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21.ウエノ領の動乱

「おかしい……」


 ウエノ領のギルドにて忙殺されかかっているタチアナは目の前の仕事量から現実逃避するかのように虚空を見つめてそう呟いた。


「ギルド長! 先代との面会……あ、多忙のため「行くわ! だからこちらの代理はお願い!」うぅ……」


 忙殺寸前にてギルド職員が長官室という名だけ立派な事務室に入って来てこの地の先代領主の訪問を告げるもタチアナの仕事量を見て何かを察し、勝手に手続きを取ろうとして仕事を押し付けられた。


「よろしくね!」

「鬼! 悪魔! タチアナ!」

「軽口叩く余裕があるなら担当増やすわよ?」


 部下を黙らせるとタチアナは久し振りにシャワーを浴びて身支度を整え、ギルドを後にするのだった。




 そして身支度を整え、王都でウエノ家と対面した時の様な凛々しいギルド員の姿になったタチアナが向かった先はこの建物内でそれなりに整えられた場所、応接間だ。そこに入る前に先代領主、ヒグラを招き入れるように指示を出して自身は室内に入った。


(……さて、こっちはこっちで別の気合を入れないと……)


 そう意気込んで深呼吸するタチアナ。ほどなくして先代領主であるヒグラがやって来てタチアナも立って彼を招き入れた。


「ギルド長を任されております、タチアナ・ティンベスターと申します。御高名はかねがねより伺っております」

「ウエノ・ヒグラだ。ま、堅苦しいことは抜きで行こうや」


 フーシェの父親らしいがっしりとした体つきとざっくばらんな話し方。そしてロッシュの様に静かに相手を探る目とココのような天真爛漫な明るさ。最後にフミヤのように底知れない感じを与えてくる先代領主のヒグラ。

 タチアナはまず、ウエノ家の特殊性などで驚いたことなどを含めた軽い世間話で場の雰囲気を温める。相手もそれなりにタチアナの発見に驚いたり誇りに感じたことを自慢げに応じるなどしてしっかりと場が温まったところでタチアナは今日の本題に入った。


「……それで、これほどまでに強いウエノ家の軍が、どうして先の大戦にて女にすら負ける名ばかり集団として揶揄されることになったのか。この点が本当に不思議でなりません」


 領民の一人が大陸最強の魔物たちが住まうこの【竜の眠る地】にいる魔物と渡り合うだけの武力を持つということに驚いたという話からタチアナがなるべく自然を装ってそう問いかけるとヒグラの視線は一気に鋭いものに変わった。それを受けて危うく漏らしそうになるタチアナだが何とか取り繕う。


「いえ、含むところなく、本当に不思議なんですよ……少なくとも、激しく争ったのであればその痕跡が残るはずですし、それを見てギルドも……」

「……嬢ちゃん、こりゃ誓って言うけどよ。俺たちは手を抜いたわけじゃない」


 険しい顔をしたまま、しかしヒグラははっきりとタチアナが本当に尋ねたかった点についてだけ答えてくれた。ただ、だとすれば疑問に残るのは何故ヒグラたちが戦った後の痕跡がないのかだ。その問いをしようとして、彼女の視線の意味に気付いているヒグラは溜息をつく。


「確かに、色んな要因があった。最初は相手が女ばかりで非戦闘員の集まりを陽動として俺らにぶつけ、見捨てることも出来ないだろうと油断を誘う物だろうと受け取り甘く見ていたこと」


 ヒグラは頭を掻いて指を一つ折り曲げ数えていく。


「人里が近かったため、大規模な魔術を使わないように命じていたこともそれに当てはまるな。それからそれらの要因で先手を取られたこと」


 これで三つ。しかしヒグラは首を横に振った。


「だがな、これらは全部俺たちの訓練の前じゃ刹那の油断に過ぎねぇ。確かに先手を取られる結果になったが即座に立て直して戦ったさ」


 浮かない顔をしているヒグラ。タチアナは黙って彼の言葉を待った。


「ただ、相手が本当に強かった。それだけだ」

「……?」


 タチアナは言いようのない疑念に駆られた。確かに、相手が強ければ功績を立てられないこともあるだろう。しかし、そうなれば激しい戦闘痕が残るはずだ。

 特に、ウエノ家の魔術は強力なため、人里が近くにあったとしてもそちらに向かわないように使用すればギルドなどの調査員が調べればすぐに分かる。


「……ギルドからすれば不思議だろうな。強い相手と戦ったというのにその痕跡がないってのは」


 無言のタチアナの疑問に即座に応えるかのようにして彼はそう告げた。しかし、その答えはタチアナの納得がいくものではない。


「……俺たちは手を抜かされたんだ。原理は分からん。何でそうなったのかもな」


 本当に困ったように手を上げて力なく笑うヒグラ。その態度は彼がこれまで話していた時の威風堂々たるものではない。


「力が入らない。魔術が使い辛い……脱力させられたんだよ」

「……そのような報告は……」


 そんな危険な相手であれば即座に報告に上がるはずだ。しかし、ギルドで女だてら人一倍功績を上げるために様々な情報を手にしていたタチアナでもそんなことは知らない。そう告げるとヒグラは笑う。


「当時は、まだうちにも力があったもんでよ。きっちり報告して、そんな危険な相手がいるならって俺たちは王都の護衛に命じられた……だが、奴らはそれっきり来なかったんだ」


 沈黙を以てタチアナは応じる。ヒグラはそのまま続けた。


「そうなれば、俺たちは手を抜いて女に負けたっていう話だけが残る。実際には負けてもないが、勝ちも出来なかった。奴らは異常なほどタフで、斬っても倒れねぇんだよ……全員撤退し、誰も残らなきゃ相手の記録は残らんさ。それに、俺たちが潰れてくれた方が嬉しい輩がたくさんいてね……」


 力なくヒグラが笑う……その時だった。領民が岩盤を割るため、爆発音には慣れているはずのこの領土でも聞き逃すことのできない強烈な炸裂音が鳴り響き、建物が揺れた。


「……嬢ちゃん、ギルドに指示だ。緊急で、避難勧告」

「は、はいっ!」


 話している暇はないとばかりに鋭い眼光を呼び戻したヒグラ。その肌にはここから遠い地にもかかわらず肌を切り裂くような濃厚な魔力が感じられた。


「ギルド長! 一体何が……」

「緊急で住民たちに避難勧告を!」

「わっ、わかりました……が、理由は……」


 何故避難勧告をしなければならないのか分からないギルド員から質問の声が上がる。そんなもの、タチアナにもわからなかったが代わりにヒグラが応えてくれた。


「化物が起きたらしい。しかも、御大層な群れを連れてな……」

「て、敵襲ですか?」


 ならば、この地にいる騎士団であれば対応できるのでは……そう思った矢先、ヒグラから押し殺すような叱責の声が飛んだ。


「馬鹿言うなよ? ウチの騎士団が弱いとは言わねぇ。だが、今回の相手は規格外だ」

「は、はぁ……」


 それでもいまいちピンと来ていないらしいギルド員。今度はヒグラも怒声を上げた。


「分かったらさっさと行け! ここで情報を止めてどうするんだ!」

「は、はいっ!」


 慌てて飛ぶように外に出るギルド員。それを見送ってからヒグラはタチアナに指示を出してギルドを出て武装しに走った。


(……馬鹿が! 護衛の騎士団もなしに勝手に開拓を進めやがったな!)


 爆発が起きた方面、凶悪な魔物の群れの気配が突如出現した場所にはそれ以外の気配が感じられない。それに、ヒグラの自慢の子どもたちは全員開拓村の中にいる。今、慌てて準備をしているところだろう。


(……フーシェだけは準備もなしに戦いに向かってるらしいがな……)


 兵を率いることなく単身で向かっている長兄の姿が見えた。血は争えないものだな……そう苦笑しつつ兵を率いる準備をしている他の兄妹たちのことを考え……ヒグラは別行動をとって敵陣へ向かうのだった。




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