十章以降
【ワカバと蒼のとリョクの会話】
「今夜は、美味しいご飯たくさん作るから。一緒に食べようね」
「あー……それは……」
「なんか予定あった?」
「いや、そうではなく、その物言いがだな……」
「?」
「これも人界育ちゆえか……ワカバは、我が一族の作法を本当に知らないのだな……」
「問題無い、これから我輩が逐一教えてゆくことゆえ(キリッ)」
※イヴァは基本、雄が行動を主導する一族なので、つがい持ちのイヴァの雌が他の雄に「食事を一緒にしよう」と誘うのはちょっと失礼にあたる(完全なこども扱いの意味になるから)
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【ラウスとフラウムの裏の会話】
※「ある私の顛末」読了後推奨
「フラウムは保健室講座、いつまで続けるつもりだ? そろそろやめたらどうだ」
「え~ヤぁよ。だってこれ趣味だし。あたしの数少ない愉しみなんだから、取り上げないでよ」
「……おぬし、五十年前から本当に変わらぬな。その歪みきった性根にはつくづく惚れ惚れとするよ、『マッドサイエンティスト』殿」
「アリガト、『血灰の女将軍』サマ」
短い裾より覗く美脚を組み、口の端を釣り上げて微笑む妖麗な美女。部屋のドアノブに引っ掛けられた彼女のステッキは先端に特殊な金属が埋め込んであり、見かけより重く丈夫な杖だ。そして内部にはよく切れる細身の刃が仕込んである。もちろん、「保健室講座」のために作られた特別製だ。
ラウスの言う「保健室講座」とは、口に出すのも憚られるフラウムの悪どい「趣味」である。組織が捕らえた要観察者、それが要尋問であったり少々性質に難がある男の場合、組織一生体への好奇心が高い科学者フラウムの独断と他幹部のなあなあな見逃しによって実行されることが多い。つまり、悪人への拷問兼生体実験である。
「この前の紛い物は堪え性無かったからつまんなかったのよね。それに比べ、今度のは本物の純エルフの検体! スッゴイ久しぶりだから楽しみ~」
「……」
「あ、ラウス、騎獣の彼が来る時はちゃんと止血しておくし、維持装置は繋げとくわ。屑野郎はともかく、彼の意識を壊すことはしないから心配しなくて大丈夫よ。毒は少なめに抑えとく」
「……そうか」
くるり、と手慰みにそれを回すフラウムの横顔はうきうきと楽しそうで、彼女自身の言葉が嘘でないことを物語る。しかも拷為を愉しむ自身が壊れていることを、ちゃんとわかってもいる。
ラウスは呆れた風に溜息をつき、こっそりと胸中で呟いた。
(そういう者ほど、真っ直ぐで堅物な相手に心惹かれるものなのだよ)と。
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【リュスとラリクスのその後】
※「ある私の顛末」読了後推奨
「師匠!オレ、師匠に訊きたいことがあるっす!!」
「(いつの間にか師匠呼び定着しやがって)……なんだ」」
「師匠はあるじ……じゃなかった、オレの育て親と同じで女嫌いなんすか? 人間みたくソッチの気ありなんすか? それとも不能なんすか!?」
「よし、今すぐ荷物をまとめて出て行け」
「あ、す、すいません。だって師匠、すげえ味気なくてつまんねえ、じゃなかった、とってもセイレンケッパクな生活してるから……」
「要はお前が遊びに行きたいだけだろう。前にも言ったが、自分で稼いだ金で高級娼館一の売れっ子を定期的に買えるようになれば好きに遊んで構わない。一般人に手を出すのはそれから後だ」
「……一番の商売女ってそこらのと違ってえっらい高いんすよ……声かけてくる素人玄人全員断れって言うし……師匠はオレを坊主にでもさせたいんすか……」
「嫌なら出ていけ。私は引き留めない。以前のように人間界隈で好き勝手暴れ、警察の厄介になるがいい」
「ッい、嫌です」
「なら順を守れ」
「はいっ」
新たな「親」の元で少しずつ忍耐を学びつつ、リュスは今日も地道に働き続ける。自分よりも腕力が無い男に大人しくついてまわりつつ、道中で言語の勉強をして、文字を習い、時々人助けや獣助け(困っている者を見るとリュスの師匠はリュスにどうにかするよう命令するのだ)をし、買い物をし、売り物をこさえ、世界の成り立ちや他者との関わりを学んで。以前の生活からすると考えられないほど戒律に縛られた不自由な毎日を送りつつ、なぜかリュスは逃げようと思わなかった。師匠はリュスに対し厳しかったが(さっさと自立しろという苛立たしげな空気も時折感じる)大変に物知りで、質問するリュスを無視することは決して無かったし面倒見も良かった。そして仕事をこなすごと、以前は感じなかった達成感や充足感というものも自覚出来るようになった。そういったものが空っぽだった心身を満たし、内側を少しずつ温めていったのだ。
ただ、同時に少しずつ感じ始めた視えない苦しみ。人間はじめ人型異種、知能ある霊獣などと接するたび、這い登ってくる不可思議な胸の痛み。その正体が解らずとも完全に自覚してしまったら更に苦しくなるような気がして、それを誤魔化す意味でもおバカな問いを師匠になげかけてみたのだ。
そうしたら。
「――私は女性に興味が無いわけではない。ただ、機会に恵まれず縁も無いだけだ。それに、理想とするひとが中々現れない」
そうしたら上記のような答えが返ってきた。まるでモテないことを認めたくないような、リュスからしたらぷっと吹き出したくなってしまうような、稚拙な答えが。
「……師匠って、」
「なんだ」
「師匠って、もしかしなくても童貞なんすね」
「よし、出てけ。そして二度と私の前に姿を現すな」
「じょ、ジョーダンっすよ!」
慌てて弁明しつつ(他者の機嫌を取るというのも最近知ったコミュニケーション方法だ)、リュスはこっそり胸の内側で笑う。そして、かつての自分であったら浮かばなかったであろう願いをひっそりと抱いた。
(師匠、幸せになるといいな)と。
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たぶんラリクスは、リュスとつるむようになってますますモテなくなったんだろうなと思います(※リュスはエセトと同じ顔立ちなので外見は超美形)