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9.新天地にて

 大陸の南部にて魔族の勢力が蠢動している頃。そんなことなど一切情報として入ってこない危険地帯でウエノ家一族とその家臣たちの開拓が始まっていた。


「嘘でしょ……」


 その開拓の光景を見ていたギルド員、タチアナさんがやっとの思いで絞り出した感想が現実を否定するものだ。開拓という話を聞いて今度こそいいところを見せてギルドの信用を領主に与えんと意気込むタチアナの意思は粉々に打ち砕かれている。


「あぁあぁぁ~っ! あぁあぁぁっ! オイ、馬鹿兄! もう交代の時間だろうが! 早く代われ!」

「え~……でも、領民の皆が俺よりフミヤの方が安心して仕事できるって言うし……どうせ俺は兄妹の中で最弱だし……」

「いい年して拗ねてんじゃねぇ!」


 吠えるフミヤ。舞う雷。


 開拓における最大の問題である龍脈によって強化された魔物たちが大量の餌が来たとばかりに襲い来るのをフミヤが一生懸命抑えていた。南から入ったこの新天地に迫り来る魔物は基本的に北から。そして次に多いのが西から。東が時々来る程度で南からは滅多に来ない。敵の強さも北西東南の順番だ。


 基本的に西を抑えているのがウエノ家前当主であるフミヤの父親率いる引退組。東が妹のココと精鋭騎士団。南は現在、仮拠点が構築されており魔物が現れた場合は基本的には普通の騎士団が……時折兄のロッシュが政務に勤しみつつ時折現れる魔物を憂さ晴らしに痛めつけて殺している。


 残った北。一番強い敵がひっきりなしに現れる場所で、これから拡大させていこうとしているために突破されることが許されない場所はフミヤとフーシェだ。重ねて言おう。二人だ。


「アホかぁっ! あぁぁぁぁぁああぁぁぁぁあぁっ! 死ぬわぁっ!」

「フミヤは死なないよ。俺が守るから」

「じゃあ今代われ! すぐ代われ! はい、引くぞ~? 行くぞ? はい抜けた! ……出ろや!」


 轟音。爆炎。


 戦闘によってアドレナリンが出まくっているハイテンションフミヤさんは叫びながら魔物を燃やす。それを見て本来はギルドとして北の戦線に参加する予定だったのに正しく瞬殺と呼ばれる散り様を見せたタチアナが更に引いた。しかし、交代要員のフーシェはフミヤのことはあまり気にせずにタチアナの方を気にする。


「あ、もう大丈夫かな?」

「え、えぇ……それより、私よりも弟君の方が大丈夫ではないと思われます。交代を……」

「あぁ、大丈夫大丈夫。あいつ強いから」

「聞こえてんぞ馬鹿兄がぁ! 実力行使してやろうかぁ⁉」

「余計に疲れると思うぞー」


 魔物の群れが一斉に吐いた巨大な黒炎に右手から発される巨大な紅蓮の焔をぶつけて掻き消し、一瞬辺りから音が消えたかと思う程の大音量をぶちまけつつ馬鹿になった耳に無理矢理音を通すかのようにフミヤは叫ぶ。


「あの、本当に……」

「……ん~……あいつ、まだ炎翼も出してないんだけどなぁ……」

「これから開拓する場所を焦土にしてどうする!」

「ハッハッハッハ! フミヤ、俺がその程度のこと考えてないとでも思うのか? 世の中にはなぁ、焼畑農業というものがあるらしいぞ!」

「俺が出す炎の温度考えろやぁっ!」


 フミヤはキレた。いや、さっきから怒っているが。鋭い突っ込みを返されたフーシェは焼き畑農業のことをフミヤは知らないのかな? と首を傾げるがタチアナの方が控えめに発言する。


「あの……焼畑というのは確か、南方の雨がたくさん降る地域で行われるものですよね……?」

「おぉ! タチアナさんは物知りだなぁ! 多分、そうだと思う!」


 多分なのか。タチアナは自分で言っておきながら適当なフーシェに自身の様々なところに飛ばされることで得た知識で何とか説明を試みる。


「それは確か、雨によって大地のエネルギーが富み過ぎるのに対して土を燃やし、土地のエネルギーを正しい方向に導くものだったはずです。あの凶悪な魔物たちを燃やす程の力で土地を燃やせば大地のエネルギーは減り過ぎるのでは……?」

「……? 難しい話はよくわからん……要するに、どういうことだ?」


 難しかっただろうか。そんな気はしないのだが。とタチアナは難しい顔をしているフーシェに逆に不思議な思いを抱きつつ端的に告げる。


「フミヤ様の炎は強過ぎるので、土地を燃やせば作物が育ちません」

「……フミヤ! 交代だ!」

「やっとか馬鹿! 出て来い!」



 突撃して来たフーシェに代わり、勢いよく飛び下がるフミヤ。フーシェが休憩していた位置、タチアナのすぐ傍まで戻ると大きく息をついてクールダウンのために歩き始める。


「……大丈夫ですか? 一応、回復魔術の心得もありますので座ってくだされば回復を……」

「ダメだ」


 タチアナの申し出をにべもなく断るフミヤ。すぐ近くではフーシェの声が虚しく大地に響き渡り、ネーミングセンスの欠片もない技で魔物が宙に舞っては死んでいる。そんな中でタチアナはムッとした表情を隠そうともしない。


「あの、強情を張っている場合では……」

「違う……遠くにこっちが弱るのを待ってる強烈な魔物の存在がある。向こうは気配を殺してるつもりだろうし、現にお前も馬鹿兄貴も気づいてないみたいだが……殺すには少々巨大すぎる気配がな……俺が疲れてると思われてみろ。この辺りは本当に焦土と化すぞ……」


 遥か彼方を睨みつけるフミヤ。化物はあなたでは……と思ったタチアナですら、冗談と笑えないその様子に息を呑んだ。


(……ハイリスクハイリターンね……生き残れば間違いなくギルドの中でもかなり上部に入ることができる……けど、生き残るのが本当に大変そう……)


 タチアナはギルドから出向を命じられて何度目になるかわからない溜息をつき、これからのことを憂慮した。





 赤石の大地。龍脈による魔力と幾多の魔物の血が流れたフミヤたちが開拓しようとしている地域における未踏の地。そこにそれはいた。


「……ん? 何やら周辺の猿が起きておるようじゃのぉ……縁辺部での勢力が変わりそうなのかの?」


 久方の目覚め。この地におけるもっとも賢き魔物はそう言って自らの躰を伸ばし、珍しく騒ぐこともなく、眠ることもなく気配を殺して外の様子を窺っている猿型の魔物……ウルスサンジュの様子を窺い、更にその先を睨む。


「……ほ? 目が合ったか? うーむ、人間、だと思うのじゃが人間にしては勘のいい……」


 決して目が合うような距離、いや視認どころか存在を感知することすら出来ないはずの距離であるのに平然とそれをこなした魔物は首を捻って唸る。


「ほー……まぁ、この地まで来た場合は殺すとして、基本は放置じゃの。いつも通りいつも通り」


 目に見えて顔色が悪くなり始めた人間の視認を止めて意識を寝床に戻すとその魔物は寝床にダイブして転がり始める。


「ほ、ほ、ほー……久々に起きたのじゃから飯でも取るかの。ほ、ほ……」


 首だけ上に持ち上げ、そして虚空に向けて口を開け、閉じる。


 たったそれだけだった。それだけで、魔物を取り囲んでいた環境の一部に風穴が空き顔を向けた先に地平線が見えるようになる。


「ほ、ほ、ほ……余は満足じゃ、寝るとするかの……」


 恐るべき行為をいとも容易く成し遂げたその魔物は食事というには荒っぽすぎる行為を終え、再び眠りに就くのだった。




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