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51.一時撤退

 一先ずとはいえ、窮地を脱したフミヤはアリバイ工作のために一応きちんとトイレに向かってから用を足し、周囲の気配を探る。


(チッ……気配を隠してるな兄貴どもめ……!)


 自分にだけ修羅場を押し付けてどこかに雲隠れしているフーシェとロッシュの両名に対して内心で舌打ちするフミヤ。しかし、逆に言えば彼らは現在隠れることが出来るだけの暇を持っているということだ。


(何が何だかよくわからないけど……取り敢えず、ロッシュにはある程度責任を取ってもらおう。何で王家との縁談が来てるこの状況でメディシスの方を嗾けたんだ……しかも、勇者の婚約者で俺の元上司。今を時めくネフィリスシア様だぞ? 頭おかしいんじゃないか?)


 考え事をしている間にフミヤの動くスピードも上がる。そんな折だった。どう考えても部屋からトイレに向かっているとは思えない場所に移動していたフミヤの下に彼の付き人が走ってやって来る。栗毛色の髪をした少し落ち着きのない、幼さの残る活発な少年だ。


「フミヤ様、ご無事で!」

「……ロッシュ見なかったか?」

「そのことでご報告に上がりました! 何やら第2休憩室から出て来られないとのことなのです。最近の忙しさでご無理をなされ「あぁ、いやいい。俺が行く」……あれ?」

「……報告ご苦労、アニキス。即座に元気になる魔法の言葉を届けて来るから安心してくれ」


 悪鬼の如く嗤うフミヤにアニキスは少々引いて礼をして下がる。


 フミヤは迅速に行動を開始した。





「……ん? フミヤは何をしてるんだ?」


(フミ兄ぃのアホ! あほあほあほマン! 後、ロッシュ兄ぃも何でこういうことに関しては役立たずなのよ! 夜会での態度はどうしたの!? やるならバレないようにやりなさいよ!)


 フミヤが退室した冷戦場。そこでは仲介役のココの抱き込みのために奇妙な雰囲気が流れる中で遠くから感じられる静かな魔力のぶつかり合いに王国屈指の魔力感知者たちが首を傾げていた。


「さ、さぁ? お手洗いの順番で揉めてるんじゃ……」

「結構遠く感じるがね……さて、そろそろネフィももう少し落ち着いてほしいところだがどうだろう?」

「……私は落ち着いています」


 外では兄弟の静かな魔力でのぶつかり合い、内では女たちの静かな態度でのぶつかり合い。ココはもう笑うしかないような状態だった。


「落ち着いたなら結構だ。では、大人しく引き下がってくれるかな?」

「嫌です」


 ネフィリスシアのにべもない断言にナタリアはわざとらしく溜息をついて子どもをあやすかのように、目には一切温かさを含んではいないが噛んで含めるように言い直す。


「落ち着いても私の言う話が理解できないか? ネフィリスシア、君はそんな物分かりの悪い女性ではなかったはずだが」


(……ネフィちゃん、そんなに見られても私はどうしようもできないよ……うぅ、胃が痛いなぁ……ナタリア様怖い……苦手かも)


 ココは内心ではネフィリスシアに勝って貰いたいが、ナタリアの風格と正論の前に沈黙していた。


 ナタリアの言はメディシス家がはたらいたウエノ家への不義、ネフィリスシアと勇者ミヤケとの婚約をしている現状、並びにその婚約者であるミヤケが遠征している間に婚約破棄を行おうとしていることに対する批判、それから既にウエノ家とナタリアの所属する王国騎士団で結ばれた密約というどれも覆しようのない事実の列挙であり、ぐうの音も出ない程のド正論だ。


(……これは無理だよ。ひっくり返そうと思ったらもうフミ兄ぃがビシッと言うくらいか、ナタリア様が諦めるくらいしか……嫌だなぁ、このまま行ったらこの怖い人が義姉さんか……嫌だなぁ……)


 ナタリアが悪い人ではないことは解る。寧ろ、良い人だろう。ココが彼女を助けた後は何回も感謝の言葉を貰ったし、言葉だけではなく誠意も示してくれた。

 だが、ココはナタリアのことが苦手だった。そもそも助けに行ったのにがっかりされたのが第一印象のため、あんまり好意的な感情を持っていない。後で謝罪の言葉を貰っても微妙な感情にしかなれなかったのだ。


(でもフミ兄ぃもナタリア様の方で満更でもないみたいだし……後、ネフィちゃんから聞いてたフミ兄ぃと二人の距離が何か思いの他話と違うしなぁ……あれフミ兄ぃ、微塵も意識してなさそうだよ……)


 ココが気に入らなくとも決めるのは当事者であるフミヤかその監督者のロッシュであり、ココの感情が挟まる余地は殆どなく、客観的に見たところ現状でネフィリスシアの勝ち目は薄い。


(って言うか、フミヤは何やってんの? 屋敷が振動し始めて来てる、って)


「あ」

「……彼らは何を始めてるんだ?」


 ココが思わず声を上げたのは外で争っていた魔力が直接ぶつかった時だった。時を同じくして王国でも屈指の魔力感知能力を持つ同席者二名も異変に気付いて呆れ顔になる。


「すみません、ちょっと止めに行ってきます……」


 ただ、これは気まずい雰囲気の只中に残されていたココにとっては退席するチャンスでもあった。放っておいても勝手に収束するタイプの兄二人の喧嘩を止めるという名目でココはこの部屋を後にする。


 そしてここが現場に辿り着いた時、ココの予想通り二人の兄弟喧嘩は既に終了していた。不愛想な顔になっている二人の下に呆れ顔を作って移動したココはどういう状態であるのかについて尋ねる。


「……兄貴がメディシスとの縁談を勝手に捻じ込んだから困ってるっつってるのに困ったのはこっちだこのナンパ男の一点張りで今回の話し合いに出てこようとしないんだよ」

「事実だろうが……! 今回の話はこっちが訳が分からない状態のまま進んでる。というより、お前が口説いたんだろ? 責任を取るのは当たり前だ」

「知らないって何回言ったらわかるんだよ……大体あの男嫌いのネフィリスシア様を俺が口説けると思ってるわけ? それならまだ魔王倒してくる方が楽だわ」

「……そうだ。俺はまだ魔王関連の調査が残ってるから話し合いには」


 ココは二人の醜い争いを聞いて聞こえるように溜息をついた。そして二人の注目を集めると真面目な顔を作って告げる。


「……二人とも、女の子を待たせて失礼だと思わないわけ? 何はともあれ話をするのが前提だと思うんだけど?」

「いや、俺はお前らが連れ込んだあの魔族から魔王関連の調査を……」

「本当にやってるんだったら仮眠室に籠ったりしないでしょ? 往生際が悪い!」


 ロッシュを蹴散らしたココは次にフミヤを睨みつける。その剣幕にフミヤは少し後退した。


「下がったね? 心に疚しいことがあるからでしょ?」

「今の剣幕で下がらない奴はいないと思うぞ……何だよ、兄貴が行くなら俺も戻るし怒られるような筋合いはないんだが」

「……当然のことだから。全く……これだから度を越した鈍感は……」


 女王が家臣を二名を引き連れていくかのように元の場所に戻り始める。その間にココは未だ混乱している後ろ二人に状況を説明した。


「いい? まず、問題がややこしくなってるのは主にロッシュ兄ぃとネフィちゃんのせい。ネフィちゃんはフミ兄ぃに片思いしてちょっと拗らせてる。そこにロッシュ兄ぃが変な嘘ついたから拗れてるの」


 やっぱりロッシュの所為じゃないかという視線を注ぐフミヤにロッシュは思案して呟いた。


「……別に嘘ではないが……王都に行った時のアレか?」

「そう。フミ兄ぃがフリーって言ったアレ。それでちょっと私もまだ決まってないならってことであの子に手を貸して、結果として向こうが受け入れられたと判断してたわけ」

「……ちょっと待て、それだけか? それだけで勘違いしてここまでするのか?」

「……ネフィちゃんちょっと変わり者だから……いつもなら面倒くさ可愛いで済むけど今回はちょっとそうもいかない……だからフミ兄ぃはビシッと決めて」


 そう言われても困るんだが……そう思ったフミヤがそのまま発言するもそれは無視されて当事者の気持ちなど置き去りに話が進んでいくのだった。





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