65.暴挙
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「はっはっはっは! 生身で上空を飛ぶというのもいいものだな!」
「捕まったら絶対殺される……裁判なしで処刑だ……」
「捕まらなければいい!」
未明の王都。まだ太陽がこの国に朝を告げておらず、闇が支配する都の上空でフミヤは背にこの国の大公令嬢を乗せ、腕の中にこの国の王太子殿下を抱えて高速移動していた。
国の許可など得ず、つい先ほどこの国の重鎮である元老ベイリー卿を殺害したという状況下で。
「フミヤは驚くほど強くなったというのに細かいな。王族からすれば僥倖じゃったが」
「比較対象が恐らくフーシェなので誰でも細かいかと……」
「はっはっは! 愉快な返しじゃの。ネフィは大丈夫かー?」
高速移動の弊害である空気の壁に負けないように王太子たるヘンゼルは大公令嬢ネフィリスシアに声をかける。熱によって空気の壁を生み出しているフミヤの心配りによってその声は無事にフミヤの背中にまで届けられた。
「えぇ。懐かしい感覚でこのまま別天地に飛んでもらいたいですね」
「はっはっは! それは困るの! フミヤ、ちゃんと行先は【竜の眠る地】だぞ!」
「重々承知しております……」
王族ジョークで精神的な疲労を感じながらフミヤは王都を抜けながらこんな危険な真似をする少し前に思考を飛ばした。
「革命、戦士……?」
「うむ。ネーミングについてはフミヤの兄に言ってくれ。フーシェは相変わらずセンスがないが、妙なところで頑固なのでなぁ……」
「……えーと? どういうことなのか詳細をお伺いしても……?」
「勿論じゃの」
王族らしいふてぶてしい笑みを浮かべてヘンゼル王太子は懐を漁るとそこから掌に収まらない程度の大きさである魔具を取り出した。
「詳しい説明に関してはここにロッシュとの記録が残されておる。が……」
不意にヘンゼルは窓の外を一瞥した。フミヤも少々追手がこちらに迫るのが早いというのを感知しておりどうやらあまりここでグダグダしている暇はないということを覚って苦い顔でヘンゼルに告げる。
「……詳しい説明を聞いている暇はなさそうですね」
「優秀なのも困りもんじゃの。尤も、優秀なのはフミヤも同じようじゃからそこまで問題はないか?」
フミヤがウエノ家と王家の間で何らかの取引か契約のようなものを行っているということを勘付いたということを察して悪戯っぽい笑みを浮かべるヘンゼル王太子。その表情は王家として表舞台に出てきている時の真面目なモノとは異なる本来の笑みだ。
「さて、ある程度理解してもらったところで早速行動に移ってもらうとするかの。フミヤ、我ら二人を背負って航空路で【竜の眠る地】まで案内してもらおうか」
「え、いや……あの、許可は……」
「向こうの許可は取ってあるがこっちのは知らんの。暗闇に乗じて移動せねばな!」
ハッハッハと笑うヘンゼルだが、状況的にあまりいいものではない。しかし選択肢を絞っており、時間の猶予も与えないということはさっさと行動に移れということだろう。
(ウエノ家の評価を落とすわけにはいかないから軍は早期派遣。で、俺は無茶して頑張れってところだろうが……俺、割と頑張ってるのに何だろこの仕打ち……)
王都に潜む強力な魔族を倒したというのにこの扱いは酷いのではないのかと思いながらもここ最近で見慣れたウエノ軍の紋章を掲げた部隊が一部だが既にスラムを抜けているのを見て何とも言わずに支度を調える。
「さて、どう乗ればよいのやら」
そして飛ぶという段階になるのだが、ここで少しだけ揉めることになる。フミヤとしては一人腕一本で抱えて飛ぶつもりだったが、どうやら雲上人たちの会合の結果ではネフィリスシアがフミヤの背中に乗りヘンゼルがフミヤに抱えられることになったらしい。
「えーと、ヘンゼル様は私が抱えるので問題ないとしてもネフィリスシア様がかなり危険なんですが……」
「はっはっは、畏まることはないぞフミヤ。上空で話す予定だが、私はしばらくキングスエン・オゥ・ヘンゼルではなくただのヘンゼルとして行動するからな」
「……え、本当に革命するわけではないですよね……?」
「はっはっは」
(え、どういうこと? 怖いんだけど……主に身内がどう出るかが……)
笑っていないでちゃんと答えて欲しいと思わないでもないが、フミヤが恐れる身内が率いる部隊が既に近くにまで迫ってきている。馬鹿みたいに強大な魔力をこれ見よがしに発揮しているのは示威行為にしか見えないだろうが、家族間の感覚からすればさっさとしろというポーズに過ぎない。
「この際、これ以上ここで揉めることはしませんがせめてしっかり掴まってくださいね!」
「えぇ、もう二度と離れないようにしっかり捕まえておくわ」
「はっはっは、どんな時でも愉快じゃのぉ? フミヤ、頼むぞ?」
どことなく意味合いが異なるのではないだろうかと思いながらもこの場でこれ以上足踏みしているわけにもいかないとしてフミヤは王都の夜の空へ天井を高熱で溶かして脱出する。
そして、ヘンゼルから今回の詳細を聞きながら王都の警戒網を抜けるように移動し……冒頭の部分へとつながるのだ。
「まさか王家との契約ではなく個人間の繋がりでこんな暴挙をされるとは……」
「はっはっは、微妙に遠慮がなくなってきておるのぉ? それに、個人の動きによる暴挙であればそなたの兄の方が酷いだろうに」
「その通りですけど……」
「フミヤ、どうして私の方だけまだ他人行儀のままなのかしら?」
果てしない荒野を抜ける道中。文字通りの板挟みの上に精神的な板挟みも加わりながら彼らはここに来た時とは比較にならない程の速度で幾多もの村や町を通り過ぎる。
そして、そろそろ王都の首都圏から外れて辺境地に差し掛かる辺り……【竜の眠る地】にはまだ届かないが辺境地と呼ばれる地帯に入ったところでヘンゼルの様子が少し変わった。
「……フミヤ、少々西の方へ転進してくれないか? ゼンシュの町まで……」
「最短で行かなくてもいいんですか?」
「頼む……」
ヘンゼルから伝えられた計画内容ではこのまま【竜の眠る地】にまで直行する予定だった。変に寄り道をした場合、ギルドに渡った初代勇者の魔道具などによってフミヤの手配が伝えられている可能性があるため妙な行動はとりたくないのだが、ヘンゼルは真剣に頼んでいるようだ。
「……上空からでいいのでしたら」
「あぁ……」
王族の願いを何もないというのに完全に拒絶することは出来ない気質のフミヤが譲歩するとヘンゼルは素直に応じた。それを聞いてフミヤはネフィリスシアに確認を取った後に転身する。
「……ロッシュには見るなと言われておったが……王族として、見ておかなければならないだろう……フミヤ、魔力に限りがあるというのに悪いな……」
「いえ……」
抱えているので見ることは出来ないが、どうやら真剣な表情で何かを思い詰めているらしい。何となく無言の時間が続く中でフミヤはしばらく進んで違和感を覚えた。
(……魔力が、ない?)
かなりの速度で移動してきたはずだ。しかしながら遮蔽物のない上空で、追手を警戒して最大限に展開したフミヤの感知網には何も引っかからない。気になったフミヤが後方の警戒を少しだけ減らして前方に展開するとフミヤは苦い顔をした。
「……ッ」
「やはり、本当のようじゃの……フミヤ。ゼンシュで少し休むといい……彼の町で追手は来ぬ」
「……どういうことかしら?」
ネフィリスシアだけが話について来れていないらしく、疑問を呈す。王都でも数本の指に入る魔力感知能力を持つ彼女だが、意識さえすれば不正確でも数百キロ先を感知できるフミヤがおかしいのだ。分からなくとも無理はない。そんな彼女にヘンゼルから答えが出た。
「……ゼンシュは、魔族の攻撃で滅んだ。それより西の町は殆ど残っておらぬ」
王都で何もせずに守れなかったという己を自嘲しながら言ったヘンゼルの言葉にネフィリスシアは何も言えず、再び沈黙の道中が始まった。




