19.動静
そして、ネフィリスシアにとって旅立ちの最初の日が訪れた。周囲に高官や研究者、魔導士が集まる中で彼女が作り上げた魔具の発表が行われるのだ。
(……負けない)
その参加者の中には高官、特に騎士団の団長ということでナタリアの姿もあり、ネフィリスシアは声にこそ出さないが、内心で対抗心全開だった。対するナタリアはそのネフィリスシアの感情に気付いており、少し避ける素振りを見せている。
彼女は叔父のメディシス家が苦手なのだ。それに、フミヤを盗られたという過去もありネフィリスシア個人が嫌いでもある。
そしてナタリアはネフィリスシアから見て側近であるレナートの影に隠れるのだが……その態度がネフィリスシアの怒りを更に買った。
(別の男がいる浮気女なんかに、絶対負けない……!)
もし聞こえていたとするならとんだブーメラン発言だとナタリアからすれば思ったことだろう。ただ、ネフィリスシアが思うようにナタリアとレナートが付き合っているかもしれないという噂は貴族内では専らなものだ。ラッツケンプのレナートと王族であるナタリアであれば家格も釣り合っており、現在のサロン内での噂ではトップのカップリングになっている。
尤も、最新のサロン内では研究熱心なネフィリスシアが知らないところで彼女自身と勇者ミヤケの恋物語が捏造されて駆け巡っているのだが。
「……それでは定刻になりましたので遠隔無線式通信用魔具、【魔通話】に関する発表を行います」
落ち着け、この魔具の性能は発表するまでもなく素晴らしいものだ。多少のミスを犯したとしても何とかなるはず……そう理解していてもこれからの進退がかかっているこの一件、ネフィリスシアの声は震えて始まった。
(フミヤ……私、頑張るから……)
震える声を自覚したネフィリスシアはそれに気付いて一度強く瞑目した後、気持ちを切り替えて発表を再開するのだった。
「では、最初に概要から……」
(……これは、確かに凄いものだ……)
発表を聞いていたナタリアはこの部屋より別室に移動し、会話を成立させている目の前の人の頭ほどしかない通信装置を見て驚いていた。現在はやらせを疑われないように代わる代わる電話を行っては皆、興奮した面持ちで戻って来るという有様だ。
「いやいや! これは確かに、これからの歴史を変えるに相応しい魔具だ……!」
「魔通話、と言いましたね? ネフィリスシア様は一体どうしてこれを思いついたのですか?」
まだ実験の最中、発表の半ばにも関わらずに既に終了の雰囲気を醸し出して一行は興奮してこれの利用法などについて話し合っている。特に、現在は魔族との戦時下。更には先の戦いで中央貴族の子息たちが魔族にやられて戦況は優先ながらも負けたという事実が効いている。軍部はネフィリスシアが個人でこれを作ったということから量産計画まで立てている状況だ。
「……皆様、これでこの魔通話が本物であるということの認識はいただけましたでしょうか?」
ネフィリスシアが場を制してそう告げる。すると興奮していた集団も少し落ち着きを取り戻して視線を再びネフィリスシアに戻した。
「ありがとうございます。それでは、更に話を進めさせていただきたいと思います……実は、先日の時点でこの魔通話、少し遠くにまで運ばせていただいております。」
「おぉ!」
そう告げたネフィリスシアは先程まで使っていた魔具に強烈な魔力を通して遠くまでその魔導波を飛ばした。
(……お願い、周囲に魔族がいませんように……!)
ネフィリスシアの魔力を上回る存在がそこにいた場合、魔導波は妨害されて相手にまで届かない。また何らかの悪意を持った存在が魔石をつなぐ不可視の魔力糸に向けて一定出力以上の魔術を用いていた場合もそれは使えない。この実験を失敗するわけにはいかないネフィリスシアは通信がつながることを祈りつつそれを行い……
「聞こえますか? αより順番に返事をお願いします」
『! き、聞こえています! こちら、αです。現在、ヤカパの宿にて待機中です! 以上!』
成功した。ざわめく室内。ヤカパといえばここから10km離れた町だ。この距離で通信が出来るのであれば一気に重要度が跳ねあがる。
それはいいのだが……ネフィリスシアの視線を受けてナタリアは首を傾げていた。凄いのは理解できる。自慢したくなるのも分かる。だが、自慢したい相手としてなぜ自分を見ているのだろうか? ここには自分よりも自慢できる相手はたくさんいるというのに。
(しかも、敵意が凄いな……アレで隠しているつもりなのだろうか?)
側近のレナートがずっと警戒して即座に飛び出せるように身構えているほどだ。しかし、周囲の大人たちはネフィリスシアの発明に夢中でそんなことを気に掛けている様子がない。更に、ネフィリスシアの方もそつなくそれをこなす。
「素晴らしい……! これで人類はさらに飛躍すること間違いなしだ!」
「もう少し早くできていれば先の戦いで無様を晒すこともなかったかもしれませんな」
興奮する軍部に皮肉をぶつける文官もいたりしたが、それでもこの場はネフィリスシアの発明の発表場であり、彼女は公爵家の人間でもあるということで口論に発展することはなく収まった。
そう、この時点で彼らにとってネフィリスシアは公爵家の人間であり、発明家、研究家といういくつかの側面を持つ人物へと格上げしたのだ。更に発表が結びに近づく中でネフィリスシアは告げる。
「こちらの魔具ですが……私であれば1週間に5つ、生産が可能です。また、コストも私が作るのであればそれほどかからないため、量産可能です」
自分が作れば。この点に力を入れておく。他に作れる人物は……ウエノ・ココ以外に知らない。そして大量のダミーコードを入れている限り、そうやすやすと他人に作ることは出来ないだろう。
その思いは隠しておきつつ最後に質疑を求め、実用可能かという点について様々な質問と量産と使用、それから肝心のネフィリスシアの意図についての質問が飛び交う。
それが終わり、ネフィリスシアの父が彼の友人である国立魔術学園研究所の所長からネフィリスシアに対する賞賛の連絡が入った時、メディシス公爵は思わず天を仰いでネフィリスシアの覚悟を見誤って自身が失策したことを悟るのだった。
「……ロッシュの奴は、何をここで足踏みしておるんじゃ。まだまだ行けるというのに……」
所変わってウエノ家。そこではウエノ家前当主であるウエノ・ヒグラが彼と共に引退した家臣団の高齢組を連れて酒を飲んでいた。
不満は、領土拡大に対するロッシュたちの消極的な姿勢だ。特に、ヒグラが招いた失策で飛ばされたのだからここで汚名返上をかけて全力で頑張っていきたいと思っているのにもかかわらず、その努力を抑えられていることが自分が完全に要らないと言われているようで気に入らなかった。
「まぁまぁ、落ち着きましょう?」
「わかっとるわい……もう、引退した身。あれこれ口出しはせん……が、儂が思っていることは領民も思っておるということだが……」
別に全員が自分と同意見というわけではないだろう。しかし、確実にそのような意見は上がっておりそう言った意見は自分かフーシェに上がっている。
(……割れなければいいのだが……)
長兄が相続することが普通だと思っており、未だにロッシュが継いだことを納得いっていない人がいることは知っている。しかし担ぎ上げる神輿がいないためその声は次第に小さくなっているところだ。
ここに来ての領民とのすれ違い。嫌な形で暴走しなければいいのだが……そう思うヒグラだが、言葉がそれを実現させるのを恐れて沈黙のまま酒を呷るのだった。