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73話 特訓と若さ故の過ちとの再会

 スライダーオブスライダーが行われる祭りまで、残りあと一週間。

 その間ラピスは朝から日が沈むまで掟破り(ルールブレイカー)を乗りこなすための特訓を続けていた。センスの良い彼女は、瞬く前に基本的な操作をマスターしたが、勝つためにはそれ以上が必要だ。船体から振り落とされ水浸しになりながらも、やめることはせずひたすら明けてくれていた。

 そして、アインはと言えば――。


「足が下がっておるぞ! もっと高く、きびきびとあげぃ!」

「他人事だと……好き勝手に……」

「ぶつくさ言っておらんで走るんじゃよ! ほら、街を一周するにはまだ足りんぞ!」


 走っていた。街路を、自分の足で。

 いつもの外套も着ておらず、シャツとショートパンツの簡素な格好だ。両腕両足には黒いバンドが巻かれている。

 それを先導するのは、メガホンを手にしたツバキだ。走るとフードがめくれるのか、代わりに大きなキャスケット帽で耳を隠していた。


「ええい……!」


 額に流れる汗を腕で拭い、歯を食いしばって先導するツバキに追いすがる。ジョギングにしては大袈裟な彼女らを見て足を止める通行人もいたが、それを気にする余裕はない。

 手が重い。足が重い。頭が重い。血が熱い。筋が熱い。息が熱い――文句は幾らでも出て来るし、今すぐにも倒れてしまいたい。

 それでも彼女は足を止めない。突き動かすのは責任感と意地だ。

 ユウも、ツバキも、ラピスも――全員が自分の意志で戦うと決めた。なのに、自分だけそこから逃げ出す訳にはいかない。


「やる気が戻ったか! いいぞ、その調子じゃ!」


 ツバキが振り返りながら叫び、曲がり角に達する。


「ったぁ……」


 しかし、そのタイミングで角から姿を現した男に衝突し、尻餅をついてしまう。

 ツバキがぶつかったのは、派手なレザージャケットを着たモヒカンの男だった。モヒカンは尻餅をついた彼女を一瞥するとしゃがみこみ、


「悪いな嬢ちゃん。立てるか?」


 目線を合わせてそう訊ねた。


「ああ、問題無い。我の不注意じゃ」


 ツバキは立ち上がり、軽く頭を下げる。モヒカンは、気にするなと言って立ち去ろうとするが、


「お前は! テメェ、一体何を考えてやがる!」


 ツバキを追っていたアインの姿を認めると、声を荒げ彼女を睨みつける。

 やる気に水を差されたアインは、そのまま無視してしまうかと思ったが傍にツバキがいることを思い出し、やむなく足を止める。


「……なんですか」


 息を切らすアインはそう言うのが精一杯だった。相手がレコードブレイカーの一員なので、下手なことは出来ないという緊張感もあったが。

 しかし、そんな事情を知らないモヒカンは舐められていると勘違いしたのか、更に語気を強める。


「とぼけるんじゃねえよ! ボスの計画を邪魔しようとしやがって! やっぱりギルドの回し者だったんじゃねえか!」

「違う……」

「何がだよ! 証拠を見せやがれ!」


 証拠ってなんですかと言いたいアインだったが、出てきたのは吐息ばかりだった。体が酸素を求め、心臓がひっきりなしに音を鳴らしている。

 だが、どうしてここまで突っかかるのだろう。

 アインは上手く回らない頭で考えようとし、


「御主、足が震えておるぞ?」

「うるせえ! 銀髪には嫌な思い出があるんだよ!」


 ――ああ、ビビっているのを誤魔化そうとしているのか。

 その理由までは考えず、ただそれを利用しようという思考に至ったアインは、脳裏に浮かんだ言葉をそのまま口にする。


「……価値の無い有象無象が邪魔しないでください」


 ひりつくような冷たさを伴ったその言葉に、モヒカンが硬直する。予想通りの結果が出たことに安堵したアインは、その横を通り過ぎようとし――。


「あ、ああ……ああ……!」


 目を見開き、溢れる声を片手で抑え、もう一方の手でアインを突きつけるモヒカンの様子に思わず止まる。

 震えていた足は完全に崩れ落ち、見開かれた双眸は涙が溢れ続ける。尋常ではない様子に、ツバキだけでなくアインも困惑しきっていた。


「うわぁあああああ! 生きててすいませんでしたあああああああ!」


 通行人に囲まれる中、モヒカンは地面に額をこすりつけるように蹲り、喉を枯らさんばかりに叫びをあげるのだった。





「で、それは何が原因だったんだ?」


 食堂の一席、ツバキから昼の出来事を聞いたユウは、そう訊ねる。

 今日はラピスの練習に付き合っていたため、現場にはいなかったのだがそんなことになっていたとは。


「いやぁ、それがのう。御主と会うまでは随分とやんちゃしておったようでな?」


 ニヤニヤと笑みを浮かべるツバキは、隣で居心地悪そうに肩を丸めるアインを見やる。目の前に料理があるというのに、一口もつけていなかった。


「盗賊だの略奪団だの……そういう悪党を見つけては隠れ家に乗り込み、ちぎっては投げの大立ち回り。そしてズタズタになった連中に向かって言い残す」


 ツバキはそこで言葉を切り、キリッとした表情を作る。


「『……価値の無い有象無象が邪魔しないでください』。その決め台詞を聞いた悪党どもは、思い出しただけで震え上がってしまうというわけよ」

「そのモヒカンも被害者だったってわけか」

「自業自得じゃがな。まっ、今はレコードブレイカーで真面目に働いているらしいがの」


 ツバキの言う通り自業自得ではあるが、同情は禁じ得ない。『どうでもいい』と判定した相手に対しては、アインはまったく容赦しない。一体どんな目に遭わされたのやら。

 ユウがそんなことを考える横で、アインは慌てて手を振って否定する。


「決め台詞とかじゃありませんから! あの時そう言ったのは……苛立ちのあまり口から出てきたというか……」

「苛立ち? 何かされたのか?」

「え、ええと……私の前を通り過ぎて……」

「……それで?」

「……それだけです。ああ違うんです! ちゃんと悪党だと確認してから攻撃しました! 通り魔ではありません!」


 そういう問題だろうか。義憤でも報復でもなく『ガラが悪いやつが目の前を通った』というだけで攻撃するのは、通り魔と大差ないのでは。


 一体どういう心境であれば、そんな行動に至るのか。

 そう訊ねられたアインは、言葉をつまらせ視線を彷徨わせる。

 

「それは……その……」

「ラピスは部屋で寝ておる。気にせず言ってしまえばいいじゃろ」

「なっ、ラピスは関係――」


 さらっと言ったツバキの言葉に、アインはあからさまに動揺する。

 そんな彼女の目を見つめながらツバキは続ける。


「あるじゃろ。御主が語りたがらないのは、ラピスと別れて今日に至るまでの日々じゃ。違うかえ?」

「……」

「何を抱え込んでいるかは知らぬが、吐き出してしまえば大抵楽になるものじゃよ。ほら、ぐぐっと飲んだら言ってしまうがいい」


 ツバキはアインのグラスに蜂蜜酒を注ぎ、手に握らせる。

 アインはじっと水面を見つめていたが、意を決したようにグラスを傾け喉を鳴らして飲み干していく。

 一息で飲み終えたグラスを音を立ててテーブルに置くと、俯いていた顔を上げ、ぽつぽつと語り始める。


「……苛立ったのは悪党が原因じゃありません。どうしようもない自分に苛立っていたんです。……憧れの人の前から逃げ出してしまった自分に」

「……」


 彼女(ラピス)は、自分にとって眩しすぎた。

 何時かの日にアインが言っていたことだ。しかし、陽の光の中で生きていたものが、その暖かさを失って生きることは出来ない。必ず歪みとなって現れる。


「『これは相応しい人になるためだから』と言い訳を重ねながらの旅は苦しくて、せめて善いことをしようと盗賊退治みたいなことをして……」


 だけど。アインは苦しい胸元を握りしめる。


「結局は自己満足以上のものにはならなくて……。後悔と不甲斐なさの怒りから目をそらし続けていたんです……。それを外に向けても、決して消えないとわかっていたのに……」

「……そうか」


 彼女が如何にも悪党という連中を嫌っていたのは、それを思い出させるからだったのかもしれない。無論、それが全てでは無いだろうが。


「ユウさんと出会って……ラピスとも再会できて……忘れようとしていたんです。ああけど、ずっと心の何処かに引っ掛かっていたんですね……」

「アイン?」


 ぐらつき始めたアインの体をツバキが支え、椅子の背もたれに体を預けさせる。目は、今にも閉じてしまいそうだった。


「特訓で疲れたところに酒をいれたからのう。休むがいいぞ、部屋までなら運んでやろう」

「……ああ、そうだったんですね」

「ああ、そうじゃよ。我が運んでやる……ぬっ、アイン……もうちっと活をいれい……重くて敵わん……」


 ツバキの小さな背中に背負われたアインは、引きずられるように階段に運ばれていく。その最中、うわ言のように口から溢れる言葉があった。


「……エドガー……貴方も私と……」


 その声は、必死に階段を上がるツバキの唸り声に混ざり、誰の耳にも届くことはなかった。

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