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70.どっきり

 ヘンゼルとフーシェをその日の間は再起不能にした後。草木も眠る時間帯になってウエノ家の会議室に幾つかの影が集まっていた。

 彼らを集めた者はロッシュ。影の名はフミヤ、それから先代当主であるヒグラ、そして陪臣の代表としてネーミングとロッシュの腹心であるアクィラだった。その日が終わってから一堂に会した彼らだが、今は夜が白むに近い頃。彼らは今まさに話し合いを終えようとしていた。


「……当家の今後の動きはこういったものになります。何かご質問は?」

「ふん……俺らがつついてどうにかなるような考えをするようなお前じゃあるめぇし。特にねえ。強いて言うならフーシェがどっかで盗み聞きでもしてねぇかってことぐらいか?」

「その点はご心配なく。きっちり寝かしつけておいたので」

「……ま、裏がある感じの寝かし方か。やることやってりゃ文句ねぇよ。そもそも、俺は引退選手だしな」


 ヒグラの声に会議参加者であるフミヤは昼間の出来事を思い出す。半分私怨で行ったヘンゼルとフーシェに対する可愛がりだが、当然のことながらそこまで短絡的に行動するほど馬鹿ではない。下手に動かないように看病と言う名の見張りを立てることが目的だった。

 少しやり過ぎたのはご愛敬だが、少なくともフーシェを止められるのはフミヤかロッシュぐらいなものであり、両名が会議に参加する以上は何らかの手立てが必要になったのでやむを得ないことだったのだ。


「ふむ。家臣団の殆どが領地安定のために残されるというのが物足りないところですが……」

「この地の魔物たち……特にあの竜の子とある程度戦えるだけの兵は残しておかなければなりませんから。例え、同盟を組んだとしても警戒は不可欠ですので仕方のないことかと」


 ネーミングの呟きにアクィラが反応する。ロッシュから出された提案は現状のウエノ家にとってそうせざるを得ないというべき内容であるため、文句のつけようがなかった。


「では、本日の会議は以上になります。フーシェに気取られぬよう、安眠香を使いますので翌朝はいつも通りの行動をお願いしますね」


 短時間での睡眠でも翌日に疲れを残さないようにロッシュは風の魔術を行使してこの場に集まった面々のケアを行い解散させる。その後、室内に残った微かな魔力も窓から上空に吹き飛ばして証拠隠滅を図り翌日から表向き何事もない日々が始まる。




 ……はずだった。



「……ッ!?」

「……!」


 翌朝。熟睡していたフミヤの顔に何かが当たる気配がして彼は跳ね起きた。同時に、硬い何かとぶつかり、そのままベッドに戻ることになる。


(っ! 対応が遅れた!)


 薄暗い室内に寝ぼけ眼はまだ対応してくれない。何が起きているのか不明だが、何かあってはならぬとフミヤは理性よりも体に染み付いた動きで体を滑らせ、ベッドの上に立ち上がった。


 そして、目の前にいるのが誰かを理解して絶句する。


「……痛いわ」

「な、え……? おじょ……?」


 目の前にいたのは、この国における宰相を務める公爵家のご令嬢。【魔通話】を開発し、この国に広めた天才魔術師ネフィリスシア。フミヤの元上司様だった。それを理解するや否やフミヤは混乱の坩堝に陥る。


(何、え? 寝惚けて……いや、さっき思いっきり頭ぶつけたからそれは……どうやって……?)


「も、申し訳ございません……」

「……別に」


 取り敢えず謝ってしまうフミヤ。だが、冷静に考えれば彼は別に悪くない。そのことに気付かないままフミヤは状況把握に努める。彼が気になっているのはどうして彼女がここにいるのか。フミヤの部屋の守りを突破できるとは……? そう思ったところで、彼は隠された巨大な魔力に気付いた。


「フーシェぇぇえェッ! 貴様かァッ!」

「おわっ!」


 炎の槍が何重にも防御陣が張り巡らされた強固な寝室の壁に突き刺さり壁紙を焦がす。魔術式が空中に浮かんで儚く消えたが、今のフミヤはそのことを気にかける余裕がない。


「昨日ロッシュと交代であれだけオハナシしたってのに、まぁだ足りなかったのかなぁ! 許さんぞ、燃え尽きろ【火雷】!」

「超必じゃねぇか! 止めろ!」


 予想以上どころの騒ぎではないフミヤの反応にフーシェは飛んで逃げた。それを追ってフミヤは寝間着のまま部屋を飛び出す。その手には儀式によって得られた手甲が光り輝いていた。


「……はぁ」


 喧騒が遠ざかるにつれ、室内に静寂が戻る。残されたネフィリスシアは溜息をついた。


(……私のこと、無視して……)


 表情にはほとんど出ていないが、フミヤなど親しい人が見れば分かる程度に不機嫌なネフィリスシア。彼女がせっかくなけなしの勇気を振り絞って起こした行動というのに想い人は見当違いのアクションを決め込んだのだから自然な反応だった。主が居なくなった部屋でネフィリスシアは不貞寝を決め込むために目の前のベッドに潜り込む。


(……でも、久し振りに元気そうだったわ……よかった……)


 しかし、フミヤの様子を見たことでネフィリスシアにはまた別の感情が芽生えていた。彼女のお付きになってしばらくの態度。そしてここ最近の彼の不調な姿を見続けたネフィリスシアからすれば今日の彼のハイテンションは不満ながらどこか不安だった心を和ませてくれたのだ。


「ふぁ……」


 安堵したネフィリスシア。不貞寝するつもりの彼女だったが、本格的に眠くなり始めた。元々、彼女は朝に強くないのだ。フミヤが彼女のお付きの頃、彼女を毎朝起こしに行っていたのが日常という位には朝に弱い。


 外の喧騒を気にしないまま、彼女は再び眠りに就いた。






「オラッ! 死ねッ」

「ま、待ってくれ! これには深い訳があるんだよ!」


 その頃、外の喧騒は袋小路にいた。追うフミヤがフーシェを巧みに誘導して屋敷の行き止まりの部屋に誘導したのだ。しかも、ロッシュの部屋の下。破壊して逃げるという手を塞がれたフーシェは何とかしてフミヤを説得しようと頭を回転させていた。


「あぁん? 聞くだけ聞いてやるよ。聞くだけだが」


 ひとまず、フミヤは聞くだけ聞く姿勢に入る。その手に紅蓮に燃え盛る槍を持ったままだが。皮膚が焦げそうな熱を持つ槍に視線を向けたフーシェは息を呑んで告げた。


「まずは武器を降ろそう。話し合いにそんなものはアレだ」

「話し合い? 何を馬鹿なことを。言いたいのはそれだけか? それなら私刑を執行するが」


 槍を振りかぶるフミヤ。投げる気だ。壁に磔刑にした上で何かする気だ。フーシェはすぐに分かった。伊達に次兄から怒られ続けているわけではない。次兄からすれば怒られた後の内容を把握するよりもどうしたら怒られるかを理解して欲しいところだが、その辺には不幸なすれ違いがある。


「お、お前、だって、ナタリーとネフィを嫁にするんだろ? でだ。ネフィ嬢が何かこう、不利な感じらしいじゃねぇか。だったら、一発ヤッちまって子ども作ってアレすれば!「死ね」にギャァアッ!」


 槍が左肩を貫いた。血は落ちない。焼け焦げて蒸気と化しているからだ。実の兄に残虐プレイを決め込んだ張本人は殺人鬼の笑みを以て彼に近づいた。


「おうおう、弟を社会的に殺しに来てんですかねぇ? えぇ? 流石、実の弟を王族誘拐犯に仕立て上げるお方は言うことが違うね!」

「お前は実の兄を物理的に殺しに来てんじゃねぇか!」

「そんだけ喚く元気があれば上等だ。この程度じゃお前は死なないだろう?」


 既に全快しつつあるフーシェの足を踏み躙りながらフミヤは問いかける。すると、フーシェがここまでされる謂れはないとばかりに逆切れを始めた。


「ロッシュに言われた時はそんなことしなかったくせに! ビビり! 弱い者いじめ反対だ!」

「手段ってものがあるだろうよォォオオッッ! お前は! 毎回! 過激過ぎるんだよ! 毎回犠牲になるこっちの身にもなりやがれ! お前がそうだからそれ相応の対応してるんだ! 分かれハゲ!」

「ハゲてねーし! 大体、今回はネフィ嬢の……」

「お嬢様が何だ!」


 そこまで言いかけてからフミヤの反応を受けたフーシェはしまったという顔をした。その後、決め顔で言い切る。


「ネフィ嬢のあの格好ならヘタレのフミヤでも行くと思った。後悔はしてるが反省はしてない。やるなら俺だけをやれ」

「元よりそのつもりだァッ!」


 私刑執行。しかし、フミヤはフーシェの顔色から今後とも面倒な事態が続くことを正確に理解して憂鬱な気分になった。





 よいお年をお迎えください。

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