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Sparkle  作者: ふなはしけんた
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 コンビニでのバイトは毎晩あるわけではなく、2、3日続けて休みのときもあった。最初はそういうときこそ、ゆっくりとしようと思っていたのだが、「ゆっくりする」といっても現状ではただ部屋でゴロゴロしているだけになりそうだった。

 日々の生活に何か違う要素がほしい。今のところ活用できそうなツールは原付バイクくらい。ふと思いつく。実家に帰ったときの経験から、バイクで遠出をしてみようと考えたのだ。

 最初に頭に浮かんだ目的地は琵琶湖だった。遠出というレベルではなかったが、日本一大きいと言われる湖を確認してみようと思った。地図でしか見ていないその大きさをこの目で見てみよう。山を一つ越えた向こうだし、せっかくヒマも足もあるのだから。

 そう考えると、彼女のことを考えているときとはまた違った気分が沸いてきた。知らないところへ行くときの高揚感だ。それは旅行前の気分に似ていた。それに、滋賀に入るということは、彼女へも近づける。

 僕は早速地図を買ってきてルートを検討した。堀川五条から東へ、国道1号を走る。ただそれだけだ。ガソリンの消費量やエンジンの焼き付けなどの問題は実家に帰ったときの経験から問題なしと判断した。


 そして、本当に、走った。


 地図の上では簡単なルートだと思っていたが、実際に走ってみるとうまくいかなかった。山科の京都東インターチェンジのあたりで、国道1号を外れ、国道161号のバイパスのほうへまぎれこんでしまった。もっとも、それは帰ってきたあとで地図を確認してからわかったことだけれど。

 とにかく当初の予定では大津市浜大津に出る予定だったのが、そこよりも3キロほど北の柳ケ崎に着いてしまった。琵琶湖へは出られたので結局それでよかったのだが。


 その日はそれでまあ、よしとして、次回はさらに遠くへ行こうと考えた。キリのいい目的地に僕は琵琶湖大橋を選んだ。

 琵琶湖大橋へは東岸の国道1号からではなく、西岸の国道161号から入ることにした。国道1号から大橋までの距離が長く、途中で迷う可能性を考えたからだ。次の休みの日を僕は待った。

 僕はいつも午前11時ごろを出発の時間にしていた。迷ってもなんとか戻ってこれる自信は不思議にあったのだが、やはり日が暮れるのは怖かった。

 また、長時間走るといくら気温が高くても体が冷えてくるので、エンジンを冷やしがてら2時間に一度ほど止まって休むことにしていた。止まると同時に体の表面だけは暑くなっていく。芯のほうは冷えたままだ。あまり頻繁にこうしたことをやっていると体調が崩れそうなので僕は五時間を越えないようにルートを考えていた。そして、その時間はまた、おぼろげながらに浮かんできていた、最終目的地への往復時間だった。

 2回目のルートは銀閣寺の近くから山中越えを使って比叡の山を越え、国道161号に入る。そのまま北上して堅田から大橋に到達する。目印はびわ湖タワーだ。事前に地名を頭にたたき込んでいたおかげで迷うこともなく、すんなりと目的地へ到着した。

 湖にはヨットやウィンド・サーフィンの帆が風になびいている。北の方角を仰ぐとそのまま水平線になっていた。


 やっぱり、でかいなぁ。


 しかし、水の匂いはあまりよいものではなかった。この時期になるとお約束とばかりにプランクトンが異常発生する。そういえば、同じような匂いが水道の水からもしていた。

 琵琶湖大橋はこの湖の最狭部に架けられた橋で、有料道路になっている。そのフォルムは遠くから見ても美しい。なだらかな曲線が水面にその姿を映している。その形状は、東の方がアーチになっていて、船舶の通行ができるように設計されていた。琵琶湖はこの橋を境にして、北湖と南湖に分けられている。原付バイクの通行料は50円だった。

 有料道路ということもあるのだろうか、きれいに整備された道路だった。橋を抜け、そのまま東へ走ると9キロほどで国道1号に出た。そのまま南下し大津を抜けて元の山中越えで帰ることにした。つまり、僕は琵琶湖南湖を一周することになる。

 山中越えは京都盆地から直接近江盆地に入ることができる峠道だ。国道1号を使うと山科盆地を経由しなければならないので、その時間的ロスを勘案した。

 たくさんのヘアピンカーブときつい坂道。標高差のための肌寒さ。山中越えはそんな道路だ。このような道路なのでコーナーテクニックを磨きにきたライダーたちがたくさん走っている。ただ彼らは本当にバイクが好きな人たちで暴走族ではなかった。煽られたことは一度もなかった。

 道路を通じて一番高い場所に奥比叡ドライヴウェイの入り口があり、そこを通過して今度は下っていく。琵琶湖側へしばらく行くと展望台がある。僕はこの道路を使うたびにここに立ち寄るようになった。

 眼下には大津の町並み。しかし視界の圧倒的なシェアは、日本一の湖が占めていた。近江大橋から草津、守山のほうまでよく見えている。対岸の街の向こうには田畑が広がり、その中に島のように集落があった。

 空との境界は鈴鹿の山並みになっている。

 視線を左の方へふった。湖岸のラインが北のほうへ伸びている。その延長線上に目についた山があった。

 きれいな三角錐をしている。山体の全面には木が植わっていて、頂上はその木のために二つに割れているように見えた。


 あの山の向こうに彼女が住んでいる。


 次の、そして最終目的地を、僕は近江八幡市に決めた。


*******************

「Calling」


 10円玉でつながっているきみとぼくの心

 今夜はこのまま眠れそうにないから

 きみを迎えにいくよ


 夏の都会でひとりきり

 うつむいてばかりじゃだめじゃない

 きみがいるべきところを知ってる

 だまされたつもりでついておいで


 暑い心をさまして きみの瞳で

 このまま素敵なストーリー

 ふたりで作りたい


 過ぎ去った過去はもう

 何も生み出さないから

 最初にキスのルールから

 決めていこうよ それから


 10円玉でつながっているきみとぼくの心

 今夜はこのまま眠れそうにないから

 きみを迎えにいくよ


第十章解説


びわ湖タワー……国道161号と琵琶湖大橋取り付け道路の交差点あたりにあった遊園地。1965年に開業し、2001年廃業した。跡地はスーパーや家電量販店になっている。

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