。
その時には既に月下の身体の半分以上が消え去っていた。
徐々に薄れる月下の身体――最後に見たのはステラの驚く表情だった。
◆
―ピピピピ… ピピピピ… ピピピピ… ピピピピ… カチャ!
月下は手探りで、目覚まし時計のアラームボタンを押す。
――やっぱり夢だったか。
自室のベッドで目覚めた月下は大きな欠伸をしながら、ゆっくりと身体を起こした。




