五章の裏側
アルセイドくんのちょっとした独白(五章の裏側)
【似たもの祖父孫】
専門的な武術家ほどではないにしろ、じいさんに叩き込まれた身のこなしは常日ごろから俺に焼きついている。どんな瞬間においても身体は反応するよう、指の先端まで自由を失くすなんてことが無いように鍛えている。そんな俺だからこそ、リョクに海に落とされたあの時でさえ、大切なものは手放さなかった。
だが、あいつを見たとき。その瞳と出逢い――存在を認識した瞬間。末端組織までしなやかに通っていたはずの意識は瞬間的に失われ、俺は大切なものをあっさり手放した。命の次に大事だと思ってた家宝を、ものの見事にぶっ壊してしまったのだ。目の前に現れた只の女に、意識を強制的にもってかれた。
『はい。足元に転がってる、それです』
『あしもと?』
驚いた。何より、そんな有様が情けなくも惨めだとは全然思わなかった自分に。それより何よりこいつを護ることが出来るんだったら壊れた家宝なんざただの鈍器でいい、と判断しあっさり手渡した行動に自分でびっくりしていた。でも、そのすべてに違和感は見当たらなかった。こうするのが自然な流れだったから。
『心細いようならこれ握ってろ。鈍器にゃなるから』
『わ、わかった』
好みの顔、タイプな身体つき。それだけなら、過去にも沢山似たようなのに出逢ってたはずだったのに。ことがひと段落し比較的冷静になってる今でさえ、今の感情は言葉で説明し難い。いや、説明するものでもない。
こいつの存在を認識してしまってからは、自動的に身体が動くから。それこそ、じいさんに叩き込まれた武人としての心得のせいだ。考えるより行動で示せ、無言実行、どんな状況だろうと身体は反応させろといった「肉体言語」。それが真っ先に、こいつのためになろうとしている。それすなわち俺のためになることでもあり、じいさんに育てられた俺にとって、何よりはっきりとした心の叫びだった。
この気持ちを、一言でなんて表せない。表すものではない。
『もう何も言うな。言うよか欲しいモンはこっち』
俺はこいつに出逢って、馬鹿長い人生がそこでリセットされたのだ。磨耗しかけていた時間感覚、半分諦めかけていたこの先の未来、価値観だとか視点だとか。一気に転換して、己が新たな矢印の方角に動き出したのを感じとった。それは、俺という人間の新たなスタートでもあった。この歳になってまで、人生は転換し得る。人間、いつだって変われるもんだ。
(この女が俺の出発点であり、終着点だ。一緒になりたい。いや、なるんだ)
リョクが「つがい」と言ったのは、気恥ずかしいが、そういうことなんだろう。雌雄ある精霊族において共通する絆の名称がそれだから。
イヴァにとっての終生の伴侶。
エルフにとっての最後の妻。
……人間にとっては、ただ、生涯を共に過ごしたいと願う女性。
大袈裟な言い方になったが。結局俺はじいさんの孫であり、やっこさんの忠告通りになっちまったってことだろう。
『くれぐれも女に見惚れて取り落としたりなど、せぬことだ』
『な、そんなことあるわけねーだろッ。俺はスマートな男だもんね。そんなブザマな真似しないもんね』
『どうだろうな。……お前は、私の孫ゆえ』
うん、確かに俺はじいさんの孫だよ。本気惚れしたらとことんのめり込むところとか、モノにするためなら手段を選ばないところとか、本当に似てる。
ぜんぶ終わったらまとめて報告してやるよ。「どーだ俺のハニーだぜかわいーだろ」っていう自慢と一緒にな。
残念ながらヘタレ部分も似ているとはさすがに知らない孫