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69.外内

『……で、今回の本題は何?』


 フミヤのぶっきらぼうな口調が聞こえる。


 いや、正確には分厚い壁と扉によって遮断されているはずの室内のフミヤの声を変態染みた身体能力を持つフーシェが盗み聞き、未だ動揺を隠しきれていないヘンゼルに伝えていた。


「やっぱり裏があるみたいだ……ロッシュめ、何企んでやがるんだ? ……ヘンゼルも落ち込んでねぇで中の話聞こうぜ」

「聞こえるわけがあるか……」


 突っ込みを入れるだけの元気は回復して来たらしいヘンゼル。それぐらいの元気があればよし、としてフーシェは盗聴を続けた。


『ほう? 何の話だ?』

『恍けるなよ……』

『これからどうするのかについての話なのに、何もしませんなんて結論なら集める必要がないだろ』

『下手に動かれると困るということを先に伝えておこうとした、そういう可能性は?』


 室内では腹の探り合いが行われている。もう少し詳しく探りたいところだが、それを実行するには魔術を行使しなければならない。しかし、相手はあのフミヤとロッシュだ。あの二人であればフーシェの魔術行使など簡単に看破されてしまう。

 相手に盗聴していることがバレては盗聴の意味がないので彼は大人しく自前の身体能力で盗聴を続け、その概要をヘンゼルに伝えて彼にどうすべきか考えてもらうのだ。


「それで、中の様子は?」

「……何か腹の探り合いだな。フミヤがロッシュに何考えてんのか聞いて……おっ、本題みたいだ……ほうほう成程……」


 中に聞こえない程度の小声で会話をするヘンゼルとフーシェ。中ではロッシュに突っ込んだフミヤが切り返されているようだった。


『……まぁ何も出来ないのは外向きの話だ。内では動けるだろ? 特に、メディシスご令嬢にご実家を何とかしてもらうように画策するとか……』

『いや、その話は止めて他の話にしよう? 無理だから。その話拗らせるとマズいだろ? ね?』


 割と慌てているらしいフミヤにロッシュはどうやら楽し気に声をかけている。だがそれは猫が鼠をいたぶるようなもの。言葉だけは丁寧にフミヤの逃げ場を潰していき、彼の困る姿を見て笑っているように思われる。


 そんな中の様子を聞いていたフーシェはこう結論付けた。


「……成程。フミヤとネフィ嬢をくっつけて王宮魔術師たちを味方に付けるか……」

「……ナタリーはどうする気だアヤツめ……余の可愛い妹を蔑ろにするつもりか」


 フーシェの話を聞いてヘンゼルが微量に怒りを滲ませる。だが、話を聞いているだけのフーシェにはどうしようもないので流して盗聴を続けた。


『そういえば、お前にはもう婚約者がいたな……やんごとなき身分のお方で、軍部に強力なつながりを持つお方が……喜べフミヤ。両名をお前が満足させ、納得させることが出来ればこの国の軍部と文官、魔術部門に味方が出来るぞ』

『無理だから。止めろ』

『……そうそう。お前の見合いの話だがな……ラッツケンプからも来てはいたんだ。こうなったら各国のお嬢様方を口説いてこい。そうすれば完璧だ。色男、出来るか?』

『俺を虐めて楽しいか?』


 こんなふざけた会話の裏で真面目な会議が行われているとは誰が想像できるだろうか。少なくとも直情気味な行動をとるフーシェとヘンゼルには想像出来ない。


「……んー……フミヤがナンパしまくって味方を増やす、か……どこまで本気だろうなぁ? どう思う?」

「あいつ殺すぞホント」


 王族としての教養の欠片も見当たらない汚い言葉をヘンゼルは吐いた。怒りが怨念に変わり始めているヘンゼルにはもう冷静な思考は難しいだろうと何となく判断した扇動者フーシェは自覚なしに思考役も自分で行うことにする。


 対するヘンゼルは怨念を垂れ流し始めた。


「ナタリーかネフィならまだ理解する努力はしてもいい……だがな、これ以上だと? 余の可愛い妹か従妹だけでは不満と? 何様のつもりじゃアヤツは。フーシェ! いつからお前の弟はあんなだらしのない屑になったのじゃ!」

「ちょ、声が大きい! バレるだろうが!」

「お前の声も十分大きいんですよねぇ……」

「「あ」」


 唐突に扉が開いたかと思うとそこには笑顔の次男様が立っていた。彼は余所行きの言葉遣いで二人に問いかける。


「さて、お加減が優れないようでしたのでご退室をお勧めいたしましたが……こんなところで一体何をされているのでしょうか?」

「い、いや、ちょっとなぁ。な?」


 盗聴という疚しいことをしていたため、後ろめたさから誤魔化しの言葉を探すフーシェ。何か巧いこと言い訳を出してくれとばかりにヘンゼルを見やるが、どうやら彼は別のスイッチが入っていたようだ。


「…………えぇい、今はそんな些事はどうでもいい! フミヤを出せ! あの戯け者にお灸を据えてやらねばならんのじゃ!」

「バっ……」


 自ら盗聴していましたと自白していくスタイルのヘンゼル。フーシェは待ったの言葉すらかけられずにロッシュを見上げる。彼は、笑顔のままだった。


「フミヤ、お客さんですよ。どうやら何かお話があるようですので丁寧に対応してあげてください」

「……あいよ」


 全方面に八つ当たりしていくスタイルかよと思いながらフミヤはのっそりと立ち上がる。彼もちょうど次兄から難題を押し付けられて八つ当たりしたい気分だったのだ。


「この色情魔め! 恥を知るがよい!」

「……ここで騒がれても困りますので……応対室に行きましょう。応対室に」


 応接室ではなく、応対室。それはこのウエノ領特有の言い回し。そこに通される者に関しては丁寧な対応の意味合いが変わる場所だ。


「フミヤ、応接室じゃないのか? ハハハ……間違ってないか? お、王族じゃない……お客様の前で恥ずかしいな~……あはははは……」


 聞き間違いであって欲しいという一縷の望みをかけるフーシェ。姑息にも王族が相手であることを発言の中でアピールしている。だが、判定は覆らない。


「……ハハハハハ! 失礼しました。では、応対室に行きましょうか! ねぇ!」

「む、なんじゃ? この件にかんしては悪いのはフミヤじゃろう!? 逆切れか! みっともない! 余は屈せんぞ!」

「誰のせいだと……中央から離れることにならなければこんなに拗れた問題にならずに済んだというのに」


 フミヤの笑顔からこぼれた一言。だが、ヘンゼルは屈しない。


王族ナタリーとの婚姻がそんな理由だけで短時間で決定すると思っておるのか! お主が随分と前から約束しておったのじゃろうが! ナタリーがどうしてもと言い続けておったからようやくまとまったことじゃぞ! それをお主はぁ……!」

「……まぁまぁ、言いたいことは色々とあるでしょうが……それらは全て、まとめて応対室で聞きましょう。応対室で……」

「余は負けぬぞぉぉぉおおおおお!」


 押し通されてそのまま小さくなっていく二人。フーシェは確認のため、ロッシュに尋ねておく。


「だ、大丈夫だよな……何か、稀にみるキレっぷりだったけど……」

「まぁ、フミヤにも色々あるだろう。何せ王族誘拐犯に仕立て上げた計画犯で、ネフィリスシア嬢との関係を拗らせた原因で、ナタリー様との婚約を本人の知らぬ内に勝手に進めた犯人でもある相手だからな」

「い、いや……俺はヘンゼルが大丈夫かどうかを聞いたのであって……」

「本人に……いや、俺でもいいから一言相談でも入れておけばよかったものを……そんなことよりフーシェに訊きたい……お前、人の心配をしている余裕があるらしいな」


 フーシェはその後の言葉を聞かずに逃げ出した。一般的に人の怒りが持続するのは二時間。ロッシュも普通の事ならその程度で呆れて許してくれる。今、この場で逃げたことは罪を更に加算させることになるが、この時点から二時間逃げられれば問題ない。怒られ慣れているフーシェはそう判断した。


 だが、遅かった。


「うっ……」

「さて、俺たちも話があることだし……応対室に行こうか。応対室に……」

「うわぁああぁぁあぁっ!」


 その日、彼らを見たものは誰もいないという……




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