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59話 そうだ、デートしよう

 山の麓に位置する街、ヴァッサの朝は冷たく爽やかだ。朝靄が立ち込める中を運搬の小舟が行き来し、気が早い店は既に準備を始めている。


「だる……眠い……」


 そんな清涼な空気を開けた窓から吸い込むアインの姿は、墓場であればゾンビに間違えられたかもしれない。そのくらい生気がなく、気怠げだった。

 窓枠に倒れ込むように顎をつける彼女に、ベッドサイドに置かれたユウは言う。


「調子に乗って飲みすぎるからだよ。明日が辛くなるって言ったのに」

「明日より今日だったんですよ……少なくともあの時は。泣いて喜ぶシーナさんを見ていれば、そりゃあ飲むしかないじゃないですか」

「それはそうだけどさ。まあ、シーナもこれまで飲めなかった鬱憤が溜まってたんだろうな」

「でしょうね。大好きなのに触れられない……それはとても辛いでしょう」


 物憂げな表情で遠くを眺めるアイン。

 彼女にもそういうことがあったのだろうか。そう考えるユウだったが、


「ああ……私も辛い。朝ご飯は食べたいのに食欲が出ない……」


 無いなと考えを改める。こいつはもっとシンプルに生きる生き物だ。

 このままだと二度寝をしてしまいそうな彼女にユウは言う。

  

「とりあえず顔を洗って水を飲め。そうすれば少しは目が覚める。シーナを見送るために早く起きたんだろ?」

「そうです……その努力を無にしないためにも行動しなくては……」


 アインは大きな欠伸をするとふらふらとした足取りで洗面所に向かった。





 アインが身支度を整えて2階から1階に降りると、既にシーナ、ラピス、ツバキはロビーで待っていた。階段から降りてきたアインに気がついたラピスは、催促するように手を挙げる。


「すいません、準備に時間がかかって」

「ったく、案の定飲みすぎたのね。ほら、シーナが待ってるわよ」


 ラピスが顎で示した先には、ぼうっと天井を見上げるシーナがいた。物思いに耽ているような彼女に声を掛けると、慌てたように向き直る。


「すいませんアイン様。つい考え事をしていました」

「いえ、構いません。けど、何を考えていたのですか?」

「はい……その、アイン様が店に来た日から今日まで不思議なものだったと、回想しておりました」

「不思議、ですか?」

「はい。……正直に言いますと、酒造所が荒らされた時はもう駄目だと思いました。やはり自分では無理だったのかと」

「……その件は、言い訳のしようがありません」

「ああいえ、責めているわけではないのです。むしろ、今思えばそれが良かったのかもしれません」


 そう言ってシーナは胸元に手を置く。見えないが、その下にはアインが贈ったナイフが提げられているのだろう。


「その結果、アイン様は私に呪い(まじな)の短剣をくださり、お陰で私は酒が飲めるようになりました。そして、叶わないと思っていた夢を叶えることも出来ました」


 だから。シーナは微笑んで続ける。


「それで良かったのです。一番良い結末にたどり着くことが出来たのは、アイン様がいてくれたからです」

「……それは……ありがとう、ございます」


 目を逸らして小声で答えるアイン。一見すると素っ気ない態度の理由をわかっているのか、シーナは穏やかに微笑んだままだ。


「アイン様は、まだロッソに滞在するつもりですか?」

「はい。そのつもりです」

「でしたら、いつでも店に来てください。図々しいかもしれませんが……これからも友人として縁を紡いでいきたいのです」

「ええっと……はい、こちらこそ……よろしくお願いします」


 差し出された手に恐る恐る自らの手を重ねるアイン。緊張気味ではあったが、新しい友人が出来た嬉しさからか口角が上がっていた。


『んっ?』


 ふと視線を感じた。自分ではなく、そのすぐ上に向けられたその視線の出発点は、


「……」


 傍に立つラピスからだった。腕を組み若干目尻に力が入った彼女は、じっとアインを見つめていた。

 怒っている――とは少し違う。その視線には焦りが滲んでいるように思えた。しかし、何故?

 その理由まではわからず、ユウはラピスの隣に立つツバキに視線を移す。彼女は眠そうに目を擦っていたが、一瞬目が合った――ような気がした。こちらに目はないのだから、そんなことがわかるはずないのだが、


「……くくっ」


 ツバキは小さくおかしそうに笑うと、アインを見つめるラピスを見やり、再びユウに視線を向ける。

 見ていて飽きないな?

 それはそう言っているように思えた。





 シーナを見送り、朝食を食べ終えたアインは部屋に戻るとすぐさまベッドに飛び込み寝息を立てる。しばらくここに滞在し観光する予定なのだが、全員が昨日の宴会で疲れているため、今日は昼から活動しようということになったのだ。

 そのすぐ横に置かれたユウは、彼女が起きるまでぼんやりとその寝顔を見て時間を過ごす。昼寝する猫を眺めているようで落ち着くのだ。

 そうしている内にユウの意識も落ちかけ、視界が暗くなりかけた時、ドアがノックされる。続いて声が掛けられた。


「私よ、アイン。入ってもいいかしら」


 ドア越しでくぐもっているが、ラピスの声に違いない。未だ眠り続けるアインに代わり、ユウは答える。


「アインは眠ってるが、それでもいいなら」


 そう答えると、すぐにドアが開いた。


「はぁ……食べてすぐ二度寝とはね。太らない人は気軽でいいわね」


 安らかな寝息を立てるアインを見て呆れ気味にラピスは言う。


「そういう前に寝ちゃってな。何か用か?」

「ん、まあね。けど、その前に」


 ラピスはつかつかとベッドに近づくと、


「ほら、起きなさいアイン! 二度寝なんて暇な時にするものよ!」


 アインの両肩を掴み前後に大きく揺する。ボブルヘッドのようにぐらぐらと頭が揺れ、閉じていた瞳が徐々に開かれる。5割くらい開いた所でやっと眼の前にいる人物がわかったのか、気の抜けた声を出す。


「……あれ、ラピス。どうしました?」

「どうしました? じゃないわよ。昼から出かけるって言ったでしょ」


 ラピスが指差した時計は11時半を過ぎていた。随分と寝入ってしまったようだ。


「もうそんな時間……わかりました、準備します。ツバキはどうしました?」

「……一人で回るって言っていたわ」


 少し間を空けて答えるラピス。そうですかとアインは言ってユウに手を伸ばすが、その手をラピスに掴まれる。


「……どうしました?」

「ユウには悪いけど、今日は二人で回るわよ」

「二人……私とラピスですか?」

「そうよ。何か問題ある?」


 ラピスは、何処か素っ気ない早口で言うと落ち着かない様子で腕を組む。


「いえ……私は、構いませんが……」


 アインはちらりとユウを見やる。貴方の意見は? とその目は言っていた。

 ユウとしては、別行動に異論はない。ただ、その理由は気になった。朝から妙な様子だったのも気にかかる。


「俺はいいけど。デートには邪魔だろうしな」


 茶化すように言ったユウの言葉は本気ではなく、否定されることを前提としたものだった。そこから理由を聞き出そうというつもりだったのだが、


「……そうよ」


 ラピスは一瞬言葉をつまらせながらも、はっきりと肯定した。

 これにはユウだけでなくアインも思わず言葉を失ってしまい、本当にそう言ったのかと疑問の目を向けてしまう。ジョークがわからない性格ではないが、それならもっと『ジョークに乗ってやった』という反応をするはずだ。なのに、真面目な顔で答えるということは――。


「ほら、いいから行くわよ」


 その視線を振り払うように、ラピスはアインの手を引っ張り強引に部屋に外まで引っ張っていく。混乱が収まらないアインは、目を白黒させるので精一杯でされるがままだった。

 ユウも何と言ったらいいのかわからず彼女らをただ見続け――ドアが閉まる音で我に返る。


「……マジか」


 やっと出てきた言葉は、面白みのない一言だった。

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