表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

第2話 その2

……で、何の話でしたっけ。


「まぁ、態々ネクロマンサーにならずとも、生まれつき霊感の強い者や、霊力を行使できる輩もおるがの……。然し近年、慢性的なネクロマンサー不足で、この世を彷徨う幽霊の処理が追いついておらんのじゃ。ネクロマンサーにはの、幽霊達を集め、死後の世界へと送還する大事な役割があるのじゃが……。このご時世、魔術など単なるファンタジーとしか思われなくなってしまっての。全く人が集まらんのじゃ。そこでお主には将来、儂らの死後に、事業を引き継いで欲しいのじゃよ」


と、リヒテンシュタインさんは締め括りました。


ふむふむ。つまり、わたしにネクロマンサーになって、追いつかない幽霊達の処理を手伝ってくれという事なのですな。ネクロマンサーというより、死神に近い仕事のようです。然し、私には一つ、どうしても分からない事があるのですよ。


「……で、アンタはどうして、佳代の事を知ってる訳?」


つまりは、そういう事なのです。日本から遥かに離れたスイスという場所に住んでいて、然も一度もわたし達と接触した事のない真っ赤な他人。なのにどうして、わたしの事を知っているのでしょうか? 最近の情報社会は物騒ですから、どこかにわたしに関する漏洩した情報が掲載されていて、この婆さんはそれを調べ出したって事なのでしょうか。やだ、それってストーカーじゃないですか、スカポンタン。


「あぁ、それはじゃな、エンマ様から聞いたのじゃよ」


「「えっ」」


お母さんとママの声が重なった。然し、エンマ様ですか……。一体誰なのでしょうね、エンマ様って。


「あ、あんのクソガリメガネ……。まぁた余計な事しやがって……」


「ちょっとブッ飛ばして来ますわね」


「いってらー」


そして、ママはいなくなった。


「……あれ? ママは何処に消えたのです?」


「あの世よ、あの世。エンマの野郎がいる地獄裁判所」


「……えっ? エンマさんって、あの閻魔さんです?」


「そーそー。あ、別にそんなに恐縮しなくていいよ? 赤い顔したいかついおっさんの鬼のイメージが強いかも知れないけれど、実際のあいつ、ただのクソガリゾンビメガネだから」


「ゾ、ゾンビメガネ……?」


……余り深く考えない方がよさそうです。閻魔さんはエンマさん、その認識だけでいいのですよ。さぁ、現実をありのままに受け入れるのです。


なんて、非現実の産物であるわたしが言っても、説得力なんて皆無ですよね。まぁ、今あなたが見ている世界が本当に現実かなんて、そんなこと、誰にも分からないのですけど……。ただ一つ言えるのは、わたしは決してジャイアント馬場なんかにはなれないし、小説特有のご都合主義を以てしても、わたしは永遠に異性愛者にさせられることはないだろうって事です。なぜなら、それがわたしの確定未来。わたしにとっての、現実なのですから。


だからあなたは安心して、目の前の仮想現実に溺れてくれればいいのです。


「にしても、リヒテンシュタインさんまでもが、エンマさんと面識があるのですか」


「そうじゃの。ネクロマンサーという職業柄、冥界の住人と関わる事も多いからの……」


「幽霊を集めて冥界に送るのが仕事でしたよね?」


「そうじゃ。もっと詳しく言うと、この世に残った幽霊――要するに、死者から切り離された魂の欠片が、それぞれが持った性質に応じて半ば具現化し、ある現象としてこの世を彷徨っているものじゃな――の断片を掻き集め、先に冥界に送られた本体の死者にその断片を還す事なのじゃが」


「えっ……?」


あれれ、なんだか話が急にややこしくなってしまったようです。


「お主らが普段言う幽霊というものはな、大抵、死者と呼ぶには不完全な、死者の強い残留思念が遺って漂っているに過ぎないものなのじゃ。死者と呼ぶのは、例えばお主の死んでおる方の母親のように、自我が完璧に近い形で残って、自分の意思で行動出来るもののことを言う。そんな死者は、まずあの世にしかおらぬ。たまに、冥界から迷い込んでくる死者もおるのじゃが……。死者たちは、現世に迷い込んでしまったとき、長時間彼らの体を保つことができない。現世に満ちる霊力が、来世のそれに比べて明らかに希薄だからの。そういった迷子達を冥界へと送り届けるのも、儂らの仕事じゃな。お主の死んでおる方の母親は、ちと例外じゃがの……。そんな、この世に残された残留思念、要するに幽霊たちを集めて、本来の持ち主である死者に返還する。それが、儂らネクロマンサーの主な仕事なのじゃよ。死者の魂が完全でないと、死後の裁判で裁く事が出来んからの」


「あぁ、前に、ママが似たような事を話していましたね」


「はい、先生、質問です!」


突然、お母さんが右手を高く挙げながら、そんな台詞を吐きました。


「ど、どうしたのじゃ、何か質問か?」


「私たち、その残留思念とやらを、エネルギー源として相当量使い潰してしまったっぽいけど、それってどうなるの?」


「なんてことをしてくれとるのじゃ、お主は……」


リヒテンシュタインさんはそれを聞くと、蹲って頭を抱えてしまいました。黒いローブに包まれた太めの体躯が綺麗に纏まって、まるでビッグライトで拡大された肉食獣の糞みたいです。


「エネルギーとして消化された残留思念(=幽霊)はもはや復元出来ぬ……。あぁ、エンマ様に何と申し開きをすればよいのじゃ……」


「ただいま戻りましたわ」


折しも、ママがあの世から戻って来たようです。


そんなに気軽に往復できるものなのでしょうか、この世とあの世って……。


「おかえり〜。ちゃんととっちめてやった?」


「バッチリですわ!」


そう言って掲げられた右手の拳には、誰かの血がべったりと付着しておりましたとさ。誰の血かって? ……わざわざ言及する必要ってあります? つまりは、そういうことなのです。


「……何だかお主らを見ておると、悩むのが馬鹿らしくなってくるのぉ」


巨大な糞はむくむくと起き上がり、とうとう人の形をとったかと思うと、あろうことか喋り出したのです。まさに怪異。喋る糞とか、迷惑以外の何物でもありません。飼い主の皆さん。ペットの糞は、自分でちゃんと処理しましょうね?


「で、結局どうするのじゃ? お主。儂らの学園に来ると決めてくれたかの?」


あ、そういえば、そういう話でしたっけ。


さっきとニュアンスが幾分違うようですけど。


さりげなーく学園への転入へと誘導しようとしているあたり、やり口が完全に詐欺師のそれです。


「今すぐに決めろというのは、流石に無理があると思うのですよ。今のわたしは、通りすがりの怪しい魔女に突然儂の弟子にならないかふぇっふぇっふぇと勧誘された村人Fのような心境なのです。こんなに憐れな少女を無理矢理連れ出そうとするなんて、あなたの前世は奴隷商人か何かだったのです?」


「何故そうなるのじゃ……」


再び糞状態に戻ったリヒテンシュタインさんの肩を、お母さんがぽんと叩きました。


「心配しなくてもいいよー? おばあさん。佳代はちゃんと、あんたの学園に送り届けてあげるからね」


「佳代には、友霊のパートナーを見つけてもらわねばなりませんから」


「お、おお、そうか! それは有難いの!」


……あれ、わたしがボーッとしている間に、わたしの身売りが確定した気が。


「では、五日後にまた迎えに来るからの。それまでに、ちゃんと準備しておくのじゃぞ。学園で必要なものはこちらで準備しておくからの。そうじゃなぁ……。着替えが沢山あれば充分じゃろう。あとは、お主がどうしても持って行きたいものなどがあるならば、持ってくれば良い。それでは、さらば!」


そう言って、リヒテンシュタインさんは、何処からか取り出した箒に跨って、空高く舞い上がって行ったのでした……なんてことはなく、ごく普通に玄関先まで歩いて行き、待たせていたらしいタクシーで、あっという間に去って行きました。残されたわたしは暫くの間、ボーッとしておりましたけれど、やがてハッと我に帰ると、ニヨニヨしていた両親を詰ります。


「何で勝手にわたしを売り渡したりしたのです?! わたしの家はそれほど貧乏ではありませんでしょう?! ママとかいうチート装備を使って、金をガッポリ騙し取っているのですから……。はっ……!! まさか、わたしが身売りされた先でいいように弄ばれる様を想像して興奮しているクチですか?! この、鬼ぃ!! 変態!! 鬼畜!! 男湯の底に沈んでしまえ!!!」


「いつにも増して、台詞が支離滅裂でしてよ……」


ママが、呆れたように言った。


「ですから、何で勝手に学園ネクロマンサーなんていう怪しい学校への転校を決めてしまうのですかって」


「そりゃあ、決まってんじゃん? だって、」


「「娘が私達の跡を継ぐのが、嬉しくない訳がないじゃん(ではありませんの)!!」」


「えっ、わたし、あの探偵業を継がなくちゃならないです……?」


「そ、そんなに嫌がらなくても……。でも、そういうことじゃなくて、佳代に可愛い友霊のパートナーが出来るってことだよ!」


「佳代のことだから、きっと可愛いお嫁さんを連れて来るのでしょうね……。

あぁ、楽しみですわ!」


……。


…………。


「なんでそうなるのです?!」


「えっ、違うの?」


お母さんは、きょとんとした顔をしました。いや、そんな顔されたらわたしの方が間違っているのかと思ってしまうではありませんか。でも多分、そんな事はない……ですよね? でも、もしそれが本当なら、リヒテンシュタインさんにも霊妻が……? わたしの脳裏に、リヒテンシュタインさんが、老婆の幽霊とイチャイチャしている情景が浮かんで来ました。


……おえっ。


「か、佳代ちゃん?! 大丈夫ですの?!」


「だ、大丈夫なのです……。ちょっと、脳を危険物質に蝕まれただけなのです」


「危険物質て……」


わたしとしては、何とも的確な表現だと思うのですが。


「ネクロマンサーのパートナーって別に、伴侶のことではないと思うのですが……あくまで、相棒ですよ、相棒」


「……そう、私と彼女は、単に仕事上のパートナーというだけの関係。だけど、私が彼女に近づく度に。彼女の笑顔を見る度に、私の心は、真綿みたいに締め付けられる。私と彼女は、同じ性。しかも、生と死という、どうしようもない壁で隔てられている。でも、もう、私は今の関係では満足できない! 彼女と、もっと深い関係になりたい。もっと、強い絆が欲しい。そんな気持ちが、抑え切れそうになくて……。あぁ、私、どうすればいいの?!」


「黙ればいいと思いますよ」


「もう、つれない人ですわね、佳代ちゃんは!」


ママはそう言って拗ねるけれど、娘を変な道に引きずり込もうとするあんたの方がよっぽどおかしいのですよ。


「あ、そういえば。リヒテンシュタインさんが、さっきママが神の領域に片足を突っ込んでいるとか何とか言っていたのですけど。あれって、どういう意味なのですか?」


わたしがふと思い出して、ママにそんな質問をすると、


「あぁ、多分、私がエンマの管理下に居ない事を言いたかったのではないかと」


なんてことを、事も無げに述べやがりました。


「……どういうことです?」


「えーと、死者っていうのは全て、エンマか天の神のどちらかの管理下に置かれていますの。地獄ならエンマ、天国なら天の神の所属になりますわね。けれど、私は例外として、そのどちらにも属してはいないのですわ。私は地獄から独立したニュータウンの代表、まぁいわば、エンマと神に継ぐ第三勢力のトップ、という訳ですわね。その為、他の死者達とはちょっと存在の格が違うのですわ」


「よく分かんないけど、兎に角凄いって事だけは分かりましたです」


「それだけ分かっていれば充分ですわ♪」


……さいですか。


「さ。行くと決まったなら、早く準備しなくちゃね!」


なんてはしゃぐお母さんを尻目に、わたしの心は鬱屈で重くなって、わたしの身体を内側から押しつぶしてしまいそうでした。何かよく分からないけど、理解もしたくないけど、わたしはめでたく、学園ネクロマンサーという奇異な学園(?)に売り渡されることが確定したようです。


……考えるのも怠いので、もう寝ますね。


おやすみなさい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ