38.勝負と試合
「……むー……厄介なことになったのぉ……」
「ぜっ……ぁあぁぁぁっ!」
「おっと」
前線で戦っていたフミヤと【賢き魔物】フェリルだったが、覚醒したフミヤでもフェリルには歯が立たずに防戦一方となっていた。ただ、覚醒前の一方的な戦闘とすら呼べない状態ではなく、時折反撃に出ることが出来る程度には進歩している。
「負ける気はせんが……このまま戦っても、というところじゃな……」
「【禍雷】!」
色々と考えて呟きながらフミヤをあしらうフェリル。その余計な思考の原因となっている存在達は、もうすぐそこに迫っていた。
「フミヤ!」
「はっ……はっ……き、来た……ぉ……俺の、勝ち……だ……」
玉のような汗を流し、息せき切らせて笑うフミヤ。彼の耳には確かにウエノ家の長男であるフーシェの声が届いたのだ。その安堵したフミヤが生んだ一瞬の隙にフェリルはフミヤを蹴り飛ばして甚大なダメージを与え、戦線から弾き飛ばした。
「阿呆が。それで油断しては元も子もないのぉ……さて、次は貴様と行こうか……肉!」
「お、俺だけじゃないぞ!」
美少女となっているフェリルに肉呼ばわりされることで若干トラウマとなっている梟の頭に喰われた記憶が蘇り、どもったフーシェ。しかし、彼が恐れを払って言った通りこの場にウエノ家の四兄妹が揃う。
「フミ兄ぃ……よく頑張ってくれたね」
「ココ、お前はフミヤの回復をなるべく急いでくれ。俺とフーシェであいつを抑える」
指示を飛ばしながらこの場に着陸したのはウエノ家の現当主、ロッシュ。それを受けて吹き飛ばされたフミヤを抱き抱えるようにして癒し始めたのがウエノ家四兄妹の末娘であるココだ。
ウエノ家の現四天王が集まったところでフェリルは嫌そうに目を瞑って首を傾げた。
「ん~……これ以上戦っても益もないのぉ……」
「……それが分かってるなら余計な手間を掛けさせるな」
フェリルの呟きにロッシュが応じる。しかし、フェリルは逆方向に首を傾けて続けた。
「じゃが、ここで単に引いた場合は主らが調子づくからのぉ……やはり、二泡程度は吹かせておくことにするかのぉ……」
「強がりを……」
「ぉぉおおおぉぉっ! ロッシュ! 行けるぞ、どいてくれ!」
フェリルの言葉が続戦の宣言であることを受けて力を溜めていたフーシェが躍り出る。それと入れ替わるようにロッシュが下がってフェリルの動きを妨害し、フーシェの補助をする。
「……恐れを無理に払うことはないぞ? 蛮勇の者よ……【剛力】【爆力解放】【金剛】【強化】【凶刃化】【戦魔憑き】」
その開幕の一撃。フーシェが全力を込め、ロッシュの補助を受けて確実に当てたその一撃。それをフェリルは難なく受けて人間の美少女の顔で悪魔のように笑い、至近距離にいるフーシェの耳元で告げた。
「よく、戻ったのぉ……では」
イタダキマス……呟かれた言葉はそこまでで、その直後にフーシェの耳から入ってくる音は掻き消されて温かい液体が流れてくる嫌な感覚がする。耳を食い千切られたのだ。
「ほほ……涙目じゃと、猶そそるのぉ……何故そんな顔をするのじゃ? どうせ、治るだろうに……」
「お、ぉぉおおぉっ! な、舐めるなぁっ!」
「フーシェ! 下がれ!」
自分の心に根を張り始めた恐怖の芽を消し去ろうと掴まれた腕を強引に使い、攻撃するフーシェだったが後方から掛けられるロッシュの声で我に返り、無理矢理軌道を変えて下がった。追いつこうとするフェリルだが、塊となった風を受けて追撃を諦める。
「ふむ? 主は風使いかの?」
「さぁ、どうだろうな……」
「遠慮せず言うがよい……我好みの魔力が漂っておるから間違いはないだろうがのぉ……」
宙に浮遊して幼いながら妖艶な笑みを浮かべるフェリル。その直後、彼女は地面に叩き伏せられた。
「フーシェ!」
フェリルを地面に叩き伏せたのはロッシュだった。しかし、彼の行動は攻撃ではなく相手の拘束。そのため即座に攻撃役であるフーシェを呼ぶ。
「ァアアァイアンンゥハンマァアァァアアッ!」
「っ、っと……ふぅ。か弱い女子に何をするか……」
フェリルの頭部にもろに入ったはずの一撃。【竜の眠る地】の地面が砕け、深く亀裂が入るほどに力が込められたその一撃を喰らってもなおも彼女は平然と立ち上がった。これには流石のロッシュも多少動揺する。
「化物め……」
「ふん……人間如きが……傲慢にも己が尺度を絶対とし、我を化物呼ばわりか。偉くなったものじゃのぉ?」
「その人間如きに僻地にまで追いやられているのはどこのどいつだ?」
ロッシュの呟きに応じたフェリルだが、その言葉で煽り返される。しかし、煽り返したと思ったのは人間側だけのようでフェリルは哄笑を上げた。
「ほ、ほほほほほほ! ほー! まだ、気付いておらぬのか? それとも、理解しておらぬのかの? 愚かなり、人間よ……」
「……その分だとやはり中央に何かが起きてるらしいな。大方、魔族か何かの侵攻だろうが……」
「んむ? まぁそれはそうじゃな」
フェリルの反応からロッシュは今回の魔物の動きと敵が溢した情報によって推測し、危惧していた問題が現実のものとなっていることを知り、苦い顔をする。しかし、フェリルの方はロッシュがカマをかけたということなど些事の様にあっさりと認めて別の話を始めた。
「主ら、この地を何だとしておる?」
「……【竜の眠る地】だが」
会話でフミヤが回復するまでの時間が稼げるのであれば大歓迎であるとロッシュはフェリルの問いに素直に答えた。そしてその問いにフェリルは満足したようで頷く。
「うむ。その通りじゃ。我の母様が眠る地である……」
「それがどうした?」
「口の悪いガキじゃのぉ……母様を起こしてもよいのじゃぞ?」
はったりだ。ロッシュは一瞬でそう判断して笑った。だがしかし、フェリルはロッシュの反応などお構いなしに続ける。
「主らは我の魔術特化の姿を見て幼いとは思わなかったのか?」
「……魔物の感性など知らん」
「ふむ。どうやら主は実際にその片鱗を見せねば気が済まぬようじゃの……安心せい。本当に起こすとなれば我の食べる分が減ってしまう。我が死ぬか、それに類する危険がない限りは起こさぬよ……」
そんなに強いのに困ったらすぐ母親頼みか。とんだ小物だな……そう、煽ろうとしたロッシュだがその思考が芽生えた時点でどうしようもない悪寒に襲われて言葉を飲み込んだ。
その、一瞬の間に、フェリルは原始的な服から魔物の胃袋で作られているらしい古ぼけた黄土色の袋を取り出すとそこから干し肉のような何かを口に運び、飲み込んだ。
「さて……母様の肉で少々我の身体の情報を書き換えせてもらったぞ……これで、この地に眠る母様がせっせと溜めている魔力を流用できる……」
「っ……いや、これ……えぇ……」
「マジか……」
隙を窺っていたフーシェが二の足を踏んでロッシュの隣に退避した。心が折れそうになっているのを何とか飲み込み、弟の前で覚悟を決める。
弟のロッシュも平時であれば煽り、相手の平常心を乱すことで戦闘にも影響させようとしているところだがそんなことをする気にもなれずにただ相手を見ていた。
「まぁ安心せい……二度と我に逆らう気がおきぬ程度に1人か2人殺し、生き残りの手足を捥いで心を圧し折るだけじゃ。4人も居ることじゃ……多少減ったところで何とかなるじゃろうし、生きていれさえすればどうせ治るんじゃろ?」
「……二泡吹かせる程度で済ませてくれるんじゃなかったのか?」
下手なジョークで何とか心を保とうとするロッシュだが、フェリルは獰猛に笑って首を振る。
「さっきから舐めた口を叩いておるからのぉ……少々、キツめに教育をすることに決めたぞ!」
「っ! 来るぞ!」
「分かってる!」
この場における大局の勝敗自体は恐らく、既に決まっているのだろう。フェリルには人間を滅ぼしてこの地から完全に追い出そうとする意思は最早ないように思われる。
しかし今後の交渉内容が著しく変わる可能性があり、この場にいるウエノ家の面々にとっては恐ろしき実害のある消化試合が残っている。そのため、ロッシュとフーシェは死力を尽くしてフェリルと再び戦いを始めるのだった。




