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18.才覚発動

 ネフィリスシアは魔通話を終えると即座に魔具開発における根回しを行った。メディシスの名を名乗れば大したことはない。ネフィリスシアが権力を使うよりも先に相手が忖度してくれて勝手に話が進む。そしてその動きを父も別に咎めはしなかった。寧ろ、余計なことをされるよりも監視できると歓迎してくれた。


 今日も、ネフィリスシアの1日が始まる。フミヤがいなくなってからというものの、彼女の部屋に当人であるネフィリスシアとチェンバーメイド以外の誰かが入るということはない。そもそもネフィリスシアの寝起きが悪いというのは相手がいるからであって、フミヤがいないのであれば勝手に起きる。


 いや、本当のことを言うのならばフミヤがいた時もきちんと早起きはしていた。好きな人相手に本当の寝起きの顔など見せたくはない。軽く、決して気づかれないようにだが少しだけ身だしなみを整えて微睡む間にフミヤが来るのを待つ。そんなことをしていたのだ。


(……へたれ)


 毎日、期待していた。しかし相手は間違いを犯す……ネフィリスシアにとっては正解だが、間違えることもなく、距離を詰めることすらせず、挙句は愛称で呼ぶことすら躊躇う始末。思い出すとムカムカしたが、同時に聞こえてきたノックに返事をし、入室を促した。入って来たのは彼女のお付きだ。


「おはようございますお嬢様。お食事は既に準備されておりますが……どうされますか?」

「……手早く」

「畏まりました」


 当たり前だが父の息がかかっているメイド。不機嫌にあしらわれてもプロである自覚と共にそれなりのことをした自覚はあるため一切の感情を見せずに下がるとネフィリスシアは溜息をつく。


(現物は既に持っているし、それ以外の試供品なんかは送ってもらえる。許可ももらった。後は発表内容についてだけ……)


 生来、口下手なのは自覚している。表情を上手く作れないことも知っている。そして、自分を守るために作り上げた雰囲気の評価も理解している。


(……頑張らないと)


 密かに意気込むネフィリスシアは自身が保有する亡き母の形見である宝具を開き、中にある魔具を取り出した。それは、彼女が現在身に着けているウエノ家と連絡を取るための魔通話よりも劣るタイプながらしっかりと動き、役目を果たす……彼女自作の魔通話だった。


 ノックが響く。食事の準備が出来たのだろう。ネフィリスシアは相手を招き入れ……そして、嫌いな相手に頼るしかないことを歯噛みしながらも告げる。


「お嬢様、お食事の用意が出来ました」

「すぐ行くわ……それから、食事の後にお父様に取り次いでくれる?」

「……でしたら、食事をご一緒になされるとよいかと……」


 父親はまだ朝食を取っていなかったのか。メイドは一緒に取るのならば準備すると答えてネフィリスシアに選択を促した。彼女はそれを受け入れる。


「それでは、ダイニングにてお待ちください。準備は済んでおりますのですぐに持ってまいります」


 頷くネフィリスシア。メイドは先に去ったが、ネフィリスシアもその後に続こうとして……自室の窓が震えて音が届いたのを感じ取ってその足を止めた。その顔には微かに笑みが浮かんでいる。


(ココ、早過ぎよ……)


 常識知らずのこと。しかし、喜ばしい出来事。ネフィリスシアは窓を開いて中に透明な何かを招き入れる。それは、帽子を被った四つ足の獣の姿を取って部屋に降り立つと二足歩行の猫に変わった。


「我が主、ココよりお届け物です。サインを」

「……お疲れ様、アルプ…………これでいい?」

「えぇ確かに」

「ぁ……ココにありがとうって伝えておいて? それから……魔石……」

「承りました。それでは」


 精霊におやつ代わりの魔石を与えてネフィリスシアは彼を見送る。そして残されたのはココの使い魔であるアルプが持ってきた木の箱……その中には幼少期のココが開発し、ウエノ家では殆ど使われなくなった昔の魔通話が、ネフィリスシアが自分で魔術構文マジュールを書いて改造することが出来る範囲のものが、5つ入っていた。


(ココ、ありがとう……)


 それを箱ごと持ってネフィリスシアは父親の待つダイニングに向かう。父親であるメディシス公爵は彼の愛しの娘であるネフィリスシアの到着を待っていた。


「ネフィリスシア、随分と久し振りだな? で、何を頼みたいんだ?」

「……話が早くて助かります。少々、運んでもらいたいものがありまして……」

「ふむ? 言ってみろ……」


 やけに軽い望みに逆に警戒する父親を前に、ネフィリスシアの忙しい一日が始まる。まずは父親との関係を良好……とまでは行かないが、ある程度戻すこと。

 これは比較的容易なことだ。元々、メディシス公爵はネフィリスシアに非常に甘い。家の繁栄と存続にかかわること以外であればネフィリスシアの意向を酌む人だからだ。口数の少ないネフィリスシアだが父親は勝手に頑張って解釈してくれる。


 尤も、この話題が出るまでの話だが。


「そういえば、勇者……ミヤケとは最近どうだ? 彼からは袖にされていると聞いてるが……」

「……研究がありますので」


 露骨に表情を苦々しい物へと変貌させたがメディシス公爵は敢えて気づいていないフリをして尋ねる。


「お前もそろそろ結婚を考える時期だろう? いや、少し遅れてきているくらいだ。あまり研究には……」

「…………結婚……」

「そうだ、今日はお前の研究している学園に臨時講師としてミヤケが来るらしいぞ? 少しは将来の婿を見て考え直したらどうだ?」


 ネフィリスシアの感情には気付いているのだろう。だが、メディシス公爵は道化を演じてあくまで勇者との婚姻を進めようとする。


「学校には、行きますが……」

「まぁ考えておくのだな」


 言いたいことは言ったとメディシス公爵は殊更雰囲気を変えて見せて明るい話をしようとし始める。しかし、一度壊した雰囲気は戻るのに時間がかかる。結局、食事時にその試みは成功せず、ネフィリスシアのお願いを聞くだけで終了した。


(……結婚相手を取り上げて、嫌な人と……これが貴族とは理解してるけど……)


 嫌なものは嫌だ。ネフィリスシアは不満を全て魔具作成へのエネルギーに変換して全力で改造を施す。学校は既に始まっている時間だが、そんなことは関係ない。完成するまでやるのだ。ミヤケが距離を詰めてくる前に研究成果を出さなければならない。そして、ウエノ家が復興してフミヤが王女に盗られるという別のタイムリミットもある。


 ネフィリスシアには時間がなかった。


(……あぁもう! 何で瞬きするの……外、うるさい! 学校にはちゃんと行く!)


 魔具を全て製作するまでの間、ネフィリスシアは部屋の外から聞こえてくる周囲の雑音に苛立ち、時折自らの生理現象にも苛立ちながら頑張る。


 全て改造が終わったのは、その日の午後で……


「その、安心したよ。急に学校を休んだみたいだから心配して……」

「…………無事です……」


 未来の妻のことを心配したという名目で、ミヤケが来る少し前だった。部屋の外ではメイドたちがミヤケの美貌に騒いでおり、ネフィリスシアと一緒に居ることで別空間だなどと燥いでいた。


(……帰れ)


 しかし、ネフィリスシアの内心はミヤケの帰宅を促すこと一択だ。不満は会いたくないというのに通したメイドにも向けられている。そして、現在は思いっきり不機嫌ですという表情を作っているつもりで……いつもと大して変わらない不機嫌顔だ。


「それにしても、その……難しい研究をしてるみたいだね?」

「えぇ」

「説明とか……」

「……本当は聞く気ないでしょう?」

「そんなことない! 将来は一緒になるんだから、相手の好きなことくらいは把握しておかないと……」

「そんな義務感必要ない」


 時間がないのに。そう思いながらネフィリスシアはミヤケの相手をしつつ何とか早く研究成果を出して一人前になりたいと思うのだった。



 

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