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3(手首の数珠)

 白い壁とガラスをふんだんに使った清潔感のある近代的なデザイン。綺麗に刈られた芝の中に水路があって、中央の池へと八方から絶え間なく流れ行く。晴天だったらさぞ映えたろう。エントランスでもう一組の家の名があるのを見たが、静まり返ったホールにその面影は見出せなかった。

 待合室に通され、大人たちがめいめいに座り、旧交を温めているのを幸いに、佳奈子は離れて立つ父にそっと耳打ちしてトイレへ行った。ずっと我慢していた。こう云う場でのタイミングって難しい。

 案内板を追って、白いソファーの置かれた静かな廊下を歩かされ、三つの角を曲がって目的のプレートを見つけた。用を足して個室を出ると、洗面台の前に姉がいて、前髪を触りながら鏡越しに視線を向けた。「お母さんが一緒にいろって」

「ふうん?」蛇口に手をかざすと水が出た。「トイレも?」

「一人になるなって」制服のブレザーの肩をはたく。「何か変だと思わない?」

「どこが?」

 すると姉は口を少し尖らせ、「何となく」手首の数珠を弄ぶ。「戻っても知らない人ばっか」

「しょうがないよ」手を拭いたハンカチをポケットに戻す。

 姉の気持ちは分からないでもない。

 待合室には年配の大人ばかりで、あきらかに自分たち姉妹は浮いている。ひとり、小さな女の子がいたが、そんなことを気にする年頃ではあるまい。ふわりとした黒いドレス姿は可愛らしかったが、面識もなく、場も場だから声を掛けるのもどうかと思う。いずれにしても既にそのタイミングを逸した。おそらく遠縁の孫かひ孫か、はたまた玄孫か。隣家の子供だとしてもおかしくない。故人との関係は親の方にあって、何が起きてるのか分かっていないこともありうる。自分たち姉妹もまた、こうも親戚付き合いが希薄であると、どうしたって外様気分になる。所在なく突っ立ってた父がまさにそれ。

 不満げに姉は云った。「向こうはこっちを知ってるんだよ。赤ん坊の頃の話されても困るっての。泣いただの吐いただの。一度や二度のことなのにイヤんなる。その点、あんたはいいね」

「なんで?」

「あたしが小さい頃はそれなりに行き来あったけど、あんたが生まれて疎遠になった感じ」

 はて、そうだろうか。

「三年ってかなりの差じゃん。それも生まれたばかりと三歳じゃものっそい違う。あたしは憶えがあるけど、あんた、何にも憶えてないでしょ」

 トイレを出て待合室に戻ろうと二つ目の角を曲がったところで姉が立ち止まった。

 どうしたの、と口から出かけた言葉は、廊下の先から聞えた声に呑まれた。

「そんなことないわ」

 母の声だった。

「捨てずにいたのは違いないだろう」

 男の人の声だ。父ではない。姉に小声で訊ねる。和彦伯父さん?

 姉が小さく頷く。

「あの日、姉さんと一緒にいたのは私よ。兄さんじゃない」

「だからマチコばちゃんががきちんとケジメつけてくれるんだ」

「それで持って来いと? そう云ったの?」

「いつまでも手元に置くものじゃないって」

「気味が悪いわ、一緒にするなんて。私から取り上げる口実だったんじゃないの」

 沈黙。

「姉さんは私の代わりになったのよ」

 言葉は震えと湿り気を帯び、足音が遠ざかる。どさりとソファーに座り込む伯父に、姉は真っ直ぐ向かって行った。

「やぁ」伯父が顔を上げた。「訊いてた?」


   *


 最初に気付いたのは叔父だった。

 母の弟、芳彦よしひこは歯科医で、義父から継いだ小さな診療所を守っていた。

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