14.ロッシュの受難
ナタリア視点で15年前のフミヤとナタリアの出会いの物語を聞いていたロッシュはあまりに長くなりそうなところだったので出会いの部分で一度話を切ってもらうことにし、丁寧に、何枚ものオブラートに包みこんで失礼にならないように話題を切り上げることに成功した。
「ふむ、これではまだ肝心の約束の部分には触れていないのだが……」
「いえ、第4王女殿下に対して愚弟が大変申し訳ないことを……」
「何を言う。フミヤがいなければ私はとうの昔に死んでいる。感謝こそすれ謝罪を受ける理由はないぞ?」
ナタリアから威圧を感じる。そこは表面上、丁寧に謝罪しておくがロッシュの頭の中は今忙しくて割とそれどころではないのだ。
「ふむ……まだ全然話足りないが、せっかく来たのだから細やかな規定について……」
「何か、お急ぎの連絡が入るようですので、失礼」
不意に言葉を切ったナタリア。そして外の急いでこちらに向かっている気配を敏感に感じ取って天井裏に逃れて気配を消すロッシュ。果たしてその直後にナタリアの側近である美青年、レナートが入室の許可を求めて彼女の部屋に入って来た。
「ナタリア様、魔族領掃討戦についてなのですが……今、よろしいでしょうか?」
「見ての通りだ。それで?」
ポーズとして今が暇かどうか尋ねたレナートに応じるナタリア。彼は天井裏のロッシュの存在には全く気付いていないまま、機密事項を喋り始めた。
「……配置換えの結果、功を焦った中央貴族のドラ息子たちが魔族に敗れて戦線が後退する事態が相次いでいます……」
「……どこまで下がった」
不機嫌さを隠そうともせずに眉を顰めて結果を尋ねるナタリア。怒るのも詰るのも後ででいい。今は状況把握の方が大切だ。そう考えての発言にレナートは素直に応じた。
「いえ、大したことはありません。ただ、中央の者たちが逃れる際に魔族も同時に雪崩れ込んだため、多くが仮拠点を放棄して重要拠点周辺まで下がることになりましたがそこには歴戦のミヤケ家が備えているため何もできずに下がったようです」
「……そうか、不幸中の幸いといったところだな……」
それならば想定内の範囲だ。最悪の場合、言うことを聞かない貴族団のせいで重要拠点の陥落すら考えていた騎士団からすれば高い勉強代で済んだという程度だろう。
「これに懲りて少しは我々の言うことを聞いてもらいたいものだが……」
「流石に彼らも死にたくはないでしょうから多少は……ですが、申し訳ありません。宮廷への報告は……」
「わかっている。私が行こう。レナート、準備を頼む」
「はっ! 失礼いたします!」
先に退出するレナート。その気配はしばらく扉越しにそこに存在したがそれがいなくなってからナタリアは天井裏に潜む者に声をかける。
「聞いての通りだ。申し訳ないが後の話はまた書面にて行う。それでは失礼」
「畏まりました」
屋敷から飛び去るロッシュ。先程の報告から少し疑念に思うところはあったものの、彼は今自分の家がそれどころではないため疑念は即座に消し去って少し思考をまとめる休憩のために甘味処に入ることにする。そのために魔術で変装して少し道をぶらつき始めた。
「……で、どこまでが本当の話だ愚弟」
『……多分、あんまり覚えてないし思い出したくもないけど……全部その通りかなぁ……?』
「思い出せ、全力で。お前の黒歴史なんざどうでもいいから洗いざらい吐け」
そして、こちらで話したことを後で口裏合わせしやすいように魔具で繋いでいたフミヤに確認を取る。ナタリアが少し長時間話したことでそう長く連絡を取ることは不可能だろうが、それでも今の時点で確認しておきたかったのだから仕方ない。悪態をついたところでロッシュは溜息をつく。
「はー……フミヤ、お前、もう……決まったようなものだからな……?」
『分かってる。いや、まぁ実際ナタリアなら、ねぇ?」
連絡先では恋愛話でテンションが上がっているココがフミヤにしつこく問い詰めているようだ。通話の環境が悪い。しかし、どう落とし込んだものか……ロッシュが悩んでいると魔具の魔力切れ通告音が鳴ったため、確認を終了することにした。
「悪いが魔力切れだ。少しだけ疲労回復してから急いでそちらに戻る……そうだな、明日には着くといったところか?」
『あーもっといい魔石の奴渡しておけばよかった~! フミ兄ぃ、話はまだ』
『分かった。ココ、魔通話中は静かにしてろ……じゃ』
「あぁ」
通話終了。それと同時に頭の疲れを癒すための甘味処を発見し、ロッシュはそこに入ることを決め……
「ウエノ伯爵」
「っ!」
入ろうとしていたところに、声がかかる。魔術による屈折で自分だとはなるべくわからないようにしていたところに掛けられた声は普段冷静なロッシュを驚かせるには十分なものだったが、声の主の姿を見てロッシュはさらに驚いた。
「これはこれは……ネフィリスシア様。ご機嫌麗しゅう……」
「えぇ、それよりも今はいいかしら?」
第4王女殿下の次にロッシュが対峙したのは公爵家子女、中央貴族における政治派閥の筆頭であるメディシス家のご令嬢であるネフィリスシアだった。噂では勇者であるミヤケに求婚されており内々では既にその話が進んでいるとのことだが、そんな彼女が貴族街とは言え単身で街中を歩いているとは思わず、ロッシュはどうしたものかと立ち止まる。
「……一先ず中に入りましょう」
「はい」
何故呼び止められたのか分からないロッシュはネフィリスシアの言うがままに甘味処に入る。妙な噂を立てられると困るが、ロッシュの魔術を見破れるのはこの国でも上位の魔術力を持つ人間しかいない。
(だが、今日はやたらと見破られるな……事務仕事で鈍っているのかね……?)
相手が宮廷一の魔術師の子女だからとはいえ、非戦闘民にまでバレるとは思わなかったロッシュ。確かにネフィリスシアは才女と名高く、一部の研究においては指導する側に回ることもあるとは聞いていたが実力もそれなりに高いらしい。
(それはそうと、何の用だ……? メディシス家からのコンタクトは一切なかった。領地に探りを入れに来ることもなく接点は既に向こうから切られたはずだが……)
ネフィリスシアが飲み物しか頼まなかったことを受けてロッシュも甘味を食すことを一時的に諦めて相手に合わせる。彼女が帰ってからでも遅くはないはずだと思いつつ、せめてもの抵抗ということでグリーンティーを甘く仕上げながら相手の出方を窺う。
(相手の出方として考えられるのはウチの動き……というよりも中央の動きについて。ならば、王国騎士団の動きが掴まれたか?)
ちらりとネフィリスシアを見ると彼女はかなり急いでいるようだ。いや、焦っているのか。よくわからないが落ち着きがないままにこちらを睨むように見ては何か言いたそうにしている。
(……そう言えば、噂だとかなり口下手だとか……フミヤに連絡が取れればな……)
ネフィリスシアのことについて表面上でも知ることが出来ればと思った矢先、彼女の方から口を開いてくれた。
「……フミヤが結婚すると噂を聞いたのですが、本当でしょうか?」
「? うちの弟が、結婚……ですか? それはまた一体どういうことでしょうか?」
表面上、惚けながらもやはりその話かと内心における警戒を高めるロッシュ。しかし、意外なことだがネフィリスシアからの追撃はなく、どこか安心したように彼女は言った。
「そう……なら、いいのだけど……」
「えぇと?」
「……ごめんなさい、確認をしたかっただけです。護衛の人たちが増えるからお先に失礼します。お代は、こちらで……」
色々と突っ込みどころ満載なネフィリスシアの言動に呆気に取られるロッシュ。返事をするよりも先に帰ってしまったネフィリスシアを見送った後、鈍くはないロッシュは思わず溜息を吐いた。
(フミヤ……お前もか……)
領地替えという恐ろしいことを単独でやったトラブルメーカーの兄。しかし、弟も女性、恋愛絡みで何やら恐ろしいことになっているようだ。
せめてもの抵抗として、今日は一人で贅沢しようと決めたロッシュは過分に払われたネフィリスシアの代金を取って一先ずケーキ全種類に挑むことにした。