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12.15年前の出会い

 時は遡ること今から15年。魔王と勇者ミヤケが次元の狭間に落ち、勝者が分からぬまま人類と魔族の戦いは膠着していた時代のこと。


 フミヤが所属していたウエノ家は魔王と勇者の戦闘の前に戦場に遅参するという失態を犯し、王城の防衛という立場で軍勢のほとんどを戦場に送っておきながらも主力は王都で待機を命じられておりその中に領主の一族はいた。


 当時、フミヤ9歳。火と雷を操る神童として名高い少年で、その能力に見合う実力と頭脳を兼ね備えている将来が嘱望される子どもだった。

 例え、実家が女人しかいなかった魔族軍に足止めされていたとして、謹慎に近い処分を受けていたとしても彼だけは別格の扱いを受けていたのだ。そのため、自分は特別なんだと思った彼は自身の家に代々伝わる初代勇者であるウエノの伝説を何度も読み返し、将来は自分がヒーローになるんだという期待でわくわくして日々、活発に行動していた。


 そんな状態におけるある日のこと、彼は彼女と出会うことになる。




「は~父様うっさかったなぁ……今頃は多分まだ蜃気楼に向かって説教してるんだろうなぁ~……」


 城下町にてフミヤは一族が待機する場所から抜け出して市場の瑞々しい果物を齧っていた。魔物との戦いの結果、王都周辺においては平和がもたらされているので物資が豊かになっている。フミヤの細やかな贅沢程度であれば普通にできるような時代だ。


「……今日は何しよ……この辺の散策は終わったし……行ってないのは王城くらいか」


 王都周辺を暇つぶしに移動しまくって軍が出るまでもないと判断されるような雑魚魔物を狩り、周辺住民から小遣いを稼いでいたフミヤはそろそろ新しい刺激を求めていた。そのターゲットとして父親からキツく近づくことを禁じられている王城に目をつける。


(……王国最強レベルって言われる父さんでも俺の隠れ技には気付かないくらいだし……行こうと思えば行けるよね~)


 過去、ウエノ家の先祖も勇者に認定される前には王城に何度か忍び込み姫と逢瀬を交わしていたという歌がある。勇者に憧れるフミヤ少年は逢瀬の意味は表向きの、男女が会うこと程度しか知らなかったがとりあえず勇者がやったんだからということでやってみることにした。

 しかし、当然のことながらいきなり自分が侵入するということはしない。ある程度の範囲内であれば少し落ちぶれたウエノ家の名を使って普通に入ることも出来るが、今の自分は父親に怒られているはずなのだ。連絡を取られると更に怒られる。


(……【mirage servant】)


 万全を期すためにまずフミヤが準備したのは揺らめき、時折鈍く虹色の光を反射させる透明で小さな子兎だった。彼はまずそれを聳え立つ城壁に向けて操作する。それは難なく反り返る壁を駆け上がり見張りに見つかることもなく中に侵入した。


(……魔術の感知罠とかもなさそうだけど、警備とか大丈夫なのかな? いや、王族の人たちが生活したり重役の人たちが働いてる本丸の方にはあるのか……)


 城壁内全てには感知罠が設置されているわけではなさそうだが、自由に動くには障害が多い。子兎は鼻をひくひくさせて地面を駆ける。


(巡回兵は……あんまり遭遇はしなさそうだなぁ~人の気配は正面にはたくさんあるし、本丸の中にも結構あるけど……城壁の見張りだけだね。まぁ、術がなかったら上から見られても困るけど……)


 魔力感知がなく、至近距離で見られないのなら大丈夫だ。そう判断したフミヤは中に忍ばせておいた子兎の下へ一気に駆けていく。まだ空を飛ぶことは出来ないが垂直に駆け上がる程度であればフミヤには朝飯前だ。全身に光学迷彩の術を掛けて内部に侵入すると子兎の下に合流する。


「んっふっふっふ~……侵入、成功……さて、何しよっかなぁ~?」


 忍び込んだだけで少しだけ満足したフミヤ。しかし、せっかく入ったのだから何かしようという気分でもある。先祖の勇者のように逢瀬というものにも興味がないわけではないが、今のフミヤにはまだ恋愛感情などよりも冒険心の方が大きい。


(……王城内に秘密基地作るとか面白そう……大人がだーれも知らない、俺だけのやつ……)


 プクククと密かに笑ったフミヤはそうと決まると隠れ場所を探し始めた。子兎と手分けして動いていると庭園がすぐそこにあり、その植え込みがいい感じにフミヤに感じられる。


(魔法感知は……ないな。行ける行ける。チョロいな~……)


 フミヤにその草木が一体なんであるのかは分からない。ウエノの特殊な血筋にも効く毒、魔属性が入った毒でなければ何でもいいので彼は簡単にそれについて調べてみた。魔力を放ってそれに呼応すれば何らかの魔草ということになる。


「念のため……っと」


 王族が扱うような庭にそんな危険な物質はないだろうと思いつつフミヤが魔術を使うと植え込みはフミヤの予想に反して淡く光を放った。


(……? えぇと、この場合は……こうだっけ?)


 まさか観賞用なのに魔草であるとは思ってもいなかったフミヤは研究用の草だったのかな? と考えて今度はそれが毒であるかどうかを確かめるために頭を乱雑に扱って髪の毛を1本取り出し、それに草を先程の魔術で燃やしたものを当てる。


 結果は、黒。


「……随分と危ない物育ててるなぁ……もしや、これが俺の冒険の始まり……?」


 並外れた耐毒性を持つウエノ家にも通じるレベルの毒物。研究用かもしれないが、勇者に憧れるフミヤ少年はそれよりも陰謀論の方を推す考えに至り、これが自身の冒険の始まりではないかと密かに目を輝かせた。


(魔力、辿れるかなぁ? お城の人だったら面白いんだけどね……)


 思ったら実行。フミヤ少年は毒に反応した魔力が周辺にないかどうかを探り始めた。こちらの魔術が王城の人たちにバレるといろいろ問題が起きるかもしれないため、その辺は避けなければならないのが少々フミヤにとって不満だが、見つかって父親の下に強制送還されると酷いことになるのである程度の苦労は厭わない。


(でもこれで悪だくみ逃したら格好悪いなぁ……って、ん? あった!)


 そして、フミヤ少年はその魔力が蓄積されている場所を発見した。おまけに魔力が蓄積しているのはどうやら人のようで、衰弱している。


「おぉ……! これ、本当に俺の物語が始まるんじゃ……」


 目を輝かせるフミヤ。幸いなことにこの毒は魔力によるものであるため、薬学の知識のないフミヤでも力任せに魔力を吸い取れば何とかできそうだ。


(よっし! 頑張るぞー!)


 フミヤ少年は王城の少し外れた場所に向かってこっそり、しかし急いで向かった。






 王城の外れにある塔。


 そこには疫病の疑いのある王女、ナタリアが隔離されて病床に伏せていた。隔離のため、そこに人が来ることは滅多になく。病気のため、ナタリアが動くことも出来ない。日々、衰弱してはただ生きていくだけの日々。


「こほっ……」


(のどが、いたい……)


 全身を包む倦怠感。精神と魔力を蝕む虚脱感。子ども特有の高い体温よりも更に少し高い微熱。病気が故に動くことも出来ず弱る体と痛む節々。


 それらに苦しめられているナタリアは今日もぼうっと外を眺めていた。やることは何もないし、何かしようとしても集中力が持続しないため続かない。半分寝ているかのような意識で外を眺めるだけ……


 今日も、それだけ。そう思っていた矢先の出来事だった。


「……見ーつけた! はじめまして! それ、治すね!」

「…………え……? だれ……?」


 いつもと違うことに、見知らぬ黒髪の男の子が天井から降って来た。




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