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55話 反撃への第一歩

 小鳥がさえずっているのが聞こえる。

 メルヘンチックな少女であれば爽やかな目覚ましと喜んだかもしれないが、今ベッドで眠っているアインは煩い鳥だとしか思わなかった。


「ぐぅ……」


 頭痛と窓から溢れる朝日から逃れるようにアインは固く目を閉じ寝返りを打つ。


「うん……?」


 布団よりも固い、しかし温かくて程よい柔らかさをした何かにぶつかる。それを閉じた視界の中で形を確かめるように撫で回しながら、記憶を辿っていく。

 頭痛がするのは酒を飲んだからで……誰と飲んだのだろう。いや……この形は人……そうだツバキと飲んでそのまま寝てしまったのだろう。

 出した結論に僅かな違和感も覚えつつも、寝ぼけた頭はそれ以上の思考を放棄する。


「ねむ……」


 アインは呟くと、ツバキの尻尾に手を伸ばす。ふかふかの尻尾を撫でながら二度寝する気だったが、その手は空を切る。


「んん……?」


 尻尾があるはずの周辺を撫でたり軽く叩いてみるが、それらしきものは無い。目で確認しようかとも思ったが、怠さがそれを上回ったため闇の中で尻尾を探し続ける。


「……っん」


 艶やかな声が耳に届く。そこで気がつくべきだったのだが、酒で弛みきった脳ではそれは叶わない。

 尻尾が無いなら耳で我慢しようとアインは背中から辿り、手を頭に到達させる。

 さらさらした髪の手触りが心地よいが、狐耳の感触は無い。でもまあ、気持ちいいから別にいいかと彼女は頭を撫で続ける。

 そのまま意識が沈みかけたところに、


「……あの、アイン様」


 おずおずとした囁き声が聞こえた。落ち着いた女性が恥じらいを隠しながら発したようなそれに、アインはやっと違和感を覚えていく。


「あれ……」


 ツバキはもっと子どもっぽい声だったし、そもそも彼女の髪は背中に届くほど長い。じゃあ、ここに寝ているのは――。

 嫌な予感を覚えつつ、アインはゆっくりと目蓋を開いていく。ぼやけた視界がだんだんと鮮明になり、そこに映っていたものは、


「……その、どう応えればいいのかわからないので……困ってしまいます」


 赤い顔で申し訳なさそうに目を伏せるシーナだった。

 それを認識したアインは、次にどうして彼女が横にいるのか考えるが思い出せない。そして自分が彼女に何をしたのか思い出し、


「はぉ!?」


 一般的にマズイことをしたことに思い至り、奇声をあげて飛び退くと、


「って、いったぁ!?」


 ベッドから落下し、強かに背中を打ち付けた。




 シーナが酒を飲めるようになったことに祝杯をあげ、そのままベッドに二人で眠ってしまい――そして迎えた朝。

 二人の間には蜂蜜のように重い空気が流れていた。


「その……すいませんでした……寝ぼけていたんです……」


 シーナが買ってきたパンをちびちび齧りながらアインは言う。フードを深く被り、世界の底を覗くように俯く彼女に、対面して座るシーナは、


「いえ、驚いただけですので……」


 俯いてこそいないが、見ていると思い出してしまうのか視線を彷徨わせていた。気まずい空気に、アインは八つ当たりするようにユウを叩く。


『どうして起こしてくれなかったんですか……』

『俺だって寝てたんだ。しょうがないだろ』


 しれっと答えるユウだが、実のところ最初から起きていたし全て目撃していた。尻を撫でられたシーナが弱々しく抵抗をするところも、それを知らないアインが撫で続けていたところも。

 止めなかったのは、建前は止めるタイミングを逃したため。本音を言うなら小さく喘ぐシーナを眺めていたかったためである。

 勿論そんなことを言えば窓から投げ捨てられかねないので、ユウは話題を変えて追求から逃れる。


『それよりもこれからについて考えた方がいいだろ。また妨害を仕掛けてくるかもしれない』

『それはまぁ、そうなんですが……何か誤魔化されたような気が……』


 アインはブツブツと不満げだったが、正しいとは思ったのかそれ以上言うことはなかった。彼女は食べていたパンを口に放り、一気に飲み込む。そして、フードを取ってシーナと顔を見合わせる。

 正直気まずいが、いつまでもこのままではいけない。声が震えないように気をつけながらアインは言う。


「シーナさん、体調は大丈夫ですか?」

「はい、とても。アイン様のお陰です」


 シーナはそう言って胸元に下げられたナイフを示す。焚き火のような光は失われていない。


「では、酒造りをすることに問題は無くなったと考えます。残る問題は、グインのみです」

「……ええ。酒造りを再開すればまた妨害を仕掛けてくるでしょう」


 昨日のことを思い出したのか顔を曇らせるシーナ。

 またアインが監視を行うと言っても、コンテスト当日までは一週間以上ある。たとえツバキを加えても昼夜を監視し続けるのはあまりにも厳しい。


「ですので、今日からシーナさんは魔術協会に向かってください。彼処ならグインも手出しはしづらいでしょうし、工房を借りれば酒造りも出来るでしょう」

「魔術協会……ですか」


 シーナは不安げに目を伏せる。

 だいぶオープンなものとなった魔術協会だが、一般人からすると怪しい集団と思われても致し方ない。そもそも顔見知りが一人もいない環境だ、不安になる気持ちはアインにもよくわかる。

 だから、その解消のさせ方も知っていた。


「大丈夫です。私の友人もいますし、必ず力になってくれます。私も毎日顔を出すので、何かあれば言ってください」


 かつてはラピスが自分にしてくれたことを口にする。少しは彼女のように成れただろうか。

 アインをじっと見ていたシーナは、


「……わかりました。アイン様の気持ちに必ず答えてみせます」


 そう言って胸元のナイフをぎゅっと握りしめる。その顔に不安は無く、ただ目的地に突き進もうという情熱が滾っていた。

 アインは頷き、残る紅茶を飲み干すと立ち上がる。


「馬車を手配しておきます。それから魔術協会まで護衛し、その後私はグインらの動きを探ります」

「はい、アイン様もお気をつけて」

「ありがとうございます。シーナさんも気をつけて」


 祈るように両手を合わせるシーナに見送られながら、アインは事務所から運搬所に向かった。

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