6(抜歯)
目を付けられたのは姉妹のどちらかはっきりしない。美紗子と亜希子は背丈も顔立ちも、生まれた頃からそっくりだった。生まれて間も無い頃には足裏にマジックで名前を書いたり、手首や足首に色違いのバンドをはめたり。
それは両親だけでなく兄たちも同じで、なかなか名前で呼べずにいたと云う。中学生になって突然出来た妹たちにミルクを与えようにも、どちらが姉でどちらが妹か、互いに確認し合った。それでもしょっちゅう哺乳瓶の取り違えをした。見分け用に貼ったシールは期待したほど役に立たなかった。
そんな生まれたての頃も話をされても亜希子は困る。姉の美紗子も同じ気分だろう。こんなに違うのに、どうしてみんな間違えるんだろう? どうにも、もやもやする。
小学校に上がると級友の冷やかしにうんざりし、朝から互いのクラスに紛れたことがある。はて、あれはどちらが先に云い出したことだろう。姉がすごく乗り気だったのは憶えている。
入れ替わって受けた授業はいつもと違って、大胆なイタズラにドキドキしたけれども、誰にも気付かれぬままで、何だかひどくガッカリした。三時間目が始まる前にトイレで落ち合い、それぞれのクラスに戻った。
「あんまり面白くなかったね」姉は云った。「今度はどうしよっかな」なにしよっかなぁ。
懲りてなかった。呆れた。
そんなふたりに歯並びが違いとなって現れた。
*
抜歯は無理だね。どうなるかはっきりしない段階で永久歯を抜くなんて僕だっておかしいってことくらい分かる。芳彦叔父さんにしてみりゃ大問題なんてもんじゃないだろう。ヘタすりゃ歯科医としてやっていけなくなる。保険点数の事務手続きもあるだろうし、無保険にしたって予防でも何でない、在りもしないことの治療なんて出来るはずもない。
それでもマチコばちゃんは引かなかった。終いには全員止めたんだんだけど、ルミ叔母さんがふと云ったんだ。義歯ならどうかって。
ルミ子叔母さんは叔父の別れた奥さんで、今は再婚して海外のなんとかって国にいるらしい。
晩年の芳彦叔父さんは肝臓やっちまってね。病院を閉める頃には文字通りアルコールに溺れてた。でも、当時の叔父さんは歯科技工士としてもかなりの腕前の持ち主で、歯型とレントゲンから二本の歯をこさえた。渋ってたマチコばちゃんも、それで納得した。
*
ルミ子は、ふたりの姪に花柄の赤いちりめんで小さな巾着を作ってやった。お守り袋を模したその中にそれぞれの義歯を入れ、口をきっちり縛って縫った。
「全く同じに作んなきゃいけないんだって」
間違えないようにね、と叔母は云う。「でも、ちょっとだけ柄の位置が違うからそれで分かるよ」
片目をつむって、縫い合わせたそこを並べて見せた。「こっちがミサお姉ちゃんで、こっちがアキちゃん用。花びらの先が少し縫い目にかかっちゃってるでしょ」




