11.ウエノの秘密
すみません。ジャンルを変更し、その他にも少しずつ変えました。お詫びの本日2話目です。
政務に無理矢理区切りをつけたロッシュはココとフミヤを呼び出して人払いし、話を始めようとしているところだった。
「で、ロッシュ兄ぃは何の用?」
「……そうだな、ココには先に頼みがある。これから少々王都に密使として行かなけらばならないからフミヤと連絡できる魔具を貸してくれ」
「別にいいけどそれだけ?」
「あぁ、フミヤには少々話があるがな……まぁこれもここではそこまで話をすることはないが。領地開拓については新規はフミヤの進言通りしばらくは進めない。防衛に関しては基本血の気が有り余っている年長組に任せるとしてしばらく、留守を頼んだ」
弟妹の返事を聞いてからロッシュは旅立った。残された二人はこれからどうするか話し合う。今日も開拓のために固い土地が魔石の魔力暴走によって爆破されて無理やり崩される音が領地に響いている。
「……フミ兄ぃ、どうする? 何か話があるみたいだから今日はこの部屋から離れられないみたいだけど」
「久し振りの休暇と思ってごろごろするよ」
爆破したが思いの他広さが足りないと判断されたらしく、魔石を動力源とする削岩機が岩盤を掘り進める音が再び響き始める。仮設の館では少々振動で窓が揺れていた。
「……にしても、削岩機が民間に普及するとは……」
「ね、ピッケルでえっさほっさやってたのが過去のことだよ。おかげでスライムたちもフル稼働だし……この短時間でマザーが3匹も増えたらしいよ?」
「ウチの領民たちはどこへ向かうつもりなのか……」
スライム。不定形の家畜化されたスカベンジャーであり、ウエノ家でしか管理できない領内でもごく一部しか知ることのない秘匿技術の一つだ。
元は当然のことながら魔物であり、マザースライムという本体が普通のスライムを大量に生成して周辺の栄養となるモノを吸収させ、吸収に成功した個体を取り込むことでマザースライムは大きくなる。しかし、子スライムは子スライムで確立した個体であり、余分に吸収したモノを排泄する。この排泄物が農作物の肥料に非常に適しているのだ。更に、子スライムは食べたものが何であろうと自身に取り込むとスライム水に変えるため破裂させると飲料水も生み出す。
現在、スライムの餌となる魔物の死骸は向こうからたくさんやってくるため、肥料もたくさんできる。領民はそれがスライムによって作られているということは知らないが非常に優秀な物のため、特に疑うこともなく使って土地は肥えていく。
「植えるのはいいんだけどさぁ、たくさん取ってもその後どうするよ……」
「余れば売ればいいかな~……」
「ロッシュ兄貴が頭抱えそうだなそれ」
魔石が大量に余っている状態で、一般の農民にまで中央では軍事用と称しても遜色ないレベルの魔石が渡っている現状。革新が起きて農業まで強靭になりつつある現状を見てフミヤはロッシュの苦労を思い、乾いた笑いを浮かべた。遠くでは爆破による煙が立ち上がっている。その様子を見つつココが呟いた。
「これで鉱山でもあったらもうどうしよう? 削岩機もあるし……」
「ココ、それフラグだから。龍脈の近くでそれいったらシャレになってない」
「……ん~龍脈産の宝石かぁ……魔石とどっちがいいかなぁ?」
しかし、忘れてはいけない。強い領民たちの上に立っているこいつらの方が非常識なのだ。例えば、魔力暴走でも壊れない岩盤を殴って壊す長兄の存在などがそれにあたる。
常識人気取りの兄妹たちの中で自分だけは普通と思っている非常識たちは今日もまた非常識を生み出して領民たちをその色に染めていくのだった。
ロッシュが領土を離れてしばらく経った後の王都。
ウエノ家が恐れられる要因である行軍スピードの異常さというものを遺憾なく発揮し、その中でもトップである領主たちの中でも最速であるロッシュは中央からの使者が来たその日の内に使者を追い抜いて密使として中央に紛れ込んでいた。
「さて……事の次第について、直接王女殿下から聞かせていただこうかね……」
本気で隠密として動けばロッシュを見つけられる者など王国全土を探しても二桁前半程度だろう。そしてそのロッシュを見つけられる人物の一人である王女殿下が本日のロッシュの目的だ。それ以外の誰にも見つからぬように移動し、魔力を探って彼女がいる部屋を見つけると向こうから招いてくれた。
「……まったく、ウエノ男爵にかかれば王宮の近衛など形無しだな」
「大変ご無礼な真似をしてしまい、申し訳ございません。ナタリア王女殿下におかれましては本日もお美しゅう……」
「よい。それで、今日は何の用だ?」
「はい、こちらの手紙の真意のお尋ねとこの内容に対する返事を直接したいと思いまして……」
ロッシュはそう言って彼女の使いが持ってきた手紙の封筒を取り出す。それを見ると彼女は途端にそわそわし始めた。
「む、もう届いていたのか……それで、真意と言われても、困るのだが?」
「申し訳ございません、この内容から恐らく何か伝えたいことがあるのでしょうが何分田舎者である私には中央の謎かけは少々難解でして……」
「謙遜が過ぎるな。それに、謎かけと言われても私はそういった類を好まないためしていないのだが……」
「……では、この手紙はこの内容のままその通りということですか……?」
ロッシュはそちらの方がより意味が分からなかった。だがしかし、目の前の王女殿下は少々恥じらいながらも頷き、言葉にして問いかけた。
「む、もうここに来てしまったのだから直接尋ねるが……フミヤの好物は何だろうか?」
「……えぇと、カイザーシュリンプのグラタンなんですけど……」
「確認は取ってあるのか? しばらくウエノ家を離れていたようだが……」
「えぇ、はい……戻ってきた時にささやかながら身内でパーティを開きまして……その時に……」
「レシピなどはあるのだろうか?」
予想外の出来事に困りつつも問われることに答えていくロッシュ。彼の聡明な頭脳は主人のやらなければならないことを即座にクリアしていくが少々理解の方が追いついていなかった。
「そうか……フミヤはどちらかと言うと勇壮な音楽が好きなのか……うむ、私の趣味と大変近しい。これならばある程度予習すれば大丈夫か……」
「その、王女殿下……なぜ、このようなことを?」
ナタリアの質問攻めが一時途切れたところでロッシュは理解を追いつかせるべくこちらからナタリアに問いかける。ウエノ家に対する機密事項を問う暗号的なものではないかと邪推してそれを躱すために直接対峙して誤魔化そうとしていたロッシュだったが、問われたのは基本的にフミヤの個人情報だ。初めての体験にロッシュは困惑しており、降伏に近い形での真意を直接問うやり方をしてしまった。
それに対するナタリアの答えは常に纏われている凛とした表情ではなく、恥じらう表情とわずかな口ごもり。その後、微かに視線を下に向けて口を開く。
「……夫のことは、先に知っておくべきだろう。前と違うかもしれないしな……」
ロッシュは思い切り不意を突かれた。彼女は既にフミヤと結婚するつもりであるということだ。それはすなわち、ウエノ家が成功するという情報を掴んでいるということだとロッシュは解釈する。
ロッシュは思わず刹那にも満たない時間だけだが表情を崩してしまい、珍しい失態に舌打ちしたい気分になりつつも目の前の彼女がそれに気付いていないことに気付いて自らを冷静に保つべく気付かれないように体内に魔力を通した。
しかし、内心の焦りを隠し切れないロッシュのことなど知ってか知らずか、ナタリアは全く見当はずれのことを本当に小さくだが呟く。
「ようやくフミヤが約束を守ってくれるのだからな……」
「……どういうことですか?」
その問いを待っていたとばかりにナタリアは顔を上げて生き生きとして語り始める。彼女、ナタリアと現在婚約状態にあるフミヤの出会いの話を……