九章の裏側
ぐいっと髪を引かれて、ワカバは目をぱちくりさせた。痛くはないが、動けない。
「あーぅう」
何やら言葉にならない声を発しながら、小さな小さな手が若草色を引っ張っている。
「テス、」
離して。そう言うのは、はばかられた。小さな手の主が、つぶらな瞳とかわいい唇できゃっきゃっと笑っていたからである。
「テス」
それを眺めるに胸の奥がきゅんとなり、身を屈める。まだ慣れない人型の前足――手をそろそろと伸ばし、五本指の一本でその柔らかな頬に触れる。ぷに、とした感触にまた暖かな心地になった。
「テスは、これが好き?」
「あむ」
「そっか。好きなんだ」
わたしも好き。そう返して、ワカバは大切な存在に笑み返した。春の若草がまるで天然のベッドのように、茶髪の赤ん坊の周りにふんわり広がっている。濃褐色と若葉色は、どちらも柔らかな温度を感じる色合いだった。雪解けの恵みを湛えた大地、そこに芽吹く新緑のように。
それはとても幸せな、優しい光景だった。
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【九章三話のリョクとワカバの会話】
「周囲の森に溶け込むがごとき深緑、それが生まれてから初めて目にした色だった」
「わたしはね、橙色。それと……赤が混じって、後ろから光が差していて、なんていうのかな、炎みたいな」
「やはり母御の鬣の色が、最初に目につくのだな」
「うん。今思い出すとかなしいけど、やっぱり凄く綺麗だった」
「ワカバの母御は麗しい雌であった。残留思念で知る限りであるが、一族の基準からしても鬣に量と艶がありさぞや、……如何した」
「……お母様が褒められてるのは嬉しいんだけど、なんか……(ぶっすー)」
「?」
「なんでもない」
※一族の容貌基準が鬣だってことは知らないけどやっぱり本能的にはわかってて、リョクが他の雌を褒めると嫉妬するワカバ
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【アルとティリオの会話】
「……なんか俺ら、臭くね?」
「う~ん、煤臭いですよね。道理でさっきから周囲の人達がこちらを眺めてくるはずです」
「いや、それはティーさんの雰囲気が……」
「え?」
「なんでもねえよ。そんなことよりフロだ風呂! せっかく首都来たんだから銭湯入るぞ銭湯!! でもあんたとは一緒に入らんからな! 金も払わん! 別々で!!」
「はあ」
※ティリオは幻視で耳を小細工してから入ったらしい(エルフだと知られたら面倒だから)
「~♪」
「……ご機嫌ですねえ」
「なッべつに、そんなんじゃねえし。あと必要以上に近づくなよ、俺はあんたのこと肉親だなんて(略)」
「(後半無視)永い時間人界の歴史を見てきた自分にとっても、興味深い出来事です。天の霊獣同士が人界で出逢えるのも昨今稀だというのに、互いに適齢期且つつがいとして結ばれるとは、中々無いことかと。しかもどちらも騎者を見つけたイヴァが、ですからね」
「……まあ、確かに」
「騎獣は巧くやれたようなので、あとは騎者ですねえ。手土産など準備しなくて大丈夫ですか?(にやにや)」
「うッうっせーーーーよ! 黙っとけクソイケメン殴るぞオラぁああ!!」
「はいはい(※だいぶ慣れてきた)」
※この後花屋さんを覗いたけど持ち金が足りなかったので諦めた模様
「いやーそれにしてもあのリョクがね。ふ、ふふふふははは」
「嬉しそうですね」
「いーや? べっつに嬉しくなんかねえよ? 甘いモン以外に興味無かったあの天然タラシ童貞が女の子のケツ追い回してるってだけで愉快だとかヘタレ臭がするからこの先もこのネタでからかえるなあとか考えただけで、特に嬉しいとかそういうんじゃねえよ?ぐふふ」
「楽しそうですね」
「いや? 別に楽しくねえよ?(以下略)」
「……(この子は本当、素直だなー)」
※自分も恋愛面でヘタレだっていう事実は忘れたフリの騎者どの