22.北の魔物
「出て来やがったか……」
「出て行きやがった……」
真逆の反応を示したのはロッシュとフミヤの兄弟だった。それぞれ、フミヤの反応は姿を見せなかった強大な敵に。そしてロッシュの反応は勝手に突撃した長兄に向けて向けられている。
「……まぁフーシェもそこまで馬鹿ではないと信じて時間稼ぎに使おう。ココ!」
「準備は出来てるよー」
有事には即座に事を運ぶウエノ軍。長いこと攻め込まれるということがなかった領民たちの混乱の中で彼らは即座に行動に移していた。
「ココは領民たちの誘導を任せた。本来なら父様が向いているんだが……」
「えーっ! つーまーんーなーいーっ!」
「……あの人たちも勝手に出撃してるんだから仕方ないだろ全く……」
「フミ兄ぃ! ココも行きたい!」
「……遊んでる場合じゃない。ロッシュ、本気で事に当たらないと……死ぬよ?」
家族間のやり取りを続けていた二人に緊迫した空気であることをフミヤは態度と口調で告げる。既に彼は小さく炎翼を出していた。
「……それほどか。だとすればフーシェが……」
「あぁ。ココ、魔具を渡したのはどの部隊だ?」
「え~……いつもの人たち……」
フミヤの口調が険しいものになっていることを受けてロッシュは警戒のランクを一つ上げて顔を顰め、ココはそれでも納得いっていないようにしつつもフミヤの言葉に応じる。そしてロッシュは察してフミヤに命令を下した。
「フミヤ、精鋭100名を以て救出に向かえ。戦う必要はない。時間を稼ぐだけでな」
「……ギリギリ、かな。父さんの方も結構連れて行ってるみたいだし」
「いいか、万が一の際にはお前だけでも逃げて来い。その心構えはしてあるだろうな?」
フミヤは無言で頷くと空を駆け、この危急の時においても最初に集まった精鋭たちの下へと向かった。
炸裂した大地。少し先にあったはずの川に地形が変わりかねない程土砂が吹き飛ばされているその地にウエノ家先代当主のヒグラと彼に仕えていた家臣団。それからその軍団に合流したフーシェは到着した。
「……ここか」
「言ってる場合じゃねぇっ!」
先頭を走っていた父親が隊列を整えよう、そう思いつつ目的地に着いたと呟くその一瞬の間にフーシェは動いていた。直後、甲高い音と共に何かが弾かれ、地面に転がる。
「~っ!」
「総員、戦闘準備!」
地面に転がったのは粗末な矢。しかし、その辺の植物でさえ鉄を喰らうと称される【竜の眠る地】におけるそれは人間にとってはとんでもなく頑強なものである。
それが、矢の如く降り注いできた。
「なぁっ……? どうなってる! 魔族か⁉」
「違うみたいだぞ親父……ありゃ、ゴブリンだ……メガトンパンチ!」
何とも言えないネーミングのただのパンチ。しかし、放つ当人がフーシェであれば話は別だ。先日までは草原だったはずの地帯に突如現れている鉄を喰らうと称される木々を薙ぎ倒し、その奥にいたダークゴブリンたちの一角を吹き飛ばした。
「おぉっ!」
「長兄様に続けぇっ!」
フーシェの一撃に勢いづく騎士団。しかし、それをヒグラが悲鳴にも近い怒号で止めた。
「待てぇっ!」
全身を硬直させ、不自然な動作をしてでも止まる騎士団。ウエノ家の放つ強烈な一撃の後に空いた空間へ突撃するいつものパターンと思っていたその矢先に放たれた強烈な命令に彼らも何事かと驚きつつ飛矢に対処する。
「……ヤベぇ。親父、分かるよな?」
「ったりめぇだ……そこまで耄碌してねぇよ……!」
全身に警戒色を漲らせ、魔力をはち切れんばかりに込めるウエノ父子に尋常ではない様子を見て取った一団も一気に力を籠める。それはウエノ軍の現在の精鋭軍ではなかったが、過去の勇姿が幻覚を生みそうな異様とも言える熱気だった。
「ほ、ほ、ほ……生きのいい、餌じゃの」
ただし、森林の奥より出でしこの魔物には関係のないことだ。
「……親父、雑魚は任せた。急ぎで頼む」
「おぉ……」
その姿は異様だった。全体として梟の如き姿をしておりながら、狼の如き四肢を持ち、文様を浮かべている羽のない表皮の見える場所にはドラゴンの如き鱗がびっしりと生えている。頭は双頭で、梟の頭のサブとして狼のものが生えている。
それ、は梟の顔で笑いながら彼ら人間に告げる。
「いただき、ます」
「ウルトラパンチ!」
直後、人間と魔物の間で衝撃。遅れて破裂音と余波が響き渡る。川は荒れ、木々がしなり、ダークゴブリンの一部は立っていられずに転がった。
「全軍! あの化物はフーシェに任せて雑魚を狩れ! 邪魔させんじゃねぇぞ!」
「突撃!」
それが開戦の合図。ウエノ軍は彼の魔物をフーシェに任せて他の軍勢に襲い掛かる。それを受けて魔物は更に笑った。
「ほ、ほ、ほ……まぁ、減るのは致し方ありませんね。それに、旬を過ぎた餌ども……たまには部下孝行してあげましょう……全種、解禁」
魔物の雄叫びと怒声が響き渡る。奥より現れたのは異形の化物だ。四肢の他に更に腕が2対あり、上体と中体、下体でそれぞれ動かすことが可能な体を持つ熊の頭を持つゴリラのような生物。三つ首をもたげ、人間の常識から外れた動きを見せる大蛇。天使のようなシルエットながらその姿は一目見ただけで魔物とわかるような醜悪な化生。
いずれも、開拓地付近では見かけない存在でありウエノ家の軍でも集団でなければ歯が立たないような相手だ。
「チィッ……!」
「親父ぃっ!」
「何を余所見してるんでしょうか? ほ、ほ……踊り食いの気分でなければ食い散らかしているところですよお馬鹿さん?」
一つ目の巨大な鬼、その中でも色が違う強力な個体が振るう棍棒に弾かれ、後退を余儀なくされた父に思わず反応してしまうフーシェを襲う魔物の長、フェリルの一撃。
しかし、それはわざと生み出された隙だった。フェリルの生かさず殺さずの一撃はフーシェによって簡単に捕まり、そのまま地面に叩き付けられる。
「ほ……」
「すごいキック!」
更にストンピング。岩盤が砕け、粉塵が舞い上がる。【竜の眠る地】という頑強な地盤でなければ周囲に地形変動をもたらしていたであろうその一撃を喰らって……フェリルは笑っていた。
「ほーっ! 面白い。食べごたえのあるやつじゃのぉ! 名乗れ! 小僧!」
「ウエノ・フーシェだこの野郎!」
言いつつ、地面に張り付けた状態から逃さないとばかりに連撃を叩き込むフーシェ。全身に魔力をみなぎらせたそれは一撃で大岩を砕き、水面を抉るそれだが……フェリルは意に介した素振りを見せず、梟の目を金色に輝かせた。
瞬時に、フーシェは何らかの危険を察知してその場から飛び下がる。そして相手を睨みつけるもそこには既にフェリルの姿はなく……直後に彼はフェリルを大穴の淵で発見した。
「ウエノ・フーシェか。あ奴が言っておったウエノ家じゃな? 確かに面白い。こんな餌を寄越すとは気の利いた奴じゃのぉー」
「……あ奴? 誰から聞いた!」
話を聞いて違和感を覚えたフーシェが穴の中からフェリルにそう返すも彼の魔物は梟の首を捻じり、異様な角度になりつつ応えた。
「そう言えば、我のことを野郎と言ったかの? 見れば分かると思うのじゃが……あぁいや。そういえば彼奴等がそう、思わせておったのか……」
「何だとこの野郎! 質問に答えろ!」
「……まぁよい」
柏手1つ。これまで単なる食事としてフーシェを見ていたフェリルの様子が変わり、戦闘を開始する準備を整えた。
「【賢き魔物】フェリル。貴様を殺して喰ろうてやるわ。冥途の土産に我の名を覚えておくがよい!」
「ほざけぇっ! スーパーメガトンパンチ!」
大穴を抉るその一撃。フェリルは宙に舞いそれを躱すと……そのままフーシェに躍りかかった。




