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7(一箇所だけ)

 小さな巾着は肌身離さず持ち歩けるように生地を選んだと云う。中に件の物が入っているはずだが、綿でふかふかとして、強く握ってみないと気付かない。そんな仕掛けと心遣いを嬉しく思った。大叔母も満足したようで、特に何か云うことはなかった。

「嫌かも知れないけど真智子叔母さんを安心させると思って、ちょっとだけ我慢してね」

 ルミ子は声をひそめて云った。頷くふたりに微笑み、「これも孝行になるのかなぁ」

 美紗子の巾着には亜希子の歯が、亜希子の巾着には美紗子の歯が入っている。それで姉妹の違いを混乱させると云うが、亜希子は確信している。そんなこと、出来っこない。

 小さい頃からふたりはそっくり、姉とはいつも一括りだった。しかし、実際は姉の美紗子の方が快活で交友関係も広い。その輪に亜希子もいるから端から見れば差異はないと思われている。でも違う。姉がいるから加えてもらっているにすぎないのだ。何もかもが姉のお蔭なのだ。いつしか小さな劣等感が胸の内で育っていた。誰にも云えない、暗い思い。だからつけ込まれた。亜希子は確信している。目をつけられたのは姉でなく、自分だ。クラスメイトや教師なんかと違うそんな相手を、おいそれと騙せるはずがない。なのに、消えたのは姉だった。

 亜希子はお守りの巾着、姉と自分のそれを入れ替えることにした。これで姉は安全だ。相手を騙すこともない。これが正しい方法なのだ。どちらかならば、自分がいなくなるべきなのだ。なのに、姉が消えた。

 色々なことが立て続けに起こって、ひと月の後、亜希子は気付く。自分の持つ巾着は、縫い目の所で花びらの先が欠けている。入れ替えたはずの自分のお守りだった。自分がそうしたように、姉もまた、入れ替えた以外に考えようもなかった。

 姉が消えたのは自分の所為だ。小賢しい真似など、とっくにお見通しだったのだ。やるせない思いをどうしようもなく抱き、それから数年に渡って過呼吸で幾度となく倒れる。

 ある夏の終わりに彼女は駅のホームでひとりの男に介抱される。それが縁で、やがてふたりは所帯を持つ。程なくして彼女は母となる。美奈子と名付けられた娘は三年後、姉になる。妹の名は佳奈子と云った。

 思いは真夏の陽射しが作る陽炎のように年々と薄れて行く。それでも季節が巡り来ると体調を崩しがちになるのは変わらなかった。その理由を夫は知らない。ただ、妻を支えながら季節が過ぎるのを待つ。


   *


 もういいかな。いいだろうな。僕はマチコばちゃんから使いを頼まれていた。ルミ叔母さんが作ってくれた美紗子と亜希子のお守りを入れ替えておけって。理由は分らない。聞けなかった。ただ……それは出来なかった。云いわけがましいかもしれないけれども、機会がなかったんだ。ふたつの巾着は全くのお揃い、瓜二つだけど、一箇所だけ違いがある。それを知っているのはルミ叔母さんと僕だけだ。美紗子のは、柄の花びらの先が縫い込まれて少し欠けている。

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