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72話 チャンスは水のように零れ落ちる

「このハンドルを握れば魔力が循環し、船後部に取り付けられた水晶が水を吸引し放出。その反動で前進するでござる。出力調整は、ハンドルを捻ればいいござるよ。それに応じて魔力供給が調整されまする」


 街から10数キロ離れたところで、アインらはマシーナから掟破り(ルールブレイカー)の操作方法を教授してもらっていた。


「なるほど……」


 掟破り(ルールブレイカー)に跨るラピスは、シャツにショートパンツと水に濡れてもいいようにラフな格好だ。

 彼女が乗る船体を、ユウはしげしげと眺める。

 形は自身の世界にあった水上バイクとそう変わらない。数メートルの船体に、二人が座れる革張りのシート、塗装は済んでいないのか灰色の下地が吹き付けられているだけだ。


「速度はどれくらい出るんですか?」

「全速なら馬並みに。ただ、普段は安全のためセーフティを掛けてある故、そこまでは出せませぬな」

「ふむ……しかし、レースとなれば解除することも考える必要がありますね」

「ああ、解除は簡単でござるよ。魔力を込めてハンドル中央を叩けばいいでありますよ」

「……簡単に解除できてはセーフティの意味が無いのでは?」

「いざという時に手間取っても意味がありますまい」


 アインとマシーナが会話する横で、ラピスはやや緊張気味の表情でハンドルを握り、ゆっくりと捻っていく。直後、獣の唸り声のような音が船体から響き始める。


「う、動いた?」

「うむ、起動しましたな。ラピス殿、ゆっくりと速度を上げてくだされ」

「う、うん。やってみる」


 ラピスは深呼吸すると、正面を睨みレバーを捻り上げていく。唸り声の感覚が縮まっていき、後部から放出される水の量も増していく。

 人が歩く程度の速さだが、少しずつ前進していく船体にアインは感嘆の声を上げる。


「すごいですね……本当に動いています」

「そういう風に作りましたからなぁ。ラピス殿、曲がる時はハンドルを曲がりたい方に動かしてくだされ。思い切り曲がりたい時は体重も掛けるといいですぞ」

「わ、わかったわ」


 ぎこちない動作でラピスはハンドルを左に切る。それに合わせて船首も左に向く。

 今度は右に、先程よりもなめらかな動作でハンドルを切る。合わせて動く船首に彼女は目を輝かせた。


「おお、なんでかしら……。大したことはしてないのにすごく楽しいわ」

「そうであろうそうであろう! そう言ってもらえると作ったかいがあったというもの!」


 うんうんと満足気に頷くマシーナ。


「よし、じゃあ速度を上げて……」


 ラピスも動かし方がわかったお陰か、緊張の代わりに高揚感が目に浮かんでいた。歩く程度から走る程度に、そこからさらに速度を上げ、船は波紋を立てながら水面を切り裂いていく。


「止まりたい時は魔力供給を止めれば水の抵抗で勝手に止まるでござるよ!」


 マシーナの声に、ラピスは片手を振って答える。

 ある程度距離を取ったところで、ラピスはハンドルを左に切り大きく弧を描いてターンする。アイン達に近づいて来たところで速度を落とし、傍で停止した。


「なかなか筋がいいでござるなぁ。初めてとは思いませぬ」

「そう? 貴方にそう言って貰えると自信になるわね」


 感嘆の声をあげるマシーナに、ラピスは余裕の笑みで答え、


「なんというか……かっこよかったです、ラピス」

「ま、まあね。これくらいは出来ないと」


 アインの率直な褒め言葉には、軽く顔を背けて答える。わかりやすいなぁと微笑ましい目を送るユウに気がついたのか、彼女は咳払いをして言う。


「けど、まだ私たちは立ち上がって歩き出せたってだけ。勝つためにはまだまだ不十分よ」

「然り。一歩目を踏み出しても、二歩目を踏み出せるかはこれから次第といったところ。精進を続けなければいかぬでござろう」

「そうですね……ところで、私は何をすればいいのでしょうか?」

「何って……あんたは魔術の練習……っと、そうだったわ。ツバキがいないと無理か」


 失敗だったわね、とラピスは迂闊を嘆く。

 ツバキは一人別行動をとっていた。理由を尋ねると、やることがあるからと怪しく笑うだけで答えてはくれなかった。

 

「私だけだと勘頼りになってしまいますから、練習は後日ですね」

「うん? 何の話でござるか?」

「秘策よ。レースに優勝するためのね」

「ほう、それは如何様な策でござるか?」

「秘密……って言いたいけど、マシーナは協力してくれたしね。教えてあげる」


 悪戯っぽい笑みを浮かべたラピスは、その『秘策』をマシーナに告げる。

 それを聞いた彼女は、ううむと唸り考え込むように口に手を当てる。


「……なんと。そんなことが可能……いや、出来たとしてもそれで勝てるのでござるか?」

「……理論上はね。実際は――出たとこ勝負としか言えないけど、それでも勝てるって私は信じてる」


 ラピスの視線の先には、アインとユウがいる。彼女らに微笑いかけ、ラピスは言う。


「ほら、魔術の練習が出来ないなら、これの速さに慣れておきなさい。後半はあんたが担当だけど、それまでは乗ってるんだから」

「ええ、そうですね。私も、それには興味がありますし」


 アインが帆船に隣接する掟破り(ルールブレイカー)に乗り移ろうとすると、


「ああ、アイン殿。乗るならその剣は置いて、外套も脱いだ方がいいでござるよ。落水した時に危険でござるからな」


 マシーナに呼び止められる。


「そう、ですね。ありがとう、マシーナ」


 ぎこちなくお礼を言うと、アインは外套と上着を脱ぎ、シャツ1枚のラフな格好となる。


『ん……?』


 普段はきっちり着込んでいる彼女のラフな姿――というだけでは説明できない違和感を覚えるユウ。

 何がと言われると困るが、胸の部分が変なような……。 


「よっ……」


 ユウが答えを見つける前に、アインは彼をマシーナに預けると、恐る恐るラピスの後部に腰を下ろす。衝撃に船が揺らぐが、すぐに収まった。

 無事に乗れたことに安堵の息を零すアインだったが、何か探すように船体をきょろきょろ眺め始める。


「これ、後ろの人は何処を掴めばいいんですか?」

「ああ、前の人にしがみついてくだされ」

「わかりまし……」


 そこでアインの動きは止まる。前の人、というのはつまり――。


「……何よ、早くしなさい」


 ラピスはそっけない態度を装っているが、耳は日に晒され続けたように真っ赤になっていた。それにあてられたのか、アインも挙動不審に視線を彷徨わせる。


「どうされたアイン殿? 何か問題でもあったでござるか?」

「い、いえ何も!」

「なら良いでござるが、しっかりしがみつかないと振り落とされるかもしれない故、密着するくらいがちょうどいいでござるよー」

「みっ……は、はい、わかりました……」


 アインは深呼吸を数回行うと、ゆっくりとラピスの体の前に腕を回し、そして一気に体を密着させる。

 体を押し付けられたラピスは僅かに体を震わすが、何事もなかったように、


「……よし、じゃあ行くわよ」


 そう言って、ハンドルを捻ろうとし――捻ること無く、硬い動きで後ろを振り向く。


「ラピス?」


 その意図がわからないアインは首を傾げる。ラピスは彼女の耳元に何か囁く。


「ッ!?」


 直後、アインは自身の胸元に手をやる。顔が青くなったと思ったら、瞬時に真っ赤になり、胸を隠すように体を抱く。

 その様子に、ユウの脳裏に閃くものがあった。

 彼女は朝が弱く、いつも怠そうにしているが今日は特にひどかった。胡乱な表情で身支度を整えていたのだが、そんな調子では身に着けるべきものを忘れることもあり得るだろう。

 そう、それはブラ――。


「マシーナ! ユウさん――その剣をマントでぐるぐるまきにしてください!」

「はて、それは如何なる理由で?」

「乙女の恥じらいという理由です!」

「ふむ、よくわからぬが承知致した」


 何をする貴様らと叫びたいところだったが、そういうわけにもいかずユウはされるがままに簀巻にされていく。

 掟破り(ルールブレイカー)が遠ざかっていく音を聞きながら、もう少しじっくり見ておけば良かったという後悔の中、ユウの視界は闇に包まれた。

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