72.フーシェの受難
人によっては閲覧注意かもしれません。
「フミヤ! 大丈夫か!?」
竜の眠る地の上空。先行していたフミヤに追いつく形でフーシェが飛んで来た。
「テメェ……! この地に来ないって話はどうなってるんだ!」
忘れもしない強敵……梟の顔をした魔物、【賢き魔物】フェリルを前にしてフーシェは声を荒げる。同時に素早く臨戦態勢を取った。だが、フェリルはそうではないようだ。空中に浮いたままフミヤとフーシェを見比べる。
「ほ……ちょうどいいのぉ。そこの、話は分かっておるな?」
「……いや、話を聞いても理解は出来ないと言いますか……でも、確かにあのロッシュ兄貴がこんなことされてもこっちに来てない辺り……うぅん……」
フェリルの言葉を受けて考えるフミヤ。だが、フーシェは考えるよりも前に動いていた。
「フミヤ、行くぞ! 超・ウルトラミラクルパンチ!」
渾身の一撃。フミヤはそれを目で見送り……フェリルにしっかりと着弾するのを見届けて頷いた。
「本気……みたいですね」
「ふむ、今の一撃で信じてもらえるものなら安いもんじゃの……さて、ともなれば貴様らの巣へと向かうということでよいかの? 式は先に向かっておるはずじゃ」
無抵抗でフーシェの攻撃を受けたことを証拠として何かフミヤに話を通したらしいフェリル。この場で唯一話を理解していないフーシェが声を上げる。
「何だ! 何が起きてる! フミヤ、説明を!」
思考すること全てをこちらに丸投げしているかのようなフーシェの言葉。ここ最近は無駄に頭を巡らせてこちらを困らせている割に自分が困ればこの様か……そう思うと何やら形容しがたい気分になって来た。そんなフミヤはちょっと考えて歪んだ笑みを浮かべて言う。
「おいおい、この時点でもう亭主関白を始めようってんですかい。この色男」
「……は?」
言っている言葉の内容が理解できずに文章への理解すら拒んでしまうフーシェ。もし、これが戦闘であれば彼は確実にこの止まっている間に殺されていただろう。そんな停止中のフーシェにフミヤは畳みかけるように告げた。
「いやいやいや、日頃俺の事を散々色男だのなんだのと揶揄ってきた割に兄さんも随分とおやりになるようじゃぁないですか? ねぇ。いつの間にこんなことに?」
「ちょっとなにいってんのかわかんない」
「あーあー、照れなくてもいいんですよぉ? ねぇ? いつも……いっつも俺に対して言ってることを今度は我が身に返して考えればいいんじゃないですかねぇええぇぇ?」
「ふみやがなにいってんのかわかんない」
下衆い笑顔で詰ってくる弟。兄は思考を放棄して弟と【賢き魔物】に連れられて屋敷に戻ることになるのだった。
「はっ! おれはしょうきにもどった!」
「……戻り切れてないぞ」
フーシェが自己申告で我に返ったのは屋敷の離れに着いてからだった。そして即座に突っ込みを入れるのはウエノ家の頼れる次兄、ロッシュだった。不貞寝したが、そうも言っていられないのは重々承知していたため政務をアクィラに投げ捨てて出張って来ていた。
だが、たった今我に返ったフーシェはそんなことは知らない。
「なぁロッシュ……俺、今悪夢見てたんだ……何か【賢き魔物】が俺に迫って来るとかいう……」
「諦めろ。その悪夢が現実だ……」
「酷いこと言うわいのぉ……うら若き乙女に面と向かって言う言葉ではないとは思わんかぇ?」
乙女を自称する梟の顔をした人間より大分大きな魔物の姿。視界に入っていたが認めたくなかった存在に声をかけられてフーシェはこれが現実だと認識させられる。
「……な、何が目的だ……」
「乙女の口から言わせるとは卑猥な男じゃのぉ……まぁ我は寛大であるから端的に言おう。そろそろ子を為す時期じゃからの。子種を貰ってみようと思うてな」
ドストレートにも程があった。恥じらいの欠片も見当たらない。フーシェの顔が蒼から絶望に染まり、ロッシュは頭を抱えた。そんな中でフミヤだけが笑っている。相当フーシェの日頃の行いが頭に来ていたようだ。
「アッハッハ! 領土の為だ。据え膳食わぬは男の恥なんだろ? 逝けよ兄貴。あんたが好きなみんなのためだぞ? ん?」
「な、お前……マジかお前この」
「何を今更。ディープキスまで済ませておきながら」
「何言ってんだお前。んなことあるわけが……」
そんなことは身に覚えがない。即座に否定するフーシェだが、フミヤは実に楽しそうにフェリルの方を向いて尋ねる。
「え? 初対面でやってたよね?」
「ん? まぁ、そうじゃの。そうとも言えるかの」
「……! あれはただ舌を食い千切られただけだろうがぁッ! 何言ってやがる! いや、お前ホントマジで何なの? ぶっ飛ばすよ? いい加減にしておけよ?」
初対面。口。そこで嫌な記憶を呼び覚まされたフーシェが悲鳴のような声を上げた。ちょっとマジ切れが近い。そんな長兄に対してロッシュが諭すように告げる。
「……悪いが」
「悪いがじゃねぇ! お前までそっちに回られたらもうどうしようもねぇよ! 何なの? 冗談はやり過ぎると冗談じゃ済まねぇんだぞ! 怒るぞ!」
「いや、この国の状況は分かってるだろうが……魔族の台頭と王国への侵略度を考えるとここで第三勢力である魔物に絡まれたら人類は終わりなんだ……云わば、人類の結束のためにフミヤを犠牲にするよりも数段こちらの方が……」
「何マジトーンで言ってんだよ! 俺の人生が終わるんだよ! もっと頑張って考えてくれよ!」
叫ぶフーシェ。しかし、ロッシュは真面目な顔のままだった。そこでようやくロッシュが割と真面目にこんな話をしているということを理解する。
「え……マジなの?」
「あぁ……だから、いや。ですから、言いましたよね? 『その悪夢が現実だ』と……申し訳ありませんが、ここは耐え忍んで、いや……喜んで、フェリル様のお相手をさせていただいてもらうしか……」
余所行きの口調になり始めた次兄を見て本気でマズい立場にあることを理解したフーシェ。彼はいい年しながら目に涙を浮かべ始めていた。
「え、ちょ、ホントマジで泣くよ俺? こいつ、本当にトラウマなんだから。生まれて初めて死を覚悟させられた相手で、マジで捕食されてるんだよ俺? 子種欲しいらしいけど、子種取った後にむしゃむしゃされるかもしれないんだけど」
「ん? 大丈夫じゃ。殺しはせん」
「微塵も大丈夫じゃねーよ!」
思わず突っ込みを入れるフーシェ。だが、フェリルは不満げだ。
「子を為すメスに対してあまりにも理解がないんじゃないかの? こっちは相当なエネルギーを費やしておるというのに……」
「生憎ぼかぁ未熟者でしてねぇ! いや、夫婦間での理解が乏しいのはほんと、難しいんじゃないですかね? ね? ここは……」
何とか犠牲になるのを回避しようとするフーシェ。すると梟は顔を上下逆様になるほど傾げてから元に戻して頷いた。
「ふむ……確かにの。あまり一緒にいると言うのも難しかろう。我はまた眠るしのぉ……まぁよい。子種だけ残したら解放してやろう」
「ちょぉっ!」
「よかったなぁ!」
「……さっさと済ませてくれ。民が不安になるから」
「お前ら! ざっけんな!」
露骨に雑な感じで投げられるフーシェ。だが、必死の抗議も虚しく彼らは退出してしまった。残されるはフーシェとフェリルのみ。
「さて、ヤルとするか……」
にじり寄って来る梟顔の魔物。フーシェは混乱している。
「え、マジなの? 本気? 体のサイズ合ってないよね? 多分圧死するよ俺」
逃げればいいが、周囲に彼の心優しい兄弟たちの気配が残っている。逃亡は不可能だろう。追い詰められるフーシェ。
「ちょ、せめて人型で! アレならまだ! ホント、あっちなら正直マジあの「あっちじゃと産道が狭くて苦しいから嫌じゃの」あああああああああああ!」
フーシェの絶叫が離れに鳴り響いた……
おまけ ~その日の夜の兄弟話~
「で、どうなったの?」
「……いや、何か普通に梟状態ですぽんって鱗みたいな殻に覆われた巨大な卵産んでた。そこに魔術で小さい穴開けてこの穴でしごいて種をここから入れろって……」
「へぇ……で、父親になったの?」
「いや……何か【賢き魔物】が穴を開けた後、よく分からんが自家受精してるみたいだからいいやって……」
「へぇ……」
「……次は80~100年後だからもういいらしい」
「そっか……」
その後、兄はしばらく弟に優しくなったそうな。




