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16.裏取引

(懐かしい夢……)


 ネフィリスシアは意識はあれど自由にならない感覚の中でそう思った。眼下には幼い子どもたちがおり、その内の一人は紛れもない自身の幼少期の姿だ。どこか俯瞰している視点でありつつも意識としては幼少期の自分に宿っている感覚を覚えつつ彼女はその夢の中に自らを委ねる。


「返して……」

「うるせーブス! 悔しかったら泣いてみろ!」


 夢の中でネフィリスシアは年の近い男の子たちに虐められている。この時は母に買って貰った新しい髪飾りを取られていたはずだ。理由は、メディシス家の大きさと権勢に対する不満。それから抵抗が弱く、言いつけることもしない無表情のネフィリスシアという個人がそれを助長していたのだろう。

 今であればそう片付く話だが、当時の自分は本当に困っていて嫌だった。それに、今であっても決して心地の良いものではない。


 それでも、彼女がその夢の中に意識を委ねたのはこの後の展開を覚えていて、助けにやって来る彼が欲しいから。


「……って……あ、あれ?」

「はいお嬢様……よく泣かずに我慢されましたね。偉いですよ?」


 音もなく現れ、ネフィリスシアの髪飾りを盗って逃げようとしていた男の子が自分の手から髪飾りがなくなっていることに気付けない程鮮やかに奪い返してネフィリスシアを慰めるのは、彼女のお付きであるフミヤだった。

 ネフィリスシアはフミヤに髪飾りをつけ直してもらい、頭を撫でられながら逃げようとしている男の子が何かを企んでいる目をしているのに気付いてフミヤに告げる。


「フミヤ、あの子が……」

「大丈夫ですよ」

「へ? う、うわ……こっち見んな!」


 気配を殺して忍び寄ろうとした子どもだったが、突然何故か失禁してしまう。先程から何が起きているのか分からないまま、自分の失態を隠すために彼は速やかに逃げて行った。


「フミヤ、何したの……?」

「何でしょうね? ふふ」


 ネフィリスシアの問いにさも意味がありそうなウィンクを返すフミヤ。現在の彼が見たら悶絶ものだろうが、ネフィリスシアにとっては頼もしく見えた。


「……フミヤ、ありがと……」

「はい、……ですが、これからはもっと精進してお嬢様を悲しませないようにしますね?」


 ネフィリスシアだけに向けられた笑顔。小さなときからずっと見守ってくれた男の人に対する仄かな好意が明確に普通の好きではなく、恋だと気付いた思い出。単純かもしれない、簡単かもしれない。それでも、彼女にとって大切な思い出。この時から10年、二人は思い出を重ねて来た。


(……好き、好き、大好き……)


 過去の思い出でも、今想いを深めることは可能だ。いや、今は彼がいないのだからそれしか方法は……夢の中でそう思い、暗くなりかけたその時だった。意識の更に高い場所から騒音が響く。それによって彼女は夢の中から一気に浮上した。


「……魔通話?」


 彼女の目を覚ましたものはウエノ家秘蔵の魔具。魔通話の魔石だった。それを持っている相手はただ一人であり、通話できる相手も彼女一人だけに限られている。ネフィリスシアは声を作るために魔術で水を飲んでから喉を癒し、魔力を通す。


『ネフィちゃん、今大丈夫かな~?』

「……えぇ。ココさん……それで、どうしたの?」


 通話相手はウエノ家末子、4兄妹の紅一点であるココだ。ネフィリスシアとは10年来の付き合いであり非常に親しくしている。

 そんな相手からの通話なのだが、どうやら相手は興奮しているらしい。それが自分にとっていいニュースであればと思いつつネフィリスシアが相手の反応を待つと彼女はネフィリスシアに怒っていた。


『どーしたのじゃないよ! このままだとネフィちゃんフミ兄ぃをナタリア王女殿下に盗られるよ⁉』

「……どういうこと?」


 どうやら、いいニュースではなさそうだ。寝起き早々機嫌を悪くしてネフィリスシアはココに尋ねる。


『そのまんまの意味! 婚約、このままだと普通に進んで結婚しそうってこと! フミ兄ぃも満更でもなさそうだし、過去話を聞いても何で今まで話に上がらなかったのか不思議なくらい親しそうだよ』

「……ロッシュさん、私に嘘を……」


 つい先日の確認のための会話では婚約など寝耳に水だと言わんばかりの態度をとった相手のことを思い出して皓歯を噛みしめる。通話先の相手はロッシュの名を聞いてどこか納得したような音を漏らしたがネフィリスシアのことを非難する。


『ロッシュ兄ぃに何か聞いたの⁉ ダメだよ! 身内ならまだしも……あの人腹黒だから信用しちゃ……』


 ロッシュのことを信用するかどうかは今はいい。それよりも強力な相手を前にスタートで出遅れたことの方が問題だ。しかもこちらと違って相手はウエノ家公認。


「……ココさんは、まだ私の味方……?」

『うん。友達だからね!』


 味方でいてくれると聞いてネフィリスシアはまだ自分にも大きなチャンスが残っていることを理解し、同時にココの嘘を聞き流す。ネフィリスシアはココが基本的に家族以外に興味がないことを知っている。今、自分に親しくしているのもココの一番お気に入りの兄の将来の相手かもしれないからという理由だ。


「……ありがとう。ごめんね? 今からたくさんやることが……」

『うんうん! そうじゃなくちゃね。応援してるよ! 何か要るものとかあるかな?』


 しかし、ココの本当の行動理念を理解していてもわざわざ味方になってくれる相手に言う必要はない。くれるものを貰って、相手を利用する。ココも利用されていることを分かった上でこちらを利用しているのだ。欲しい物を幾つか告げ、こちらからはネフィリスシアのポケットマネーから食料を送る。


 例え、ネフィリスシア個人でそれを送ったとしてもメディシス家の長女である彼女の行動は単独では終わらない。勝手に周囲が判断して解釈をつけるだろう。


『んふふ~……本気、だね?』

「えぇ……待っていたら、逃がされたから……」


 当初の二人の計画ではただ待つだけでよかった。婚期が遅れつつあったネフィリスシアの価値が下がり過ぎることを防ぐためにメディシス公爵が画策した既に囲い込んであったウエノ家の男に嫁がせてウエノ家の武力を手にしようとする計画通りに事を進めれば自動的にそれは得られるはずだったのだ。その期限が、ネフィリスシアが19になること。


 しかし、それは成らなかった。


 ウエノ家の転封。勇者からの求婚。果ては想い人と王族の婚約。


 それら全てにまつわる問題を跳ね除けるには座して待つだけでは不可能。実家の庇護も短期的には利害が一致しないし長期的に見ているだけでは王女に盗られるため、当てにできない。即ち、彼女は自分だけでことにあたらなければならなかった。


『ネフィちゃん、あんまり頑張り過ぎると結婚してから大変だよ?』

「結婚したら辞める」


 求められたものとネフィリスシアの本当の功績と能力を知っているココはネフィリスシアに対して忠告する。すると、思っていたより考えなしに突っ切るつもりだったようだので難色を示して釘を刺した。


『……それは、うーん……フミ兄ぃがバッシング受けそうだから止めてほしいかな……』

「……じゃあ、もっと頑張ってフミヤと一緒に居る」

『Excellent!』


 ココが何を言っているかは分からなかったが、ネフィリスシアの答えは大層気に入られたようだ。上機嫌になったココとやる気になったネフィリスシアはしばらく会話を続けた後、電話を切る。


 恋する乙女の覚醒。


 この状況を仮にロッシュが知ったとすれば「ココ、お前もか……」と呟くことは間違いないだろう。




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