17.家族会議
ネフィリスシアとの通話を終えたココはその辺に転がっている魔石をネフィリスシア宛に送ってから呼び出しの時間を確認し、移動しているところだった。
(……他人事ながら面白くなってきたなぁ~♪)
室内には既に二人の兄の気配が。当然のように会議に長兄フーシェは呼ばれておらず、兄妹がいない間の防衛を一手に担って外で戦っている。
「ココ、来たよ~」
「入れ」
次兄ロッシュの返事を受けてココは入室した。件の騒動の当事者である三男フミヤはいつもと変りない様子で座っていた。
「……では、家族会議と行こうか」
そしてロッシュの合図によって家族会議が始まる。
「……今日話す議題についてだが……内政における領土拡大計画。それからフミヤ、お前の縁談についてだ。いいか?」
異論はない。ロッシュが話を進め、ココから報告を聞くついでに観察したところ、フミヤの態度にも変なところは見当たらず、何か隠し立てしているとも見えなかった。
(……つまり、天然で誑し込んだのか……)
正直、内政計画について話すというのは方便だ。ただ最初の方で頭を使う話をすることでフミヤの脳に疲労をもたらし、後半の本題の際に話を進めやすくするために行っているに過ぎない。
「それで、荒野の果てにはどうやら水源があるようで、かなり遠くながら視認できるようになり、領民たちは魔術水や地下水よりもそちらから水を引きたがっていて現状、かなり開拓に意欲的です」
「……難しいところだな。フミヤ、どう思う?」
「そうだなぁ……水源周辺には俺も行きはした。その先には龍脈で強化された草が草原になってる……けど、そこから先の魔物はこれまでの、一般の領民で狩れるような相手じゃない。俺でも囲まれれば大怪我をしかねない相手だった……」
フミヤの発言は驚くに値するものだが、正直水源まで広がれば領土を広げることよりも領内の開墾に力を入れて生産性を高めるという方向にシフトする考えは最初からあった。つまり、既にある計画を実行に移すというただの確認にしかならない。
「そうか。水源を広げてこちらに水を引く以上のことはしばらくは止めておこう」
「……領民が変にやる気を出して暴走しなければいいんだけど……」
「だな……」
少々暴走気味な領民と騎士団たちのことを考えて難しい顔をするウエノ兄妹。領民たちは過去の戦い以降戦っておらず、戦意に溢れながらもそれを堰き止められているような状態だ。ウエノ家の矜持を取り戻すべく努力しているがその方向が間違えた方向に行きかねないとロッシュは苦慮していた。
「特に、草原まではまだ騎士団でも戦えるレベルだからいいけど……その奥、森林があるんだ。そこには入りたくなかった」
「フミ兄ぃが?」
「おう……アレは、無理だ。何かいる」
ウエノ家の中でも戦力トップレベルのフミヤが入る事すら躊躇うようなところに近づくことは困難だろう。やはり、荒野までしか開拓を行わないようにするべきだ。それ以降は補給ラインと戦力が整ってからだ。ロッシュの中で既に定められていた結論に向かって話は推移し、そして結論が出る。
ここからがロッシュの中における本題の話だ。
「フミヤ、ナタリア様との話を聞いていて思ったんだが……お前、あれだけ親しくしていたのにどうして王国騎士団の方に行かなかったんだ?」
「ん? いや、だってあの頃はウチを攻撃してくる奴らとしか思えなかったし……」
「じゃあ考えが改まってからもメディシスの方にいたのはどうしてだ?」
(ん~……ロッシュ兄貴はやる気があるからコネ使わないのが変に感じるんだろうなぁ……)
呑気なフミヤはロッシュの質問に対してそんな感想を抱いて適当に返す。しかし、メディシス家ご令嬢との色恋沙汰について少しだが触れてしまっているロッシュの追及はそんな適当に済まされるものではない。更に、ココもその話には乗らざるを得なかった。
「えー? 本当は何かメディシスの方に居たかった理由とかあったりしなかったの?」
「単に移動が面倒だったし、仕事覚え直すの怠かったから……」
その後も探りを入れていくロッシュとココ。フミヤはロッシュには適当に過ごすのはそんなに不思議がることかな? と思いながら返し、ココには女好きなのにやっぱり恋バナとか好きなんだなぁと考えながら普通に答えた。
その結果は、シロだ。
(……やはり、天然で誑し込んだ挙句に気付いてない。これは困ったぞ……ウチの領土転封が決まってすぐにメディシス家との関係が弱くなると見てその前に円満に離れたつもりが、余計な恨みを……)
ロッシュは当主から恨みを買うことはないだろうが、ネフィリスシアから多分に遺恨を残されていると理解した。しかし、彼はそこまでこれを問題視することはない。所詮、貴族の社会ではこういうことは儘あるもので、将来にいい思い出として語る程度だろう。問題は今を切り抜けることだと判断し、フミヤには問題をややこしくさせないためにネフィリスシアの想いには一生気付かないでいてもらうことにした。
対するココは鈍感兄貴がネフィリスシアの想いに全く気付いていないことに驚いた。ネフィリスシアとの魔通話ではそれなりにいい雰囲気だと聞いていたのだ。しかし、完全なる一方通行。ロッシュのように察しのいい兄だと思っていたが、どうやら恋愛事に関してはフーシェと変わらないようだ。
言っていて、失礼だなと思ったが思ってしまったことは仕方ない。そして、済んだことも仕方ない。ココはネフィリスシアとの付き合いで彼女がそう簡単にフミヤを諦めるとは思えなかった。
(領土開発は少し抑制されるみたいだからその間が勝負だよネフィちゃん……鳶に油揚げを攫われるようなマネされたら困るよね? 確かに王女様相手なら……って考えもしたけど、久し振りに会った幼い頃の友人よりもずっと一緒に居た人の方が結婚してからもいいはず!)
ココはネフィリスシアの努力を知っている。人となりも知っている。そして、彼女が太鼓判を押してフミヤとの結婚を認めた相手だ。
(頑張ってね、ネフィちゃん!)
フミヤを挟んだ兄妹で真逆の思惑が交差するが、一致していたのはフミヤには何も知らせないこと。今の絶妙なバランスを崩されては困るのだ。ロッシュは、いつまでも。ココは、ネフィリスシアがメディシス家の、ではなくネフィリスシアがいるメディシス家となるまで。
フミヤの知らないところで彼の縁談は進んでいく。
「……フェリス様、お目覚めクダサイ、フェリスサマ……」
龍脈の深部、【生命の森】。大きなクレーターの中で眠っていた少女に浮遊する目玉が視神経のように連なった触手を伸ばしてこの地における最も賢き魔物の目覚めを乞う。
「ん、うぅ……何だ、うるさいのぉ……」
「ロキシア様より、オコトヅケでございまス。反転攻勢のトキガキタと!」
「ん、あぁ……そうか……ほ、ほ……眠いのぉ……」
騒ぐ目玉に狼頭の魔物は欠伸をして……空間を喰らった。樹冠が消え、空が近くに見える。
「……ほ、ほ……美味、美味……わしはここから出んぞ? それで構わんのじゃろ?」
「そのように、キイテおります! 憎き、ウエノをこの地に!」
契約の再確認を行う賢き魔物、フェリス。それは魔族よりこの地を与えられる代わりにこの地に訪れた全ての生物を逃がさないこと。
「ほほ、ほ……見た、顔じゃの……それに、ここからほど近い……」
「デハ! デハ!」
色よき返事が期待できそうだということで興奮する目玉。しかしフェリスは首を振った。
「ほ、ほ……境界線を越えるまで、わしは動かんがな……しかしもうすぐじゃろ」
「デハ、我々はウゴキ、ます! 合わせて、オネガイシマシタ!」
目玉は白い部分に血管を浮き出して興奮し、消えた。それを見送ってフェリスは境界線……草原と荒地の境に設けたそれを遠くから見据えた。
「ほ、ほ……美味しそうじゃのぉ……ほ、ほ……」
舌なめずりする古き、賢き魔物。近くにあった空は龍脈によって強化された木々によって閉ざされ、闇が満ちた。
「ほ、ほ……」
しかし、フェリスはまだ動かない。獲物が来るのを待ち、闇を深めていくのだった。