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7.転出直前

 そして、とうとうウエノ家の当主であるロッシュが王都に呼び出され、ウエノ家に連なる面々が移転する日がやって来た。


(ついてくる軍勢が7800名。領民も付いてくるって言ってたが、その辺は次の領主に文句をつけられる可能性が非常に高いため、一緒に行くことは許さないと言っておいたが……馬鹿が、ウチの馬鹿兄が後でならいいのか? とか公共の場で言いやがってぇ……!)


 まぁ移転について色々思うところはあるが、フミヤは今日も元気にしていた。現在、彼はロッシュの護衛兼お供として王都に戻ってきている。少し前は領地安寧と政略結婚の両方を進める必要があったが、今の時点では後者についてはめどが立っているため、領地安寧を目指すことでその条件を達成し、後者も成し遂げようとしている。


(はぁ~……にしても、まさかあのナタリアが俺と結婚してもいいなんて言うとは……びっくりだ。本当に。信じられん……小さい頃はお転婆さんだったけど今や凄い人気者だしなぁ……絶対俺なんか眼中にないと思ってたんだが。いや、まぁ絶対に成功しないけど仮に成功したらっていうリップサービスでもし成功したとしても別人に押し付ける可能性も高いけど……やっぱり何かなぁ……)


 第三騎士団トップで国中の男の憧れ……とまでは言い過ぎかもしれないが、少なくとも貴族サロンでは彼女の将来の相手は幾度となく話題に上がっていた。フミヤは過去に多少知り合っていたくらいで、基本的にはメディシス家の使用人としてそこにいたので大きくなってからは彼女と話す機会は殆どなく、極々稀に公爵家に挨拶に来て別室に移動して話をしたくらいか。


(あの時は気まずかったなぁ……ウチの家にいながら当家の人間抜きで話をするなんて何を企んでるのか分からないって目でネフィリスシア様が物凄い追及して来たし。ナタリアからは口止めされてるし。)


 そんな過去のことをフミヤが思い出していると部屋の外に気配が近づき、ノックをしてきた。相手が既に誰だかわかっているためフミヤは気軽に応じ、中に彼を入れる。


「フミヤ、悪いがもう行くぞ。」

「まだ少し早い気がするけど……何かあるの?」


 入って来たのは今日の主役。かっちりと礼服に身を包み、貴婦人たちから黄色い歓声を浴びそうな鋭い美貌を持つ兄、ロッシュ。そんな彼だが来るのは少し早い気が……とフミヤが返すと何故だか頭痛がするようなポーズをとって告げた。


「フミヤ、お前も伯爵叙勲式典に出ることになった……釖持としてな……」

「……は? 何それ、聞いてないんだけど。」

「俺だってさっき知ったさ……中央貴族の腐れどもが恥をかかせたいとさ。この点、フーシェを連れてこなくて大正解だ。フミヤ、頼んだぞ。」

「嘘ぉ……嫌なんだけど……」


 拒否権などあるわけがない。幸か不幸か、フミヤが参加するのは主役であるロッシュの後ろで釖持としての参加だ。ロッシュはフミヤに刀を持たせて入城させるなど自殺願望でもあるのだろうかと思ったが、彼らがウエノ家で恐れているのはロッシュのみでフミヤの実力を知る者などいやしない。


「嫌だと言っても決まったことだ。さっさと着付けされに行くぞ。」

「へーい……」


 尤も、基本的には平和主義な彼らは特段暴れることもせずに粛々と上の意向を受け入れて準備に取り掛かった。







「……そろそろ、私の未来の旦那様が入城か……」

「……ナタリア王女殿下。私どもはまだその話に納得いっておりません。事故を起こすべきだと……」


 王城。ウエノ家の人間たちが入城するのを待ち構える軍勢の中に件の彼女はいた。小声で計略について呟きつつ彼女の麾下にある精鋭たちを連れ、その先頭で笑っていると後ろの部下から声がかけられる。内容は呟きに対する不服だ。


「……事故、か……レナート。もし彼我の力量差も分からないなら私は少々自らの指導力不足について君の父上に謝罪しに行かなければならない。」

「そういう問題ではありません。ナタリア様にはもっと相応しい相手がいらっしゃるというのに……」

「……それは例えば、君か?」

「なぁっ……お、お戯れを……」


 冗談だと笑って話を流すナタリア。無論、彼女は部下に対する恋愛感情など持ち合わせてはいない。彼女が生まれて21年。恋をしたのは今まで2回。そしてその内一つが今の今まで続いていた相手への想い。


(あ~……あたしも拗らせてるなぁ。妥協すればそれなりに幸せだったろうに……尤も、現実に色々と叶いそうだから結果オーライだけどね。)


 これまでの見合いに想い人以上に魅力的な人物はたくさんいた。だが、受け入れようとする前に彼女の脳裏に過ったのはフミヤの姿。ずっとフリーだという話は聞いていたので「もしかしたら」を期待して乙女の如く待っていたのだ。


(ふふっ……15年も前の約束だからなぁ。ずっと相手がいなかったから「もしかしたら」とは期待してたものの絶対覚えてないだろうって思ってたし、実際覚えてなかったみたいだけど……まぁ無意識でも約束守ったからいいよ。)


 締まりのない笑顔を浮かべてしまうナタリア。少々思い出に浸ろう……そう思ったところで喇叭の音が鳴り響き、式典が開始したことを告げる。そうなるとナタリアの方も切り替えて軍人として彼らを待つ。


(あー……格好いい。)


 凛々しく入場し、中央貴族たちのいやらしいプレッシャーを跳ね除けて堂々と当主についていくフミヤを見て内心で将来設計図を思い浮かべるナタリア。当然、その内心を顔に出すことは一切なくこちらも凛とした表情で特段誰かに注目しているとは思えないように自然に振舞った。


(結婚するとなったら降嫁かなぁ? いや、当主がいるのに私が入ってフミヤの地位が上がると色々揉めるかな。分家として独立するのもありだけどそうなると色々誘いがかかって来そうだし……)


 色んなことを考えながらナタリアは目の前の式が粛々と進むのを見届け、のちの計画が成就することを願いつつフミヤたちを見送った。





『……もう出立した。ネフィを解放しろ。』

「「はっ!」」


 王城からの通信が入り、屋敷に軟禁されていたネフィリスシアは目の前にいる父の私兵を睨みつけて解放されるのを黙って見ていた。喋ろうにも沈黙呪文を掛けられているので声を出すことも出来ないが、これが解かれたとしても今後目の前の裏切り者たちとは口も利かないことを決めている。

 それは兎も角として、解放されたネフィリスシアを迎えるのは王城の父親からの声だ。彼は娘が起こそうとしていた少々強引で、過激な工作を妨害して呆れた声音で告げる。


『ネフィ、お前はもう少し賢い子だと思っていたんだが?』

「……優秀な腹心を誰かに取り上げられましたので。」

『はぁ……優秀な部下なら他にもたくさん用意してあるだろうに。』


 国内外にその名を轟かせる【暴略の魔術師】といえども反抗期の娘には手を焼く。そもそも、これまでネフィリスシアは本当に手のかからないいい子だったのだ。初めての反抗にメディシス公爵は困った。


『まぁいい。この問題は時が解決してくれるだろう。お前もよくよく考えておくように。あまり我儘を言うなよ?』

「……えぇ。もう言いませんとも。」

『その口ぶりだともう言わずに実行すると聞こえるんだがね……おっと、すまないが式典が終わって今度は栄転した勇者様たちの祝賀会が開かれる。こちらには参加してくれると嬉しいんだが……まぁ、無理は言うまい。悪いがもう始まるから切るぞ。』


 半ば一方的に切られた通話。ネフィリスシアを気遣う声をかけてくる家臣たちをキツく睨んで彼女は無言で自室に引き籠った。




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