1.別れより始まる
「メディシス様ご機嫌麗しゅう……本日もお美しく……」
「えぇ」
学校が終わり放課後、サロンが開かれるとお嬢様は俺を引き連れてサロン室へと直行。王族の血を引く公爵令嬢ともなれば周りがいかに貴族とはいえ向けられる視線も変わる。
(……それでも美貌に釣られた下心の籠った者の方が多いんだがな……)
公爵令嬢という肩書以外にもお嬢様の美貌は人の目を引く。そのため様々な問題が生じやすい。
世間話をしている間にも駆け引きは行われており、俺は数少ない限られた人しかいない中でも目を凝らして周囲を見ていた。
すると、一瞬目の前の男子生徒の貴族と目が合った。彼は……豊かな穀倉地帯を下賜されているブラウンディ伯爵の子弟だったな。
「……そう言えば、ネフィリスシア様。そこの者はウエノ家に連なる人物でしたよね?」
彼は表面上何もないような顔でそう切り出すが、お嬢様は自分の名前を気安く呼ばれたことで形の良い眉を歪める。
「えぇ。……それが何か?」
「何でもウエノ子爵が代替わりされるそうで。」
その言葉はまさに俺の思考を止めるに相応しい内容だった。父さんが引退? ……確かに衰退していくウエノ家の現状を招いたと元気がないとは聞いていたが……
俺が聞いてないということは当然の流れでロッシュ兄貴が継ぐということだよな……俺にもなんか起きるか……? いや何かあるだろうな……よく言えば豪放、悪く言えばおおざっぱな父さんと違ってロッシュ兄貴はかなりのやり手だし……
ロッシュ兄貴は確実に動き出す。関係者ってことで余波が来そうだよな……
「そう。で?」
「まだ若いウエノ家の当主様をどう見られますかね?」
「……あまり関係がないわ。」
……ふむ。メディシス家はウチに干渉するつもりはないと。ロッシュ兄貴はどうするんだろうな。カードとしては初代が作り上げた日本食とかの観光しか領地に売りはないが……
「そうですか。……ではそちらの者と当家の……私の妹との婚姻話が上がっているのには……」
「干渉していない。破棄してもらって構わないわ。」
……おい。手が早すぎるぞクソ兄貴……成程、まだカードあったな。婚姻か……俺にその気がなさ過ぎて行き遅れの年齢に達そうとしていたせいでこんなに簡単な物を忘れてた。
一番上だけど継ぐ気のないフーシェ兄貴は二番目だけど正統後継者になってるロッシュ兄貴が何かあった時の為に家に置かれてるが俺から下はどうでもいいもんな。
あ、ってかお嬢様今何気に干渉しないって言ってたのに俺の婚姻破棄を断定したな……まぁ、学校に通っている17歳の彼の妹となると……うん。ありがたいな。
「……勝手なことを……」
お嬢様がお怒りだ。メディシス家の手が入っていることを疑われたことが気に入らないんだろう。ロッシュ兄貴……もう少し手回ししてから……ってんなわけないよな。あの兄貴に手抜かりがあるなんてことはない。
(……何だ? 本命は何をする気だ……? 情報を集める必要があるな……)
この後ウエノ家への軽い皮肉が続くがそれが終わるといつもの通りにお家自慢と結婚話、それにかこつけて軽い口説きが入ってからそれならと周りも参加し、収拾がつかなくなりそうになったところで閉会した。
「……フミヤの婚約者は……ねぇ?」
「はい。」
帰りのマジックカーの中でもお嬢様はお怒りのようで何か言っていた。俺は差し支えない程度に合いの手を入れ、話を聞いて反応し、そして話を促しているとすぐにメディシス家に着くことになる。
今日はサロンで少し考えないといけない課題があったな……と思う程度だった俺だが、ここに来て考えは変わる。目の前に見たことのある人物が来ているのだ。
思わず車のスピードを緩めるとお嬢様も気付いたようだ。
「……ロッシュさん? 何故ここにいらして……」
それは俺が訊きたい。だが、それをするためにもまずはマジックカーを止めなければならない。駐車場にそれを止めるとロッシュ兄貴は俺の方へとやって来てまずはお嬢様に優雅な礼を取って挨拶を述べる。お嬢様もそれを受けた。社交辞令が終わるとお嬢様の方から本題へと切りこんでいく。
「……それで、ロッシュ様は私に何か御用ですか?」
「はい。今日まで愚弟の御指導のほどの感謝を。」
ん?
「……どういうことですか?」
お嬢様のご機嫌が更に悪くなった。ただでさえ怜悧な眼差しが更に鋭くなり、ロッシュ兄貴に冷気にも似た眼圧が襲い掛かる。だが、この兄にそんなものは通じない。
「えぇ、おそらくは御想像の通りです。そこの愚弟は本日を以て研修を終えてウエノ家へと戻って来てもらいます。ネフィリスシア様。本日まで誠にありがとうございました。」
「っ!? 何を急に……」
……まさに、電光石火。凄いな兄貴。噂が聞えてきたのとほぼ同時でこれか。
「メディシス公爵のご印状はこちらになります。」
お嬢様は書状を前に黙り込み、俯いた。その間ロッシュ兄貴は微笑を浮かべながら動かない。そしてしばらく経っても俯いたままのお嬢様の隙を縫って兄貴は俺にアイコンタクト、そして魔力に色を付けて文字を浮かべる。
さっさと 準備 礼
自分の家の当主様の命令だ。何を考えているのかは知らないが無茶なことでもない限り1も2もなく俺は従う。
「お嬢様。急な異動と言うことになりましての簡潔なご挨拶になり、誠に申し訳ありません。メディシス家からの日頃のご厚意、誠にありがとうございました。宮中でのマナーや作法など、今後にもつながるように活かせるものばかりです。ここで職を辞すという形になりましたが、ご縁の方がありましたらまたよろしくお願いいたします。」
……こんな感じだろう。何か違う気もするが。こんな感じの挨拶を済ませて兄貴を見ると兄貴はすぐにこれで終わりということで動き出す。
「それでは、フミヤ。すぐに出るぞ。馬車をお前の家に連れて行け。」
「え、他の方への挨拶……」
「俺が済ませた。急げ。」
なぜそんなに急ぐ必要があるのかよく分からないがメディシス公爵から手紙が添えられていたのでそれを軽く読み流し、挨拶は不要だと書かれていたのでその通りに行動に移す。
「ぁ……」
慌ただしく動くウエノ兄弟。二人はその弟の背中に伸ばされた手、そしてその手の持ち主から漏れた声に気付くことはなかった。