第1話
今から四日ほど、連続投稿……?
忘れてなければw
わたしの両親は、二人とも女性です。
なんて言うと、大抵の人間に変な顔をされてしまうのですが。
そんな顔をしないで欲しいのです、わたしだって、望んでこんな家庭に産まれてきたわけじゃないのですよ!
そう心のなかで叫んでも、わたしはどうせ共犯者扱いされるだけです。
もうずっと前に、そんな葛藤は棄てました。
トイレの中に吐き出して、水で流してバイバイしました。
今頃はきっと、日本海のどこかを漂っていることでしょう……。
でも、例えどんなに理不尽な事実でも、事実は事実なのです。いっそ、開き直って誇っちゃえばいい。
わたしの両親は、二人とも女性です!
そのうち片方は、幽霊なのですが。
いや、厳密にいえば幽霊ではないらしいですけれど、私もよく分からないので、ここでは幽霊として紹介しておきましょう。
いずれにせよ、普通に『お母さん』と呼ぶと二人とも反応するので、わたしは生きている方をお母さん、そして死んでいる方をママと、呼び分ける事にしています。
とまあ、こんなトチ狂った家庭で育ったわたしが、ふつうの女の子に育つはずがなく。
なぜか人間トラウマ製造器なんてエキセントリックな呼称で呼ばれ畏怖されているわたしに、友達なんていうファンタジックなシロモノが作れる筈はなく。
要するに、わたしは俗にいう『ぼっち』というやつなのです。
でも、例えどんなに理不尽な事実でも、事実は事実なのです。いっそ、開き直って誇っちゃえばいい。
わたしは俗にいう『ぼっち』というやつなのです!
……偉そうに言うことではありませんね、これ。
なーんて。
ロクでもないモノローグを連ねているうちに、くぐもったはらぺこチャイムがキンコーンと悲しげに啼いて、本日の学校生活の終わりを告げました。最近朝の自習時間に遅れるやつが多いから注意しろー、といういつもの決まり文句を並べて悦に浸っていた担任教師(四十代男性。徐々に広がりつつある額の肌色領域をよく自虐しては一人で笑っている、どこにでもいる量産型普通人間)は、その音にハッと我に返ったような顔をして、続きはまたあした―なんて、きっと明日には今日話した内容も忘れて、また最初から今日と同じような文句が繰り返されるのでしょうけど。でもいいのです。寛大な異端者であるわたしは、例え定型化された生活を繰り返すしか能のない量産型普通人間であったとしても、優しく迎え入れてあげるのです。なぜなら、それが普通ってやつなのですから。普通とは何か、という論議はよく目にしますけど、わたしは、『普通』っていう概念は、ほぼ『無個性』と同義だと思うのです。わざわざ自分の個性を封印して異質な誰かと馴れ合って、それって何が楽しいのでしょう。
わたしには、理解できない領域の話です。
マンネリ化した終礼が終わると、学校とかいう社地区大量生産プランターから解放されたわたしは、HR終了後わずか三秒で教室を踏破すると、階段を十五段飛びで掛け降り、そのままダッシュで校門を駆け抜けました。えーっと、今日の記録は、三十四・二秒と。昨日より〇・〇七秒遅いですね、もっと精進が必要なようです。まぁ、教室から正門までの道のりは大体三百メートルくらいありますし、一般的な中二女子としては、遜色ない記録だとは思うのですけれど。なんて、自分に言い訳を重ねながら帰宅、鞄をそこらへんにぽーんと放り投げて、ソファーに鎮座したリラックマにダイブ。とあるツテで仕入れた酢酸ペンチル(要するに、リンゴの匂いの主成分です)を染み込ませたリラックマは、すりすりすると非常にいい匂いがします。まぁ、このいい匂いのするリラックマには、一つだけ欠点があるのですけれど。
わたしはリラックマの背中のポケットに仕込んでいたガーナチョコを引っ張り出します。いや、食べ物の匂いを嗅いでいると、否応なしにお腹が空いてしまうのですよ。これは仕方ないです、そうですこれは人間として当然の生理現象、というか寧ろこうならない人間は生きていると呼べるのでしょうか?
然し、おかしいですねぇ。未開封だった筈のガーナチョコの箱が、然しやたらと軽い気がするのです。不審に思って箱を裏返すと、そこにあった光景はつまり、どう見ても開封済の、あのパカってやるフタが、セロハンテープによって綺麗に繋ぎ止められているという瞠目すべきものでした。わたしはフニャーッと緩んでいた表情筋を引き締め、それからセロハンテープをぺりっと剥ぎ取りますと、中からは、二つ折りになった小さな紙片が発掘されたのです。
わたしはその紙切れを開けようか開けまいかと数秒程逡巡した後、そのまま捨てるのも何だかなぁと思って、その紙切れを開きました。
そこには、こんなことが書かれていました。
『この中身は頂いた。返して欲しければ、長屋町のコンビニに、百八円を持って来るがよい。そうすれば、汝は再びこの中身を得られるであろう。報酬は、百八円だ。怪盗M&M』
要するに、新しいのを自分で買えという事なのですね……。お母さんもママも、こんな遠回りの事をするからフォーエバーガキコンビ、略してエハガキなんて呼ばれるのです、わたし限定で。(ちなみに、怪盗M&Mは、Mother&Mom――つまりはうちのお母さんとママのことですが――の略です。断じて、アメリカ発の某チョコレートメーカーのことではありません)あの二人は、こんな演出を非常によく好むのです。失くしたと思った教科書が、なぜかバラシュートに括りつけられて空から降ってきたり、夕飯の味噌汁になぜなのか麻痺薬が入っていて、『この特効薬は唾液に含まれる酵素と反応させないと効果を発揮しない』という大義名分のもと、実の母親とのフレンチ・キスを味わうことになったり。全く、そんな三文芝居に付き合わされるわたしの身にもなって欲しいのです。まるで魂がガリガリと削られているかのような気分なのですよ。
はぁ、折角十時間程の時を越えて、愛しのリラックマと再会出来たのに、また外出ですか、迷惑千万この上なしです。仕方ないので、私は台所にあった黒い鞭で背中にリラックマを縛り付けて、コンビニとかいう魔境に繰り出す事にしました。油断してはなりません、コンビニは、四六時中監視カメラやら店員やらによって監視されている魔境なのですよ。え? それを言うなら、大抵の場所が魔境にはっちゃうじゃないかって? そうですね。私にとって、家の外は全て魔境なのです。家の中こそが、唯一の安息の地なのですよ!
ビバ、ニート生活!
と、誰に言うでもなく呟いた私は、一抹の虚無感を感じつつも、ドンキで買ったビーサンに足を突っ込んで、玄関のドアを開きました。すると、ドア横の郵便ボックスに、見慣れない封筒が入っているのを発見したのです。そりゃあ新しく来る郵便物が見慣れないものであるのは当たり前ですけれど、その封筒は他のものとは一線を画すような、おかしな特徴があったのです。
その封筒は、ぬらぬらと光る緑の革的な何かで作られていたのです。
どんなドッキリですか、どんなスプラッターですか、それともただの嫌がらせですか。でもそんな事微塵も気にしない鉄の心臓で鉄面皮な私は、無表情でその封筒を掴みました。緑の封筒は粘液こそ付着していないものの、やたらとぬめぬめした手触りで、触れているだけで人を鬱にさせるスグレモノでした。けれども、わたしにそんなものが通用するとお思いで? まぁ、その封筒の存在が不快であることに変わりはないので、わたしは家に入って台所に立つと、ガスコンロで封筒を燃やしました。こんな時に、うちがまだ電気コンロじゃなくて良かったなぁって思うのです。
ビバ、アナログ!
そうしてわたしが再び家の外に出ると、郵便ボックスにはまた、新しい郵便物が入っているようでした。誰かが来た様子はなかったのになぁと、流石に不審に思って覗いてみると、中にはぬらぬらと光る灰色の革的な何かで作られた封筒が。なんとなくナメクジっぽい感じがして、不快度はさっきの封筒よりも体感五割増しです。さすがのわたしも、これに参りました。早く燃やしたいところなのですが、これを破棄すると、また新たな、そしてさらに気持ち悪い封筒が送られてきそうで、棄てようにも棄てられません。
然しいったい、だれがこんな嫌がらせを? だって、わたしがあの緑色のぬらぬらした封筒を燃やしたのは今からほんの数十秒前なのですし、その間に、家の外に置かれた赤外線センサーが反応する事も無かったのです。てことは、この灰色でぬらぬらした封筒を入れたのは、赤外線に反応しない何者かであるとしか考えられません。しかし、赤外線はすべての物質から、微弱ながらも放出されているものだと、このセンサーを取り付けたおじさんが言っていた気がします。と、いうことは……。これは、ママの仕業?
いやいや、ママならこんなにまどろっこしいマネはしないと思うのです。加えて、ママは人間の女以外の動物全般が嫌いなのですし。……動物全般が嫌いだという性格は、普通の人間ならば生きていくのに難があり過ぎる所ですが、ママは既に死んでいるので問題はありません。そもそも、死んでいる癖にいっぱしの人間らしい暮らし満喫しているのが問題だろうとか言われたら、これが御都合主義なのですとでも言ってやるに限ります。
モブ連中が、主人公補正に勝てる訳がないのです。
話が御都合主義に流されてしまいましたが、要するに、このぬらぬらの封筒×2を投函したのは誰なのかっていう話だったと、わたしの優秀なる頭脳は記憶しています。ママが候補から外れるとしたら、ママ以外の幽霊の仕業だと考えるのが妥当であることは自明です。しかしわたしは、ママ以外に自我を持った幽霊に会ったことがありません。幽霊なんて、大抵の人が知覚できないだけで、そこらじゅうにたくさんふよふよしている訳なのですが。然し、それらのほとんどが、自我と呼べるものは有していません。理由はよく分からないですけれど、ママ曰く、
『幽霊は死者の魂から生まれるという説は本当ですけれど、死者の魂と幽霊はイコールではありませんの。言うなれば、幽霊は死者が現世に置き忘れた忘れ物なのですわ』
という事らしいのです。詳しく説明しますと、臨終の際に死者が思った無念とか、死者が生前愛用していた将棋盤とか、そういったものに死者の魂の一部が引きずられて、現世に残ってしまうそうです。そして、それがあちこちをひとりでに彷徨うようになったものを、通常幽霊と呼ぶとのことでした。
『じゃあ、何でママには自我があるの?』
幼き日のわたしがそう尋ねると、
『わたくしは厳密にいえば幽霊ではなく、ただの死者ですもの』
なんて言って、笑っていましたけど。
まぁつまり、幽霊には自我がないのです。
そんな自我がなく漂うだけの幽霊に、郵便受けに封筒を投函するなんて器用なマネができる訳がありません。では、一体誰がこの封筒を投函したのでしょうか。と、ここまで考えてから、そんなこと封筒を開けてみれば分かるじゃないか、と遅まきながらも気づいたので、わたしは仕方なく、左手で封筒を掴むと、ぬらぬらの封筒の表面に右人差し指の爪を当てて、ちょっとだけ力を込めて引っ掻きました。すると、封筒のぬらぬらした革が綺麗に裂けて、中からピンク色の便箋が出てきました。それを開いて見てみると、そこには、こんな文面が書かれていたのです。
『拝啓 若竹佳代様
あなたは、我が学園ネクロマンサーへの入学が認められました。明日の午前七時頃、担当の者がそちらへ参ります。詳しい説明は、彼女から聞いて下さい。尚、学園で物資はこちらで用意しますので、あなたはどうしても必要なものだけ携帯して、あとはこちらに任せて頂ければ結構です。では、あなたのお越しを、心よりお待ちしております。
敬具』
「なんじゃこりゃああああああああああああ!!!」
わたしは、堪らず絶叫しました。