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第5話 その1

天に向かって聳え立つ朱塗りの御殿。川を渡り切ると唐突に目の前に現れた、東京タワーの半分近くの高さはあろうかというソレは、エクサ級の衝撃をわたしの心に叩き込んで来やがりました。くっ、このわたしが簡単に動揺するとは……。これは、お父さんという概念を初めて知った時以来かも知れないのです。


普通は生殖に男という存在が必要なのだという事を知った時の衝撃は計り知れません。保育園で仲の良かったミカちゃんに『将来はわたしの子を産むのです!』なんて宣言していたわたしは一体何なのでしょうか。わたしがそう言うたびに引き攣ったような笑いを浮かべていた弥生先生の心情が、今となってはよく理解出来ます。でも悪いとは思いません、なぜなら『家庭環境が特殊なものでして』。


にしても、わたしは一体どのようにして生み出されたのでしょう……。もしかして、それがこの小説において重要なファクターだったりするのでしょうか。


「ほら、何をボーっとしておる。早く中に入るぞ」

「……煩いのです。わたしはただ、初めて見る壮麗な光景に思わず惚けてしまう一観光客の演技を遂行しているだけなのです」

「無理をするな、お主。膝が震えておるぞ」

「ぐぬぬ」


……ママはこんな場所にあんなお気楽モードで入って行っているのですよね。悔しいですが、ここはわたしの中でママの株を少しだけ上げなければならないようです。


大体、前日比+0.3%位でしょうか。


わたしはリヒテンシュタインさんの後を追って、建物の中に入って行きました。その途端に身体に絡みついてきた荘厳な雰囲気に少しだけ背を丸めつつ、過剰なまでに細かな細工が施された巨大な回廊を歩いてゆきます。


「というか、川を渡るまでは全く見えていませんでしたのに、何で川を渡る瞬間いきなり可視化しやがったのですか、この建物は」

「川沿いにずっと認識阻害の結界が張ってあるからじゃろ」

「何故、そのような事を?」

「そりゃあお主、間違えて三途の川の岸辺まで彷徨い出た生霊がうっかりえんま御殿を見て『あそこに行きたい!』なんて思ってしまったら大変じゃからの」

「なるほど」


好奇心は霊も殺すのですね。


「ところで、何故『えんま』をわざわざ平仮名表記にしたのです?」

「……語感が『さんま御殿』にそっくりじゃろ?」

「生霊踊るさんま御殿、ですか」

「楽しそうじゃの」

「天使のおねーさんがわたしをちやほやしてくれたらもっと楽しいのですが」

「まだ言うか、お主……」

「わたしは諦めが悪い半人半霊なのです」

「そういえばあったの、そんな設定」


なんて適当に言葉を投げ合いながら回廊を進んでゆくと、行く手に巨大な人の列が。白装束を着た様々な人間がズラーっと並んでいる光景はなかなか奇妙で壮観でした。そんな連中がどうやら落ち着かない様子でもぞもぞしている光景に気味の悪さを感じてしまうのは当然というものでしょう。何でもメジェド化させればいいという訳ではないのです。


「……なんなのです、あいつら」

「裁判待ちの亡者達じゃの」

「……何か、メチャクチャな数が居そうなのですけれど」

「最近どんどん亡者の数が増えておるからのう。それでも死者を裁くのは閻魔様だけじゃから、対応がぜんぜん追いついとらんのじゃよ」

「人口爆発に追いついていないとは、地獄も遅れているのですね」

「儂も閻魔様が未だに一人しか居らんのは問題だと思うんじゃが、なにせ保守派な輩ばかりじゃからのう。鬼達の寿命は数百年じゃし、変革を恐れるのも仕方ないのじゃろう」

「鬼にも寿命はあるのですね……」

「あいつらも一応生物じゃからの」

「なら、天使はどうなのですか?」

「あぁ、天使か? 天使はまぁ、単なる職業だしの。天使の任期は50年で、25年毎に半数ずつが改選される形じゃ。選挙期間になると死者の中から希望者が立候補し、民の支持を得た者が当選する。ちなみに、天使選に於いては小選挙区制が採用されておるの」

「み、身もふたもない……」


わたしの中の天使像がガラガラと崩れる音がします。


これが、オトナになるって事なのでしょうか。


回廊は螺旋を描きながら上へ上へと登ってゆきます。何でこんな日本というより中国様式みたいな建物の内部が螺旋構造になっているのか不思議ですが、まぁ天国への階段ってこういうイメージですしねぇと勝手に納得しておきました。地獄に行く人間も多数居るのでしょうけれど。

やたらと長い回廊にうんざりしかけていた頃、漸くベンガラ色に塗られた巨大な扉に辿り着きました。その扉には金色に塗られた緻密な細工が施されていて、なんとなく首里城みたいです。一キロ程続いていた亡者の列もこの扉の前で途切れていて、多分この奥が死者を裁く間なんだろうなって。そう思うと、ちょっとだけ身が竦んだ気がしなくもないです。


「ここが地獄裁判所じゃの」

「まんまですね」

「別にネーミングを捻る必要もないじゃろ」

「でも、裁判を控えた亡者たちの緊張を解す為にも、思わずクスッと笑えるようなポイントは必要だと思うのです。ほら、見るのです、あそこの亡者を。噛む爪が無くなったのか、凄い形相で右手の指を噛んでいるのですよ」

「まぁ、これから自分の運命が決められてしまうのかと思えば、そうなるのも仕方ないのじゃろうな。というか、そんな状態でネーミング程度で笑えるような心境になるとは思えんのじゃが」

「ならば天使のおねーさんを」

「まだ言うか、もうええわ」

「どうも、ありがとうごさいました」

「勝手にストーリーを締めるな。ほら、入るぞ」

「えっ、割り込みして大丈夫なのですか?」

「別に数千人分待たされとるんじゃから、儂らがちょっと入った所で大して変わらんじゃろ」

「一番前の亡者さん、今にも私たちを殴り殺さんばかりの目でこっちを睨んでますけれど」

「大丈夫じゃ、問題ない」

「……」


思わず真顔になったわたしを横目に、リヒテンシュタインさんが扉についた輪っかに向かって手を伸ばすと、巨大な扉はギギギ……と耳触りな音を立てて独りでに開きました。まぁこんなご老体がこんなに重そうな扉を開けるのは不可能なんでしょうけれど。わたしは勝手にリヒテンシュタインさんがいきなり異常な量の筋肉を権限させて『さ、3の扉まで開いた、だと……?』みたいな展開を期待したのですけれど、現実にそれを認めるのは野暮というものなのでしょうか。


……充分な非現実にいる気もするのですけれど、今。


扉の先に広がっていたのは、提灯で照らされた寝殿造(適当)の大広間でした。両側が段状に高くなっていて、スーツを着込んだ鬼たちが偉そうに座っています。そしてドアの丁度反対側に玉座のように豪華な座椅子が置かれていて、如何にも美容師の方にお任せしましたみたいな髪型をしたメガネの男性がダルそうに頬杖をついていました。その男は私たちの姿を認めると、「やー」と気抜けた声を上げながら、ベトベターみたいに緩慢な動作で右手を上に。


「お久しぶりです、リヒテンシュタインさん。その子が新たなネクロマンサー候補ですか?」

「そうじゃの」

「それで且つ、あのアンタッチャブルの実の娘?」

「そうじゃの」


ほっほっほ、と笑うリヒテンシュタインさんを尻目に、男は頭を掻き毟りながら、はぁーーっと長い長い溜め息を吐きました。


「……アンタッチャブルって何なのです?」

「お主の死んどる方のお母さんの事じゃよ」

「……何でアンタッチャブルなんてアレな呼称で呼ばれているのです?」

「儂に聞かれても」

「それはですね、あの人がどうしようもない問題人物だからですよ。死後の世界から追放されてしまう程に、ね」


わたしがリヒテンシュタインさんと話していると、突然閻魔様だと思われる男が話に割り込んできて、そんなよくわからない事をのたまいました。


「……追放? 死後の世界からです?」

「もうあの人の扱いにはほとほと手を焼きましてね。たまたまあの人と関わった美千代さん(注:主人公の生きてる方の母親)に押し付けて全部丸投げする事にしたのです。美千代さんには申し訳ない事をしたとは思いますが、人一人の犠牲であの人をどうこうできるなら安いものですよ」

「一体何をしたというのですか、わたしのママは……」

「詳しく気になる方は、どうぞ同一シリーズの他の小説をお読み下さい」

「露骨なステマ、本当にありがとうございました。というか、その口ぶりで言うと、わたしのお母さん……生きてる方のお母さんって立派な被害者なのでは」

「ここでは僕が法ですので。にしても、まさか美千代さんがあそこまで毒されてしまうとは……」

「毒された、です?」

「ええ。ちょっと捻くれてはいましたけど、純真ないい子でしたよ。最初はあの子もアンタッチャブルのキャラにドン引きしてましたし、語尾は『〜なのだ』でしたし」

「お、お母さんが……?」


そ、それは毒されたというか、元の人格が消されて他人の魂に身体を乗っ取られたみたいなレベルなのでは……。ネクロマンサーやら閻魔やらファンタジックな要素が犇めく中浮かんだそんな妄想は、考えれば考えるほど現実味を増してきて。


……り、倫理的に割とシャレにならないレベルなのですよ、これ。でも、わたしが知ってるお母さんはいまのぶっ壊れたお母さんだけですし、むむむ……。


わたしが唸っている様子を見て察したのか、閻魔様は口の端をちょっとだけ緩めながら言いました。


「心配しないで下さい、あなたが懸念しているであろう事実は存在しませんよ」

「そ、そうなのですか」

「ただ、人間というものはとても儚いものなのですよ……。何かの原因で別人のように変貌してしまう事など大して珍しい事でもないですよ、ええ」

「何を悟ったような目をしてやがるですか。というか、お母さんにママを押し付けてママを脳内お花畑にした元凶はお前ではないですか」

「あ、あははは……」

「……まぁ、わたしは今の壊れたお母さんしか知らないので別に恨む気もないのですが。取り敢えず、お前の事はこれからクソガリ鬼畜メガネと呼ぶ事にするです」

「あ、悪化してる……!」


クソガリ鬼畜メガネはそう言って頭を抱えました。どう考えても自業自得という他ないのですが。


自分の責任は自分で果たすのが大人というものなのです。まぁ、わたしは子供なのでそんなものは他の大人に押し付けてやりますけど。


子供の責任も自分が果たすのが大人というものなのです、えっへん。


「それにしても、わたしもいつかパートナーの霊に毒されてしまうのでしょうか……」

「お主は充分に毒されとるじゃろ」

「そこ、黙ってるです」


わたしは悪くないのです。周りが普通過ぎるだけなのです。


「で、お主に頼んでおいた佳代のパートナーとなる霊についてじゃが」

「日本とフランス語と英語が話せる、その子と同年代の女の子でしたよね? 取り敢えず、向こうの部屋に候補を何人か集めています。その中から、佳代ちゃんに気に入った子を選んで貰う形になります」

「ほう」


つまり、よりどりみどり、という訳なのですね。


「……お主、何か良からぬ事を考えてそうじゃの」

「失礼な。わたしはただ、この後の出来事について想像を巡らせているだけなのですよ」

「ほう? それは一体どんな想像じゃろうなあ?」

「お年を召されたご婦人方には到底実現不可能な想像なのです」

「……お主、ちょっと表に出ろ」

「お二人とも、そんな呑気に遊ばないで下さい。僕は忙しいんですから、さっさと要件を終わらせますよ」


辟易した様子の閻魔様に連れられ、わたし達は奥の部屋へと入っていきまきた。


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