23.国境
「ハイパーパンチ、スーパーパンチぃ……っ! 超ウルトラデラックスパンチ!」
「……もう少しマシな名前の技にすればいいと思うんじゃがのぉ……」
ウエノ領、魔物の群れとの境界線の地。そこでフーシェは魔物の長、フェリルに翻弄されて自らが作り出した大穴の中から出られなくなっていた。それは獲物をいたぶる猫のような戦い方だ。
「【刃喰】っ!」
「デスキック!」
フーシェ目がけて狼の口から放たれた不可視の一撃。フーシェは野生の勘だけでそれを蹴り飛ばし破壊すると彼の周囲だけが抉れていく。それを穴の淵から見降ろしつつ賢き化生は笑う。
「ほ、ほ。いい塩梅じゃのぉ……どうじゃ? そろそろ弱り始めたかのぉ? どれ」
「まだまだ、ぁっ……!」
「ん? 何がまだまだなんじゃ……?」
気勢を上げようとしたその直後、フーシェの首筋から血が噴出する。一瞬たりとも相手から目を離さなかったはずなのに、フェリルの梟の嘴には血が滴っており、狂喜の笑みが浮かんでいる。
「ほ、ほ♪ ……い~味じゃのぉ……ん? 地べたに這い蹲って命乞いするなら、血液タンクとして生かしておいてもよいが……どうする?」
返事は、拳。想定内の反撃に更に笑みを深めたフェリルだが、その直後に疾風よりも凄まじき速さで追撃が迫る。
「ほ?」
「っdddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddddダァッ!」
一気呵成。暴風雨の如き乱打がフェリルの身体を打つ。それは確かにフェリルの躰にダメージを与えたがそれよりもフェリルが気になる点があった。フェリルは梟の首を一回転させるほど捻って尋ねる。
「首、治っとるのぉ……?」
「ったり前だ! 鍛え方が違う!」
確かに抉り取ったはずの首の怪我が既に治っている。大動脈を抉り取ったはずで、致命傷のはずだ。いかな術者とはいえこの短時間で治すとは……
「ほー! ほー! ほー!」
愉悦のあまりに梟の顔で大きな笑い声を上げるフェリル。その様を見て、敵が驚いている今こそ好機と判断したフーシェは斜面から躍りかかる!
「まだまだ行くぜぇっ! オラァッ!」
押し込み、ようやく彼は大穴より脱す。が、その手は突如フェリルの深い翼の揃った胴体より生えて来た人間の細腕によって掴まれていた。
それでもフーシェは無理矢理腕をねじ込もうとし……直後、得体の知れない恐怖を前に攻撃の動作を下した指示系統とは別の本能に従って即座に引き抜く動作を命じ、腕を引き抜く。
「いい、肉じゃのぉ……自己再生付きの。高級な。これは捕らえる他あるまいて……」
「んだとぉ……?」
フーシェの周辺では一方的に攻められているのではないかと危惧されていたウエノ家長兄の無事な姿が見れて士気が上昇しており、彼らは前の勢いにも増して徒党を組んで魔物と渡り合っている。
それに対して、フーシェ自身はこれまで感じたことのない悪寒に珍しくテンションを下げて静かに全力を出すべく全身の魔力を更に練り上げていた。
「ほ、ほほ、ほほほほ、ほ……この姿になるのは何時振りか……」
ずるり、音はしないがそう聞こえてもおかしくないような動きで、化物の中から梟の顔だけになった原始的な作りの鳥のような服を着た小柄な人間が現れる。その出現に、フーシェと遠くで別の魔物と戦っていたヒグラが全身に鳥肌を立たせた。
直後、フーシェは反射的に左に跳ね、遅れて自身の腕に起きた事象、それから激痛に気付いて声にならない叫びをあげる。
「ほ、ほ……さて……どれくらいまでなら大丈夫じゃろうかの……試さねば、試さねば……」
「お、おぉぉぉおおぉっ!」
フーシェの腕から千切りとった肉を口に運び、口元を血で真っ赤に染めて笑うフェリスに対し、声を上げて即座に回復し、恐怖を拭い去って躍りかかるフーシェ。元々はこの化物以外の魔物を騎士団に任せて倒し、こいつには集団で当たろうと考えて時間稼ぎをしていたがそうも言っていられないようだ。
(全力でやらなきゃ……殺される!)
全身を赤く染め上げ、彼が自身の弟妹にすら見せたことのない奥の手を使うフーシェ。これは使用期間に関わらず、使用後一日は確実に自身が動けなくなるという彼の本当の奥の手だが今使わねば一生使うことが出来なくなるだろう。
「ほ、ほ、ほ……一気に熟成したのぉ……美味そうじゃわい。ん。ん♪」
小鳥のような無駄に可愛らしい声を上げ、実情としてはフーシェの肉を抉り血の滴るそれを口に運ぶ恐ろしき魔物。ただ、フーシェも黙ってやられているわけではない。攻撃を受けては即座に回復し、そのままの勢いでフェリスに乱打を浴びせる。
その姿はまるで風神。周囲で見ている兵士たちはフーシェが一方的に相手を押しているとみて更なる士気高揚を見せて自らの使命を果たそうとする。
だが、この場にてウエノ軍のただ一人だけがフーシェの実情を理解していた。
(不味い、不味いっ! 当たってない! あいつの全力なのに!)
ヒグラだ。彼は風神どころか時折服の飾り羽を掠る程度、風を切るばかりで何も得ていない彼の息子を脇目に見て焦燥感に身を焦がしつつ、それでも目の前の魔物と戦うことから離れられずに戦斧を振るう。狩った相手は既に二桁に突入しようとしているが、それでも目に見えて相手が減ることはない。
(歳は、取りたくないのぉ……! クソが……!)
自嘲ではなく、本気で自らの不甲斐なさに怒りを感じつつ何とか援軍が来るまで持ちこたえる他あるまいと彼は赤や緑、黒などの魔物の血で染まった戦斧を振るのだった。
「来た。来た。来た……!」
王都の隔絶された場所で男は彼を知る者であれば驚くほどの喜びを見せていた。だがしかし、即座に喜色を隠すと対外的なこの王都での彼の姿、老人の姿になって内心の笑みを隠しつつ部屋を出る。
(何とか間に合った。これで魔族の繁栄は約束された……!)
口の端に浮かぶ笑みは微かなもので髭の中に消えている。彼がこれほどまでに喜ぶ理由は彼の部屋につい先ほど届いた式神が寄越した映像だ。式神自体はここまで全力で飛んだらしく、そのまま消えてしまったがそのもたらす情報は決して安くはない式神が消えたとしてもお釣りが来るほどの吉報だった。
北の魔物、【賢き魔物】フェリルが動き、ウエノ家と戦った。その事実が伝えられたのだ。速報であり詳しい戦況は不明だ。しかし、フェリルが負ける訳がない。よしんば負けたとしても確実に甚大な被害を与えるはずだ。そうなれば【竜の眠る地】の探索と警戒のためウエノ家は動くことが出来ない。
(【魔通話】の開発も何故かは知らんがミヤケがちょっかいを出して少し遅れているとのことだ。これは我らの勝利を地が望んでいるに違いない!)
高価な式神より早い情報伝達が出来る【魔通話】もネフィリスシアが出立前に少しでも仲を深めておきたいという下心で迫るミヤケによって少しだけ製造が遅れていた。
ミヤケからすればネフィリスシアがもしかしたら転移者、もしくは転生者ではないかということで急接近していたのだが、ネフィリスシアからすれば単なる邪魔だ。なまじっか未知の情報という話だけは面白いのが邪険に扱うことも出来ずに困らせる要因となる。
(今こそ魔族の立ち上がる時!)
人間領に紛れ込んでいる魔族は、これから最前線にある砦の前辺部を奪還した魔族たちを掃討すべく派遣される勇者を祝う会に向かいつつその真逆のことを思いながら既に送った指示の結果を待つのだった。




